第155話 クロヌスの大領主
side テーレ
大きな街の高級料亭には、基本的に『個室』がいくつか設けられている。
密会、商談、あるいはちょっとした悪巧みなんかのためにちょっと高めの料金を支払って利用できる防音素材、盗聴対策の施された特別室だ。もちろん、商会が盗聴を仕掛けるようなこともない。もしあったとすれば、それは商会そのものの信用を揺るがす行為だからだ。
あの裁判から数日。
私とマスターがキャシーの招待で訪れたのは、中央都市クロヌスで一番の高級料亭のそんな一室。
商談用と言っても盗聴対策のために快適さを捨てているわけではなく、十人くらいなら楽に座れる広さと仄かに温かさを感じさせる暖色の照明。クッションの効いた座椅子やテーブルに並べられる高級食材をふんだんに使った料理なんかはこの部屋が『最高級』であることをわかりやすく示している。
キャシーの話では、ここの代金は経費で落ちるから遠慮なく食べていいという話だけど……それはつまり、それだけ面倒な案件についての話があるということだ。
そう、例えば……貴族絡みの案件とか。
「なるほどなるほど。つまり、有力貴族失脚の混乱で遅れている私たちへの報酬を……このクロヌス領の領主様から直接与えたいと」
「街を救った英雄としての褒美も特別に与えたいと……まあ、そういうことだろう」
「貴族としての爵位やら土地やらを与えて子飼いの戦力として確保しておきたいって話ね」
わかりやすい動きだ。
私たちはまだ『転生者』として大っぴらに活動する気はないし、それはキャシーを通じて政府側にも伝えてある。私たちに何かがあったときに『兎粥』を刺激しないようにという名目もあるし、とりあえずは受領されたはずだ。
だけど、『転生者』ではなく『事件の功労者』としてその活躍に褒美を与えるというのなら真っ当に断る理由はない。正直に言えば、お抱えポジションは動きにくくなるから避けたいんだけど……
「ふむ、クロヌス領主と言えばつまりは大領主。大名や藩主のようなものでしょう。そして、この世界における貴族制度を考えればそれなりに強力な権力者。理由もなくお断りして不興を買うのも面倒、そういうことですね」
「まあ、そうなるな。すまない、この件に関しては私は完全に使いっ走りでな。強引な行為や勝手な叙勲などはさせないつもりだが……」
「いえ、キャシーさんを責めているわけではありませんよ。むしろ、今回の依頼では少々目立ちすぎましたからね。仕方のないことでしょう。それに、上手く距離感を保てば強力な後ろ盾になるかもしれません」
確かに、そろそろ隠密活動も限界だと思っていた所ではある。最初の予定では地道に依頼の数をこなして下地を作っていくつもりだったのに、マスターが修業で予想以上の戦力強化を完了してたのもあるけどかなり目立つ活躍ができてしまった。ある程度は実力者らしく振る舞わないと逆にまだ手付かずの大戦力を利用してやろうという輩が集まってきて面倒になる頃合いだ。
その点では、クロヌスの大領主と会っておいて唾を付けられておくというのはそういう手合いへの牽制としては悪くない選択だろう。
だけど……
「『研究施設』は貴族コミュニティとの繋がりが強い組織だと考えられる。クロヌス領主が安全な保証はあるの? 鎧悪魔を全滅させて恨みを買っただろうから、城に行ったら罠でしたとかは勘弁して欲しいんだけど」
現段階では、私たちはまだ『活躍し始めたばかりの無名の冒険者コンビ』でしかない。
むしろ、消すなら今という見方もあるだろう。このタイミングでクロヌス領主が接触してくるのは自然とは言えば自然ではあるけど、そのクロヌス領主が『研究施設』の恩恵を受けている立場なら丁度いい位置にいたから私たちの処分を買って出た可能性だって十分にあり得る。
やり方にしたって、城に招かれた私たちが何かテロ行為を働こうとしたって濡れ衣を着せるなり転生者に個人的な恨みを持つ使用人のせいにするなり偽装工作はいくらでもできる。少なくとも、この中央都市クロヌスで大領主は『王様』に等しい。それだけのことを考えられるだけの権力はある。
「ああ、そのことについてはあまり心配しなくていい。というよりも、私がこの連絡を運んできた理由がそれなんだ」
「と、言いますと?」
マスターの問いかけに対して、キャシーはもう一度個室の入り口に視線を向けて防音状態になっていることを確認してから、その『理由』を口にした。
「これはまだ非公開情報だが、クロヌス領主は『研究施設』を潰すために動いている貴族派閥のトップなんだ。今回の報酬を渡すために城に招きたいというのも表向きの話で、実の所は対『研究施設』の戦力としての協力を依頼したいとのことらしい」
side 狂信者
現クロヌス領主『ライエル・フォン・クロヌス』。
噂に聞くところによると、かなりの才人であり行動家。
父親の前領主様は多くの側室を抱え、多くの子息の中から最も才覚の優れた者を生まれた順や母の血統に関わらず跡継ぎにするということを最初から方針として打ち立て、兄弟間での蹴落とし合いさえもむしろ推奨していたとのこと。
その最終結果として、このクロヌス地方の『王座』に就いたのは継承権第十六位であった現領主様。クロヌス地方の経済が右肩上がりを続けていることを考えれば、その厳しい方針は実を結んだと言えるでしょう。
肉親との後継者争いで磨かれた政敵に対する苛烈さだけでなく自らが治める人々への愛情も持ち合わせており、昔から護衛もなくお忍びで城下へと繰り出して臣下の方々を困らせながらも人々から親しまれているとか……まあ、噂ではありますが。
賢く、敵に厳しく、民に親しまれ、領地の発展に力を注ぐ。
模範的で理想的な領主の姿と言えますが、彼についてのキャシーさんの評価としては、彼には長所であり短所でもあると言える部分が一つ。それは上昇志向の強さ。
そも、この『ガロム中央会議連盟』は先の戦乱でバラバラだった中小諸国が『ガロム王国』を中心に手を結んだ実質上の共同国家ですが、それは決してガロム王国が他の全ての国々を圧倒したわけではなく、戦乱の最中に発生した人類の危機……『邪神』の降臨に対しての共同戦線がなし崩しに終戦に繋がったもの。
その後も、戦乱により低下した国力を補い合わなければ共倒れすることがわかっていたために、その停戦交渉の中心となったガロム王国が現代『中央政府』と呼ばれる執政機関の基盤となった意見調節機関が物流や軍事力の調節を行っている内に今のような将軍と大名のような上下関係ができあがってしまった。
言い換えれば、各地の大領主は戦争に負けていないのに混乱に乗じて勝利を奪われてしまったのです。それは、納得のいかない部分も多々あって当然でしょう。
戦乱の末に結ばれた平和条約は実質的には『無期限停戦条約』。
そして、クロヌス領主たるライエル・フォン・クロヌスというお方は今でも中央政府……『ガロム王家』への反骨精神を持つ大領主であると噂されています。
もちろん、クーデターを目論んでいるというわけではありませんが、このクロヌス地方の生産力や防衛力、そして経済力や中央政府への発言力強化を見据えた改革を繰り返し、現在の上下関係からの独立を目指しているそうです。
それを踏まえた上で『直接報酬を与えたい』という話を考えれば、『転生者』という特筆戦力との繋がりはどんな手を使っても確立したいというところでしょう。戦乱中はどれだけの転生者を味方に引き込めるかで勝敗が決まるとまで言われたくらいだそうですし。
中央政府としては、クロヌス領主が転生者を勧誘する機会は何か理由を付けてでも妨げたいところですが、クロヌス領主は先んじて『研究施設』への対策指揮を行うと表明することで、『ガロム中央会議連盟』への貢献と矛盾せずに戦力取得を企てているというのが現状なのだそうです。
特に、今回の件に関して『研究施設』との繋がりのあったリドミレ侯爵の行いが発覚した直後に即断即決で処罰を決定し、身内から『研究施設』に繋がる者を一掃したことで身の潔白を証明したことにもなったとのこと。その点では、どこまで『研究施設』に影響されているかわからない中央貴族よりもワンマン経営に近く身内からの妨害を受けにくいクロヌス領主の方が対策組織を任せやすいとも言えるでしょう。
私たちが『研究施設』と明確に敵対していく上では、一時的にでも彼の旗下に加わって後援を受けるのがベター。こちらとしてもライリーさんの持ち帰った情報やこれまでの交戦から得られた情報を出せるので互いに益のある関係になれるとは思うのですが……
「そこまでわかった上で『二日ほど返答を保留させてほしい』って返したってことは、何か理由があるんでしょうね?」
「はい、テーレさんもお察しの通りですよ。これに関しては、即答しない方がいいでしょう。キャシーさんには少々報告しにくい結果を持ち帰って貰うことになりますが、お仕事ということで我慢していただきましょう」
料亭からの帰り道。
まだ完全に日が没するまでは時間が少しあるので、敢えて宿まで直行せず寄り道回り道を続けながら、テーレさんに説明します。まあ、わざわざ自慢するほどの考えでもありませんが。
「まず第一に、この話に無警戒にイエスと返してしまうとあちらにとって『都合がよすぎる話』になってしまいます。それは後々、私が『研究施設』と繋がっていてスパイとして領主側に潜り込んだのではないかという疑念に繋がります。少なくとも、私が領主さんの立場ならそれを警戒します。私たちが組織でも意図してでもないのに何度も彼らと接触してしまっている事実はしょうがなくとも、入れ食いのように応えるのはやめておいた方がいいでしょう。まあ、これくらいは誰でも思うことでしょうしあくまで確認ですが、本題はここから……どうしました、テーレさん?」
「え、いや、うん。そりゃ、私もそのくらいは当然、全く考えてなかったわけじゃないっていうか意識して考えるまでもなく思考の片隅にあった可能性も零じゃないわよ? で、他の理由は?」
「はい、端的に言えばその二日間でのあちらからの出方を見たいのです。相手が転生者の組織である可能性が高い以上、転生者についての理解がどの程度あるのか、もしも噂通りの行動家であるのならば恐らくは何らかのアクションがあるでしょう」
「アクション?」
「そうですね。アーク嬢から聞いたこの世界の認識から言えば、一般的な転生者は『ハーレム型』『スローライフ型』『成り上がり型』に大別されるそうですが、私が領主さんなら、まずは私たちがどのタイプかを確認します。その方が準備する報償の種類を定めやすくなります。相手が全く欲していないものを報償として提示するほど上司として見限られやすい失敗はありません。最低限の日数なら、私たちのこれまでの行動記録から類推するのでしょうが……二日間も余分に猶予ができれば、お膝元であるこの街で直接確認したいと思うでしょう。むしろ、その程度のことを考えないのであれば報償だけ受け取ってさっさと次の街へ行くべきかもしれません」
「まあ……そうね。確かに、裁判所でのあれから、宿の近くとかで緩く監視……というより、観察されてるのは確かだし。保留でこっちがあんまり乗り気じゃないって思えば、交渉を有利にするためにさらに手を講じてくるのは当然か」
「はい、まず『スローライフ型』だったらそのまま保留と言っている間に逃げるかもしれませんしね。先程通りがかった乗合馬車の停留所には明日からあからさまな見張りか何かが立つかもしれませんねえ。名誉財産権威を求める『成り上がり型』の場合を想定してアクションを起こして来るとしたら、処断されたリドミレ候から押収された財産についての詳細情報などの報償の具体性を補強する話がポロリと転がり込んでくるかもしれません。そして、『ハーレム型』を想定するのならば……」
さて、そろそろ宿へ戻ろうかと角を曲がろうかというところで……警戒系スキルが発動したのかテーレさんが足を止めたので、私もそれに倣います。
すると、曲がり角から一人の少女が……先程のペースのままならぶつかっていたであろう速度で飛び出して、地面にズコーッと倒れます。持っていた果物の紙袋から派手に中身をぶちまけて……ピクピクと倒れたまま、気まずそうに震えています。
「……たとえばこのように、『ヒロイン』との運命的な出会いを演出したりするかもしれません。と、いけませんね。大丈夫ですか? テーレさんは彼女を診てあげてください、私は落ちた荷物を拾いますので」
「ああ、うん。十中八九演技だってわかっててもちゃんと助ける辺りはあんたらしいわね。ほら、立ちなさい。倒れるところ見てたけど、そこまで痛くなかったでしょ。あと、あいつは嘘つきには甘くないから変な言い訳しない方がいいわよ。黙秘は自由だけど」
「テーレさん、先程の話で先入観を与えてしまったかもしれませんが、普通に転んだだけかもしれませんし優しくしてあげてください」
「いや、その優しさは逆に惨めになるだろうからやめてあげようよ。ほら、実質のダメージなんてほとんどなかったはずのに全然起き上がろうとしないし。明らかに起き上がったらどんな顔をすればいいのかわかんないって感じだよ」
「……とりあえず、笑って誤魔化せばいいのでは?」
「誰もがあんたみたいに図太いわけじゃないのよ」
とりあえず、幸運にも果物は潰れていなかったので砂を払って紙袋に入れ直し、少女の手の位置に置いておきます。テーレさんが怪我はないと見るのなら、まあその通りなのでしょう。
しかし、背景にどんな理由があれ、転んでしまった少女をそのままにして置いて行くというのは善意の徒を志すディーレ教徒の行いではありませんねえ。
とりあえずは……
「ではそうですね、ここで転がっているのは危ないですし、近くにある衛兵さんの屯所へ運びましょうか。ほら、大丈夫ですよ。取って食おうという気はありませんから。見た所、お怪我はありませんね。うむ、転んでも怪我をしないという幸運を引き寄せた日頃の善行と幸運の女神の御加護に感謝しましょうね」
テーレさんが何も言わないあたり、刃物を隠し持っているということもないでしょうし、背負って行きましょう。とても気まずそうな、いっそのこと気絶したふりをしている間に放置していってほしかったというような顔をしている気もしますが、構わず善行に励みましょう。
『常識的な転生者』ということだけはちゃんと理解してもらいたいですしね。
余談
大領主の後継争いに敗れた末妹『レノ・クロヌス』。
後継争いで敗退後も命を取られない代わりに逆らえない相手となった兄ライエルからの命令で偶然を装い件の転生者に接触し、後日運命的出会いを演出する計画だったが接触直前に兄の計画が看破されていることを知り動揺して転倒。
ターゲットに丁重に運ばれ、計画は完全に失敗に終わる。
……なお、運ばれた先の頓所で出会った衛兵の青年とひょんなことからただの顔見知り以上の関係となり、数年後には大恋愛の末に結ばれることになるのだが、それはまた別のお話。




