第122話 市街地戦
side トビアン・ラース
「なっ!」
「こいつ、ぬわっ!」
簡単な仕事だと、パーティーリーダーから誘われた仕事だった。
実力のない僕が冒険者の世界でやっていくには、裏も表も知っておくべきだと、汚い仕事も経験しておくべきだと言われたから、それほどの覚悟もなく依頼を受けた。少なくとも、凶暴な野生のモンスターを相手にするよりは危なくない……そう思っていた。
『逃げろ! どういうわけかこっちの位置が……ぐあっ!』
「リーダー!? 応答を! リーダー!」
リーダーとの通信用のマジックアイテムから入ってきた仲間の声。このアイテムの使える距離は安物だからかなり狭い。
つまり、この通信の発信源……仲間を仕留めた敵は、すぐ近くにいる。
しかも、『こっちの位置が』に続く言葉はきっと……『バレている』。
隠れ潜んでいたはずの仲間が、あっさりと居場所を察知されて倒されてしまった。
恐怖に背筋が寒くなる。
この依頼は簡単な依頼だったはず。相手はまだ実績もほとんどない素人冒険者で、そいつの隠し持ってる品を奪い取ればいいんだって言われていた。そのために何十人も冒険者が集まって、そいつのいる区画を囲って追い込んでいくって話だった。
なのに、これじゃあまるで……
「こっちが、狩られる側じゃないか……」
依頼人がターゲットのことで噓をついたのか?
それとも、依頼人も知らないような力を持ったやつだったのか?
僕たちは……刃向かってはいけないやつに手を出したんじゃないか?
「と、とにかく場所を動かないと……ここがバレてるなら、移動しないと……」
でも、どこに動いたらいい?
表通りへ逃げたら追ってこない? いや、でも相手が人前でも構わず襲ってくるようなやつだったら?
指示を、誰か指示を……
『生き残ってるやつがいたら聞け! 一旦体勢を立て直す! 事前に通達したあの場所に集合だ! できるだけ急げ!』
「し、指示だ! 事前に通達した集合場所! あそこだ!」
急いで走る。
『生き残ってるやつがいたら』? それはつまり、もうほとんどみんなやられた? 殺された仲間もいる?
とにかく走らないと! 一人でいたら襲われる! 一人でいたらヤバい!
とにかく、とにかく急いで……
「急がなきゃ……おわっ!」
「ひえっ!」
角を曲がった直後、同じように走っていた仲間の一人とぶつかりそうになって足を止める。
よく見れば、あっちは剣の柄に手をかけている。本当にぶつかっていたら反射的に斬られていたかもしれなかった。
こちらは単に驚いて足を止めただけだったからよかったけど、あちらは驚きすぎたのか青ざめている。
剣に手をかけてしまったのも、それだけ怯えていたということだろう。
「あ、わ、わるい……」
「う、後ろ……おまえ、何、連れてきてんだよ」
「……え?」
動揺して一歩下がると……ドン、と軽く何かに……いや、誰かにぶつかる。
その誰かを見ているらしい仲間が青ざめているのは……
「おっと、失礼。このまま集合場所まで案内していただこうかと思ったのですが」
馬鹿に丁寧な口調。
怒りを感じさせない、余裕の声。
そして、このプレッシャー。
「い、いつから……」
「いつからと言うのなら、先程の場所にあなたが来た時から、ですかね。その前から巡回ルートに先回りして私の魔法で気配を消して隠れていたので。集合場所まで案内していただけたらこの辺の方とはまとめてお話しできるかと思ったのですがね」
「う、うそだ……なら、さっきの通信で仲間をやったのは……」
「ああ、それですが……通信用のマジックアイテムというのは傍受や妨害がしやすく、そしてなりすましも難しくないそうです。通信機越しの連絡を過信するのは危険ですよ」
つまり、俺は最初から泳がされて……背中をずっと見られてた?
そして今も、触れられるくらい近くにいる。
「さて、予定が狂ってしまったので申し訳ありませんが、あなた方には……」
「う、うぉおお!」
目の前の仲間が剣を突き出して来て、咄嗟にしゃがみ込む。
こいつ仲間の俺ごとターゲットを串刺しにしようと!
「おっと危ない。ちなみに、先程からの肉声で聞こえる悲鳴の方々については殺さないように言ってあるので安心してください。私はただ、平和的に解決できればそれに越したことはないと考えていますから」
攻撃されたはずなのに落ち着き払った声。
横に転がり出てターゲットを見れば、そいつは突き出された刃を石のようになった手で受け止めて平然と立っていた。
仲間も掴まれた剣が抜けず、額に嫌な汗を浮かべている。
ターゲットは、攻撃されたことなど気にするまでもないというように、そのまま僕達に話しかけてくる。
「こっそり他の方の所へ行けなかったのはしょうがないとして、せっかくですからお二人に伺いたいのです。もしも私を捕らえたり、私から例の物品を回収できた際にはどこに……」
「う、うわぁああ!」
剣を掴まれた仲間が剣を離して、腕に装備していたラウンドシールドを構えてタックルを仕掛ける。
話している最中の不意打ち、刃物が効かない相手への重い打撃攻撃。
さすがのターゲットも、突然のことに驚いたのか足を一歩引いて……
「落ち着きましょうってば」
腰の入った掌打、それも石化して下手な打撃武器よりも重そうなそれを盾に真正面からぶつけて振り抜いた。
すると、力負けしたのは全体重を乗せたタックルを繰り出した仲間の方。
盾は真っ二つに割れ、貫通した掌に殴り飛ばされた身体は強力すぎる衝撃に吹っ飛ばされ、背中から壁にぶつかって失神してしまった。
「あっ……またやってしまいました。失礼、どうにもあの山の野獣やリザさんの力が基準になってしまっていて、対人用の加減ができていないようなのです。先程他の方を相手にしたときにも剣を折ってしまいましたし、鎧もかなり歪ませてしまいました。いけませんね、『平常モード』でこれでは」
そう言って、悠々と腕の石化を解くターゲット。
こいつはろくな武器を持たず丸腰だと聞いていた。けれど、それは間違いだった。こいつには、剣を受け止めて傷一つ付かないほどの強度に身を固める魔法がある。
そして、その重さを使って武器なんていらないくらいに強い攻撃ができる力がある。
皮膚で刃物を止められるやつに鎧はいらないし、拳で盾を割れるやつに棍棒は必要ない。
何が簡単な仕事だ、ふざけんな。
「申し訳ありませんが、確認してもよろしいですかな? あなたは、このようにうっかり手が出てしまう未熟者な私と会話してもいいという意思をお持ちな寛容な方ですか?」
side ウォーリー・ハイヅタ
ラースの小僧が捕まったか。
こちらの情報を聞き出すために経験の浅い小僧を締め上げる。知っていることは少なくとも最低限の集合や追跡者の大まかな人数くらいは引き出せる。合理的なやり方だ。
あいつには経験を積ませるために依頼を受けさせたんだが……こうなれば仕方ない。あいつは尋問に耐えられるやつじゃない。
「多少痛い思いをするだろうが……情報を聞き出すための尋問に比べたら軽いだろう。我慢しろよ、小僧」
屋根の上、ターゲットの死角となる方向から弓を構える。
小僧も巻き添えになるだろうが、仕方がない。元々、依頼内容から生け捕りを目的に武装を選んだのだから死ぬようなものではない。
まあ、近くに着弾すればしばらくは動けなくなるだろうが……
「呪紋の刻まれた魔力充填式の鏃……現場指揮官ってところかしらね」
どうやら、先に射るべき敵がいるらしい。
声のした方向……同じ屋根の上に立っていた曲者。黒いマントで黄金色の髪を隠した只者ならぬ少女。
「……十分に高い位置から周囲を警戒していたはずなのだがな。どうやって俺の位置がわかった。俺に気付かれずに」
「生憎と、こっちはもっと高い位置に『目』を飛ばせんのよ。それにしても……それ、範囲魔法の麻痺矢かしらね。着弾地点の周囲三メートルくらいの生物をまとめて麻痺、いいアイテムじゃない。だけどその分、外すわけにはいかない奥の手。それを扱えるってことは、それなりに手練れなんでしょ?」
そう言う少女の肩の近くに浮遊する黒い輪のようなもの。
索敵用のアイテム……なるほど、敵戦力を見誤っていたのはこちらか。俺に気付かれずにここまで接近したこといい、一方的な狩りのつもりでいた連中に仕留められる相手でもなかったか。
立ち上がり、弓を向ける。
もはや、他に気を取られている暇はない。
今となっては、狩る者と狩られる者という関係などとうに消え去ったもの。あるのはただ、どちらが相手を仕留めるかという結末だけだ。
弦を引き絞り、少女の足下を狙い……矢を放った。
「【移動】【斥力弾】」
矢は地面への着弾より先に高速で割り込んだ索敵アイテムと衝突し、着弾地点から拡散されるべき魔法を歪に発散させながらあらぬ方向へと弾き飛ばされる。
だが、それは既に意識を払うべき事象ではない。
俺は既に弓を捨て、腰の鞘から剣を抜いている。
少女は既にこちらに向けて指を向け魔法を放ったが、それが即死に至らない威力であると信じて対飛び道具の呪紋の刻んであるマントでその魔法を受けながら接近戦を仕掛ける。
「シャァッ!」
「固いわね、でも!」
振り抜いた剣。だが、手応えはない。
敵は素早かった、俺はその速度に合わせて剣を振った……そして、それに対して相手はさらに急加速して俺の懐に入った。それだけのことだった。
「お生憎様! これなら効くでしょ……【斥力打法】」
鳩尾に、内臓に、直接叩き込まれる衝撃。
防具を突き抜け、体内で何かが破裂したかのような深く重いダメージ。この小さな身体から生み出されたとは思えないような、重量級モンスターの一撃をもろに受けた時と同等の攻撃力。
勝負は一瞬……たった一撃だが、敗北を認めるのに十分な結果だった。
「射程ゼロで威力最大、消費魔力は遠距離で三発分。やり過ぎかもしれないかと思ったけど……よかったわ、思ったより強い相手で」
意識が落ちる前に聞けた最後の言葉が、強敵からの賞賛というのは悪くない。そう思えた。
side テーレ
ベルトに新しい魔力電池を差し込んで回路に接続する。
電池が切れても魔本の魔力があるから即アイテムが使えなくなるわけじゃないけど、補充は大事だ。
魔力電池一つで斥力弾は六発分、『黒い光輪』は戦闘機動で約五分。
そしてブーツやマントに仕込んだ諸々の運動補助を起動すればさらに消費は速まる。
そして、魔力電池自体の数が現状七個。
これでも時間いっぱい使って培養したカビを使えるだけ使ったものだけど、敵を全員相手にするには心許ない。
まあ、そうなったら私自身が短剣や体術で戦うだけとはいえ、無傷で安定して勝てるアイテムの使用回数は多いに越したことはない。
こうして実戦で使ってみた感じでは命中精度も威力も悪くないし、状況への対応力も上がっている。前の武装では多人数相手でこうも有利に立ち回れなかっただろう。
「あいつの方も……少なくとも、接近戦ではそれなりに使えるようになったみたいね。ライリーがいない状態での狙撃対策とかは必要だけど、あのくらいの相手からは身を守れるっていうのはありがたいわ」
裏路地で下っ端冒険者を問い詰めるマスターを見下ろすと、まだ手間取っていた。
相手の口が固いとか尋問に時間をかけているとかじゃなくて、怯えきった相手から正確な情報を聞き出すのに時間がかかっているらしい。
マスターとしては真摯に、丁寧に、優しく問いかけているつもりみたいだけど、相手からしたらそれが却って不気味なのだろう。私がやった方が早そうだ。
それにしても……対人戦闘の技術は特別磨いてきたわけじゃないみたいだけど、それなりに上位の戦士職並みの身体能力と敵の攻撃に対応して即座に身体を石化して防御できる魔法の熟達度は修行の成果。
石化部分が全く動かせなくなる代わりに馬鹿みたいな強度になる暴走効果を利用して、格闘攻撃の瞬間に手足を超高度の鈍器に変えるという攻防両方に使える戦法。
逃げに入った相手を仕留めることには向かないけど、とにかく自分の身を護るだけなら並みの冒険者レベルになった。
危険な前衛としての性能が上がったのは私の予定と違ってくるから手放しでは喜べないけど……
「ちゃんと真面目に強くなってきてくれたんだ……別に、遊び歩いてくる心配なんてしてなかったけど。『マスター、今からそっち行くからちょっと待ってて』」
一緒に歩き出して、二人で少しだけ別の道を行って、ちゃんと立ち止まらず二人で進んだ先で合流できた。私はかなり強くなったけど、マスターも私に見劣りしないくらいに強くなった。
それが、少しだけ……ちょっとは褒めてやってもいいくらいには悪くない、かもしれない。
side ジャネット・アーク
宿の外に怪しい人たちがいる。
商会の人が教えてくれたけど、どうやら冒険者の間でのイザコザに巻き込まれたらしい。
さすがに信用第一の商会としてはちゃんと正式に登録された商人が自分のところの宿に泊まっていてそれを引き渡すとかって話にはならないから、ここにいれば外の人たちは入って来ないそうだけど。
盗掘疑惑がどうとか言われても、商会としては明らかに持ち主が明確な盗品とかならともかく遺跡からの盗掘品なんかに関してはかなり黙認しているところもあるし。そうでなきゃ冒険者からの買い取りとかできない。
ただ、私が護ってもらえるのはあくまで宿の中だけ。
外に出ればきっと囲まれてどこかに連れていかれるか、あちらの目当てのものを奪うために身包みでも剥がれるか。
ジルとライルの世話は狂信者さんに任せていいと思うから心配していないけど、問題は私の方だ。
商会の宿は信用に護られているだけあってそれなりに宿泊費が高い。一介の旅商人の私としては長く泊まるのは馬鹿にならない出費になる。
ことが済んだら狂信者さんやテーレ様に請求できるかもしれないけど……彼らが無事に済む保証はない。
「と、いってもなー。あれ持ってるのは狂信者さんの方だし、私は出頭しても許してもらえる要素ないしなー」
そもそも、何で狙われているのかもよくわからない。
狂信者さんと一緒にいたからテーレ様に間違えられた……それだけじゃ、ここまでのことにはならない気がする。
だとすれば、何が原因で……
「……あの時、光の向こうに見えたあれ……何だったんだろ?」
とても大きいものだった。
理解を超えたものだった。
きっと理不尽なものだった。
見てはいけないものだった。
もしかしたら……見ただけで悪いことが起こる、そんなものだったかもしれない。
私があれを見たのは事故だったけど、あれがあの遺産の機能に関わるものだったとしたら……
「『正しき星の夜、正しき土地、正しき台座へ。さもなくば祭壇は禁忌の闇を映すだろう』……なんて書いてあったけど、星灯りじゃなくてランプの光だったからかな?」
……あれ?
あの変な文字の読み方、なんで知ってるんだろ私。