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転生したので狂信します  作者: 枝無つづく
四章:見境なき『差別者』たち

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第125話 テーレさんは女の子です

side テーレ


 賞金狙いの冒険者たちから追われて路地裏を駆け回ったのが今日の午前のこと。


 一応、賞金が取り下げられたという情報は出回っているはずだけど念のために軽い変装をして観光都市の通りを歩く……マスターと並んで、カップルのごとく寄り添って。


「今のこの街ではあまり離れていると逆に目立ちますからね。ご不快でしたら少し離れますが」


「別に……このままでいいわよ、あんたがどっか行っても困るし」


 愛し合う男女を祝福する日を目前に控えた観光都市。

 観光中のカップルを狙った引き込みで商店街はピンクに染まり、大きな施設は大規模な結婚式で予定がぎっしり。

 朝方には路地裏で冒険者集団とのゲリラ戦が繰り広げられていたとは思えないようなお気楽な空気だ。


 いや……こんな時期のこんな街で、こんなことを思うこっちの方がおかしいのだろう。


「……悪かったわね、合流が遅れて」


「はい? どうしてテーレさんがそのようなことを? 予定の期日は過ぎていなかったはずですが」


「でも、私が一日早かったら、こんなトラブルに巻き込まれなかったし、ジャネットも人質になんてならなかったわ」


「それを言うなら、こちらだって昨日の集合時間は過ぎていましたよ。それに、むしろあのタイミングで冒険者ギルドに行き、迂闊にあれを彼女に見せてしまった私のミスが原因です」


「いくらなんでも、そのタイミングで丁度タチの悪い転生者に目を付けられるなんて思わないでしょ。あんたは悪くないわ」


「では、お互いに今回は少々間が悪かったということで責任の追及はやめておきましょう。私も、修行している間はあまり善行を積めたとは言えませんしね」


 『間が悪かった』……それは、言い方が違うだけで『運が悪かった』と同じことだ。

 つまり、私のせいだとも言える。


 私の性質は、何もしなくても、望まなくても周りに『不幸』を呼び込む。

 そしてこの『周り』というのは物理的な距離よりも因果律的な意味合いが大きい。

 つまり、私の行動に影響された人間ほどより『不幸』に遭遇しやすい。『風が吹けば桶屋が儲かる』というのと同じ意味で、私と関われば行動の結果が『悪い方』や『望まない方』へと転びやすくなる。


 今回のことも、マスターが私と合流しようとした行動がこの遭遇を引き寄せたと言える。


「……どこ、いくんだっけ?」


「少々ギルドでモンスター関連の資料を閲覧したいのと、決闘で必要かもしれない物品の購入ですね。あと、どこかで軽食を取るというのも悪くないでしょう」


「……後でジャネットに『私が捕まってる間に楽しまないで』って怒られたらどうするの?」


「そのお叱りを受けられるのなら、それはおそらく救出が成功した後でしょう。まあ、誠心誠意謝罪すれば赦してもらえるのではないかと」


「……そうね、身体を張るのはあんたの方だもんね。好きにすればいいわ……あんたには、第二の人生をどうするか、自分で決める権利がある」


 私が『不幸』を引き寄せるのに対して、信仰スキルの高いマスターはディーレ様の加護を強く受ける。つまり、『幸運』を引き寄せやすい。

 だとすれば……行動方針はあちらに任せた方が、物事がうまく行きやすいのは道理と言えば道理だ。

 いや、むしろ……


「しばらく離れてみて、さ……」


「はい、なんでしょう?」


「改めて会うと、私って『従者』としてすごい差し出がましいと思わない? というか、よく戻ってきたわよねあんた」


 そもそも、転生者にとって転生特典とは第二の人生を楽に生きるための便利な道具みたいなものだ。


 私みたいな『万能従者』であれば、普通に家事も仕事も任せて紐生活ができる……今の私にだって、その程度の性能はある。

 決して戦闘向きの転生特典じゃないし、ましてや主人である転生者を上手く操って自分の目的に利用しようとするとかもってのほか、欠陥品以前の問題だろう。

 それに……


「私……めちゃくちゃ口悪いし、『馬鹿』ってあんたに何回言ったかわかんないし」


 一人になってみてマスター専用装備とかの構想を練っているとき、その行動を思い返せば私がその度に何度も何度も『あんたは馬鹿か!』みたいなことを言っていたことに気付いた時にはさすがに言い過ぎていたと気が付いた。


 しかも、それが大抵最善に近い結果に収まってるんだから立つ瀬がない。

 言われている側からすればうまく行く手を選んでいて毎度文句を言われているんだから堪らないだろうし。


 この街に来るとき、実はちょっと『やっぱり一緒に旅をするのはやめよう』とか言われないかとドキドキしてた部分もある。


 あっちも離れて冷静になったら、私なんかよりずっと付き合いやすい人間はいくらでもいるだろう。

 約束は守るだろうから街にはいるだろうけど、さすがに絶対に心変わりがあり得ないと言えるほど自分の魅力に自信はなかった。


「昔から……『馬鹿』って口癖みたいになっちゃってるのよ……特に、無茶な人間とかにはつい……」


 しかも、それで止められた試しがないのだからどうしようもない。

 むしろ……本当は、私が何もしない方がよかったのかもしれない。私が言葉をかけるほど、私が関わるほど『不幸』が襲い掛かりやすくなるのだから……私の制止は、むしろ危険へ突っ込ませるだけだったのかもしれない。


「ふむ……私は、テーレさんに『馬鹿』と言われてもそれほど横暴だとは思いませんがね。事実だと思いますし」


「事実って……なんでよ。あんたいつも私を無視してうまくやってきたじゃない。どう考えてもあんたの方が……」


「最終的に選択肢を採用していないとしても無視しているつもりはありませんし、結果的にうまく行ってるとしても、私の方が賢いとは限りませんよ。私の場合は、行動の前提が違ったり状況が追い込まれていたりでそうせざるを得ないという場合が多いですから。テーレさんの立場から言えば、私へ向けた『馬鹿』という言葉は適切だと思いますよ。少なくとも……テーレさんの方が聡いのは確かです」


 私の方が聡い……何を根拠にそう言うのだろうか。

 私にはこいつみたいな発想力も行動力も……


「私は、テーレさんの『馬鹿』というのは、相手を心配しての言葉なのだと解釈しています。特にあの魔導書の件などそうでしたが、テーレさんは人が『不幸』に襲われる『流れ』を経験から読み取り、それを引き留めようとしている……けれど、その流れを詳細に説明できないのでシンプルな言葉を選んでしまうのではないかと」


「……かなりポジティブな解釈ね。私が『馬鹿』って言う度に『心配してくれてる』なんて思ってたんだ」


「違いましたか?」


「…………心配してない、わけじゃないけど」


 純粋に善意での心配、とは言えない。

 『聖地創建』という目的のため、偉業を達成する英雄にするために途中で潰れてもらっちゃ困るから。少なくとも、最初は洗脳や魅了というちょっと従者の選ぶ手段としてあり得ないようなことまで計画してたし……一度、操られていたような状態だったとはいえ襲ったし。


「強いて言うのなら、テーレさんの周りでは他人が不幸になりやすいために危機管理のセンサーが敏感なのでしょうね。放置されている刃物や不安定な重量物、路傍の石コロでも危険の度合いが違う。そのために、他の方の感覚では心配する必要のないようなことでも危機感を覚えてしまい、しかし『その石が危険だ』なんて言っても理解してもらえないから馬鹿という言葉を使ってしまう……というような感じでしょうか。そりゃ、テーレさんの視点からすれば誰もが目の前の数多の危険に気付かず迂闊な行動ばかりしている『馬鹿』にしか見えませんよ」


 言われてみれば……確かに、そうなのかもしれない。


 私には、ターレみたいなディーレ様に仕える他の天使も気が抜けていて迂闊なことばかりしているように感じられるし、そこらの人間を見てみてもいろんな危険に気付かずに放置しているように見える。

 それらは、私さえいなければきっと本当に限りなく無害に近いものばかりなのだろう。ただ、私の前ではそれが凶器に変わりやすいというだけで。


「つまり、テーレさんはとても危険に対する注意力が優れていて、しかも他人がその危険を踏むことを心配できる優しさもあるということです。しかし、それを咄嗟に説明することが難しく、ついつい言葉がキツくなってしまう。どうでしょう? こう表現するとかなり印象が変わりませんか?」


「物は言いようね。ま、注意力があるというよりも私の中の『悪意』の方が物の危ない使い方を見つけちゃうだけだと思うけど」


「ええ、物は言いようですよ、言葉は偉大ですから。テーレさんは性質的な面から事細かな説明が難しいかもしれませんが……今度からは、『こうなるかもしれない』という形で言ってくださると助かります。提案ですがね」


「……一応、気を付けてみる。癖がすぐ抜けるかはわからないけど……」


「……どうしました?」


「いや、もしかしたらあんたが私に罵倒されたくて変なことばっかりしてるんじゃないかと思ってた部分もあったから、ちょっと意外で」


「それはさすがに心外です。私だってできるなら褒められたいですよ。心配されて叱られるのはともかく、無意味な罵倒を受けるのは嫌です。誰だって、人を傷付けるような言葉はできれば聞きたくないでしょう」


「そりゃあ……そうよね」


 言われてみれば当然だ。

 むしろ、このマスターの場合は『褒められたい』というのは顕著かもしれない。だって、ディーレ様に人生の評価をもらっただけでここまでの振る舞いをするようになったんだから。


 私も、本当はいろんなことを褒めてやらなきゃいけないはずだ。

 ここまで、降りかかる『不幸』を何とかして来られたのはこいつの力なんだから。

 なのに私は……


「私って、本当に可愛くないわよね……男を上手くおだてる女としての魅力もないし……」


「こらこら、テーレさん。今言ったばかりですよ?」


「……え?」


 疑問符を浮かべる私に向かって、マスターは注意するように声をかける。

 そして、その顔を見ると……笑顔のまま、軽くデコピンされた。


「テーレさん自身でも、テーレさんの悪口を言うのはあまり良くありませんよ。それならせめて、『もっと可愛くなりたい』とか『可愛くなるにはどうしたらいいんだろう』とか言ってほしいものです。テーレさんはちょっとネガり過ぎです。性質的なものだとしても、だからこそ前向きを意識しましょう」


「な、何よそれ……いや、確かにあんたはそうやっていけてるのかもしれないけど」


 幸運の加護があって物事が上手く行ってるやつに言われてもという感じはする。運という才能の地力が違うわけだし。

 けれど、マスターは重ねてデコピンをしてきた。痛くはないけど、今度はさっきより少し強い。


「ネガティブは不幸を引き寄せますよ。テーレさんは危険ばかり見すぎでチャンスを見落としそうですし、もうちょっと楽観視をしてみるべきだと思います。脳天気になれという意味ではなく、『こうする手もあるかもしれない』という選択肢を思い浮かべるということですが。わざわざ分の悪い賭けをする必要はなくとも、希望的観測に沿って条件を満たせるかを調べた上で確実な手として使えれば裏技や抜け道も立派な選択肢です。洞窟には怪物が出るかもしれないと調べる前から諦めていればそれこそ道が減ってしまいますよ」


 ぺちぺちぺちぺち、デコピン連打。

 まるで、私の目を覚まさせようとするみたいに。


「ちょ、マスター、やめ……やめてよ、恥ずかしい……周りが見てるから」


 思わず顔を手で覆うけど、指の間からデコピンが続く。


 『成功する手段がある』という前提で手段を模索するのと『きっと上手く行く方法なんてどこにもない』という前提で考えるのでは、見つけられるはずの手が見つからなくなることもあるというのは、理屈としては私にもわかる。


 実際、マスターは魔導書の時も諦めず、呪いを解く方法があるという前提で思考を進めたから、魔導書の最後のページの形式が契約書になっていることに気付けた。


 治療院の時だって、認識していた情報に差はあったとはいえ、最初から五日で解決できると思っていたからああやってある程度穏当な決着を付けることができた。

 あれ以上かかっていたら、体力が持たずに犠牲になる村人がいたかもしれない。


 プラス思考というよりも、『解決できる』という結果を決めつけて行動できる力こそがマスターの強さなのだろう。

 その結果を決めつけるイメージ力の強さ、希望的観測の安定性というのは魔法の基礎でもある。だからこそ、マスターは魔法の才能もあるのだろう……『必ず暴走する』という欠点は置いておいて。


「そもそもテーレさんは自分の魅力に気付かなさ過ぎです。本質的にはどうあれ、世話焼きで頑張り屋で冷静で度量の大きいテーレさんは中々にすごいと思うのですよ。ただの従者には必要ないかも知れませんが自主性が高いことはいいことですし、従者としても上申申告忠告忠言進言ができるのは素晴らしいことですし、危機管理能力の高さ故というのならなおのこと。女神ディーレ様への愛のために私を押し倒すのを躊躇わない行動力もありますし、私は好ましく思いますよ自分の身も使い尽くそうとする思い切りの良さは。いつ下剋上されるかという意識があればこそ私も普段の行いから気が引き締まるというものです」


 ぺちぺちぺちぺち、ぺちぺちぺちぺち。

 キャンディの入った瓶を叩いて隙間を作るように、頭の隙間に覚え込ませるように。


 なんかすごく恥ずかしい。

 公衆の面前でデコピンされるということ自体の恥ずかしさもあるけど、そんなふうに私のこんな性格がどれを取ってもいいところみたいに言われたのは初めてだし、デコピンされ続けてるせいでなんか褒められてるのか説教されてるのかわからないし、どんな顔していいのかわからない。


 こいつのことだから本当に思ってもないことなんて頼んでも言わないだろうけど……ここまでストレートに来られると本当に、なんというか、困る。すごく困る。


「あと、テーレさんは気にしているようですが男をおだてていい気分にさせるだけが女の魅力ではありませんよ。しっかりとして私のような衣食に関心の薄い男に根気強く注意して生活を整えてくださるのも大事な…………」


 ぺちぺち……ぺち……


「……どしたの?」


 ぺちぺちが止まったんだけど。

 顔を覆っていた手の隙間からマスターの方を見てみる。

 何よ、その顔。なんかに気付いたみたいな顔してるけど……


「いえ、そういえばテーレさんって基本女性体ですが、本当の所の性別はどうなのかなと思いまして」


「……はあ?」


「『天使』には諸説ありますが、両性具有という説もありますしそもそも由来が胎児からの転生なら性別が未確定だった場合も……」


 ……………。

 ……………………。

 ………………………………。

 もしかして、こいつ私に『性別』を確認してる?


「……はあ!? ばっかじゃないの!? 女の子です! 精神も魂も女! あんた今まで私のことなんだと思ってたの!?」


「特に問い詰める気もありませんでしたが、今のテーレさんの発言でもしやと思いまして……」


「バカ! バカバカバーカ!」


「ちなみに、今のは女の子としてのプライド的な意味な怒りの言葉ですかな?」


「それがわかんないから馬鹿なのよあんたは! バーカ!」


 私の一転攻勢は、通りの店主から『痴話喧嘩は他所でやってくれ』と声をかけられるまで続いた。

 その後、ケーキを奢ってもらうまでゆるしてあげなかったのは、また別のお話。









 ちょっと最近は真っ当なラブシーンっぽいやり取りの研究をしています。


 なんか今回はちゃんとした人外×人間カップルらしい会話ができた気がする!

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― 新着の感想 ―
[一言] 人間が人外側やるのか…
[一言] グォッフォ…( ∩'-' )=͟͟͞͞⊃ 砂糖)´д`)ドゥクシ ビターな珈琲を飲んでいる時に最高級のケーキを口の中いっぱいに詰め込んだ感覚だ…。 美味しい(^q^)
[一言] どっちが人外なんですかねぇ…
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