第160話 燻り出し作戦
side テーレ
どこの世界にも馬鹿はいるものだ。
馬鹿と天才は紙一重とは言うけれど、普通のやつが理由を説明するまでもなく避けることをやって自分が天才だと思ってるやつはたちが特に悪い。
……うちのマスターは、それが普通の思考だと思って馬鹿みたいなことをやった上で、何だかんだで天才でも出せるかどうかわからないような結果を出すからその例に当てはまらない。
暗号文で送られた招待状を間違った読み方で解読した上、その招待状で罠を仕掛けた黒幕の隠れ家を直接ノックするみたいなことをやっちゃうやつだし。
とにかく、普通は『誰もやらないこと』には『やらない方がいい理屈』がちゃんとある。大抵の『立ち入り禁止』はその張り紙を書いた人間じゃなくて、その張り紙を見る側の人間の安全を考えたものであるように。
だっていうのに……
「ここの調査は禁止されてんだろうが! ギルドに連絡してやろうか!」
「そりゃそっちも同じだろ! 俺達に帰れっつうんならテメエらも帰れ!」
「あ、あの、私はそれでいいんですけど、ここに入ったら出てこられないから調査はやめた方が……」
「「部外者は黙っとけ!」」
……少なくとも、今ここにいる内の半数以上がそれを理解できない馬鹿だって言うんだから呆れたものだ。
近付く間に言い争っている三勢力、冒険者パーティー二つと学院の制服を着て背中に何故か剣を背負っている十二、三歳の少女の話を聞いて事情を把握したけど、問題は整理すればそれほど難しくはない。
冒険者パーティー二つの目的は、この異常な空間、真っ黒な球体に見える『永遠の停戦地』の調査。
けれど、それはどっちも正式な依頼を受けたわけじゃなくてギルドにも認可されていない独断専行……『魔王認定』が近いという情報を聞きつけて、それならば認定の前にここの全容を把握しておいて『魔王認定』が正式に行われた直後に一番乗りで解決してしまえば『偉業』の称号を得られる。それによって補償やスポンサーを手にできるという魂胆……だったけど、それが互いに鉢合わせ。
一番乗りを奪われることもそうだけど、私たちみたいに後ろ盾もなく基本的には調査禁止の異常空間に手を出そうとしていたことが互いにばれてしまった。そのために、引くに引けない状態……仮に、匿名で違法調査を密告されたりしたらという懸念から、相手を脅しつけるような形で口論になってしまった。
そして、『お互いに相手を見なかったことにして帰ろう』と言えるほど大人ではなく、自分たちだけは調査をしたいと欲を張り合った結果、その論点は『どちらがよりこの手柄に相応しいか』という捕らぬ狸の皮算用に発展し、これまでの功績自慢と詳しく知りもしない相手の手柄を貶す罵り合い。今にも互いに剣を抜いて実力で決めようと言い出しそうな険悪さに発展したらしい。
そして、残る剣の少女はどちらの味方でもなく、別に黒い球体に入りたいわけでもないらしい。なら、どうしてここにいるかは聞こえてくる話からじゃわからないけど、彼女はシンプルに真剣に、そして愚直に『入ったら出てこられないから入ってはいけない』という正論派というか優等生みたいなことを言っている。
けど、そもそもそんなことはわかりきってここに来ているやつらがそれを聞く道理はなく、むしろその模範的な態度で向き合われることで『あなたたちは悪だ』と言われているような気分になって憤慨したらしく、さらに苛立ちを募らせている。強いて言うのなら、剣は背負っているものの明らかに不釣り合いで抜く様子もない少女が間に入っていることで、なんとか刃傷沙汰は防げているというような状態だ。
……私なら、そんなやつらは放置して知らんぷりしておく。
違法調査をしに来たのだから、そこで何が起きても、たとえ傷を負ったとしてもそれで死んだとしても自己責任というものだ。それが嫌ならさっさと話に切りを付けて協力するか諦めるかすればいい。
元々『入ったら出られない』という場所だ。相手に譲った方はそれが本当かどうか外から確かめられるし、譲られた方はもしかしたら内部で奇跡的にこれまでの人々が気付けなかった何かに気付くなりしてこの現象の突破口を先に手に入れられるかもしれない。どっちがよかったかは実力次第運次第、恨みっこなしだ。
……まあ、見た感じではどっちも新人以上ベテラン未満。きっと、比較的手に入りやすい第一から第三あたりの『偉業の称号』を上手いこと手にしちゃって、勢い付いただけだろう。そこまではギルドに従って依頼を受けていれば安全に取れる範囲の称号だというのに。
こいつらのやろうとしていることは赤ん坊が手を引いてもらってよちよち歩きするのに慣れたからといって、調子に乗って一人で走り出してみようとしているようなものだ。
こいつらに解決できるのなら、もう最初の方の調査チームが解決しているだろう。
けれど、それを指摘したところでここまで場を温め合ったこいつらが聞くことはない。むしろ、『偉業の称号』を持たないものの大領主からの依頼を受けているという私たちがここにいるというだけで、話がさらに拗れるだろう。
今ならまだ、あちらには見つかっていない。無視して別の場所からこの異常空間を調べ始めることもできるけど、どうするべきか……
「ふむ……こちらが風上ですね。では、とりあえずは食事にしましょう。テーレさん、確か町で新鮮なお肉を買っていましたよね。あれを焼いて食べましょうか、スパイスを振って」
「……それってつまり、あいつらを燻し出して追い出すってこと。それともまさか、こっちに気付いて一緒に食べたら仲直りとか?」
「そうなってくだされば、一番よいと思いますよ。けれども、彼ら全員が釣れなくとも……何人かが『馬鹿らしい』と思ってくだされば、それでいいかなと。特に、あの仲裁をされている方。彼女はこのままだと両陣営から袋叩きにされる可能性があります。私はそうは思いませんが、彼らは先程から何度か『議論の邪魔をするな』というようなことを言っていますので、その内『話がまとまらないのはお前のせいだ』となるかもしれません。その前に、注意を多少なりともこちらに向けてもらえれば最悪の事態は免れるかと」
「喧嘩してる目の前で美味そうに肉とか食べて敵意を集めるってわけね。まあ、確かにそうすればあの真ん中の子が抜け出す口実もできるしいいかもね。で、私たちに怒りが向いたらどうすんの?」
「一度、普通に逃げて様子を見るとしましょう。さすがに近くで料理をしていたから殺すというほど非常識になりきれてはいないでしょうし、そうだとしても逃げきればいい話です。私たちはギルドではありませんが依頼を受けてここにいますからね。ここにいたことを告発されても問題はありません。もちろん、わざわざ彼らを告発するような面倒をする必要もない。彼らは罰則を恐れて撤退するもよし、内部調査を敢行するもよし。私たちは少々急ぎではありますが、一度や二度くらいは撤退する余裕がないわけではありません。むしろ、目の前で侵入してくださるのなら情報が増えますし、告発のために帰ってくださるのならそれもまたよしです」
要するに、近くで人間の醜い争いをおかずにご飯を食べて、遠回しに馬鹿にしてやろうと。
で、こっちのやってることはただ単にお昼時に食事の支度をするだけだから、あっちが怒ったら手が出る前に離れればいい。あっちも執拗に追っては来ないだろうし。
で、一人でも香りに惹かれて分けてほしいとでも言ってくれれば儲けもの。ああやって獲物を前にして言い合っているよりは食べながら会話した方がまだ落ち着けるというものだ。
「はいはい、わかったわかった。なんかいい匂いがするやつ作るとするわ」
数十分後。
焼き肉燻り出し作戦の結果。
「ごめんなさい、お腹が空いてて……」
「いえいえ構いませんよ。大人の集団相手に喧嘩の仲裁など、なかなかできることではありません。結果はどうあれ……さあさ、どうぞ遠慮なく」
スパイスの香りに燻された冒険者集団は、旅人に争いを見られてギルドに報告されるのを嫌ったのか、和解しないまま逃げるように球体の中へ突入……何が起こるかわからない場所で外の対立を解決しようとするのは最悪手としか思えないけど。
そして、仲裁に当たっていた少女は取り残され、仕方なしというようにフラフラとこちらへ。最初は見ているだけだったけど、マスターが何度か呼んだら申し訳なさそうに近くまで寄ってきた。
「まったく、引き留められる算段もなしに他人の争いに首を突っ込むなんて馬鹿のすることよ。まあ、争ってるやつらの風上で暢気に焚き火やってるこっちも賢くはないけども」
勇敢な主人公気質の男なら割って入って仲裁するとかかもしれないけど、あの状況だと既に『争いはやめるように』『中に入ってはいけない』というのは何度も言われて拒否した後だ。力尽くでやらない限り言うことを聞いたりはしないだろう。
それで言えば、この『遠回しに争いの醜さを馬鹿にして笑う』というのはある意味一番穏当だ。真剣に馬鹿なことで争ってる当人達からは完全に嫌われるけど。その分、この子へは怒りが向かない。
近くで改めてその姿をよく見る。
リボンで一本に束ねられた長めの後ろ髪は、冒険者ほどではないけど運動を習慣的にする女の子がよくするタイプのファッション。服装は学院の初等部に所属することを示すライトグリーンの制服。
こんなところに一人でいることが不自然な幼い顔付きと華奢な身体、そして明らかに不釣り合いな背中の長剣。
……改めて、『どうしてここにいるのか』がいまいち想像できない。外見だ。唯一外見で浮いている背中の剣を差し引いて、学院の初等部生徒だとしてなんでここにいるのか。さすがに誘引力があるといっても中央の学院まで届くとは思えないし……
「ところで、そろそろお訊ねしても? あなたはどうしてこんな山奥に? しかも、そんな装備で。山を舐めたら死にますよ?」
マスター、やっぱり普通に質問した。
しかも訊き方が相変わらず『相手が子供だから心配する』って感じじゃなくて『誰だかは知らないけれど不用心な装備は見過ごせない』って感じで反発しにくい訊き方だ。まあ、こいつは本当に思ったことを言っただけなんだろうけど。
軽く注意された少女はオドオドしながらも、質問に答える。
「あ、はい、ごめんなさい……わたしはその、学院からの調査で一緒に来て……他の人たちが中に入って出てこなくなっちゃって……」
「なるほど……つまり、学院ではこの球体の調査が行われていて、あなたはその見学か何かで同行してきたと。そして、本来はそんな予定はなかったものの……調査班の大人の方々が、この球体の誘引力に思いのほか耐性がなく、一人だけ影響を受けにくかったあなたが単身で馬車から下りて取り残されてしまったと」
「……そんな感じです。実は、食べ物もあっちで、どうやって帰ったらいいかわからなくて待ってたら、あの人たちが来て……」
「町まで送ってほしいと願い出ようとしたら、あちらの方々は言い争っていて話が拗れたと。災難でしたね」
学院からの調査……『魔王認定』を前にしているとのことだし、あっても不思議じゃない。
そこに子供を同行させるっていうのは非常識だけど、中には弟子やら身内やらに小さい頃から経験を積ませるために、現場を見せようと考える研究者もいないわけじゃない。納得できない話じゃないし……噓をついている気配もない。これで全てが真っ赤な噓だったら、相当な役者だ。将来は劇で食べていける。
これまでの話で、ここにいる理由と学院の制服についてはほとんど辻褄が合っている。
後の問題は……
「ちなみに、その剣は? 護身用っていうには大きすぎるし、伊達で持ってるだけにしては……鞘だけ見ても、かなりの品に見えるわ」
「こ、これはダメです! お肉を分けてもらったことには感謝しますけどこれは絶対に渡せません! わたし、これないとなんにもできないんです! 私の命なんですから!」
「心配せずとも、情報以上のお礼は求めませんよ。しかも腹ぺこの子供から……しかし、自分の命とまで言うとは、それだけ大事なものなのですね」
「はい! 他の人にとってはナマクラでも、私にとっては世界一の剣なんです! 盗ろうとしたらおにいさんおねえさんでも怒りますからね!」
「盗りませんよ。もっともそれに価値を見出しているあなたから奪い取っても、価値の総量が下がるだけです。テーレさんもいいですね。彼女が許さない限りはこっそり調べたりしないように」
「わかってるわよ。この子が錯乱して斬りかかってきたりしたら取り上げるけど、それはいいでしょ?」
「ええ、もちろんです」
こうして、目視だけで見る限りは……柄とかが結構旧そうだし、一家に伝わる家宝で常に手放せないとかかもしれない。それに……気配からして、装備していれば常時稼働するタイプのマジックアイテムとしての機能がある。
どんな系統かはわからないけど……この子の華奢過ぎる手脚とか、さっきの『何もできない』っていうのを聞く限り、もしかしたらそれは本当の意味で『何もできなくなる』のかもしれない。
高効率の身体強化か、あるいは精神的な強壮効果か。
それが『精神抵抗力を上げる』というものを含むのだとしたら、この少女だけが影響を受けにくかったというのも納得できる。
まあ、無闇に敵を増やす必要はないだろう。
「さて、テーレさん。どうしましょうか。確か、近くに遭難者……というか、この球体に誘引されてきた人を見つけて保護するための巡回さんの頓所か何かがありましたよね。そこまで送りましょうか」
「……はあ、そうね。私たちもすぐに出てこられる場所かはわからないし。ほっといてもその内に見廻りに見つかるだろうけど、万が一外で待たせて置いて餓死されたら責任取れないわ。あんたもそれでいい?」
「あ、あの、中にまだ一緒に来た人が……それに……」
「心配しなくても、私たちは中のやつに話があってきただけだから。ここらの山ごとこれを吹き飛ばすような馬鹿なことをしに来たわけじゃないわ。中の連中の無事は保証できないけど、解決できたらそいつらも帰ってくる可能性はそれなりに……」
「……テーレさん、話の邪魔をしてしまい申し訳ありませんが、一つ確認を。あの球体、こんなに近かったでしょうか?」
「えっ?」
全ての光を呑み込むように真っ黒で、遠近感のわからない球体。
そして、触れたものを抵抗なく呑み込み、物音一つ立てない空間の境界。
その特性は……『人を誘引して、拡大する』。
そうだ、さっき人が入ったばかりで、ほんの僅かに球体が大きくなったからそれきりだと思っていたけど……もし、『消化』か何かの段階があって、最初の分は大きな変化の前の予兆でしかなかったとしたら……
「ここも……あっ!」
視界が暗くなったのは、マスターが少女の腕を掴んで、球体とは反対側へと投げ飛ばした直後だった。
問題児には問題児をぶつけんだよっ!
ということで、お仲間スカウト(命懸け)編突入です。




