第16話 秘密
side 狂信者
「待て……お前は他の奴と鉱夫小屋に行け。だが、狂信者。お前には話さなきゃならないことがある……スラム街へ行く、ついてこい」
さて、私はギルドに戻ろうと思ったのですが、バルザック氏に止められてしまいました。まあ、バルザック氏はどうも足を怪我してしまったようなので肩を貸す形になっているため、逃げようと思えば逃げられますが。
しかし、今はテーレさんの力もなく、バルザック氏は真剣なご様子。逆らえる空気ではありませんね。
「いいか、今回のことは何かの手違いだ……だが盗賊のメンバー7人殺害はさすがに看過できない。いや、されない。知り合いに口利きしてやるから、さっさとラタ市を出ろ」
「知り合いというのは、あの質屋さんですか? この道には憶えがあります」
「そうか……知ってるなら、案内はいらないかもしれんな。だが、お前には今、自分がどれだけヤバい状況にいるかを理解する必要がある。それを理解すれば、もう二度とこの街に近付こうなんて思わなくなるだろう」
ふむ、どうやら、バルザック氏……いえ、隊長はお優しい方なようです。テーレさんに怯えているように見えましたが、それでも私たちに恩義を感じて、本来部外者に教えるべきではない危機を教えようとしているのですから。
ならば、彼が『秘密』を明かすという罪悪感を背負う前にこちらから言うべきですかね。
「それは、この街と盗賊団が癒着していること……いえ、この街と盗賊団が表裏一体の共同体であるという類の話ですか?」
細部は違うかもしれませんが。
「お前……誰から聞いた?」
「偶然にも質屋さんの裏の招待券を入手して、その品揃えを見てしまったもので。まあ、そこにあるものが冒険者の遺品であることに気付くのは難しくありませんでしたし、それとこの街の始まりを知っていれば推測は簡単です。まあ、私の元いた世界……いえ、故郷では情報の共有が世界規模で進んでいたので、遠い国の犯罪組織が行政に食い込んでいる都市の話もよく聞きましたしね」
広く深いモンスターの群生地の中の鉱山から始まった街。
鉱山は犯罪者から奴隷に落ちた人間のたどり着く先。
そして、現状ではこの森を抜けるためにこの街を通らなければ盗賊に襲われてろくに野宿もできないという情報。
これらを合わせれば、大ざっぱな輪郭くらいは掴めます。
「この街は、元は犯罪者上がりの鉱山奴隷の宿舎群から生まれました。そして、危険な森の中を安全に生きるために、施設の規模を拡大していく内に町と呼べるものになった。しかし、鉄鉱と薬草の生産だけでは町としての機能が維持できず、元が犯罪者の集団という町には誰も近付かず外からの稼ぎも得られなかった……だから、盗賊団を結成し、この森の通商ルートをここを通るもの以外全て封鎖した。そうすれば、この森を通過するにはどうしてもここを通ってお金を落とすしかなくなりますから。そうして、ここは町から街へと、ラタ市へと発展した」
奴隷が解放されても、行き場が保証されるわけではないのですから。
元奴隷だろうと生きなければならない。そうする義務がある。となれば、他の方法を知らない彼らには勝手に関税を敷くようなやり方しか残らなかったのでしょう。
森を縄張りとする盗賊が結託し、森の中に一つだけ安全なルートを確立し、それ以外のルートだけを狙うようにすることで、関税さえ払えばこの森の中を安全に通れるという道を作り、森に常駐戦力を置いたり森を開拓したりするほどの余裕はなくともお金をかけてでもここを通り抜けたい外部の人間との利害を一致させた。
森の中の安全なルートを利用する『お客』に対してマフィアが用心棒をしているようなものです。
『盗賊団』が坑道に住み込んでいるとわかっていても放置されていたこと、街の住人には目立った被害が出ていないらしいことなどから単なる犯罪者集団というより任侠系の組織のようだとなんとなく感じたのがこのアイデアの発端ですがね。
「もしかしたら、街の中で『盗賊団』と呼ばれるこのシステムが裏側で継続しているあたり、今ではこの森に厄介な政敵や素行の悪い冒険者を送り込んで盗賊団に処理させるような仕組みもあるかもしれませんね。それでより大きな政府の偉いお客さんを確保していればお目こぼしももらえますし、盗賊団の知名度も維持できます。それに、身の丈に合わない装備やレアなモンスターの素材を剥がして会員制でこっそり売ることでちょっとした名産品にもなっているかもしれません。街一つがまるまる盗賊団であり、暗殺者集団として機能していると考えればなかなかに壮大ですね。私の妄想ですが」
あの割り符が会員証の代わり、やろうと思えばあの店で暗殺依頼もできたりするのかもしれませんね。情報が足りませんし証拠もないので完全にただの想像ですが。
しかし、バルザック氏の顔色を見る限り、少なくとも完全に的外れはなさそうに思えます。
「そして、街の冒険者に被害が出ないのもおかしいので、盗賊団が狩っていい冒険者も指定されて、示し合わせた上でクエストを受けさせている。だから今日は『絶対に襲われないはずのクエストだった』。だから『手違い』ですか?」
「……そうだ。だが……」
「このラタ市では、表向きの行政機関より裏の権力である盗賊団の方が影響力が強い。まあ、それを知る人はほんの一握りでしょうが。あまり露骨に裏の権力をひけらかすと冒険者を誘い込んで処分するのに支障が出ますしね。だから、こうやって事情を知るバルザック隊長のような方が盗賊との接触があり得るクエストを監視していると。そして、例え手違いによる事故だとしても、盗賊団を大量に殺してしまえば生かして出してはもらえない。テーレさんがそう簡単に仕留められるとは思いませんが、こうなると早く合流して街を去るべきですかね」
ノーツ女史ともそれなりに仲良くなった実感はあったので寂しいのですが。
あの人は本当に裏表なく冒険者を心配してくださってますし。おそらく街の裏側を知らない側の人間なのでしょうね。
「さて、そうなるとまずは宿に寄ってもいいでしょうか? 騒ぎにならない内に荷物の回収とチェックアウトの手続きは済ませておきたいので。幸い、宿までここから遠くありませんし。あそこにはテーレさんのバックパックもあります。先に回収されてテーレさんに逃げられてしまうと捜索範囲を国中に広げなければいけません。おそらく対面さえできれば確保できるんですが」
まあ、テーレさんが先に回収しているという線はあまりないかもしれませんが。今のテーレさんは目撃されるのを嫌がりそうですし。
「バルザック隊長はお怪我をされているのでさすがに宿へ連れ込むと目立ちますね。すみませんが、外でお待ちいただいてもいいですか? 宿屋の主人との話で少し時間がかかるかもしれませんが」
「……ああ、構わない。だが……驚かないんだな。死体にも、この街の事情にも、パートナーが盗賊を殺して逃げたことにも」
うむ……恐怖とは言いませんが、困惑と隔意ですかね。彼から伝わる感情は。
まあ、あまりいい印象ではないのはわかっていますが。
「驚きがないというわけではありませんよ? しかし、あの時はテーレさんは私たちを護るために敵を殺したわけですし、それも私の言葉によるものです。それを怖がってみせるのは失礼でしょう。彼女も助けたのに割に合わない。街の秘密については、まあこの国に来て初めての街なので、こういうこともある土地柄なのだろうという感じですか」
「だ、だが、お前は聞いていなかったかもしれないが、彼女は……笑っていた。殺しながら、楽しそうに」
「そうですか……それはよかったです」
ある意味一番憂慮していた部分がそこだったのですが、楽しそうだったと言うのならよかった。
これが泣きながらだったというのなら二度と口を利いてもらえない覚悟が必要だったかもしれません。
「……なん、だと?」
しかし、バルザック隊長からすれば意外な回答だったようです。
まあ、そう思われるのがわかっていたとしても嘘は口にしませんが。
「嫌々手を汚させてしまったとしたらそれでできたトラウマについてはもうどうしようもありませんが、殺害自体をそれほど嫌っていたわけではないというのなら、まあ大丈夫でしょう。しかし、そうなると定期的に対人系の討伐クエストを受けたりした方がいいのでしょうか。コボルトさんを殺さないようにという命令にも不満を持っていたりするかもしれませんし……」
「そうか……俺は勘違いしてたな。いや、ギルドの奴らもか。あの少女がお前を独占してたわけじゃなくて、お前があの少女をコントロールしてたわけか……今回のことは、当然の結果ってやつか?」
「当然というわけではないでしょう。不幸な事故ですよ。いくつかの悪意と偶然が絡んでしまった結果なら、仕方ないでしょう。あ、しまった……」
「どうした?」
「失礼、つい気安い口調を。いえいえ、バルザック隊長とは関わりのない失敗に気付いただけです。具体的には、盗賊の方々の供養をすっかり忘れていました。しかしどうしましょう? 彼らの信じる神様や宗教がわからないと正しく供養できません。同じ世界でも火葬がタブーな場合と土葬がタブーな場合もありますし、場合によってはミイラ加工のようなことも必要かもしれないのに……これからは、相手を殺す前に信仰を調べておくようにテーレさんにお願いしなくては」
「……ハッ、心配した俺が馬鹿みたいだ。さっさと街から出て行くといい。お前ならこの世界のどこだって、ヘラヘラ笑って生きていけんだろう。できればあの物騒な女もちゃんと連れて行ってくれよ?」
「はい、では質屋の店長さんへの口利きの方はよろしくお願いします」
その前に少々この街での活動の後処理が必要になるかもしれませんがね。
さて、さすがに『急に用事ができて宿を引き払うことになりましたが、テーレさんはそれを知らないので来たら伝言をお願いします』は奇妙に思われてもおかしくない言い分でしたね。
というか、普通に考えて仲間だと油断させて荷物を盗んでいく悪質な裏切り行為にしか見えないですね。
逆にそれを馬鹿正直に言ったことで宿屋の店主さんに『もしかしてケンカでもしたのか?』と心配されましたが。ありがたいことに、他の客が来なければ一日くらいは部屋を空けておいてくれるそうです。助かります。
さて、しかしおそらくこの部屋にはもう戻って来られないので、荷物は持って行かなくては。
そう思い、部屋に入ったのですが……
「お待ちしておりました。ご無事で何よりです、■■さん」
そこには先客がいたのです。
私が初めて出会う、しかし種としては初めてではない存在。
「私は天使ターレ。女神ディーレ様の眷族です」
テーレさん以外の、『天使』という存在です。
「この度は、あなたの選択された転生特典『万能従者テーレ』の暴走についての説明と、その対処のために参りました」
side テーレ
自分の胸に短剣を突き立てて、力を籠める。
それだけでいい。それだけで、この肉体との繋がりを断って天界へと帰還できる。それなのに……力が入らない。
怖気づいているわけじゃない。この肉体の構造的な、創造理念に由来する問題だ。
『従者』は勝手に自決なんてできない。
私は、今すぐに天界に帰ることができない。
「……はあ、どうしよう」
すぐに天界に帰らなければいけない。
そうでなくても、この世界でこれ以上悪事を働かないように、私自身を封じなければいけない。
「百年は状態維持できるように術式を組んできたはずなのに……」
今の私には、天使の翼も光輪もない。
けれど、きっと、今の私の翼は黒ずみ、光輪の輝きは鈍っている。
こんなにも早くディーレ様の加護が切れるとは思わなかった。
「こうなったら……まだ、理性的に行動を選べるうちに、どうにかしないと……」
まだ、私が『天使』でいられる内に、始末をつけなければいけない。
私が抑え込めない『私の本質』がこれ以上、暴走する前に。
side 狂信者
「テーレさんは、表面的には純正の天使です。しかし、彼女には普段隠しているもう一つの性質があります。今回のことは、そのもう一つの性質がなんらかのきっかけで表出し、暴走した結果だと考えられます」
ターレという名を名乗った天使様は、この世界では完全に人間の器に収まっているテーレさんと違い、転生の時に見たテーレさんと同じ翼と輪を持った、この世界においても『天使』として存在するものであるように見えます。
そして、それはこの現状が『異常』な事態であることを示しています。
「つまり……二重人格、人間で言うところの解離性人格性障害のような状態だと考えればいいですか?」
「はい、その理解でそれほど間違っていません。おそらく、あなたがイメージしているほどはっきりと解離はしていませんが。ただ、ふとしたきっかけで衝動的な行動が我慢できなくなる。欲求を抑えきれなくなるといった状態なのだと思われます。そして、それは後天的なストレスや肉体的な器官の不具合が原因ではなく、彼女自身の魂に先天的に存在する問題です。彼女の魂は本来、天使への適性がそれほど高くありません。天界ではディーレ様の傍で加護を受け続けることで抑え込んでいますが、そうしなければならない、根本的な性質的欠点というものが彼女にはあるんです」
「性質的欠点?」
「先天的な性質、あるいは属性や本性と言えるもの。あるいは適性、あるいは才能。表現はどうあれ、その魂が個として成立してから全てをリセットされて転生するまで、消えない、変えられない業です」
「宿業、あるいは深層心理の願望のようなものですか。まあ、そういった後天的な経験や明確な理由のない人間性の歪曲について、私はある程度理解があるつもりですが……」
「いいえ、テーレさんの魂の奥底にあるものは、人間には御しえないものです。ディーレ様ですら、完全に打ち消すことができなかった、強固で不変の性質です」
天使ターレは言いました。
一週間、私が共に暮らしたテーレさんの『正体』をはっきりと口にしました。
「テーレさん……彼女の本質は『悪』です。法をすり抜け禁忌を侵す悪意の才能と、他人の苦痛に悦を感じてしまう悪の感性、そして、そこにいるだけで世界の『悪いもの』を集めて周りにいる者を不幸にしてしまう性質を持つ、異端の天使……善意と幸運を司るディーレ様と対極の性質を持つ、災厄の天使なのです」




