第15話 先天性
side テーレ
ああ、呪いあれ。
その悪意に不幸あれ。
善意での行動にディーレ様からの幸運が与えられるというのなら、悪意からの行動には理不尽に降りかかる不幸がお似合いだ。
「怨むのならば己の業を怨め。呪うのなら過去の自分を呪え。その罪は私の刃が清算する」
『可能な限り大勢護る』。
その命令を実行するために、私は敵対者を排除する。
短剣を振るい、その眼を、その喉を、その動脈をなぞる。
「私との出遭いを呪え。善の足りない己を悔いろ」
襲い掛かってくる者がいた。
正面から切り裂いた。
腰を抜かす者がいた。
素通りするふりをして、すれ違いざまに撫で斬りにした。
背を向けて逃げる者がいた。
落ちていた剣を投げてやった。
「【失敗率証明】」
この肉体に負担をかけないように出力を調節した【確定大失敗】の下位互換。
致命的な大失敗を引き起こさせるわけではないけれど、普段なら十中八九成功するはずの事象を運気を最低限下げることによってギリギリ失敗させる、私の性質の発露。この一週間で組んだ新しい術式だけど、これなら、倒れずに日に三回くらいまでなら使えそうだ。
それにより、投げた剣は気配を察して避けようとした敵対者の足に刺さり、その逃走を失敗させた。
こうなれば、後は関係ない。
普通に歩いて行って、普通にとどめを刺す。
その涙を浮かべる顔を見下ろして、その傷を踏みつけて、抜いた剣を胸の上にぶら下げる。
ほんの数秒だけ待つ。
敵対者は恐怖に慄きながら、思考を巡らせる。
逃げ出せる可能性はあるのか。何といえば助かるのか。何故自分がこんな目にあっているのか。
次の言葉が最後になるかもしれないと考えながら、言うべき言葉を必死に考える。
そして、覚悟して息を吸い込み。
「じゃあね」
その言葉が形を成す前に、力を込めて落とした剣が胸を貫き、一息に切り裂く。
発しようとした言葉は穴の空いた肺が吐き出すことを許さず、せめて何かを訴えようとする目は誰にも見られることはなく濁っていく。
ああ、その悪意に呪いあれ。
ああ、因果に忠実に応報を受けよ。
その最期の理不尽こそが、現世の罪への清算である。
「はは、はははは、ハハハハハ、アッハッハッハ!」
短剣が血で汚れていることに気付いた。
何人も斬ったせいで、血が混ざって汚れきった鋼の刃。
その側面を舌で撫でると、不味い鉄の味がした。
『背徳』の味がした。
「ハハハハハ、アハハハハハハ! ハハハハハ!」
高らかに笑う。
隠してはいけないから。
この『私』を、押し込んではいけないから。
「アハ……ハハハハハハハハ! ハハハハハハハハ……はは、はは……」
ああ……ごめんなさい、ディーレ様。
テーレはやっぱり、悪い子です。
side 狂信者
『このテロ事件での死傷者は26名、その内日本人観光客は3名、いずれも重傷とのことです』
昔、ニュースでよく出て来るこの表現の意味が分からなかった時期がありました。
いえ、伝えようとしている情報は理解しているのです。テロに巻き込まれ、肉体的被害を受けた人間が26人、その内日本国籍を持つ人間が3人含まれていた。それは伝わっています。
しかし、何故そういった表現をするのかが意図がわからなかったのです。
何故わざわざ、日本人の数を強調するのか。
しばらくして、母親の反応からそれが『このニュースをテレビで放送しているのは日本であり、大部分の視聴者である日本人は日本人の被害者の数だけを重要視しているから』であると気付きました。
死傷者の数というのは事件の規模の物差し、そして日本人被害者の数はその規模の事件の内、自分たちに関係のある部分を示していると。
何故なのか、新たな疑問が生まれました。
何故、26人の人間が死傷したことを悼まないのか。
何故、3人の他人が被害を受けたことを悼むのか。
世界には、私には見えない境界線があることを感じました。
私には見えないものが、他の皆さんには見えているようです。
成長するにつれて、見えないけれど存在するらしいものは増えて行きました。
クラスの『グループ』の境界線とは、どこに書いてあるのでしょう?
『普通』とは、どの人の行動を参考にすればいいのでしょう? 私には、全く同じことをしている人間なんていないように思えるのですが。
『常識』とは、どのような法則で定義されているのでしょうか? 全部でいくつの項が定義されていて、私の把握していないものはいくつあるのでしょうか?
『偉い』とは、どのような状態なのでしょうか? 『偉い』とされている人が発した命令に従って別の人がその通りにするという現象は認識していますが、それは利害関係による取引とどこが違うのですか?
『私有地』とは、何を区切るものなのでしょうか? 猫も鳥も空気も草木も、誰もそんなことを気にせず移動しているのに、人間だけが通過を制限されるというのは、わざわざ不自由を作っているのではないですか?
『国境線』とは、なんなのでしょうか? 世界はほぼそれぞれの国の領地として分類されているそうですが、そもそも海や大陸は人間のものなのでしょうか?
ええ、きっとそれらは存在するのでしょう。
皆さんが存在するものとして扱って、当然のように存在を前提に話すのなら、きっと私に見えないだけでそこにあるのでしょう。
私にだって、目に見えないものが存在することくらいわかります。
磁力だって目には見えませんが、磁石の下に砂鉄がぶら下がるのは気のせいではありませんし。そういった立証実験を私が見逃しただけで、きっと皆さんは何か証拠があって、論拠があって、それらが『存在する』と認識しているのでしょう。
だったら、そんなにもたくさんの見えないものが『ある』のが当然だというのなら、私の最後の疑問に答えてもらってもいいでしょうか。
そんなにも見えないものを当たり前に信じるあなた方が何故、『神様』だけは『いない』と言うのですか?
「……はあ、気絶していましたか。やはり前世より身体が強靭になっていると言っても、攻撃側も水準が上がっているので油断はできませんね」
無生物の岩石や土が相対的に軟らかくなっている分、壁の破片でのダメージは少ないのですが、爆発の衝撃自体は魔力由来なのか非常に響きました。
まだ耳がキンキンします。あとちょっとだけ走馬灯のようなものも見えた気がしました。
「さて、第三班の皆様は……あまり、無事ではありませんか」
ディーレ様の加護のおかげでしょうか。
私は回避には失敗したもののダメージは最小限、それに対してお二人は反応が遅れて回避自体が大失敗といったところですか。
「さて、あちら側はテーレさんが護ってくれているはずですが……全員生きているといいのですが」
さすがに爆発に対して全員を護りきれというのは無理な注文と思い『可能な限り』とつけましたが、位置が悪ければ爆発で即死もありえますからね。
「いえ……即死はないですか。爆発の目的は壁を崩して道を塞ぐことだったようですし」
殺傷力を優先するなら、もう少し浅い位置に爆発物を埋めた方が効果的です。
そうなると、目的は退路を断つことと見るべきですか。
全員を確実に仕留めるのが目的……いえ、それなら爆発を早めるのはおかしいですね。狙っていた人物が既に前半分に進入していたから問題なしと判断したのかもしれません。
「つまり、定石通りに第三班だけで助けを呼びに戻るのは愚策、あちらの思惑通りですか」
まあ、理屈はどうあれテーレさんを置いていくというのはどうあっても愚策という気がしますし。
となると問題は、崩れた壁でできた即席のバリケードをどうするかという話ですが……
「……よし、掘りましょう」
気絶した二人は少し離れたところへ動かしておきましょう。崩れてくると危険かもしれませんし。
できたばかりの土砂ならまだ柔らかいですし、人の通れる程度の隙間ができるように崩せば通れないことはないでしょう。
まあ、問題は上手く崩れる起点を抉れるかというところですが……目算で候補はいくつか見つかりますし、その内のどこが当たりかは『運が良ければ』すぐにわかるでしょう。
一回でダメなら二回、二回でだめなら十回、十回でダメなら百回も試行してみれば多分いけるでしょう。
「ではまずはここからですかね」
side バルザック・ジップス
信じられない光景だった。
あのテーレという少女が、新人とは思えないような才能の持ち主だということはわかっていた。だが、ここまでとは思わなかった。
7人の命が、二分で消えた。
いや、それを責めるわけには行かない。俺達を護るためだ。逃げようとした最後の一人を仕留めたことも、増援を呼ばせないためと考えれば責めることはできない。俺達は退路を塞がれ、絶体絶命だったのだから。
しかし、それでも恐怖を感じずにはいられない。
笑っていた。
嘲笑っていた。
微笑んでいた。
血の化粧で、上気する頬を隠していた。
幸運だったのは、他の仲間が皆気絶していることだろう。未熟な者があの様を見れば、恐怖に呑まれて彼女に襲いかかっていたかもしれない。
俺だって、自分を押さえ込んでいる。
その気になれば俺達を瞬く間に殺し尽くせる才能の持ち主が、よりにもよって殺しに快を感じる種類の人間で、しかもその人間に自分達の命を守られ、握られているという事実に、恐怖を感じずにいられるものか。
今、あの少女は沈黙している。
最後の一人を背後から倒し、とどめを刺してひとしきり笑い声をあげた後、動きを止めている。
傷を負ったようには見えなかった。
何故止まったのかわからないが、声をかけることはできなかった。その刺激が、彼女の次の行動をどう定めるかわからなかった。
だが、そこに……
「バルザック隊長、聞こえますか? 土砂の壁が少し崩れるので、近くにいたら退避をお願いします」
壁の向こうから、爆発に巻き込まれて無事ではないかとっくに避難していると思っていたやつの声がした。
「ま……待て、今こっちに来たら……」
「壁際に誰かいるのですか? 動かせないようなら位置を教えてください」
「そういうわけではないのだが……」
「では、そちらへ行きます。戦闘中という音でもなさそうですし」
壁の端が崩れて、黒い服を土まみれにした『狂信者』が土砂を押しのけて現れる。
「ふむ、試行回数37回ですか。まあ、二桁前半なら幸運の内でいいですね。さて、テーレさん、そちらはどうでしょうか? 全員護れましたか?」
そして、目の当たりにする。
血にまみれたパートナーを、死体の転がる地面を、少女の作った惨状を。
「ま、待て! 狂信者! 彼女は気絶した仲間を護って……」
自分でも、何故とっさに言い訳のような言葉が出たのかわからない。
危険な彼女を拒絶させることで刺激させたくなかったのか、あるいはあんな怪物じみた人間でも命の恩人だと名誉を護ろうとしたのかわからない。
だが……
「ふむ……第一班、第二班は全員生きていますね。よかったです。全員生存ですね、バルザック隊長」
こいつの言葉は、もっとわからなかった。
『全員生存』……パーティーとしてのその言葉は間違っていないはずなのに、何故だかそれがとても見当違いなもののように感じてしまった。
しかし、『狂信者』は俺に向かって『隊長としても味方が死ななかったことはよいことでしょう?』とでも言うように首を傾げ、それから俺が喜んではいないと気付いたのか、訂正するように言葉を改めた。
「おっと、すみません。ギルドに帰還するまでがクエストですよね。さて、さすがに一人で気絶した人間二人を運んで帰るのは難しそうなので、何人か軽傷の方を起こしましょうか。私は医療法面の知識はないので隊長かテーレさんにお願いしたいのですが……テーレさん、負傷したのですか?」
こいつには、死体が見えていないのか?
何故平然と、血溜まりを踏んで、血まみれの彼女の傍へ行けるんだ?
「……殺した」
「そのようですね。あ、この世界にも正当防衛の概念はさすがにありますよね。盗賊と冒険者がいるんですし」
「……逃げようとした最後の一人も、追って殺した」
「みたいですね。少し距離が離れてますし。流血の跡を見るに、剣を足に投げたんでしょうか。合理的です」
「……あなた、死体、見慣れてたっけ?」
「まあ一応。テーレさんとのクエストでモンスター討伐もやりましたし」
「そうじゃない。人間の死体」
「そうですね。おそらく生で見るのは初めてですね。あ、一応前世では本物の骨でできた人体模型などを見たことがあります。あれも死体と言えば死体かもしれません。ああ、あとこれは直接見たわけではないのですが同意の元生きた人間の身体に樹脂を入れて作ったという筋線維模型の写真を見たこともありますがあれはなかなかに印象深いもので……」
「そういうことじゃない! なんで驚かないの! なんで恐がらないの! いや違っ、違わない! 私がこれを……あれ、私はこれを……?」
様子がおかしい。
さっきまでの余裕はどうした?
あの哄笑はどうしたんだ?
「あー、そうですね。ごめんなさい、テーレさん。『可能な限り』と言った以上、対処が徹底化することも予測できたはずですし、これは私が悪い。罰金で済めばいいのですが……」
「あなたが悪い? そんなわけない! これは私がやった! ここまでする必要なんてなかったのに……やりたかったから、やった。命令を拡大解釈して、皆殺しにした。おかしいでしょ、なんで私ここまで……」
「ふむ……そうですか。どうやらテーレさんは混乱しているようです。今日はひとまず帰って落ち着きましょう。まずはその血を拭いて……」
「触らないで!」
少女の頬に触れようとした狂信者の手が弾かれる。
狂信者はその反応に驚いたように手を止め、少女を見るが、少女は振り返らずに、目にも留まらぬ速さで駆けて逃げていく。
「ふむ……困りましたね。テーレさんなら別の出口から坑道の外に出るくらいは楽だと思うのですが」
そう言って、狂信者は俺に手を伸ばす。
「バルザック隊長。まずはクエストを中止する許可をください。それと、私一人だと迷路のような坑道から地上に帰れる自信がないので皆さんを起こして同行していただけると助かります」
今作の主人公はこういう男です(今更ながら)。




