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転生したので狂信します  作者: 枝無つづく
五章:『穢れ』多き英雄譚

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第149話 無名の勇者

side 狂信者


 時は黄昏時、あるいは逢魔が時。

 日が沈み、青空が夜空へと世界を受け渡す際に見られる朱き残照が空を照らす時間。


 日本において『逢魔が時』とは『魔と逢う時間』という語源を持ち、世界の境界が曖昧になり妖怪変化や魔の者と遭遇しやすくなる時間とされています。同じような解釈は世界各地の神話や伝承で見られ、いわゆる生者の時間である『昼』と死者の時間である『夜』が入れ替わり、あるいは交わる時間として外出などが禁止される傾向もありますね。


 それを考えれば、その逢魔が時に悪魔の軍勢とぶつかるというのも、あるいは順当な成り行きだったのかもしれません。

 となれば……


「【恩師の加護を】! 全力で行きます!」


「もちろん!完全に夜になれば悪魔は昼間よりも活発化する! できればその前に仕留めるよ!」


 この数を相手に持久戦を挑むのは、それこそ全軍を相手にするのと同じことです。

 やるなら短期決戦、包囲のために広く配置された戦力を集中させる暇も与えない奇襲的攻略しかありません。


「『鎧悪魔』以外は最終的に一度に処理できます! あの剣を破壊して『鎧悪魔』を無力化、そして範囲浄化です!」


「わかった、キャシーは馬で離れてて!」


 『恩師の加護』で強化された身体能力で地面を踏み砕きながら突撃。

 狙うべきはたった一人。

 『深紅の剣』のリーダーのクライス氏。そして、その手の剣。

 しかし、相手もただ棒立ちで待ってはくれません。立てていた剣を地面から抜くと同時に、周囲の鎧悪魔が立ち塞がります。

 一斉に構えられる腕の飛び道具。


 ですが……


「残念ながら、この程度は今の私の壁にはなりません……【過剰回復(オーバーヒール)】」


 握り込んだ数個のガリの実を生長させて生み出した即席の弾除けを振り回し、一斉射撃を払い落とします。インターバル五秒は、今の私の接近には十分すぎる時間です。


 遠距離攻撃に失敗した鎧悪魔は接近戦を仕掛けてきますが、それも今なら一々技をかけずとも、完全に膂力だけで無力化できます。

 一番手前から襲い来る鎧悪魔を掴み、一回転して投げ返して他の鎧悪魔を弾き飛ばします。単体ならば一歩分の時間稼ぎにもなりません。集まられると少し厄介ですがその前に使役者を仕留めてしまえば問題ありません。


 強化された脚力により、距離は一瞬で詰まります。

 そして、私は有無を言わさずに『石化』した手刀により、剣を真っ二つに……


「とんでもなく速いな。それに怪力だ……だが、技が足りていない」


 ……できませんでした。

 私の手刀は流れるような剣の受け流しにより起動を逸らされ、地面へと突き刺さります。

 そして、剣はそのまま滑るように私の首筋の動脈を狙って迫り――――


「【失敗率証明(ミッシング・ワン)】!」


 私の手刀によって跳ね上がった石礫が剣に当たり、その軌道が一瞬歪みました。それにより、僅かに発生したタイムラグによりギリギリ首の石化が間に合って傷を受けずに済みましたが、クライス氏は私の反撃を待つことなく距離を取りました。


「どいて! 【斥力弾(ショット)】【斥力弾(ショット)】!」


 テーレさんが私の脇を抜けてクライス氏に迫ります。

 そして、斥力弾二発を敢えて回避させて体勢を崩し、短剣を素早く繰り出しますが……


「こっちは技は巧いが、決め手に欠ける」


 短剣を手掴みして捕まえ、それを引き抜こうとしたテーレさんが予想以上の力に動きを止めた瞬間に剣を振るいました。さすがに、それを許すわけにはいかないのでテーレさんの身体に手を回して引っ張り寄せて回避。『恩師の加護』の強化された動きでテーレさんがダメージを負わないギリギリの速度で跳び下がります。

 短剣は後で回収すればいいのでしょうが……


「使役能力特化かと思えば、普通に戦士として強いじゃないですか。ちょっと反則では?」


「いやマスター。使役系の特典持ってて鎧悪魔を投げ飛ばせるやつが言うことじゃないから……でも、ホントにそうね。反則臭い」


 跳び下がった分だけ距離を取り、剣の間合いからは外れましたが、振り出しに戻ったとは言い難いでしょう。あちらの損失は百体近く残っている鎧悪魔数体、こちらはテーレさんの貴重な魔力をそれなりに消費しています。

 さすがにあちらも、鎧悪魔で追撃しても私に破壊されるとわかっているのか追撃してきませんが、日没までの時間的なことを考えてもあちらの方が優位なのは確実でしょう。


「思い出なんかはほとんど消えてしまったが、戦い方は身体が憶えているんだ。ところで、キミたちは知り合いだったかな?」


 そんな風にとぼけた口調で首を傾げるクライス氏。

 なるほど、リーダーとして慕われるのは何となくわかります。傲らない強者と言いますか、これだけ強くてそれを普段表に出さないと言いますか。


「いえ、初対面だと思いますが……ちょっと尋常じゃない強さでは? 身体能力は強化魔法だとしても、先程の動きはあまりに絶妙すぎます。ちょっと死ぬかと思いました」


「いや、魔法での身体能力の気配がしないというか……魔法での強化だと、どこに力が流れるかとか予兆みたいなものがあるはずだけど、それがない。それに、同時にこれだけの使役能力……なるほどね。わかったわ」


 テーレさんは私の腕の中から出て、クライス氏に正対します。

 すると、クライス氏は何かを思い出したような顔をしてから、ナイフをテーレさんの足下へとフンワリと投げ渡しました。敵にしてはかなり紳士的な対応です。

 そして、テーレさんはさらに納得したような表情になり、口を開きました。


「『クライス・ノッカー』。依頼書にあった情報では、元は凄腕冒険者で、死霊使いだったとしか書かれてなかったけど……まさか、世に出ないで埋もれてる『勇者』だったとはね」


「ほう? 『勇者』? 俺がかい?」


 またも首を傾げるクライス氏。

 本人は何も知らないのか、あるいはかつては知っていたものを忘れてしまったのか。しかし、構わずテーレさんは話を続けます。


「『勇者』っていうのは、人間の中に稀に生まれてくる突然変異みたいなもの……普通はあり得ないけど、全ての職業(ジョブ)に適性があって、努力すればそうやって一流の戦士職と魔法使いを両立できてしまうし、周囲の人間を感化するカリスマ性や肉体感覚での技術修得能力が生まれつき高い……そして、出身地に近い地域を支配する『魔王』に対して特化した技術にさらに特別な才能を持っている」


 テーレさんの言葉が本当ならば、それは単なる『天才』に非ず。

 生まれた時点からある役割を背負って、それに必要な能力を会得することが不可能にならないようにされた、そんな人間。目の前のクライス氏は、『勇敢なる者』ではなく、『勇者』という役割を与えられた人間だと。私にはそう聞こえます。故にこそ、他の人間が恐れおののき、逃げ出してしまう魔王という脅威に立ち向かうことができる……『それ以外の生き方ができないように生まれ付き定められている』、そういった存在であると。

 そう、それは皮肉にも……テーレさん自身の背負う『悪』の呪いのように。


「『勇者』は、魔王と呼ばれるような存在が長く生き続けると、それに対応して生み出される……その魔王の消滅を願う人々の願いが、遠い先祖の持っていた神性や何か特殊な出生をきっかけに束ね合わされて生まれる、ある種の確率と必然による産物。胎児の時期に大規模な儀式魔法によって出生後の才能を約束された祝福の子」


 それは、生前に魂を『悪』の方向へと強制されてしまったテーレさんと同じ。

 それもまた、祝福という名の呪いに近いもの。

 結果こそ確定しないものの、それ以外の結末に至る可能性を極度に狭めてしまう不平等な賽子。

 何よりも、願いにより、世界の機構として生み出される舞台装置のようなもの。


「魔王が『転生者』によって早期解決されるようになってからはハッキリとした形で生まれる数はかなり減ったし、生まれたら早い内に中央政府あたりが引き取ってしまうから世に知られずに成長する『勇者』なんて今はほとんどいない。だけど……本当に、ごくごく稀にその才能を誇示せずに市井で成熟する者もいる……そして、生まれた意味であるはずの魔王が既に、全くの別口によって討伐されてしまって、無名のまま性質だけを背負って生きていく『勇者』も」


 それが、目の前のクライス氏。

 彼の『自分を強く見せない』という技能は、彼自身が生まれつき持っていた力を隠し、人間社会に溶け込むためのもの。

 始まらないまま終わった物語の配役だけを背負ってしまった、使命感を満たすことの叶わなかった、誰にも理解され得ない性(さが)の持ち主、その生涯は想像するに余りあるものです。


「どうやってこれだけの悪魔を制御してたのか……そして、それだけのことをやっておいてどうして人間の姿や振る舞いを保てているのか、不思議に思ってた。けど、単純な話だった……勇者という特大の器と、『死霊使い』としての適性。おそらく、本来は悪魔系の魔王を討伐するための才能だったはず。魔王に対抗できるだけの能力なら、これくらいやれてしまってもおかしくはないわ」


 クライスさんも、自分の出自に関わる情報であるためかテーレさんの話に聞き入っているようです。

 周囲の悪魔の動きも止まっています。


「その剣も、間近で見てわかった……それは、斬った悪魔を強制的に支配する剣ね。剣をそのまま契約書に見立てることで、敵の血を吸わせて強引に主従契約が成立したことにしてしまう……普通の人間には造れないもの。きっと、その魔王の消滅を願った誰かが思い描いていたものが無意識に刷り込まれていて、それを勇者の生まれつきの才能によって長い時間をかけて実用段階まで術式を組み上げた専用武器(ハンドメイド)。けれど……これは推測だけど、倒すべき『魔王』は他の何者かに、おそらくは転生者に、倒されてしまった」


 人生を決めつけられることが残酷なのか。

 はたまた、決まっていた運命らしきものを横から奪われてしまうことが残酷なのか。


「そんなものを造れるほどに、無意識にまで刷り込まれた『魔王と呼ばれる悪魔』を倒さなければいけないという使命感。けれど、その魔王は既にいない……なら、どうすればいいかなんて、簡単よ。もう一度、その魔王を生み出してしまえばいい。悪魔を狩り続け、統合し、誰もが『魔王だ』と恐れおののく悪魔を。もしかしたら、代替行動で手当たり次第に悪魔を斬り続けただけかもしれないけど」


 あるいはそれは、テーレさんの『してはいけないことをしてみたくなる』という欲求をより具体的にしたような『悪魔を殺さなければならない』という強迫観念に起因するものなのか。

 己の過去すらも忘れてしまった男は、どこか無関心なようにも見える目で、自らを睨むテーレさんをただじっと見返していました。


「あなたは、その剣を核として新しい『魔王』を生み出そうとしている。そして、同時に人としての倫理観からさっきから言ってるみたいな『皆が平穏に暮らせる世界』を求めていた。その相反する二つの意識、下手をすればそのために分裂していた人格が、何らかの原因で無理やり統合された結果……それが、人々を死者にして悪魔の力で治めようなんて行動に繋がった。『魔王』を探し求めるあまり、自分自身の心の中に魔王の鋳型を創り出してしまった」


 テーレさんは短剣を拾い、切っ先をクライス氏へと向けました。

 彼の注意は自分に向けられる敵意、あるいは宣誓のようなものに真正面から注がれます。


「あなたのやっていることは、その鋳型につまった悪魔たちの動きに引っ張られているに過ぎない。浄化してやるわ。そしたら、少しは正気に戻る……そうでしょ」


 テーレさんが軽やかに短剣を手の中で回し……その合図で、動きます。

 敵対宣言直後の短剣を用いた不自然な動作。それにより注意と視線を誘導した瞬間。テーレさんが相手の核心を突いた長話によって警戒の薄れていた私が突然動くのです、こちらを必要以上に警戒し注視しないわけにはいきません。


 話の間にテーレさんの背後のベルトからこっそりと引き抜いて準備していたアイテムを……テーレさんから改良していただいた『閃光杖(フラッシュタクト)改』をクライス氏の方へと向けました。改良版は前のような使い切りの爆弾ではなく、テーレさん自身が使いやすい指向性のペンライト型。私が使えば出力はサーチライト並、顔面に浄化光を当てられた人物は長時間目が見えなくなる程度まで上がります。


 さしものクライス氏、私の動きを目で追ってしまったことが失敗だと直感的に察したのか咄嗟に光に対して手で顔をガード。しかし、一瞬だとしても確実に浄化光は彼の瞳を焼きました。その身の揺らぎが彼の受けたショックを確かに証明していました。


 未知の攻撃を予期すれば、対応するためにまずは観察するもの。だからこそ、このタイミングで予想されないようにここまでの道中で最後まで温存したアイテムです。最も悪魔相手に有効な一手でありながら、悪魔使役の術者と対峙したときのためにと使うのを我慢していたのです。


 だからこそ、隙ができた。


「……っ! そこだな!」


 相手も流石は勇者の器。

 強烈な浄化光を防ぎ、視覚にハンデを負った直後にはすぐに気配によって敵の接近を感知し、斬りかかりました。その相手は為す術なく一刀両断……ですが……


「よくやりました、ゼットさん!」


 斬られたのは、異形の悪魔に混ざって接近していたゼットさんです。コボルトゾンビの肉体にいくつかの新たな死体をくっつけたものらしいそれは、両断されながらもクライス氏の腕を絡め取ります。


 当然、それによってできる隙を逃すわけにはいきません。

 テーレさんは力で負け、私は技で負けてしまうというのなら……


「剣を!」

「わかった!」


 私はクライス氏の剣を持つ手をガッシリと掴み、強引に力で締め上げるようにして自らを『石化』。こうなってしまえば、もはや技など関係ありません。純粋に速度と膂力ではこちらが上なのですから。

 そして……


「はあっ!」


 テーレさんの短剣がクライス氏の指を両断。剣が手からこぼれ落ちました。

 クライス氏は目を剥いていますが、もう剣の回収などさせません。私の石化は単純な膂力では破壊不可能、つまり私が魔法を解かない限りはこの拘束は外れません。


「くっ、剣を……」


「【斥力打法(ダイレクト)】!」


 テーレさんの魔法を乗せた拳が、クライス氏へと突き刺さりました。

 技の上ではクライス氏に劣らないテーレさんが魔法で威力を底上げし、背後を私という石壁によって阻まれた彼への衝撃は、回避や受け流しの余地もなく、その肉体の奥まで鈍く響き渡りました。


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― 新着の感想 ―
ゆうしゃのシイナやったか 切ないぜ
[一言] 使命を果たせないなら、果たせるようにすれば良いという逆転の発想 魔王が居なければ勇者は存在せず、悪が居なければ正義はない
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