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転生したので狂信します  作者: 枝無つづく
一章:招かれざる『転生者』

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第17話 天使ターレ

side 狂信者


 そういえば、テーレさんに厳密に『天使とはどういう存在か』ということを問いかけたことはありませんでしたね。そういうもの、として説明をしなくてもいいのならそれでいいかと思っていましたが。

 私も『人間とは何ぞや』と問われたら困りますし。


「テーレさんは説明していないかもしれませんが、天使とは元々最も無垢であらゆる罪を持たない人間の魂……『産まれることのできなかった胎児』の魂を天界で擬似転生させることで生まれます。あなたのような神々の手違いで天に還った魂以外は、生前の行いの裁定と集計、(カルマ)によって転生の先、あるいは解脱や神への従属などが決定しますが、完全にその裁定基準となる『行い』がないまま死んだ胎児は、魂の扱いが難しいのです。そのため、天使として神に仕えるという『善行』でカルマポイントを上げるのです」


 なるほど、例えとしては変かもしれませんがインフルエンザなどで期末試験を受けられなかった生徒が後日追試を受けるようなものですね。

 しかも、流産や堕胎というような本人には完全に不可抗力な事象を考慮して、点が取りやすく設定されている。親切設計です。


「しかし、稀にですが生前、生まれる前から魂に欠損や歪みを抱える魂があります。そういった魂は普通は天使としての適性がないとして、事前に弾かれるのですが、その中にもさらに稀に、そのまま天使に転生してしまう者もいます。それが、テーレさんです」


「ふむ……そうして、今回はその歪みと言える部分が表立ったというわけですか。以前にもこのようなことが?」


「はい……その時は、視察のためにこの世界とは違う世界の現世へ長く滞在した時でした。普段は天界で、ディーレ様の傍にいることで悪性を中和していますが、長く離れるとテーレさん自身の本質が強くなりすぎるのです。前回はもっと長い期間で発症したので、テーレさん自身も予測していなかったようですが、この世界は魔力濃度の関係で前回の世界よりも呪いや怨念に満ちているために予想よりずっと早く限界が来てしまったものと思われます」


 なるほど……確かに、この世界の魔力の概念が知性体の精神に影響されるものである以上、魔力を媒介した悪性の伝播というのも十分あり得る話です。

 信仰系の魔法の起点が自身の体内といっても、例えば体外へ出た血や吐息が物質循環の中で憎悪や呪詛の念を伝達するというのはありそうですし。大気中に死した生物の負の感情が蓄積しているというのもない話ではないでしょう。


「ふーむ……それは困りますね。ときに、ターレさん。あなたは『対処に来た』とも言っていましたね。つまり、現在のテーレさんを止める手立てがあるということですね?」


 正直言ってテーレさんを止められるような実力者はこの街にいるかわからないのですが。アーリンさんも少し厳しそうな気がしますし。もちろん私なんて普通に相対したら瞬殺です。戦闘をすればの話ですが。


「はい、私はその方法を説明するためにこの世界に来ました。彼女を止められる手段、それはあなた自身です」


「私が、彼女を止める手段ですか?」


「はい、これもテーレさんはあなたに説明していないことかもしれませんが……あなたには、『従者』としてこの世界に存在する彼女に絶対的な命令権があります。悪性に染まったテーレさんも、『従者』として現世にいる以上はその役割として『主人』であるあなたには攻撃できない。そして、あなたが彼女への命令として、緊急時用の隠しコードとして設定されている言葉、あなたの理解できない言語なので呪文だと思っていただけば構いませんが、それを直接彼女に告げていただければ、彼女の暴走は止まります」


「……一応聞きますが、その隠しコードは自爆とかではありませんよね? 何故普段は隠されているかも教えてもらえたらありがたいのですが」


「緊急停止命令のようなものです。彼女の本性や欲求がどれだけ暴れようとしても、命令以外でそれを実行できないようにする、主従契約の強化とも言えますが、悪用禁止のために従者によっては秘匿が許可されているんです。その……自由意志を持つタイプの従者は、性的な命令とかを嫌がることがありますから」


「ああ、なるほど。納得です。しかし、先程の話から考えると、その隠しコードで緊急停止命令を出したとして、テーレさん自身の性質をまた抑え込むにはディーレ様の元へ帰さなければならない気がしますが。厚かましいですが、その後の私は特典なしのハードモードですか?」


「いえ、特典の不具合はこちらの問題なので、テーレさんを止めて安全が確保できたらちゃんとした手続きを行って補償を行います。具体的に言うと、私がテーレさんの後任として従者のポジションに着きます。性能は彼女と同等になりますし……その、夜のお相手なども、我が儘は言いません。ご随意のままに」


「ふむ……まあ、現在の状態が続くのはテーレさん自身にも、この街の方々にもよくありませんしね。しかし、それには私がテーレさんと対面しなければいけないと思いますが、彼女の居場所は特定できるのですか?」


「はい、いつでもご案内できます。今の彼女は……坑道の奥の盗賊団のアジトに向かっています! 今からすぐに……」


 なるほど、状況は把握しました。

 確かに『今すぐに』対処する必要性があるようですね。


「わかりました。では、後で合流ということで。私の位置はテーレさんと同様に探知できると見ていいですね? この宿も特定できたようですし」


「あ、はい。え、後で……?」


「盗賊団の本拠地が近いとなれば流れ弾もありえますし、知り合いに助力を頼みます。私が流れ弾で死んだらテーレさんを止められませんし」


「え、ええ、それはそうですが……あ、行っちゃうんですか!?」


「可能な限り急ぎますので!」


「か、隠しコードは『リィノチュ・トゥワコレ』です! もしテーレさんを見つけたら、逃げてしまう前にすぐに言ってください!」


「努力します!」


 はてさて、この選択が私を絶体絶命四面楚歌の窮地に追い込むとは誰も予想しては……いなかったわけではないのでしょうね。

 まあ、私自身が選んだ道。文句を言うつもりはありませんよ。







side ラクタ


 宿の開い窓から零れる明かりで紙を照らして、そこに描かれた絵とその下に書かれた『文字』を読む。

 お盛んな大人同士のベッドを鳴らす音とかが邪魔だけど、灯りの燃料を買う金なんてないんだからしょうがない。


「これが『ガリの実』。これが『銅貨』。これが『鍵』」


 絵は下手くそではあるけれど、オレがよく知ってるものばかり。そして、その下の文字は読めないけど、それが絵に描いてあるものの名前だっていうのは知ってる。

 だから、名前の音と文字の形を一致させれば知らない文字の並びでも読めるようになるらしい。


「……質屋のオヤジ、絵も字も適当すぎ。もうちょっと真面目に書きやがれ」


 これは、質屋のオヤジから『買った』ものだ。

 あの変わり者のにいちゃんからもらった、飯屋の釣りをどうするか悩んで、そして選んだものだ。

 オレは、質屋のオヤジに読み書きを教えてもらうことにした。ずっと前に、教えて欲しけりゃ金を出せと言われたことがあったからだ。


 そうして、金を渡したら、これを渡された。


『まずこれを憶えたら、またここに来い。ちゃんと憶えてたら次のをやる』


 あんな端金じゃ、大きい街の学院や学び屋で受けるような付きっきりの授業なんてできないから、自分で憶えろと言ってきやがった。


 だけど、実際本気で文字を憶えようと思ったことはなかったから、どうやったら憶えられるかもわからなかった。

 やってみたら、確かに少しずつだけどパターンというか、同じ音に同じ文字があることがわかってきた。読み書きを憶えるっていうのは、話してる音と文字の形を繋げることなんだってことをようやく理解できてきた。


「似てる音だと形も似てるのがあるのか。これ、きたねえけど同じ字か?」


 数字は辛うじて使える。

 生きるのに必要なものだから。自然と憶えてた。


 でも、これは生きていくだけなら必要ない。

 オレが夢に近付くための知識だ。




『何故あんな値段で売れたのか、ですか? そうですね、強いて言うなら知ったかぶりをしたからですかね。私は具体的な数字を一切言いませんでした。この世界の物価や貨幣の単位がわからなかったので。そして、店主は私が品を引き下げないように適正な価格を提示した。それだけですよ』


 オレを捕まえて、質屋まで連れて行かせたにいちゃんは、ヘラヘラしながらそう言っていた。

 オレはその意味が全然分からなかった。


『そんなわけねえだろ! オレが珍しいもの持って行ってもあんな値段で買ってくれたことなんて一度もないぞ!』


『それはおそらく、ラクタさんがその品の価値を知らないと知っているからでしょう。よく「こんなもの、でかい街ならいくらでもあるぞ」なんて言われて、安く買い叩かれてるのでは?』


『な、なんで知ってんだよ!』


『本当にそうであったかもしれませんが、ラクタさんがその物品の本当の価値を知らずに、安い値段で簡単に売ってしまうのなら、貴重なものであっても高く買う必要はありません。つまり、あなたは普段かなり損をしています』


『は……はあ!? あのクソオヤジ! ふざけやがって!』


『ラクタさんが私を狙ったのは、珍しい服装をしていたからでは? 私が持っているものなら珍しそうだと思い、そして盗んだ後は質屋の店主にそれを鑑定してもらい売ってもらうことにしていた。しかし、きっと普段からラクタさんの持ち込むものには、本当にこの街だと珍しいだけで入手が困難ではないものや、役に立たないものも多数あったのでは?』


『そりゃ……盗んだものは手当たり次第にあそこで金にしてるし』


『本当に価値のあるものとそうでないものを見分けられない、その知識がないと判断されたから、安く買っても問題ないと思われているわけですよ。要するに、無知への対価です』


『で、でもよ! 何が本当に高いものかなんてわかんねえよ! そんな、何持って行ってもろくに金にならないなんて言われても、どうにもならないよ!』


『では、他の稼ぎ方を探してみてはどうですか? 例えば靴磨き、例えば荷物運び、例えば伝言屋、例えばマッサージ……は非推奨にしておきますか。勘違いもあり得ますし、どちらにしろ生半可な覚悟でしていい仕事ではないので。文字が読み書きできるなら、代筆や代読という手もありますね。とにかく、やれる仕事は探せばあるかもしれませんよ?』


『仕事なんて……雇ってくれるやつなんて、いねえよ。オレ、ガリガリで力も弱いし、頭もよくないし』


『そうでしょうか? それほど頭が悪いようには見えません。ハキハキと話せて、好感の持てる明るい笑顔が作れて、そして質屋への道案内もできました。あと、力は弱くとも手先はそれなりに器用なのでは? 私もさすがに前からでなければ気付きませんでしたし』


 にいちゃんには、胸元に入れた小さな袋みたいなものを盗ろうとしたときに捕まった。

 いや、きっとあれは誘いだった。オレはぶつかったふりをしてあれを盗む気だったけど、にいちゃんは最初からぶつかった相手を捕まえる気だった。


 手を痣がつくほど強く握られた時には、もう観念していた。スラムの仲間が時々そうなるように、散々汚されて、ぼろ雑巾みたいになって路地裏に捨てられるのを覚悟した。


 だけど、にいちゃんは……


『ふむ……魔法は使わないのですか? 仲間は呼ばないのですか? 刃物は隠していないのですか? そうですか、では私の勝ちということで、大人しくしてもらってもよろしいですか?』


 オレを真正面から見つめて、人間として見ていた。

 人間として十分に警戒して、ヘラヘラ微笑みながら、丁寧に話しかけてきた。

 ただ、腕と肩を掴む手の力は、涙が出そうなほど強くて、逃げようとして何度も足を踏んでやったけど、それでもほとんど顔色を変えなかった。


 多分、鉱山奴隷だった親父とお袋が死んでから初めてのことだったと思う。

 オレは初めて、人間として……多分、対等に扱われた。


 そして、スリに失敗して腹いせに殴られた時とも、集めた金をスラムの集団をくんでるやつらにリンチにされて奪われた時とも違うと感じた。

 変な話だけど、初めて『負けた』って思った。


 駆け引きを挑まれて、真正面から見つめられて、掴まれて、その全部が全力だった。大人が子供を嬲ってすっきりするために使う手加減のない拳じゃなくて、自分の痛みを無視してでも相手を倒してやるって意味での全力だった。


 どれだけ足を踏みつけても手を離さないにいちゃんに……いつもはどんなに痛めつけられても『こんなやつに謝ってやるか』って思うけど、あの時はそうは思わなかった。多分、あれが『勝負に負けた』って感じなんだと思う。


 昔、誰かが言っていた。勝負は対等な立場の者でないとできないとかなんとか。

 その時、それを聞いたオレたちスラムの人間は、低層民が平民に逆らうなって意味だと思った。実際、言ったやつはそのつもりだったと思う。普段から良いもの食って身体のでかいやつはそれだけで強い。


 だけど、にいちゃんは逆だった。

 オレと勝負することで、オレを対等に引き上げてくれた……オレに付けた痕を理由に、オレに知らなかったことを教えてくれた。


 オレの夢は、冒険者になることだ。

 冒険者になって、すごい強くなって、オレたちスラムや低層民を見下していたやつらを見返してやることだ。


 だけど、そのやり方がわからなかった。

 剣を持てば強くなれるのかと思っても、剣を買う金なんて貯まる前に奪われた。体を鍛えようと思っても、ガリガリの身体は毎日を生きるだけで精一杯だった。


 だけど、にいちゃんは教えてくれた。


『ならばまず、知恵をつけるといいでしょう。知恵は他人に盗めない、見えない剣です。そして、知恵はうまく使えばお金を稼ぐことにも使えます。もっと賢く盗みを働いてもよし、別の仕事をするのもよし、盗んだものをもう少し高く売るというのもありでしょう。既に生きるために手段を選ばずに盗みをしているのですから、使える手札を増やせばどんなことでもできそうだと思いませんか?』


 にいちゃんは多分、いい大人じゃない。

 いい大人っていうのは、オレたちの日常も知らずに盗みなんてやめなさいって言うやつらのことだ。

 にいちゃんは多分、飛びっきり悪い大人だ。


「……ん? なんか騒がしいな。どうしたんだ?」


 夜中だっていうのに、妙に騒がしい。大勢の足音がする。

 火事か? いや、空も明るくないし、煙の臭いもしない。

 じゃあどうしたってんだ?


「おっと、ラクタさん! ああ、女神ディーレの加護に感謝を!」


「おお! どうしたにいちゃん! そんな汗だくで急いで! 盗みでもバレて追われてんのか?」


 丁度、しくじった時のオレと似たような感じだ。

 だけど、このにいちゃんがそんくらいでここまで慌てて逃げるとは思わないけど……


「いえいえ、盗みなどしていません。ただ、少々下手を打ちまして、この街の裏に巣くう盗賊団と一部の冒険者と市長の護衛部隊の兵士たちの連合に追われているのです。夜分にすみませんが、彼らをスラムで撒きつつあまり知られていない坑道への入り口へ案内してくれる方など、紹介していただけませんか?」


 ああ、やっぱり……このにいちゃんは、飛びっきり、見たことないような悪い大人だ。惚れ惚れしちまうぜ。


「いいぜ。スラムも坑道もオレの遊び場だ。たんまり駄賃が貰えるなら、どこへでも案内してやるぜ」


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