第152話 『私掠怪盗免状』
side テーレ
マスターと並んで裁判所の『被疑者席』に座り、溜息をつく。
危惧していたことではあった。
『兎粥』という保険があったとしても、他の女神からの政治的妨害がないとは言い切れない。存在を認識された以上、攻撃材料があったらこうやって謂われのない罪を着せられる可能性があるのは知っていた。
「マスター、もしものことがあったら……」
「ええ、はい、わかっています」
「……本当に聞いてる?」
「おっと、すみませんテーレさん。何の話でした?」
「……いざとなったら逃げるかもしれないから覚悟しておいてって言ってんの。身体はもう回復したんでしょ?」
「はい、まあそれなりには。欲を言えばもう少しタンパク質が欲しかったというところですかね」
「全く……本当なら街を救った英雄扱いされてもいいはずなのに」
『軍が応戦する中、敵幹部に唆されて敵前逃亡し、あまつさえ逃亡のために軍の兵士を殺傷した容疑』……だそうだ。
戦場のブラックボックスをフル活用したとんでもないこじつけ、しかも捕虜を連れ帰ったのを『敵幹部に唆されて味方を裏切った』なんてとんでもない言い分だ。兵士に関したって、屍人だったから遠慮なくぶっ飛ばしたものをさも私たちが殺したみたいに……まあ、最終的にはかなりの数『殺した』っていうのは間違いないけど。
私たちが何を言おうが聞く耳持たず、マスターが断固としてキャシー個人への尋問や取り調べを拒絶したおかげで強制自白とかはなかった(私も『万能従者』の法律知識で役人を黙らせたりした)けど、無理矢理この裁判では被疑者席に座らされる羽目になった。
お陰で、この裁判でキャシーの罪が確定したら次はこちらの番だとか言われてるくらいだし。
「テーレさん、心配する必要はありませんよ。私たちは何も間違ったことはしていません」
「それを傍聴席のやつらにも理解してもらえたらいいんだけどね……」
この裁判はあまりに性急過ぎる。
まるで、他の生存者が戻って来て正確な情報を広めるのを避けているような状態だ。まあ、盗賊団に三倍の数で挑んだはずの軍が負けたとかそんな醜聞は曝したくないっていうのは当然かもしれないけど。
裏切りでもあったことにしないと、そしてその罪を冒険者に被せないと軍の面子が立たないとか、そういう神殿と関係のない事情もあるかもしれない。
それなら、この裁判で不当な判決が出たらしばらく逃げてちゃんとした情報が出回るまで身を潜める必要があるかもしれない。後々に響くかもしれないけど、ここで不当に罪を問われる方がマズい。
いや、そっちはまだいい。資金も力も逃げるのに困らない程度にはある。どうなろうと、解決する手はいくらでもある。
問題は……キャシーだ。
盗賊団の幹部、それも軍に大打撃を与えた集団の生き残りとなれば、その損害や怨みを一手に背負わされて死罪になるかもしれない。
いや、むしろこの裁判はそのための場だ。
私たちがキャシーの共犯者のような立場としてここに座らされているのは、キャシーに私たちを唆したという証言をさせるのが目的かもしれない。
「罪人は盗賊団『深紅の剣』の構成員として、五件の殺人、十二件の略奪行為に関与した証拠があり! その他にも余罪が複数存在すると考えられる! 加えて今回の討伐作戦において……」
軍の法律官……いわゆる検察は、キャシーに反論を許さず罪をまくし立てている。キャシーは何も言わない。この世界の裁判において、被疑者の発言は裁判長が許した場合だけ。そして、それを要求するべき弁護士が全く反論しようとしていない。
これは明らかに弁護士があちらに買収されているパターンだ。勝手に反論しようとしても、裁判官に押さえつけられるだけ。それならまだ、検察に好き放題言わせて傍聴席の一般人にこの裁判はおかしいのではと感じさせた方がマシという判断かもしれない。
けれど……聞いていて気持ちのいいものじゃない。
私が弁護士席にいれば、あんな一方的なことは……
「テーレさん、まだです。もう少しだけ、お待ちください」
「……マスターは冷静ね。何か秘策でもあるの?」
「まあ、少々仕込みはしてありますが。後は何かきっかけが必要ですが……」
……本当に、何か仕込んであるなこいつ。
この三日間、キャシーの護衛でやれることなんてほとんどなかったはずなのに。いつの間に小細工仕掛けたのやら。
「じゃあ、そのきっかけを待とうか……さすがに、最後まで一言も話させないっていうのはできないはず。最後に何か言わせてくる……そこで何か、気の利くセリフでも言ってくれたらいいんだけど」
裁判は進む。
長い罪状(ほとんど罪を押し付けるための屁理屈)を読み終えた裁判長が、何やら緊張の面持ちでキャシーを見下ろして、告げる。
「弁護側からの反論はないようだな。最後に罪人『血塗れのアリア』、言いたいことはあるか?」
ここが勝負の分かれ目。
ここでキャシーが、判決が明らかにおかしいと思わせられるような言葉を発することができなければ、裁定が確定してしまう。
マスターの仕込みというのが機能するかどうかも……
「まず、初めにだ……私は『血塗れのアリア』ではない。私は『カサンドラ・ゾラック』。それが、私を人間にしてくれた人からもらった名だ」
キャシーは話し始めた。
その姿のどこにも恐怖や迷いはなく、その眼光だけで裁判長を怯ませている。裁判長に、強引に言葉をかき消されないように。
「それは……親から受け継いだ真の名で、裁きを受けたいということか? こちらで調べたが、『カサンドラ・ゾラック』などという名前の人間は政府の戸籍には……」
「親から受け継いだ名前なんかじゃない。私に親はいない……生憎と、名前のある家に生まれて、人間にしてもらうまでもなく人間らしく生きていけるお前らにはわからないかもしれない。だが、これが私の名前だ……この名を名乗れば、本当に私を知る者は私だと必ず気付いてくれる。そういう名前だ」
「それが……何だというのだ! 言いたいことがそれだけなら、この裁判は!」
「一つ! 教えておいてやる! お前らは私の持ち物を徹底的に調べただろう? そして、何も見つからなかった……安堵したか? それとも、落胆したか? どこかに隠されていたらと不安になったのか?」
「な……何を、言っている?」
「その表情、やはり図星か。まあそうだろう……今ので意味がわかるんだ、この裁判の意味、私の口を封じたい意図なんかもわかってるよな?」
「くっ……罪人を再び拘束せよ! 罪人はこの法廷を混乱させようとして意味のないことを……」
「そう言うことはわかっている。私がここで何を言おうと『罪を免れようと噓をついている』と言うだけだろう。訴えられた罪人の言葉など誰も耳を貸さない。証拠さえなければ、だがな」
「何が言いたい! これ以上、法廷を侮辱するのなら今すぐに拘束を……」
本当に何か言われたくないことがあるのか、興奮で顔を真っ赤にしする裁判長。
裁判長が怒りのままに槌を振り下ろそうとした瞬間……
「異議あり! 拘束されるのはお前らの方だ!」
法廷の入り口から声が響く。
私は、キャシーの表情が一瞬だけ、恋する乙女のような、白馬の王子様が窮地を救ってくれたかのような、心底嬉しそうなものに見えた。
side 狂信者
バァーン、と裁判所の扉が音を立てて開き、怒声と共に何者かが入ってきました。
軽く汚れながらも上物に見えるコートを着た、猛禽を思わせる鋭い眼を持つ男性。しかし、身形はいいものの貴族然とした豪華さはなく、上等な衣服を惜しげもなく泥や土埃で汚しているような印象を受けます。
そして、彼は手帳サイズの何かを見せつけながら叫びました。
「この裁判は『私掠盗賊免状』により無効とする! そして、次の裁判の被告人は貴様らだ! 政策費横領犯リドミレ侯爵、並びにその共犯者!」
法廷は騒然となります。
これは私も予想外です。というか、事態が理解できていません。
「テーレさん、『私掠盗賊免状』とは……」
「……ガロム王家公認の、違法捜査を許容する特殊工作員だけに与えられる特別権限。でも、それが適用できるってことは……まさか……」
法廷が混乱する中、裁判長は狂ったように槌を振り下ろし、ガンガンと音を立てます。
「静粛に! 如何に私掠盗賊免状と言えど、政府の命令に無関係な裁判を無効にはできない! この罪人を庇い立てするのならそれ相応の理由を……」
「理由だあ? そんなもん、決まってんだろうが!」
手帳……おそらく、『私掠盗賊免状』なるものを掲げた男性は、そのページを捲り、あるページを示します。
そこには精巧な絵……いえ、光沢からして『写真』だと思われるものが、貼り付けられています。そして、よく見ればそれは……髪の色こそ違うものの、キャシーさんの顔。
「『カサンドラ・ゾラック』は政府公認の武装工作員! 俺の部下だ! そして、今回の任務は盗賊団『深紅の剣』への潜入捜査と、その盗賊団に資金援助を行っていた貴族の調査! テメエのことだよリドミレ候!」
裁判長リドミレ候が青ざめます。
検察や弁護士も似たような表情をしているので、おそらく共犯者の一味だったのでしょう。
「なっ! 馬鹿な! しょ、証拠はあるのか! その女の持ち物は全て調べたはず……」
「ボス! 来てくれると信じてた!」
被疑者席を飛び出し、感極まったように上司だという男性に飛びつくキャシーさん。そして、彼女は……自分の顔に触れ、何か取り出して、渡しました。
一瞬しか見えませんでしたが、それは『左眼』に見えました。
表側は本物の目にしか見えないものの、裏側には複雑な機構が、おそらく目の筋肉でシャッターを切れるカメラのようなものが内蔵された、スパイ映画にでも出てきそうな高性能な義眼。
つまり……それこそが、キャシーさんが命懸けで潜入調査しながら見つけ出したもの、『首だけでも連れていってほしい』とまで言った理由。
こうして、貴族の役人がキャシーさんを、そしてキャシーさんから情報を受け取っている可能性のある私たちを即刻法的に処分してしまおうと画策した原因。
彼らの不正の証拠というやつでしょうねえ。
さて、今ですかね。
「ライリーさん、今です。ばらまいて下さい」
傍聴席からばらまかれる紙束。
何が起きたのかと混乱のまま飛んできた紙の一枚を掴んだ裁判長が、さらに青ざめました。まあ、当然と言えば当然でしょう。
『ただいまアルジサマ! わたし、ちゃんとできた?』
『はい、ベストな舞い散り方です』
『ライリー、ぐっじょぶ』
ライリーさんが人間を乗り継いで、持ってきた鎧悪魔こと『擬人悪魔兵』の出入荷記録、及びこの裁判のために行われた違法行為の支払い記録です。
街に帰ってきたらライリーさんの気配がしたので、ちょっと頼んで用意してもらいました。最悪、これをネタにするためリドミレ候家の使用人さんに憑依してもらったライリーさんに待機してもらっていましたが……まあ、まとめて立件した方が楽でしょう。
「ひ、被告人……貴様ら、まさか初めから知っていて!」
おや、裁判長がこちらに意見を求めていますね。
裁判は無効になったはずですし、答える義務はありませんが、まあ知りたいというのなら答えますか。
「……発言してもいいのであれば。私はキャシーさんの素性など知りませんでした。しかし、彼女は最初に会った時に言いました『私は盗賊じゃない』と。まあ実際、『私掠盗賊』というのは『許可』と『無許可』ほどに違ったのでしょうねえ。何にせよ、私は彼女の言葉を信じただけです」
「き、貴様ら……貴様らがこの三日間! ああもしつこく食い下がらなければ口封じができたものを! よくも、よくもぉぉおお!」
槌が飛んできたのでキャッチしておきました。
木製ですが、当たると痛いですし。
しかし、はてさてこの混乱をどうしたものか……まあ、今度はちゃんと閉めておきましょうか。
「静粛に。本日の裁判はこれにて閉廷。関係者の方は次回をお楽しみに」
ゴン、ゴンと。
これにて本当に、一件落着ということにしておきましょう。
侯爵の権力による不当裁判を王族直属特権でひっくり返す(証拠も推理も関係なしの)大逆転裁判。
ちなみに、狂信者とテーレが無理やりキャシーから引き離されなかったのは『数百の悪魔軍団を全滅させたヤバイやつら』として見られていたため。
そして、何よりも狂信者が何を言われてもキャシーから離れないための屁理屈を三日に渡りコネコネし続けたせいです(話を無視するわけではなく返しの理屈が個性的すぎてまともに会話できる人間がいなかったとも言う)。




