第131話 入れ違い
side テーレ
油断した。
まさか、この街のこの宿に偶然『兎粥』の構成員がいるなんて。
どこのどんな地位や立場にいるかわからないのが特徴の組織だから仕方ないにしても、対策を万全にする前にマスターと接触されたのは予定外だ。
けど、それにも増して予定外なのは……
「なるほど、つまり先手を取って『兎粥』からの襲撃を受けたという事実を作ることでデマでの風評攻撃を防ごうと。で、ついでに戦の女神からの大規模な攻撃も防ごうってわけね」
「はい、『戦の女神』が堂々と私たちに刺客を差し向けたり攻撃を仕掛けてくれば、それは私たちを女神ディーレの送り込んだ転生者と認めて攻撃していることになります。私は女神ディーレの信徒であると公言していますし、決闘騒動によって疑惑自体は浮上しているわけですから」
「そうなれば、後出しで『兎粥』が私たちを護ろうと動いても、それは彼らの信仰心からの行動であって同じディーレ教徒を護るだけだから私たちが『兎粥』に加入していなくても筋が通る。まあ、彼らには面の皮の厚い連中ってことになってもらう必要はあるけど……私たちを『偽物の転生者』にしておけば、『戦の女神』は『兎粥』に口実を与えないために派手に手出しはできない。そして、そうやって待機状態にしておけば『兎粥』の勝手な動きも防げると」
細部を詰める必要はあるけど、確かに取れる手の中では有効な手だ。
要は、私たち自身が『踏み絵』となることで、過激派宗教団体との繋がりを否定して、同時に私たちについて広まるであろう『転生者である』という情報をグレーに戻す。
実際、決闘に関してはこいつは転生特典を全く使わずに勝っているわけだし。
新米冒険者としては規格外の強さにはなったけど、結局単純な攻撃は効かず特殊な魔法での相性勝ちだった。
まだ、『滅茶苦茶修行して馬鹿みたいに強くなった冒険者』で何とか通る話ではある。
……ほぼ事実だし。
「もちろん、彼らが捕まってディーレ教徒の悪評が立っても困りますし、襲撃の規模は同じ神を信仰する信徒同士での宗派の違い程度に収め、交戦はせず追い出されるようにこの街から脱出。その『喧嘩』の原因を裏ルートから『女神ディーレの御使いを勝手に名乗った冒険者が本物の敬虔なディーレ教徒である兎粥を怒らせた』という噂にして情報として流せば売名目的で調子に乗った冒険者が痛い目を見たという笑い話で済みますよ」
「噓は嫌いなんじゃなかった?」
「私が転生者としてお恥ずかしい実力しか持っていないという自覚はありますし、噓を口にするつもりもありません。誤解してしまう方は現れるかもしれませんが、そういう方は事実よりも面白おかしい真実の方がお好みなのでしょう。事実を追究するために私の所へ問いただしに来る信念のある方になら、私は真実を語りますよ」
まあ、確かにそれはそうだ。
『善行を行った』というよりも『悪行を行った』という話の方が広がりやすいし『売名目的で転生者を騙った冒険者』というのもない話じゃない。
それこそ、『ディーレ様の御使い』なんて今までいなかったんだし名乗れば間違いなく『兎粥』が反応するんだから前代未聞にはなるんだけど……こいつの称号と二つ名が『狂信者』であることを考えれば、素で自分のことを転生者だと思い込んでるディーレ教徒だと思わせることも、それがディーレ様の御使いを待ち望んでいた『兎粥』を怒らせたと思わせることも不可能じゃない。
その結果、こいつは少し頭のおかしい冒険者に思われるかもしれないけど……『狂信者』という二つ名を嬉々として名前代わりに使っているやつだし。
元々頭がおかしくないとは言い切れないやつだからデメリットはあまりない。見るからに理性的な私がフォローすれば何とかなるだろう。
こいつの言うとおり、デマを楽しむような人間たちは私たちが有名になれば、実際に汚点がなくとも何かしら言い立てるのだから、その内容をこちらで決めたものにしておくのは悪くない手だ。
しかもそれが、『自分を女神ディーレの送り込んだ転生者だと信じきっている狂信者』という、『噓のような本当の話』に向かうように操作するのだから結果的には『噓をついていない』とも言える。
「まあ、何よりあんたが彼らの言い分や思想に賛同して合流するとか言い出さなくてよかったわ。ディーレ様を一番困らせてる問題児だし……」
「……? 伝承では、創始者である聖ホワイトに毒抜きの方法を与え、慈善活動の道に進ませたのはディーレ様に仕える天使だった、と聞いていますが。組織自体も必要だったから創設するように仕向けたのでは? 確かにそれが慈善団体を護るためとはいえ武力行使の道に進んだのは違和感がありましたが……」
「……違うのよ。そりゃ、確かに毒抜きの方法自体は教えたけど……それを広めるために組織を創って大きくしたのはあい……人間側の勝手。そんでもって、創始者の馬鹿が死んだ後に組織がその『武力行使』をやらかすようになったのは、ディーレ様の意図でもないし、ましてや必要だったからでもないのよ。本当なら、あの組織は戦乱が終わって飢餓が落ち着けば自然に縮小解体されるべきだった。ただの、特殊調理技術の権益で炊き出しをするだけの組織だったんだから」
「では、何故に今のような『過激派』と呼ばれるような組織に?」
正直、あまり言いたくはない事実だ。
ディーレ様の汚点だからと言うよりも、彼ら自身に万に一つも聞かれたくない。
けれど……さすがに、こいつには話しておくべきか。こいつならどうせ、私が言葉を濁したところでどっかで事情を察するだろうし。
「そもそも、ディーレ様は『兎の化身を使って飢えた民に肉を与えた』なんて逸話は残してないし、天使を通して与えたものは最初の毒抜き料理だけ……あの組織は、ただの大きな炊き出し中心の慈善団体に、他の女神が勝手に武器になる技術を与えて武力を持たせた組織……『善意』の女神であるディーレ様への信仰を削るために『独善』を強調する印象工作のために干渉を受けた組織なのよ」
しかも、本当に困ったことだけど……これは、その創始者であるあの馬鹿が最期の責任としてやらかしてくれた、まさに独善の産物。
飢餓から多くの貧民を救ったという大偉業を切り捨てることになってまで、ディーレ教徒に歴史の負の遺産と呼べる強力かつ使い勝手の極度に悪い『武器』を残したという神々の思惑をも台無しにする馬鹿らしい偉業の生み出した遺物。
「……あの組織は、単なる印象工作として歪められて、最後にはただ『女神ディーレへの信仰が暴走した悪の組織』として討伐されるはずだったのに……その技術を元にとんでもない魔法を生み出して、その干渉を行った他の女神たちにも手がつけられなくなって戦乱が終わった現代にまで残ってしまった、文字通り制御不能の過激派慈善団体。神々の計算すら覆して、転生者ですら討滅して生き残った戦乱の『窮鼠』の突然変異」
そのシンボルの通りに、鍋に飛び込む兎の如く我が身を犠牲に爆裂することで、『不相応に強力な武器で一方的に敵を殺す独善的な殺戮者』になるはずのものを『自己犠牲で暴虐という悪を道連れにする殉教者』に変えてしまった、危険すぎて誰も手を出せなくなってしまった戦乱末期から残り続ける未処理の不発弾。
この世界において『邪神崇拝者』と並んで危険視されている要注意団体こそ、『兎粥』というディーレ教徒最大の問題児集団だ。
side 日暮蓬
日の出が、関所を通り抜けた私を目の眩みそうな輝きで出迎える。
ようやく、ここまで、この観光都市レグザルまで辿り着くことができた。
カーリーのボディーガードとして雇われて約三ヶ月、ようやく商会の宿を燃やしてしまった件への弁償が済んで、例の転生者を乗せたという乗り合い馬車を見つけてここまでやってくることができた。
このタイムロスは痛い……悪いのは私と、この『火焔の魔人』だっていうのはわかってるだけど。
「ここは大きな都市だし、活動拠点として留まってくれていればいいんだけど……」
長い馬車の旅は本当にキツかった。
主に、ものを燃やさないようにすることと、移動している間にも目当ての転生者が別の場所へ行ってしまうかもしれないという心配で。魔人の制御についてはカーリーの家で少しはマシになったけど、心配事の方はどうにもならない。
「魔人、お札の臭いは……さすがに、人が多くてわからないか」
お札そのものの臭いも時間が経って大分弱くなってるし、こんな街中で魔人を完全に出すわけにもいかないから追跡は難しいかもしれない。
しかもここは、観光都市としてたくさんの人間が出入りする場所だ。もしもここがただの経由地点で他の場所に行っていたとしたら……いや、そんな最悪の展開を考えるのはやめよう。
それに、相手が『転生者』ならそれなりに有名になってる可能性もある。ここの都市に最近来た転生者の情報を集めればその中に……
「まてー! この似非転生者!」
「出て行けー!」
「て、転生者!?」
いきなり聞こえてきた叫び声に反応してしまったけど……『似非』?
転生者の偽者?
「わっ、ちょ、クッサ! 燻し玉とか割りとガチな攻撃アイテムじゃん!」
「アッハッハ! いいではないですか! 臭いだけで絶対に死者は出ませんし! 嫌がらせ感が強くて実に合理的です!」
「言ってる場合か! 朝一番の長距離馬車でさっさとおさらばするわよ!」
……何あれ。
男の人と女の子が数人の町の人に煙玉みたいなの投げつけられながら全力疾走で逃げてるように見えるんだけど……っていうか、こっちまで臭ってきたけど臭っ!
あんなの投げつけられるとか何やったらそこまで相手を怒らせることができるわけ?
「……似非転生者とか呼ばれてたし、転生者のふりして威張ったりしてたのかな。馬鹿みたいだけど」
ていうか、私が探してるのは私の能力を何とかできる転生者であって、あんな偽者なんかじゃないし。
あんなのに構ってる間に例の転生者がこの街を離れたりでもしたら大変だ。
転生者を名乗って追いかけられてるならあいつらは自業自得だし助ける義理もない。私には他人に善意の手なんて差し伸べてる余裕はないんだから。
ダメだった。
ギルドで聞いてみたけど、二ヶ月以上前にこの街に転生者が現れたって情報はなかった。
確かにこの街に来たはずだけど、例の転生者は何も騒動を起こしたり転生者として事件に関わったりしなかった……この街が多くの地方へ向かう乗合馬車の中継地になっていることを考えると、この街を素通りして馬車を乗り換えてしまったのかもしれない。
もしそうだとしたら、もう臭いで追うことはできない。
その時に乗ったのと同じ馬車がこの街に戻ってきているという保証もないし、あったとしても何百という客が頻繁に利用する馬車には臭いなんて残らない。
それに……どうやら、魔人の鼻もこの街に来たときの似非転生者が振りまいていた臭いのせいで馬鹿になってしまったらしい。
お札と同じ真新しい臭いがそこかしこでするとか……下手をすると、お札の方にあの臭いが移ってわからなくなってしまったか。
調べてみたら、あれは『燻し玉』といって嗅覚の鋭いモンスターを怯ませたり、探知能力を潰したりするアイテムらしいし。魔人の追跡能力がやられてしまった可能性は十分にあり得る。
真っ昼間まで街を探したけど、収穫なしだ。
「一応、問題も何も起こさずに転生者が留まってる可能性も調べてみたけど……最近噂になった実力者とか事件の関係者は、本当につい最近この街に来たばっかりの人だけだったし」
ちなみに、あの似非転生者と呼ばれていた男の人についても調べてみた。
けど、彼は転生者じゃないかと密かに噂されていた男(決闘にかこつけて女性を寝取る屑みたいなやつ)に連れ合いの女の子(一緒にいた金髪の子?)を狙われて、そいつを殴り殺したんだか魔法で干しぶどうみたいにしたんだか、とにかくその屑をはっ倒して転生者なんじゃないかって話題になったそうだ。
そして、転生者を信奉する団体に目を付けられて、その結果ただの『転生者を倒せるくらい強い冒険者』だったというのが発覚して追い回されていたんだそうな。
勝手に期待されて勝手に怒りを向けられているのには同情するけど、私の人探しの邪魔になったことはゆるさない。
「……はあ、足取りが途絶えちゃった。どうしよう……」
さすがに、このレグザルから行ける地方を手当たり次第に探すなんてできないし。それは、この国の全てを探すといっているようなものだ。
ラタ市で見つけたお札の臭いも、もうほとんど消えかけてるみたいだし、せめて次の手がかりくらいは見つからないと私は……
「魔人……本当に、最後のチャンスだと思って、この臭いをよく嗅いで。探すのはこれに染み付いていた古い臭い。真新しいほうじゃなくて、三ヶ月くらい前の臭いだからね。ほんの僅かでもいいから、手がかりが欲しいの」
せめて、馬車を乗り継いでいった方面くらいはわからないかと馬車の発着所を巡りながら魔人に問いかける。乗合馬車じゃなく個人用の馬車を使っていたらお手上げだけど、万が一、待合所の椅子にでも臭いが残っていれば……
「……え? あの馬車から?」
魔人が反応を見せたのは、ごく小さな、短距離の乗合馬車の発着所。丁度、今から出発しようとして、もう乗る人はいないかと確認している最中の馬車の方だ。
そんな……いや、でも利用者数の少なそうなあの馬車なら客の臭いが残ることも?
「……御者さん! ちょっと待って!」
「お、おう。変わったかっこの嬢ちゃんだねえ。乗っていくのかい?」
「この馬車、どこ行き!? これに乗っていった人を探してるんだけど!」
「これに乗っていった人って……この馬車は、レグザル近くの治療院行きだよう。山奥であんま用がないから十日に一回くらいしか行き来しねえし、治療院に用がある人なんざ、よっぽどのことでねえと……」
治療院行き……つまり、この馬車はこの街と治療院の間を往復するだけの馬車。
多分、十日に一回くらいしか使われてないっていうのは、非常時の緊急用車両みたいな感じで街に余分に置いてあるのを悪くならないように偶に動かすついでにその山奥の治療院って場所との往復に使ってるだけ。
それなら、三ヶ月経っていたとしても使用回数は十往復かそこら。客の臭いが上書きされずに残っていてもおかしくはない。
「どうすんだ? 嬢ちゃん、乗ってくかい?」
「うん! 乗せて! 私もその治療院行くから!」
「そうかい、なら運よかったなあ。次行くのは九日後の予定だったよお」
もしかしたら、例の転生者はまだその治療院という場所にいるかもしれない。いなかったとしても、その転生者の服の切れ端でも見つかれば、また臭いを追跡できる手掛かりになる。
運に見放されたかと思ったけど、こんなタイミングでこの馬車を見つけられたなんて、ツキが来てるみたいね。
「待ってなさい、今度こそ絶対に追いついてやるんだから!」
いざ行かん、治療院へ!




