第120話 『破砕槍』
side テーレ
建物外の裏路地に出て空中移動させていた『黒い光輪』を回収してブレスレットに戻す。
試運転は何度かしてあったけど、市街地でも使用感は悪くない。
「テーレさん、便利ですねそれ。ドローンのように薬品を空中散布できるようですし……動きを見ている限りでは、テーレさんの視覚と繋がっているのですか? 死角でも問題なく障害物を避けていましたし」
待っていたマスターが私の新しいアイテムをそう評価してくる。ちゃんと見ていたみたいで大いに結構だ。
いやまあ、せっかく作ったんだし。敵に分析されるのは困るからその分自慢できる相手なんてこいつくらいなもんだし。それだけだし。
「使用者の意のままに動く『光輪』のレプリカ。ま、本物みたいなパワーも切断力もないけど、代わりにアームに引っかけた爆弾やら薬品やらを敵陣のど真ん中に落とすくらいのことはできるわ。滞空時間に制限があるからあんまり遠くへは飛ばせないけどね」
これも現代知識からの流用。
ただ投げ込むよりも確実な精度で自爆の心配をせずに一方的に敵を攻撃できる優れものだ。空撮で安全に死角が確認できるのも不意討ち対策になってありがたい。
でも、これくらいで驚かれたら困る。
「言っておくけど、こんなの私の用意したアイテムの中じゃまだまだだから。一番の力作はこのベルトだけど、この指環も……」
「あ、てめえ! ターゲットはっ」
「【斥力弾】」
「ぐはっ!」
「こんな感じで、有象無象の相手をするのにピッタリなんだから」
「わお……すごい吹っ飛びましたけど、今の人大丈夫ですか?」
「斥力で吹っ飛ばして気絶させただけだから平気よ。実弾じゃなくて衝撃弾だから」
この『斥力の指環』はマジックアイテムとしては単純明快。魔術師系の魔法使いが防御に使う【斥力】の魔法を即座に発動するというだけの指環だ。
斥力はいわゆる『物を押し出す力』で、使い方次第では見えない壁を作ったり物を弾き飛ばしたりできる。
この指環は、今やったみたいに指を『拳銃』の形にして斥力場を弾丸みたいに発射することもできるけど、ハンドサインで使い分けができるようにもしてある。接近戦、遠距離攻撃、防御。汎用性を優先したアイテムだ。
音も大して出ないし、投擲よりも早く撃てる。殺傷力も調節自由。
素材集めに頑張っただけあって、かなりの小型化にも成功した。
瞬間的な膂力や防御力に不安のあった私には必要なアイテムとして前から作っておくべきだと思っていた。
「なるほど、しかしテーレさん。それらはマジックアイテムなのですよね。ということは魔力を消費して……」
「まあ、そうね。だけど、そのためのこのベルトよ」
ベルトのガジェットから抜き出したカートリッジをマスターに見せる。
本当なら特許を取りたいくらいな発明だけど、戦力把握は大事だから特別に説明してあげよう。決して自慢したいわけじゃなくて。
「これは、同じものがいくつかベルト横のポーチに入っていますね。使い分け、あるいは補充するためのオプションですか?」
「正解。魔力電池……という名の、単なるスポンジボールをケースに入れてあるだけなんだけどね。培養した魔本カビを植え付けて湿度とかを管理した培養器。これだけじゃ術式も何も使えないけど」
「なるほど、そのベルトが術式を刻んであり、電池を術式の回路に繋ぐことで一つのマジックアイテムとして機能するわけですか」
さすがはマスター、理解が早い。
ついでに言えば、マントに隠れて見えない背中側には私のオリジナル魔本『供給福音』が接続されていてそれも回路の一部だ。
私の『万能従者』があれば一般的な魔法は種類を選ばず一通り使えるけど、事前に魔本に術式を刻んでおいたものの方が魔力の効率がいい。
そして、そこに新たに刻んであるのは『黒い光輪』や『斥力の指環』の術式。
「正確には、この指環やブレスレットみたいな私専用の新しいアイテムも全部含めて一つのマジックアイテムかな。使える魔法は限られるけど、私自身の魔力を使わず高効率で魔法が発動できる」
「つまりは魔法的なワイヤレス充電器のようなものですか。なるほど、確かにヒーローのベルトを起動すると連動してどこからか現れる武装はベルトの一部と言えますし、ガジェット操作で威力や形状が変わるのは確かにエネルギー源がベルトであるという解釈が可能ですね。そして複雑な術式回路を大型化しても困らないベルトに集め、戦闘での取り回しのために軽量化する必要のある出力部分を可能な限り縮小化して合理化と。弱点はベルトそのものの破損と強力な思念波による妨害くらいですかね。本当にこの世界の技術に革新を起こしかねない大発明では?」
「構造を一回で理解した上で弱点まで推測するのはやりすぎだけど、ちゃんとすごさをわかってくれてるみたいでよかったわ」
私が長く考えて思いついたものを一瞬で理解されるとかちょっと腹立つけど、それはそれ。頑張って作ったものがちゃんと価値を理解して評価されると嬉しい……じゃなくて。
こいつが私の強化具合をちゃんと把握していてくれないと戦闘での判断でミスをされて困る可能性もあるからこれでよし。うん、それだけ。
「あと、薬品のストックも多めに調合してあるから、怪我したら言って。すぐに治療するから」
「それに関してはある程度までは私自身で治せますので非常時に頼ることにしましょう」
「ああ、【再生】習得したんだっけ。それから……」
一応、馬小屋でどんな魔法が使えるようになったかは聞いたけど、『狂信者』の称号のこともあるからどの程度使えるようになったかはわからない。
普通に考えればしっかり二ヶ月の修行をこなしていたなら私の戦闘補助くらいはできると思うけど……
「私が戦闘で使える魔法は以前から使えた【点火】『浮気封じの呪紋』【浄化の光】【万物鑑定】【石化】【赤熱石】【神を試してはならない】に加えて【常時再生】、基本的な身体強化、ゼットさんの力を借りた擬似的な精霊魔法、それから空間そのものを指定するタイプの範囲浄化魔法と、最後に治癒魔法の【過剰回復】ですが……最後の二つは暴走効果があるので非常時以外は使わない方がいいかもしれません。ちなみに、以前から使えたものについても魔法の発動に少しは慣れましたので発動速度が少々上がりました」
やっぱり『狂信者』の副作用付与は避けられなかったか。
それも神官系の一番の利点である浄化魔法と治癒魔法に支障が出ているらしいことは大きいけど、少なくとも修行に出した目的である自分自身の生存力を上げる『自分を治す魔法』と『身体強化』が使えるようになったのはありがたい。
【再生】が常時発動になっているのもこいつの魔力量ならデメリットよりもメリットの部分が大きいはずだ。
だとすると問題は身体強化の強度と副作用だ。
「身体そのものも鍛えてきたみたいだし、私に戦闘を任せて後ろにいても流れ弾を防ぐくらいは……」
「おっと、失礼」
突然、マスターが近くに落ちていた石を拾って屋根の上に投げつけた。
無雑作なのにとんでもない豪速球で驚いていると、屋根の上からヘルメットを凹ませた冒険者が一人気絶して落下してきた。どうやら司令基地の惨状を見て私たちを屋根の上から探していたらしい。
どちらにしろ、逃げるなり攻撃して来るなりしようとすれば私も気配を察知できてたんだろうけど、勘も鋭くなったらしいマスターは先に気付いて対処したらしい。
というか普通に戦闘で使える投擲能力だし。
今、魔法で身体強化した気配がなかったけど、素の身体能力が戦士職並みになった?
「とりあえず拠点に戻って、もらった資料と情報の精査をして……こちらも、反撃を開始しましょうか。この祝祭を邪魔せぬ程度に派手にやりましょう。何せ、『聖ホワイトの日』を祝っているのですから……せっかくの男女への祝福の日に、勘違いであっても男女を大勢で害そうとする罰当たりにはお説教です」
……やれやれ、私の方がずっと強かったら大人しく後方支援に徹してくれるかと思ったのに、これじゃ苦労は減りそうにないわね。
「そうね。さあ、狩人気取りの冒険者共に本当の『聖ホワイトの日』の由来を……男女の仲を邪魔した野暮な馬鹿共がズタボロにされた日だってことを、たっぷり教えてやろうじゃない」
side ???
冒険者にはランキングがある。
無論、何万といるような戸籍や身分証代わりに籍を置いているだけの素人以下の冒険者は数に入らない。
ギルドが公式に順位付けしているのは上位百人。
このガロム中央会議連盟の領地である西岸地方の冒険者の中でも高い影響力、依頼達成率、財力、固定パーティーの戦力などを加味した冒険者という業界での成功者。
そして、冒険者ギルドという組織に重用され、尊重されるべき重要人物。
俺もその一人……『93位』という数字を与えられた冒険者だ。
『93』。
長い時間をかけ、実績を上げ、貴族に取り入り、ようやく得られた数字だ。
納得のいかない数字だ……俺がここまで、冒険者としての地位を確立するためにどれだけのことをして来たかを考えれば、もっと上であって然るべきだと常々考えている。
もちろん、ここが俺の限界だとは思わない。これからも俺は実績を上げ、順位を上げる。
いつかは頂点に……とは、さすがに思わない。特に上位二十人は人間をやめた連中や転生者とか言う反則集団の集まりだ。俺のように武の才能の不足を頭脳で埋めている者には到達不可能な領域だろう。
だが、それでも俺は可能な限り上り詰めたい。
そんな俺に、戦の女神からの神託が下ったのは昨日のことだ。
女神の命令に従ったところで、それでギルドの中での地位が向上するというわけではない。利益もなく神託に従わなければならないと思えるほどの信仰心もない。俺は戦女神への信仰による恩恵を望んで信仰対象に選んでいるに過ぎなかった。
しかし、その信託の内容が命令ではなかった……『ある物』を持った二人組がこの街にいる、それだけだったからこそ、俺自身の意思で冒険者を動かすことを決めた。
その『ある物』は中央の有力貴族が長く探し求めているものだ。
俺はその使い方や歴史的価値などに興味はない。中央貴族の執着度合いからすると政治的意味の方が大きいかもしれないが、俺には関係ない。
重要なことは、それを差し出せば確実に大きな報酬が期待できるということだ。
さらなる財力だろうと、直接的なギルドでの順位の上昇だろうと可能だろう。
であれば、そのために使える全てを使うことに躊躇いはない。
そのために、気に入らない『転生者』と手を組むことになるとしても。
「で、あんたも女神さんからあいつらを潰せって言われたわけ? ご褒美がもらえるわけでもねえのに熱心なことだな」
「俺の目的はあれらの持つ『遺産』だ。それさえ手に入るのならあれらはどうなっても構わん。ただし、その『遺産』をあれらが渡さないというのなら……」
「へいへい、俺は邪魔な転生者を潰したい、あんたはその転生者の持ってるお宝がどうしても欲しい。なら、あんたがそいつの逃げ場を奪って、俺が仕留める。そんで、そのお宝はあんたに渡す。それがビジネス、win-winの関係ってことだろ?」
俺が女神から存在を聞いて協力を求めた『転生者』は、計画の要を担う者であることを自覚しているとは思えない軽さで己の主武器である槍を磨きながら俺の言葉に答えている。
「場を整えてやるのだから、仕事はしてもらう。だが……相手が転生者だというのに、その余裕はなんなのだ?」
「なんだよあんた、女神から俺のこと聞いて声かけてきたわけじゃねえのかよ」
「俺が聞いたのは、戦力として使える転生者が街にいるというだけだ。お前が素性を隠している転生者であることはわかったが、転生者にしてはそれほど大した活躍は聞かんし目立ってもいない。それで実力を無条件に信じろというのも無理な話だろう?」
「はっ! 転生者らしい活躍とか名声とか、そんなもん目立ちたがりがやってりゃいいんだよ。俺は魔王やらモンスターやらの危機とかどうでもいいの。ほどほどに悪人共を踏み台にして、上手い飯が食えて、女にモテればそれでいいんだよ。それで文句言って来るやつがいたら、それが冒険者だろうが貴族だろうが……転生者だろうが、ぶっ潰してやる。俺のこと多少は調べたんなら、これくらいは知ってんだろ?」
そう言って、槍使いの転生者は不敵に笑いながら磨いた槍で空を切り裂く。
その身に、転生者らしい絶対的な自信を溢れさせながら。
「俺の『破砕槍』はどんな奴も正面からぶち抜く不敗の決闘王としての異名だ。俺は相手がどこぞの魔王やらならともかく、『人間』相手で絶対に負けることはねえのさ……たとえ相手が、強力な能力を持った転生者だったとしてもな」




