第140話 捕虜、または民間人
side テーレ
たとえばだけど、『チップのケースが重くて仕方がない』というのは『嬉しい悲鳴』と訳していい比喩表現だろうか。
もちろん、チップとは賭けで得られる利益のこと。
ただし、あくまでもそれはただのチップであり、現金じゃない。換金するまではそれ以外の価値がない。仮にそれが黄金でできていたとしても重くて仕方がないだろう。
何が言いたいかといえば……
「外れか当たりかといえば大当たりだけど……大手柄過ぎて扱いに困るわ。これ、リストにあった幹部の女よ。周りのは下っ端みたいだけど」
盗賊団『真紅の剣』の砦到着後。
私たちが後方にいる内に別働隊として密かに包囲を始めていた二百人の部隊と合流して砦を包囲した軍からは、遊撃の指令(事前に通達された隠し通路での待ち伏せ)が伝達されて、どこの出口を張るかという割り振りから意図的にあぶれていた私たちは実質的な自由行動となった。
その段階までは、ほとんど血を見なかった。奇襲を受け、戦力差が歴然としていれば下手に特攻などせずとにかく砦に立て籠もる。定石通りの極めて静かで平凡な『詰み』への動きだ。
誰も無駄に命を散らせたくはない。勝ち目はないと思わせるのに十分な戦力に囲まれれば、少しだけ粘ってから条件を提示して降服の交渉に入る。
実際の攻城戦なんて、一兵卒の視点で見れば地味で平和的なものだ。
そうして、おかげさまで暇な私たちは、マスターの発案通りに図面に描かれていない隠し通路の出口のありそうな場所を探索していたら、見つけてしまった。
盗賊団の仲間と共に血塗れで倒れる、討伐作戦での優先目標の一人。綺麗な赤毛が特徴のスレンダーな暗殺者。女幹部『血塗れのアリア』。
よりにもよって、隠し通路を出てすぐのところで瀕死になって自分自身の血で血塗れなんて笑えないオチだけど。
「ふむ、致命傷を負ったままなんとか隠し通路を抜けてきた……というわけではなさそうですね。ここで戦闘があったのかと」
「他のは死んでるわね……しかも、死んでから一日くらい経ってるんじゃないかしら。仲間割れ?」
「ふむ……そのアリアさんは、一日ずっと瀕死でここに?」
惨状を発見して、まず生死は真っ先に確認した。
他の男五人は完全に死んでいたけど、この女は生きている。
死んだふりとかではなくて、ほぼ死に体というところだ。
「ほんの少しだけ、応急処置程度の治癒魔法が使えたんでしょうね……でも、傷が深すぎる。失血を止めてショック死は避けたみたいだけど、内臓の損傷までは治せてないし戦闘中に傷を負ったまま動いたみたいだから、その分の失血はそのまま。むしろ、よく生きてるってところね」
その血の気の失せた顔の青白さは素人でもわかる衰弱の証。
加えて、腹部を刺されたらしく肝臓あたりが派手にやられたのか、毒素が体内を巡って苦しんでる。
これは、放置しておいても数時間で死ぬだろう。
逆に言えば、自然に死ぬまで待っていたら数時間は苦しませることになる。
「……幹部は生死を問わず、首級を上げれば功績になるわ。どちらにしろ、ここに置いといてもその内他の冒険者が見付けるだけ。なら……」
「ぅ……ぅう……」
呻き声。
消え入りそうな儚い吐息のような物だけど……私たちの気配に気付いて目覚めた?
でも……
「だれか……そこに、いるの……?」
「……はい、ここにいます。冒険者です。あなたは盗賊団の幹部、アリアさんで間違いありませんか?」
マスターが虚ろな瞳の前に立ち膝をつき、次の瞬間には消えそうな言葉に耳を貸す。
私は……それを、止めるべきなのかもしれない。
これから死ぬ人間、敵として戦うはずだった人間の言葉なんて聞いていたらやっていけないと、注意すべきだったのかもしれない。けれど……
「…………ぅ……」
「あなたを治療したいのですが、その場合はあなたに捕虜になってもらわなければなりません。ともすれば、あなたの信念やこれまでの行いによってはここで死ぬよりも辛い道かもしれません。治療を拒否するのなら、介錯しても構いません。私には、どちらでも構わないので」
「……いや……殺さ、ないで……」
「では、治療を受けるということですか? それとも、首級を曝すのではなく静かに供養してほしいという……」
「ちが、う……ちがうの……」
私は止めるべきだったかもしれない。
この展開を、選択肢になかった答えを予想していれば……そして、それをくそ真面目に聞き届けるうちの馬鹿のことを考えれば、そうするべきだっかのかもしれない。
けれど……もう、遅かった。
その『答え』は、命を振り絞るように、聞き違えられることのないように、ハッキリと言葉にされたのだから。
「わたしは……盗賊じゃ……アリア、なんかじゃ……ない……だから……たすけて……わたしは、まだ……しぬわけには……」
そして、うちのマスターは……こいつは、一度噓をつかれるまではその相手の言葉をとことんまで信じ抜く、なんていう底抜けの馬鹿なんだから。
「了解しました。寿命が五年ほど減りますが、我慢してください。戦地で巻き添えになった民間人を見捨てるなど、とても善くない行いですから」
side ???
温かい、夢を見た。
私が、初めて温かいと思った記憶。
私が、初めて暖かいと感じた場所。
あれは、そう……ボスに拾われて……アジトで、何もなかった私に何も言わず、スープを飲ませてくれたんだっけ。
何もなかった私に……
「……あれ? 生きてる……?」
「目覚めましたか。申し訳ありません、動きづらいかもしれませんね」
温かい。
喉に、何か温かい液体が通ったような感触がある。
目の前を見てみれば、人肌に温められたスープと匙を手にした黒衣の男と、男達……私を殺そうとしたやつらの死体を漁ってきたのか、金品を数えている金髪の少女が見える。
その振る舞いは軍人ではないけれど、死体に物怖じしない姿は一般人とも言えない……冒険者か。
どうやら、私は捕まったらしい。なんとかやつらを返り討ちにして、けれど最後の方で深い傷を受けてしまったのを憶えている。私の治療技術じゃもうダメかと思ったけど……死に損ねたか。
後ろ手にされた手首に締め付けるような感覚。それに、親指の繋がっているような感じは……指錠。拘束が素人のやり方じゃない。
つまりは……
「私は、瀕死の所を捕まって、捕虜になった……そういうこと?」
「一応、外面的には。私は拘束はなくてもいいかと思ったのですが、テーレさんは断固としてそこは譲れないと言うので必要最低限の拘束をさせていただきました。一応、魔法を封じるためのルーンも刻まれているそうなので、無理に発動しても大した威力はでないかと。それでも魔力を注げば壊れるそうですが……手や指が消し飛ぶのが嫌ならばやめておくように、とのことです」
魔法を封じるための呪紋……『蓄積』の応用か。
それだけなら、一定量の力が溜まるまで魔法の出力を抑える程度のものにしかならないけど、さらに小規模爆発の術式に接続して拘束具としての機能を高めているらしい。これを個人で作ったならかなりの技術だし……相当な悪意だ。
この状態から逃げ出すのは難しいだろう。
傷は治っているようだけど、本調子じゃない。
「私をどうするつもり……いや、聞くまでもないわね。わざわざ女を捕虜にして治療までして、しかもこんな手の込んだ拘束までして。死にかけてたなら、そのまま首でも取ればいい話ですもんね」
太陽の感じからして、おそらく一日くらい経っている。
それだけの間、弱ったまま放置されていたのを治せるというのは神官系冒険者でもかなりの腕前だとは思うけど、だからといって貞淑な聖職者だということにはならない。
『敵を罰し、罪を思い知らせるため』……そういう理屈はいくらでも作れる。
戦場で、男が敵軍の女を捕虜にした。とあれば、その後に起こることは決まっている。本物の戦場には、ルールもマナーも届かない場所がある。
この善良そうな笑みを浮かべた男も、本当は……
「どうするつもりとは……民間人は街まで避難させるべきでは? 一応、一度は部隊に合流する必要があるとは思いますが」
「……民間人?」
「ええ、あなたは盗賊ではなく、『血塗れのアリア』でもないそうなので。あなた自身が口にしたことです。お忘れですか?」
そんなこと……言った憶えはない。
だとすると、死に際の譫言のようなもの。助けてほしいという、命乞いにしか聞こえないであろうそれを……まさか、本気で信じた?
いや、そんな馬鹿な……
「はあ……まったく。本人が驚いてんじゃないわよ。民間人のふりして生き残りたいんだったらもっと真面目にやりなさい。じゃないとちょっとは騙されてあげるこっちも馬鹿みたいだから」
金髪の少女が金品を数えるのをやめてこちらへ来る。
こちらの反応は、ある意味正常なもの。
けれど、黒衣の男はその反応に不満そうだ。
「騙されてあげるというのは少々どうかと思いますね。まだ、彼女が噓をついているという確証などないじゃないですか」
「いや、明らかに人相書きと特徴一致してるし。ていうか、あの戦闘跡で見つかって『偶然巻き込まれた民間人』って無理があるでしょ」
「人相書きはあまりあてにならないと思いますよ。テーレさんの人相書きも似ても似つかないものだったじゃないですか」
「だってあれ私の顔じゃないし」
「この方もそういった手違いがあったのかもしれませんし」
「どういう状況よそれ」
……つまり、信じられないことだけど。
この少女は、常識的に私を盗賊団の幹部として捕虜として扱っている。それはおかしいことじゃない。わざわざ死にかけていたのを治すのは余計な手間だとは思うけど、不思議というほどじゃない。
だが、問題はこの男……こいつは、私の譫言を信じて、私を『何故か盗賊団の幹部の人相書きと特徴の一致していた民間人』として扱うつもりらしい。
私を治癒しておきながら、女の捕虜がよく行われるような非倫理的扱いをするつもりもなく、単純に討伐作戦の被害者として護送するつもりだと。
「……馬鹿なの?」
「馬鹿なのよ、こいつは。変なところで頭が回るくせに……ていうか、図面にない隠し通路を見つけたのもこいつ。せっかくお手柄のチャンスだっていうのに……どちらにしろ、部隊に連れて帰ることには変わりないから。本当に盗賊団と無関係だっていうんなら証拠はそこで出しなさい。私は断固として、捕虜として突き出すから」
「それは……」
「……抵抗しなければ、無抵抗で投降してきたことにしてあげる。わかってるわ、女の捕虜なんてろくな目にあわないってことくらい。私たちの手柄だからって強く主張して、匿ってあげるわよ。生憎と、こいつはそういうのに興味ないし、そういうところ頑固だから。ちゃんと裁判くらいは受けられるように『正当な』ルートを踏ませてあげるわよ」
戦場では監督者の目なんて届かないが故に、簡単に破られる中央会議連盟の『捕虜取り扱い規定』。
あろうことか、この二人はそれを厳守して、私を丁重に扱おうとしている。私を、裁判所に送ろうとしている。
だとしたら……
「……わかった、その扱いでいい。抵抗はしないし、逃げようともしない。だから……私を裁判所まで、街まで連れていってくれ」
「捕虜ではなく民間人ならば裁判はいらないかと思いますがねえ。まあ、いいでしょう。それよりも……一つ、お伺いしてもよろしいですか?」
黒衣の男が笑顔を寄せてくる。
貼り付いたような笑み……何を考えているかよくわからない笑み。変装か何かをしているのではないかと思ってしまうような表情で、男は問いかけてきた。
「彼女はテーレさん、私は狂信者などと呼ばれています。失礼ながら、あなたのお名前を教えていただけませんか?」
名前……私の、名前……
『アリア』なんて名乗るのはこれまでの流れからして言語道断だろう。かといって、すぐに適当な名前が思いつくものでもない。
それに……下手な噓を答えられる雰囲気でもない。
だったら、答えるべき名前は……一つだけ、あった。
「『カサンドラ・ゾラック』……キャシーとでも呼んで」
side テーレ
まだ高い位置にある太陽を急な雨雲が隠しつつある。
何はともあれ、女幹部『血塗れのアリア』を捕虜にできた。
これなら、この作戦での功績は十分すぎるほどに確保できたことになる。本人が別人を自称していようが問題はない。むしろ、本当に別人だった時の方が困るくらいだけど、あの反応からそれはまずないだろうし、もしそうだとしても間違えさせるような人相書きが悪い。それくらい情報は一致している。
だから、問題があるとするのなら……
「雨か……これはちょっと予定外ね。雨に紛れて逃げようとするやつがいたら派手な捕り物になるかも」
私たちはこの作戦でのノルマを達成したにしても、作戦自体は継続中。軍が砦を囲み、隠し通路は冒険者達が押さえている。逃げ場はなく勝ち目もないとしても、この雨を機に視界が悪くなる僅かな時間に希望をかけて強行突破を仕掛けてくる可能性がある。
それでも軍と冒険者の勝利は揺るがないけど、局所的には被害が出る可能性も……
「……何、この気配?」
「どうしました、テーレさん? ……例のものが動き始めましたか?」
いや……でも、あれは気配を外に出すようにはなっていなかった。
浄化対策の鎧は、ギリギリまで私に気配を察知させることなんてなかった。
少なくとも、コインズの街では。なのにこれは……
「ヤバい……漏れ出しただけでこれだったら本気でマズい! マスター、そいつ……キャシー貸して! 担いで走る、マスターも走って! それが一番速い!」
「走るとは、軍の陣地へですか? それほどの緊急事態とは……」
「一体や二体じゃない! けど、精々十体が限度だと思ってたのに! これは……こんなもん、どうやって制御してるのよ! いや、陣地への移動はなし! どちらにしろ、知らせに行く前に気付く距離よ! 私たちはこっちへ、クロヌスの方へ直接逃げる! 私が近付いた方が多分ヤバい!」
困惑しながらも、走ってついてくるマスター。
そして、担がれながら困惑し続けるキャシー。だけど、詳しく説明する時間はない。
早く動かないと、とんでもないことになる。
「この感じだと、あの『鎧の悪魔』が百体以上いる! この作戦、一方的な『討伐』って前提が、戦力差がひっくり返るわよ!」
死にかけの所に現れた黒衣の男が優しい笑みを浮かべながら『寿命と引き換えに傷を治してあげましょう』と言ってきたら……絵面的には完全に悪魔の取り引きにしか見えない。




