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転生したので狂信します  作者: 枝無つづく
五章:『穢れ』多き英雄譚

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第151話 天使の弓

side テーレ


 魔法というのは、魔力を使って自分自身の現実強度を周囲の空間よりも高くする技術。

 つまり自分の意志の優先度を上げて、逆に周りの現実強度を下げるというのがイメージ以前の技術の根幹だ。


 霊能系の魔法は主に自分自身の現実強度を上げることを基本とする。だから、魔法の起点は自分自身の体内になり、『鑑定』の魔法なんかでは自分には残留思念が見えるはずだと強く認識することで、本来は可視光線なんて放たない思念を自分の瞳の中でハッキリと見えるものとして改変してしまう。


 対して、魔術系の魔法は周囲の空間の現実強度を下げる。

 そして、そこに炎が生まれたりするイメージをピンポイントで注ぎ込むことで現象を引き起こす。魔術系の魔法使いが他人の体内に直接爆発を起こしたりというのが難しいのも、何もない空間よりも無意識に自分の現実性を保とうとする知性体の体内の現実強度を弄るのが難しいからという理由がある。


 これらを操る神官系、魔術師系の魔法使いはそれぞれの現実強度の操作に得意不得意があるわけだけど、それは完全に百と零で分かれているわけじゃない。魔力を消費して生み出す現実性の歪みをどれだけ『無駄にする』ことなく自身の現実強度の上昇か空間の現実強度の低下に集中できるかで、出力効率も変わる。だから、普通に修行していけば霊能系の魔法はどれだけ自分の外に歪みを与えず自分だけを周りから突出させるかという方向に進むするものだ。


 けれど……これは、そうやって自らの現実強度をアホみたいに高くできるようになった術者が、それを周囲の空間の現実強度低下に反転させたような魔法。

 周りの空間の現実強度が平常時の1倍、そして自分自身の現実強度を100倍まで高めた状態で、『いや違う。自分が基準点(1)だ、間違いない』と強引に主張して、周りの現実強度を0.01倍にしてしまうようなもの。自分を超常存在まで高めるのではなく、超常存在に手を届かせた上で『自分こそが正しい現実だ』と開き直ることで実現するとんでもない魔法……そして、その結果もとんでもない。


 霊能系の魔法を極めて、『界』を現世に創り出してしまう。そして、その環境条件によって悪魔や悪霊を一掃するなんてデタラメな魔法だ。

 それは物理干渉の得意な魔術系の魔法に当てはめるのなら、周囲に『宇宙空間』を生み出して適応力のない生物を極寒と真空の中で死滅させてしまうというようなデタラメに等しい。

 できること自体がとんでもないけれど、敵を排除するならそこまでする必要はない。それだけの魔法を修得する時間と努力があるなら、もっと効率良く敵を抹殺する魔法だって修得できるだろう。


「いや……敵を殺すだけが目的じゃない。そういうことね」


 私にはわかる。ここは『天界』だ。

 神々のいる位相そのものじゃないけど、現実強度の薄さや精神に与える影響力は天界のものそのまんまだとすら言える。


 ここでは魂が肉体に縛られる必要がない。だから、現世の肉体にしがみつかないとすぐに繋がりが切れて昇天してしまう。現に、悪魔や半死軍人のほとんどは肉体の欠損や変形が消えて自分たちの完全な姿……生前の、痛みも喪失もない姿に戻っている。そうなったら、もはや肉体に戻ろうとしても拒絶されて戻れないだろう。

 だけど、彼らも既にそんなことはどうでもよくなっているはずだ。この低い現実強度の中では、彼らはそれぞれの想い描く『理想の世界』を現実と夢想の区別なく体感し、そしてその中で苦痛なく浄化されていく。


 ここで生き残れる人間は、キャシーみたいに『どうしても生きて会いたい人がいる』みたいな強い意志でその『理想の世界』を拒絶できる人間。現世に自分をつなぎ止める楔を持っている者だけ。


 そして……


「なるほど……ここなら、『摂理』の抵抗はない」


 元々『天界』の住人である私には、こんなものは誘惑にすらならない。むしろ、ここでなら人間体としての器ではなく、魂の在り方が優先され、私は『天使』としての力を取り戻す。

 これはきっと、私とのコンビネーションを前提に考案した魔法。普通の浄化魔法では私にまでダメージを与えてしまうというのを考慮した上での、私が最大限能力を発揮できる環境を創り出すための魔法。


「そんなに見たければ……見せてあげるわ。『天使』の威光」


 背中から翼が生える。

 持ってきてない『光輪』や『剣』は使えないけど天使の『弓』は、『天界』ならばいつでも手元に召喚できる。これは、天使が天界の使者としていつでも、どこからでも地上に力を放つことができるという権限の象徴だから。


 残る敵は鎧の悪魔。

 この期に及んでも拘束に縛られ続ける哀れな者達。

 私はどちらかと言えば慈悲深い天使とは言えないけど……その代わり、同情で介錯を仕損じるような甘い天使でもない。


 そして……


「ここならハッキリと見えるわよ。まだ、生まれていない魔王の姿が」


 クライスの影から、あるいはその身から湧き上がるように、この魂と実体の境界の薄い世界に具現化する黒い巨人のような存在。

 紅き剣に存在を縛り付けられ、望まないまま誕生させられようとしている大悪魔。

 ……そいつは、逃げも隠れもしないと、いやむしろ、ちゃんと狙ってくれとばかりに、両手を開いて心臓の位置をさらけ出している。

 その立ち姿には、壊れた勇者の面影がある。

 穏やかで、飄々としていて……そして、自分が多くのものを壊してしまうことを、誰よりも悲しんでいる。


「ええ……私にも理解できる。いえ、私だからこそ、理解できるのかもしれない。生まれ持った性質のせいだからって、好き好んで魔王になんて生まれたくないわよね……安心しなさい、あなたの悪業は始まる前に終わらせる」


 あれは自身と関係のないところで魔王が討たれたことでバグってしまった勇者の成れの果て。対となる魔王を失ったからこそ、自ら魔王を生み出してしまおうとした哀しき残骸。

 それはある意味、摂理に従った結果だ。


 どこかで止まることができたかもしれないし、どこかで大きく間違ったのかもしれないけれど、根本にあったのは生まれ持った宿業だ。

 それでも……魔王を生み出したくないと、魔王として生まれ出たくないという願いは、その意志は、紛れもなく彼自身が善なるものでありたいと想い続けた結果。

 『勇者』という生まれ持った役割に振り回されただけの人生だったとしても……少なくともそれだけは、本当の彼の意志だろう。


 だったら、性質としての『悪』をディーレ様に救われた私だからこそ、その性質に歪められながらも自分自身の『善』を願ったその意志を『勇者』として与えられた善性ではなく、あなた自身の善意であると認めよう。

 あなたの魂と繋がった魔王の強さこそ、この世界に顕現することのなかったその『悪』の大きさこそ、あなたが救った世界の大きさだということを認めよう。

 こうして『天使』たる私の前に立ち、心臓をさらけ出すその姿勢こそ、あなたが世界を救う使命を持つ『勇者』としてではなく、一人の自由な心持つ人間の在り方として選んだ世界の救い方だと認めよう。


「善き人間(ひと)よ、善き者であらんとするその心を救います。たとえ現世において誰一人として理解できないものだとしても、只人には悪魔の姿しか見えないのだとしても、自らの内なる悪に抗い続けたその生き様を見届けましょう」


 翼に力を宿し、宙に浮き上がる。

 矢をつがえる必要はない。天使の弓は矢弾を切らすこともない。天使の力を込め、射貫くべき対象へ向けて弾けば世界の決定として放たれる。


「【現世を彷徨う死者よ。その旅路、その終着点をここに示す】」


 対象は鎧悪魔も合わせて百体近い。

 けれど、それらを狙う必要もない。

 ただその哀れな魂の群れと魔王の巨影を見据え、弦を引き……離す。


「【さあ、天に還りなさい】」


 ピンッ、という弦が響かせる軽い音。

 反動はない。腕力を込めたわけでもない。

 ただ、『天使が弓を引いた』という結果こそが、光の矢の雨となり狙いを過たず鎧悪魔を貫き通す。

 圧倒的な浄化力には鎧の防御力などに意味はなく、苦痛の悲鳴を上げさせることもない。

 どこか満足げな表情を浮かべているようにも見える、生まれざる魔王の心臓を、真っ直ぐに貫き通す。


 私は『天使』としての使命を果たし、自らの誕生を拒んだ『魔王』は抗うことなく受け入れた。それだけのことだった。







side 狂信者


 一番星の下、石切場にあった丁度いい岩に立てかけた『深紅の剣』に手刀を落とします。


 一度目はクライス氏の技量によって失敗しましたが、使い手がなければただの剣。破壊不能の神器ということもなく、今回の事件の中核と言えた剣はただの鉄の棒のようにポッキリと折れました。


 テーレさんにそれが全ての力を失ったことを確認してもらい、眠るように亡くなられたクライス氏の側に供えます。

 彼を含め、ここに集まった数多の死体はクロヌスの軍や役人さんが回収して供養してくださることでしょう。


 もはや、誰が誰だかもよくわからない遺体が多いので役人さんも困惑するかもしれませんがね。クライス氏はテーレさんにやられた傷こそありますが人間としての姿を完全に保った貴重な遺体です。


「そういえば、砦は落ちたそうですね……一部は逃げ延びたそうですが」


「ああ……死体を見る限り、鎧悪魔の怪力で死んだものより、人間同士の争いで死んだものが多いらしい。悪魔に囲まれ、些細な軋轢から発生する憎悪が増幅されてしまったのかもな」


「そうして、生き延びたのは協力してその状況から脱出した方々だけ、というわけですか。いやはや、盗賊団のリーダーとされたクライス氏はこうして亡くなられたわけですが、軍事作戦としては失敗ですかね。被害が大きすぎます」


 見たところ、冒険者の死体はかなり少なく見えます。

 おそらく、彼らの多くは不穏な気配を感じ取り、どこかの段階で逃げを選んだのでしょう。見習うかはともかく賢い選択です。


「あの指揮官の話だと、どうやら真の目的はこの剣と鎧悪魔を横取りすることだったみたいだしね……こんなもの人間に使わせるわけにはいかないから、壊して正解だけど」


「そうですね……では、もう少しですし、雨が降り続いたお陰か今日はよい星空です。このままクロヌスへと向かいましょうか。それでよろしいですかな、キャシーさん?」


 一番長くクライス氏へと黙祷を捧げていたキャシーさんには一応確認を取ります。彼の遺体だけでも埋葬したいというのなら、それくらいは待ちますが……


「ああ、そうだな……頼む。できれば……後で、礼をするつもりだ。可能ならな」


「……キャシー。あんたは一応、捕虜として連れていくことになるわ。人相書きとあんたの容姿は、他人の空似では済まないくらい似てる。きっと、街の役人もそう思うわよ。でも、今なら顔なんてわからない死体がたくさんあるし……行き先を変えたければ、応相談でもいい。結局、あんたと一緒に行動してるのは誰にも見られてないし、この剣の柄だけでも私たちの功績は確保できる」


「いや……頼む。連れていってほしい……そして、これは少し無理かもしれないが……役人に引き渡した後も、私に付いてきて、護ってくれないか? 裁判まででいい」


「……わかったわ。もう一回、縛らせてもらうわよ。それで、逃げようとしたらいつでも起動できるアイテムを付けてあるとか、そういうふうにしておくわ。それなら、目の届く場所にいないといけないって理由にもなるし」


「ありがとう、本当に」


「……やめなさいよ、感謝なんて。私はこいつと違って、捕虜としてあんたを突き出すって言ってるだけなんだから」


 さて、お二人が仲睦まじいのは大いに結構。

 しかし、雑談に興じているわけにはいきません。この森にいた悪魔の大半は浄化したとはいえ、他の場所にいる集団が暴走して街を襲ったりすれば当初の被害よりは小規模だとしても無用な犠牲が出てしまうかもしれません。


「行きましょう。目的地は中央都市クロヌス、凱旋です」







side ???


 盗賊団『深紅の剣』討伐作戦。

 討伐隊が出発してから四日目の朝。


 中央都市クロヌスは、作戦から帰還した一組の冒険者のギルドへの報告によって騒然となった。

 軍部隊の壊滅。

 森での悪魔大量発生。

 そして、『深紅の剣』のリーダーが討たれたことでそれが既に解決したという報告。


 あまりの事態に疑念の声を上げる軍や役人だったが、実際に定時連絡が途絶えていることや、ギルドの調査により証言の場所で悪魔化したと思われる死体の山が見つかったこと、さらに他の生き残りが見つかったことなどにより、その報告が概ね事実であることが証明された。


 そして……


「調査開始から三日目。盗賊団幹部『血塗れのアリア』……自称『カサンドラ・ゾラック』の裁判を開廷。裁判官は、クロヌスの有力貴族リドミレ候……」


 手にした情報をもう一度確認し、目の前に立つ荘厳な装飾の裁判所を睨む。

 この裁判の裏にある意図は明らかだ。

 腐れ貴族共め……


「待ってろよ。すぐに迎えに行ってやる」





・魔法解説

【神のものは神の手に】


 強制道連れ即身仏。


 受ける側の主観で言えば、デジアド02のラスボスことヴェリアルヴァンデモンの幻覚技『マインドイリュージョン』に『精神抵抗に失敗すると即死』が付与されたような技。


 普段の狂信者は『自分の体内の現実性強度は異様に高いが周囲への影響はほぼ皆無』という状態だが、自身の現実性強度を無理やり抑え込もうとすることで周囲の現実性強度を低下させ、空間が『簡単に理想の世界が実現できてしまう』ほどに改変を受けやすくする。(客観的には幻覚を見ているように見えるが、本人にとっては現実そのもの)


 そして、それを受けた人間が『現実の世界』よりも『理想の世界』に居座ることを願ってしまうと肉体との繋がりが切れて『理想の世界』を堪能しながら天に還ることになる。


 『沼男(スワンプマン)』がある意味では『客観的に全く弊害がない死を容認できるか』という思考実験であるのに対して、この魔法は『主観的には全く弊害がない死を容認できるか』という思考実験の実証(アンケート)でもある。

 その死に一切の苦痛はなく、決意や覚悟、筋肉の動きすら必要なく、ただの一瞬でも『この夢の中にいられるなら死んでもいい』と思うだけで肉体との繋がりが自然に(本人の意志による改変で)切断される。


要約すると、効果範囲内(最低半径500m以内)で『自分が生きる理由』を即答できるくらいの生存意志がないと死ぬ(安楽死)。


 本来の範囲浄化は多少の多幸感や気持ち良さを与えても生者に自ら魂の繋がりを切らせるような魔法ではないが、狂信者の場合は『生者であろうが構わず成仏させる』という大量殺戮が可能な魔法になってしまっている。

 なお、範囲は狂信者を中心とした球状であり、その範囲内での対象選択は『術者を含め不可能』である。




 ちなみに、道中で使わなかったのは狂信者が『使ったらキャシーさんが死にそう』と思っていたためです。

 というか、少しでも『死にたい』と思っている人間はほぼ確殺になってしまうので下手に使えない技になっています。(受験生やサラリーマンの詰まった満員電車でやったらおそらく大惨事)


 狂信者が使う上でのこの魔法の利点は、まず狂信者が女神ディーレとの約束で『死ぬべき時には赤い流星が見える』ことになっているので、逆説的にその条件を満たさない限りは自滅することがないことです。

 そして、通常の浄化魔法でダメージを受けてしまうテーレさんも現実性強度の操作により『天界』の環境を再現するだけなので平気です。むしろ、空間の現実性強度が低下した分、主観世界の現実性強度が相対的に爆上がりするので性能が『天使』の魂が優先されて強化されます(ただし攻撃できるのは天使権限で浄化可能な死霊や悪魔系だけです)。


 しかし、この魔法を使う際は狂信者は本来の魔力の使い方と正反対のことをするため(そして『生と死の境界』をギリギリまで引き寄せるため)使う度に瀕死になっていますが周囲の現実性強度低下により表面的には涼しい顔をしています。

 【常時再生】で回復速度は速いのですが、仮にこれを使った直後に敵から手痛い一撃を食らうと致命傷になります。なので、使うときにはそれで必勝になる状況でないとできません。


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― 新着の感想 ―
[一言] 俺はこの小説が完結するまでは死ねないんだ‼︎ 次回、最終回 _(ˇωˇ」∠)_ スヤァ…(安楽死)
[一言] どう考えてもラスボスの能力
[一言] 浄化魔法の元々悪意はないのに殺傷力が高く、術者の心構えが大切という点から兎爆弾に似てますね。
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