番外編:夢想したので再会します①
side 狂信者
鋼鉄の車輪が線路の繋ぎ目を通過する度にガタゴトと揺れ続ける座席。
窓の向こうの景色は左から右へと流れて行くものの、同じ場所を繰り返しているようにも思える広い田園地帯。規則的に植え付けられた深緑の稲が風にそよいでいます。
不思議と、この規則的な振動や揺れる稲を見るのが、とても久しぶりな気がします。
「列車に遅れずに済んでよかったですねえ、ライリーさん。これなら雪が降り始める前に用事が済みそうです……どうしました?」
隣に座るライリーさんに声をかけますが……ライリーさんは、何やら辺りをキョロキョロと見回しながら口をパクパクとさせています。
「え、あ、アルジサマ……ここ、どこだっけ?」
「次の目的地への電車の中でしょう。もしかして、お昼寝の最中でしたか? 珍しいですね、ライリーさんが寝ぼけるなんて」
「あ、うん。そうだね、ごめん……電車、ここは電車……」
何やら考え事の最中だったご様子。
気にはなりますが、思考の邪魔をしてもいけませんね。こうした移動時間というのはアイデアが出やすいもの。何か面白いアイデアが出たのならそれがまとまってから改めて尋ねるとしましょう。
私も、偶には純粋に景色や風情を楽しみたいと思わないわけではありませんし……
「悪いがここ座っていいか? 窓際じゃないと酔うんだ」
「ええ、どうぞこちらは二人だけですので何も問題は……おや、これはこれはお久しぶりですね」
「げぇ! てめえ、なんでこんな所に……」
「いえいえ、単なる偶然。奇遇というやつですよ……改めて、ラタ市以来ですね。小柳さん」
相変わらず、無理をして悪ぶっている強くなろうとしているのが見え見えの異世界デビュー不良少年の小柳くんです。
彼の性格的に私たちの目の前に自分から姿を見せるということはあり得ないでしょうし、本当に偶然にバッタリと遭遇したということでしょうね。
実に嫌そうな顔をしていますね。私はそれほど嫌な気分ではありませんが。
「最近、噂も聞かず影も見えないので何かあったのではと心配していたのですよ。今はお一人ですか?」
「なんだよ、悪いか? 俺は取り巻きに囲まれてないと何もできない雑魚だって言いたいのか?」
「いえいえ、そんなことは。むしろ、変に身の回りを固めていないようで安心しましたよ……移動時間くらいはこうして一人で考え事をしようと思える程度に余裕があるのはいいことです」
「……そういうそっちは、相変わらず『従者』とべったりじゃねえか。ずっとそんなんでウザいとか思わねえの?」
相変わらず、敵意満々の辛口のご意見。
しかし、その言葉にどこか嫉妬のようなものが混ざっているように感じるのは……希望的観測ですかね。いえ、むしろそうでない方が、小柳さんも誰か対等に心を開ける相手を見つけているという方が喜ばしくはあるのですが。
「これでも一応、プライベートとかはそれなりに気にしているつもりですがねえ。互いに黙っていても不快ではない程度の距離感くらいを維持していればそうそう喧嘩にはならないでしょうし」
「互いに不快にならない距離感ってなんだよ。うぜえって思ってるやつはどこにいようが不快だろ」
「私には『うぜえ』というのがイマイチわかりませんが、嫌いなら嫌いなりに適正距離があるそうですよ。心理学者か行動学者か忘れましたが、その手の研究者の方の話ではその適正距離で関係性を分類できるそうです。家族や恋人、友達、それほど仲のよくない知人、他人、別世界の人といった大雑把な分け方ですが。目の前にいて自然に取る距離が『互いに手を伸ばせば触れあえる程度の距離』の範囲内であれば、感覚的には最低でも『友達』以上の関係なのだとか」
「なんだよそれ。じゃあ、片方が一方的に仲良くしてると勘違いしてたらどうなんだよ。当てにならねえだろ?」
「そんなもの、仲良くしてると思っていない方からしてみればプライベートゾーンを侵害されているわけですから、それとなく離れようとするだけでしょう? これはあくまで、十分なスペースがあり互いに自由に動ける場合の話。手錠や腰紐などが付いているのが一般的な関係とは言いませんし……おっと失礼」
明らかに不快そうな顔をする小柳くん。
そうでしたね。彼の能力は分類としては『魅了』の一種。その距離感を無意識に縛り付けてしまうことのできる能力……彼がどんなに近寄っても、相手は逆らわず不快を示さないという能力でしたね。
彼の場合は自分の都合、自分の好き嫌いで周りの人物を自由に『配置』してしまえるおかげで、互いに反応を見て無意識に距離を調節するという感覚に鈍感になっていてもおかしくはありません。
そのせいで、相手の本心からの好感度がわからず『命令』を交えないコミュニケーションに臆病になってしまっている可能性もあるやも……と考えるのは、偏見ですかね。
「そんなら、てめえは俺を『友達』だと思ってるわけか? この座席の距離、その『互いに手を伸ばせば届く』ってところだろ? ははっ、そんなわけねえか。やっぱりデタラメだろ?」
「いいえ、デタラメではありませんよ。私的には小柳さんはどちらかといえば友人ですし」
「……は?」
何を驚いてるんですかこの少年は。
いえまあ、確かに以前は喧嘩別れのようなこともしましたし、仲直りらしい仲直りもしていませんが。どうしてそんな敵対していたと思っていたかのような反応をするのやら。
「あなたは、ただ私たちと『仲良く』なるために能力を使おうとしただけでしょう? やり方が強引で、最終的に見据えていた形が完全な上下関係だったにしろ、結局の所は寂しかっただけでしょう? 私、別に友人になること自体を拒絶した記憶はありませんよ」
「……おい、本当にそう思ってんなら、てめえは『敵』でもないやつの喉に毒爪ぶっこんだり永久去勢したりするのか?」
「まあ、あの時はラタの方々に大迷惑をかけていましたし。それなりにちゃんと『罰を受けた』という感じにしないと赦してもらえなかったでしょう。それに、ターレさんに唆された結果とはいえ他人のものを盗み取るというのはいけないことです。それが女性の自由意志だというのなら尚のこと。自重できないのなら、本能の方をどうにかした方が合理的でしょう?」
「ケッ、結局俺が悪者だから赦してやるって意味かよ。てめえの『友達』ってのは。傲慢もいいところだぜ」
「ふむ、言われてみればそうですね。状況が状況だったためにちゃんと話すタイミングがありませんでしたが、もっとよく考えれば平和的に話せる機会もあったかもしれません。謝罪します……ついカッとなってやり過ぎました、申し訳ありませんでした」
特にアーリンさんの一撃は強烈でしたしね。
あれ、小柳くんが特殊な防具を身に着けていなければ普通に死んでましたよね。確かにこれは反省です。
「……チッ、そんな簡単に謝られたらありがたみもなんもねえ、スカッともしねえ。俺は謝らないからな」
眉をひそめてそっぽを向く小柳くん。
とりあえず、謝罪自体をはねのけられたわけではないようでよかったです。
それに、小柳くんの方はスカッとしなかったそうですが、私の方は多少なりともすっきりしましたし。長らく処理し忘れていたタスクが一つ処理できましたし。
「では、小柳さんはもう十二分にしっぺ返しを食らったということで納得しているようなので、お互いに過去の対立は水に流すとしましょう。ところで小柳さんの方は、この頃どうですか?」
「どうもこうもねえっての。まったく、一番の原因がそれを自覚してねえってのは腹立つぜ」
「そうですか。私の方は、まあ方々を巡りながら善意に従い、女神ディーレへの信仰に磨きをかけているところです。いろいろとトラブルに巻き込まれることも多いのですが、それはそれで起こるべき惨事悲劇大事を事前に解決できる機会が多いということ。そうとわかって目を光らせ、備えを持っておけば存外悪いことではありません」
「ハッ、『チート能力なんかに頼らなくても何でもできますよ』って才能自慢かよ。いいねえ、勉強しなくても百点満点が取れるようなやつは」
「はて、そんな人がどこにいるんです? 世界を探せばいるのかもしれませんが、少なくとも私は違いますよ。その場その場で、色々な方から力を借りてようやく赤点を回避しているだけです。それに、さすがに肉体的な脆弱性は放置のリスクが高かったので山籠もりして鍛えましたし」
「少年漫画の王道かよ。大人の癖して大人げねえ」
「まあ、頼りないというのは認めざるを得ませんが、大人げないというのは違うでしょう。大人は一人でなんでもできるわけでも、努力しないわけでも、勝つために必死にならないわけでもありません。そんなものは『手を抜いて生きている』というだけですよ。全力で生きるのなら、何歳だろうと、何だろうとするべきです。まあ、私は結局就職とかの前に電車に轢かれたわけですが」
「……違う、そうじゃねえ。てめえは何で偉ぶらないって話だよ。てめえから見たら俺なんて『子供』だろ。普通はそんな簡単に頭下げたりしねえだろ……よりにもよって、自分を殺しかけたやつに。普通の大人は『自分は頑張って必死になって生きてます』みたいなこと言わねえし、最初から自分は才能があってできたとか言うだろ?」
「相手が老人だろうと子供だろうと、自分に非があると納得すれば頭を下げて謝罪するのは当然では? まあ、確かに威厳が必要な場合もあるかもしれませんが、私は努力したことを詳らかにすることが威厳を落とすとは思いませんよ。ついでに言えば、私は才能という言葉はそこそこ嫌いです。人を褒めるのに使うことに関してはまあいいですが、他人の努力や可能性を否定するのに使われるケースが多すぎる。一番になれずとも努力自体が楽しいという幸福論もあるでしょうに」
「一番になれなくても、か……そういうやつに限って、テストで一番だったりするんだろ?」
「どうでしょう、地元の高校のテストで言えば、運良く総合一位を取れたのは在学中一回きりでしたね。その他は大体頑張って一桁後半辺りでしたか」
「よし勝った! 俺は高二までで一位二回取ったぞ」
「それはすごい。小柳さんは努力家なのですね」
学校のレベルにもよりますが、同じ教育を受けた中で一番になれるということはそれだけ意識的に勉学を重ねてきたということでしょう。素直に感嘆です。
しかし、私の思ったままに口にした評価は、何故か小柳さんの予想外だったもののようで、鳩が豆鉄砲を撃たれたかのような顔をしています。
「……どうしました? 私、何か変なことをいいましたっけ?」
「いや、あんたの言葉はいつも変だと思うが……『努力家』なんて言われたのは初めてだったから、なんとなく」
「違いましたか? これまでの会話からして、小柳さんは才能任せで百点を取るタイプではないそうなので、であれば努力の結果かと思ったのですが。ただの偶然で二回総合一位は難しいでしょうし」
「そりゃ、俺だって確かに勉強してたよ。けど……」
小柳さんはそこで言葉を止めて続きを言い淀んだ後、窓の外の方を向いてしまいました。
そして、数十秒してから、会話を仕切りなおすように唇を動かしました。
「俺は……どうすればよかったんだよ。チート能力って『才能』を手に入れて、認められる気がしたんだ。努力しても限界が見えてるから、才能に頼った……それなのに、ついこんな能力を選んじまったんだ。こんなの……どうやって活かせばよかったんだよ」
質問というよりも独白に近い呟き。
回顧に後悔、それに未だ答えの出ない疑問。
小柳くんも、まだまだ悩んでいる最中ということですかねえ。私も、最適解が出せるかはわかりませんが。一応、真摯に答えるとしましょう。
「……きっと、才能というのは頼るものではないのですよ。本人にとってはそれが当たり前で、頼るという意識なんてないようなもの、そうでない他人がおかしいとすら思ってしまうようなものなのでしょうね。あなたが、私の価値観を理解できないように……私にはあまり理解できない、大多数の人間の価値観を理解できるように」
「……それをはき違えた時点で、俺は失敗してたってことかよ。そのおかげで、自分にないものを無理に後付けしようとして、役に立たない能力を選んじまった。そういうことだろ?」
「役に立たない能力だとは思いませんよ。むしろ、とても稀有で実用的で素晴らしい能力だと思います」
「そうかあ? 他人を操るだけの能力だぞ、こんなもん完全に悪役の能力だろうが。使ったら絶対恨まれる」
「いえいえ、ものは使いようですよ。おっと、そうだ! 思い出しました、私は次に小柳さんと会った時に話そうと、小柳さんの能力の有効活用法をいくつか考えていたのです。えっと、メモ書きが……おお、これですこれです。まず、『自信喪失者の回復』というのが第一プランなんですが……」
「……できねえよ、そんなこと。これは、ただ相手を言いなりにさせるだけの能力だ」
おや、話を聞く前から否定に入るとは。さては自分が思いつかなかった活用法を提案されて拗ねていますね?
よく見れば年相応にお可愛い少年です。能力などなくともそれなりに女性受けしてもおかしくなさそうですがねえ。
「小柳さん、可能性の探求を捨ててはいけません。『相手を言いなりにさせる』といっても種類がありますが、あなたの能力は『魅了』の一種、相手が勝手に『命令に従いたい』という欲求を覚え、そこにつじつま合わせで『命令に従う動機』を自ら補完してくれるという認識操作の入った優れものです。これは、相手が自身が操られているということを自覚できないという利点があり、それを上手く用いれば『自発的に行動している』という認識に繋がります」
「理解できない俺を馬鹿にしてるんじゃなかったらわかりやすく言え」
「つまり、あなたが名前を呼びかけ『頑張れ!』と声援を投げかけるだけでも、相手は自ら『頑張る理由』を見つけることができる。『自信を持て』と言えば、自己肯定を引き出せる。素晴らしいじゃないですか」
「その『動機』は、俺への恐怖かもしれないのにか? 盗賊共の中にはそういうやつもいたぞ」
「その時は『忘れて』もらえばいいじゃないですか。テーレさんにやったみたいに、できるのでしょう?」
「そりゃ……さらっと言いやがって。記憶を消すとか、それこそ悪役だろうが」
「PTSDの治療で催眠療法による記憶封印とか、地球には普通にありますよ? あなたの能力は失敗のリスクなくそういうこともできるのでとても便利だと思うのですが。他にも、自らが努力できないことに悩む方や、安眠出来ないという方。禁酒や禁煙ができない方。セルフコントロールに悩みを抱える人間はいくらでもいるでしょう? 使用条件の制限も逆に言えば全くの第三者を交えれば本人の合意を証明することができますし、やりようはいくらでもあるでしょう」
「……チッ、これだから嫌なんだよてめえは。殺し合いしておきながらいつか俺が自分の能力のことを相談しに来るんじゃないかとか的外れなこと考えておいて、しかもそれを本当にしちまうとか。そういうところが……能力なんてなくても、人を動かしちまうってのが腹立つんだよ」
何やら不興を買ってしまった様子。
かなり自信の案だったのですが、受け入れてもらえなかったのなら残念です。
しかし、まだまだ温めておいた活用法が……
「大体、隣のそいつもそうやって誑し込んだんだろ。いいねえ、能力と関係なくモテるやつは」
「……はい? 何を言ってるんですか? ライリーさんのことはあなたも知っているでしょうに」
「……は?」
先程から全く喋っていないライリーさんに視線を向けると、その目は油断なく小柳くんを見つめています。
ふむ、やはりあんなことがあったのですし、小柳くんを警戒しているのは当然のこと。不自然な部分はありません。
「どうしました? ライリーさんですよ? 一緒にパートナーの座を取り合った仲じゃないですか」
「いや……違うだろ。『ライリー』だろ? てめえの従者の名前は」
「ええ、そうです。ライリーさんです」
「……ハッ、おかしなことになってんな。それを指摘してやる義理もないが……」
何やら呆れたようにふんぞり返る小柳くん。
どういうことか気になるので問いかけようと思ったのですが……突然、それどころではない事態が発生しました。
「っ! アルジサマ!」
「うおっ!」
「おぁああ!」
電車が、大きく揺れました。
ガタンゴトンどころではなく、ドカーンというような感じに。
急な衝撃に席から投げ出されましたが、ライリーさんの警告のおかげで心構えができていたので身体強化で受け身を取ってノーダメージです。
「おっと……これは氷山にでも接触しましたかね。雪の季節はもうすぐ後だと思ったのですが、まあ雪雲に追いつかれてしまったのならしょうがありません」
車両の後ろ側を振り返って見れば、どんどん屋根が潰れて席が潰されていきます。
ふむ、天気が急変したのですかね。このままここにいれば巻き込まれてぺしゃんこです。
さて、電車旅をもう少し続けたかったのですが、しょうがありませんね。
「ライリーさん、小柳さん。電車が止まってしまったので前へ歩きましょう。なに、道中でのトラブルも旅の醍醐味というものです」




