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転生したので狂信します  作者: 枝無つづく
四章:見境なき『差別者』たち

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第113話 【力の継承】

side リザ


 私が文字を覚えるために、師匠が手に入れて来てくれた人間の本。


 その中の英雄譚というものをよく憶えている……まあ、あんまり好きではないんだけど。人間が非人間を殺して栄誉や名声を得る物語なんて。


 小細工を使い、魔法の武器を使い、仲間と群れてドラゴンを囲う。

 ドラゴンからしてみれば、卑怯という他ないだろう。けれど、物語というのはただ『その英雄はドラゴンより強かったので戦ったら勝てました』というより、そうやって紆余曲折を経て、知恵や武器を使ってどうにか倒せたって描いた方が面白くなる。

 だからそうやって、『人間らしく戦った』という側面を強調するために機転や団結なんかを描き出す。


 それに比べれば、私の戦いなんて物語としての見所なんてない……それこそ、人間が嫌うけれど、自然の中ではありふれた『相手より強いから勝つ』という順当過ぎてありきたりなものだろう。

 そう、小細工も武器もいらない。ただ単に、限界が来るまで目の前の相手を殴り続けるというだけなのだから。


「はあっ!! うらぁあ!」


 魔王の分体たる木人の司令塔にしてここにいる中で最強の指揮個体。

 ダメージを分体に肩代わりさせ、私の限界を待つ頭脳派個体。


 それに対して、私が決めた戦闘方針は一つだけ……もはや、他の分体なんて目もくれない。

 ただひたすら、目の前の個体を殴り続ける。

 一番防御力も回避力も高い個体であるのはわかっていても、それが関係なくなるくらいに苛烈に攻撃を重ねる。


『ぬっ、ぐっ、きさ、ま!』


 防御されれば防御ごと撃ち抜いてやる。

 回避しようとするなら回避した先を粉砕してやる。

 逃げようと間合いを取ったならそれよりもっと深く踏み込んでやる。

 そこかしこで、木人が砕け散る音がする。この指揮個体がダメージを押し付けて身代わりにした個体の断末魔だ。けれど、そちらには目もくれない。


「はっ! まだっ!」


 目の前に、どれだけ殴っても壊れない敵がいるのだ。

 こいつを殴るだけで、わざわざ散り散りに逃げた分体を追わなくても、数を減らせるのだ。


 だったら、切り替えなんて考えない。

 ただひたすら、目の前の指揮個体を逃がさないように切迫して殴り抜く。


 こいつは破壊されそうになれば絶対に身代わりを使う。こいつは素早い回避行動のために自己の消滅を恐れるだけの自我を持っているのだから。

 揺さぶりに耳を貸す必要も、敵が壊れないことに驚く必要もない。

 だって……


『【過剰回復(オーバーヒール)】!』


 山の声を通じて、聞こえてくるから。

 キョウくんが、私が目の前の敵に拳を叩き込んでいるのと同じように、この山に癒しの魔法を全力で叩き込んでいる。

 そして、師匠がその癒しによって地脈の制御を取り戻そうとしている。


 魔王の分体は地面に根を突き刺して力を奪おうとしてくるけど、それよりも強く本来の(ヌシ)の力が山を覆う。


 私も限界は近い……だけど、こいつは力の供給源と既に奪った生命力の両側から締め上げられている。

 内と外から叩き込まれる殴打に、存在が軋みを上げている。

 だから……


『き、キサマァァァああああ! 認めぬ! この我が! 剛樹の魔王が、こんな小さな虫けらどもに!!』


 分体が集まって、指揮個体と融合を始める。

 決死の抵抗、少しでも強くなって私を倒そうという意思。


 けれど……どれだけ巨大化したって、どれだけ強大になったって、私は怯まない。

 もっと前へ、もっと深く、もっと速く。ただ、殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って……砕け散れ!


『が、があぁあぁあああああ! 何故……どうせ……永く続かぬ命が……そこまで……足掻ける、のだ……』


 もう、身代わりを立てる余力もなく、砕け散って行きながら漏れ出るように発された問いかけ。

 もはや、あと一撃……頭部の粉砕だけ。挑発でも揺さぶりでもない、ただの疑問。

 それに対して、私は……不思議なほど冷静に、当たり前な答えを出すことができた。


「確かに、あんたは何千年だって生きられて、私のすることを『すぐに死ぬんだから何をしても無意味だ』なんて思ってるのかもしれないけどね。そんな理屈知ったことじゃないわ」


 どんなに長く生きられたって、私は拭えない恐怖に怯えながら生き続けるのなんて真っ平ごめんだ。


 少しでも乗り越えようとしていなければ、逃げて足掻いてのたうち回っていなければ、師匠にもキョウくんにも出会わなかった。

 仮に私が何かのきっかけで不老不死になれたとしても、恐怖に震えていた頃の弱いままの私だったらまた何かに恐怖して、ただ長い時間を苦しみの中で生きていたと思う。


 私はそんな長い時間よりも……この魔王の時間に比べれば瞬きほどの時間でも、この山でようやく手にできた安らぎのほうが、ずっと意味がある。


「何に意味があるかは私が決める。美醜も価値も理想も、私自身の心で決める。そんなこともわからずに、他人様の大切なものを奪おうとするとか馬鹿じゃないの?」


 魔王だ何だと偉そうなことを言ったところで、結局の所はただの侵略者。

 勝手に、住みにくい森よりも自分たちの手で開拓された土地の方が価値があると言って無遠慮に木々を刈り取る人間と一緒だ。


 この山に勝手に踏み入り、森や住民の住処を荒らして、節度なく山の大切なものを奪おうとする無法者。

 人間だろうが魔王だろうが、大切な居場所を奪われそうになれば誰だって必死に抵抗する。そこで、その無法者から見た自分たちが卑小だろうが無価値だろうが、そんなことは知ったことじゃない。


 化け物と呼ばれようが、悪と決めつけられようが、関係ない。

 礼儀のなっていない失礼な客に対して、番人が言うべきことは一つだけ。


「とっとと失せなさい! この盗人が!!」


 跡形もなく木人の頭部を粉砕した。

 その先には何もなく……枯れ落ち、灰となった侵略者の亡骸だけが残っていた。







side 狂信者


 夕暮れ時。茜色の夕日が目に飛び込みますが、それを手で遮ることすら難しい。

 疲労困憊……というやつですかね。

 ここ最近の修業で、そこそこ体力も上がっていたはずなのですが……これは、どちらかというと魔力不足ですかね。


「はあ……はあ……やりましたよ、お師匠様、リザさん。私たち、全員、役割を……ええ、やり遂げたんです……よね」


 さすがに、私は疲れ果てて、ろくに立てないような状態ですがね。

 戦いを終えてやってきたリザさんに水を飲ませてもらい、ようやくなんとか起き上がれました。

 リザさんも戦い続けてかなり疲労しているようですが、大きな怪我はありません。ただ、問題は……


「リザさん、ありがとうございます……ですが、お師匠様の方も……儀式が終わってからも、洞から出て来ないので相当消耗したのではないかと……」


「…………キョウくん、もう少し休んだら、一緒に見よう。ちゃんと立てるようになって……堂々としてね」


「……はい、わかりました」


 やはり……そうでしたか。

 作戦を聞いたときのリザさんの反応で、そんな気はしていましたが……そうでないなら、外敵が現れる前に地脈の整備くらいしておきましょうという話です。

 わかっていたら……わかっていても、結局他に手がなかった、それだけのことですか。


 リザさんに言われた通り、少しだけそのまま休息し……歩けるようになって、洞の中に足を踏み入れました。そして、そこには……


「おお……よくやったな……我が、弟子たちよ」


 最初に洞の中に入った時と同じ場所に依然として胡坐をかいているお師匠様がいました。

 しかし……その身体には神樹の内壁から生えた蔓や根が絡みつき、しかもあの鎧のように鍛え上げられていた筋肉が、明らかに衰えてしまっている。まるで、この場に一日どころか、何か月も、あるいは何年も座り続けていたかのように。


「師匠……やっぱり……この山の『(ヌシ)』になったんだね。地脈を直す間だけ主の役割をするなんて、都合のいいことができるとは……思ってなかったけど」


「ああ……すまんな。前々から……神樹が枯れ始めてから、決めていたことだ。儂が、ここを護る……既に、魂が還ってしまったが、神樹(こいつ)に、頼まれておったからな……」


 地脈を制御する『主』がいないということは、いつどこからその膨大な生命力が流出するかわからないということ。

 それは、山という大きな生命にとってかなりのダメージになる。

 そして、同時に今回のようにそのエネルギーを狙った外敵を招き寄せてしまう危険な状態。


 だからこそ、人間もまた『主』を失った山を放置できず、前の『主』が寿命を迎えたのなら、新たな魔王が現れない内に開拓し防衛力を整えるか……こうして、新たな『主』を据えるしかなかった。そういうことでしょう……予想は、していました。


「二人とも……本当に、よくやったなあ……もう少し、こちらに来てくれ。渡すものがある」


 言われたとおりに前に踏み出し、大きく手を上げることすらできないであろう師匠の握っていた手から取りこぼすようにして渡されるものを、慎重に受け取ります。


「リザ……ぬしには、この紋章をやろう。ぬしの欲していた、最終奥義の術式が刻まれておる……以前のぬしなら、渡したところで無用のものだったろう……だが、今ならこれの価値もわかるだろう。まあ……最終奥義などとは言っても、大層なものではないがな。ただ、これを使えば……もはや、他の技を使うことはない。『最終』というのは、それだけの意味だ」


 リザさんに差し出されたのは、木彫りのレリーフ。

 そして、私に差し出されたのは……


「末弟子……ぬしにやるのは、儂の『力』だ。最終奥義……【力の継承】。もはや、戦う必要のなくなった儂には無用になった、リジェネ道の副産物たる肉体の鍛練……その蓄積された経験を、この神樹の実に込めた。その力を解き放てば、儂ほどとは言わずとも……半分程度の力は、出せるようになる。それでもまだ、使えば反動はあろうが、今のぬしなら死にはすまい……受け取っては、くれまいか」


「しかし、それならリザさんが……」


 私がそう言ってリザさんを見ると、リザさんは少しだけ考えてから、首を横に振りました。

 そして、私の手を握ります。


「これはキョウくんが受け取って。私はいらない……私は、自分で強くなって……いつか、それを新しい番人に受け継ぐ。でも……すぐに力が必要になるのは、きっとキョウくんの方だから。そうでしょ、師匠?」


「ああ……そうだ。それでいい、リザ。ぬしの同胞を、この森に呼び集めるといい……ここは、ぬしが護った第二の故郷だ。誇ってよい……これからは、ぬしらの力でここを護るのだ」


「師匠…………はいっ!」


 リザさんは長い沈黙の後に覚悟を決めたようにレリーフを受け取り、大切に胸に抱きました。

 そして、私は……


「……まだ、躊躇っておるのか」


「はい、私は、これほどのものを受け取るようなことは……」


 受け取ることができません。

 できるわけがありません、私はこの森に来てまだ一ヶ月と少しで……成り行きで弟子入りしただけの、未熟者です。それが、こんな力など……


「そうか……だからこそ、ぬしを選んだのだ。ぬしは、己の力に溺れるより先に、己の力を恐れることができる者だ。愚かな使い方はすまい……というか、ぬしはここぞというとき、必要な手段や力がなければ何をするかわからんだろう。ならば、殴れば解決できる時にはそうできる力を持っていた方が世のためだ」


「お師匠様……それは私が危険人物予備軍のように聞こえてしまうのですが……」


「……この神樹を癒した、その偉業への報酬では納得できないというのなら……ぬしには、一つの頼みごとをしたい」


 お師匠様がそう言うと、洞の天井から何かが私の目の前に落ちて来ました。

 現れ方からして、この神樹の中に長らく埋め込まれていたものなのか……その割には、傷も汚れもなく、まるでつい最近作られたかのようにも見えるもの。


 リザさんが受け取った紋章と似た彫刻が幾重にも刻まれ、所々に宝石や金線のような装飾物があしらわれた、片手で持てる程度の大きさの長方形の木板です。

 表面は丹念に漆のようなものが塗られているのか吸い込まれそうな程の深い漆黒で、それが芸術的に並外れた価値を持つであろうことがそういった知識のない私にも一目でわかってしまうほどの……雰囲気を放つ物品。


 それを前にして、お師匠様は私に語りかけます。


「それを……我が兄の孫娘……アーリンに、届けてくれ。それは……失われた、森の民の遺産、儂が長い時をかけて見つけたものだ……儂には、それを使う権利はなく、悪用されるくらいなら誰にも見つからないように隠してしまうつもりだったが……ぬしは、約束を守る男だろう。この実を食べ、その力でそれをアーリンの元まで……護りきってくれ」


 シロヤナギさんから語られた、森の民と中央側の人間の過去の出来事。

 その中で、今でも問題になっている旧都から奪われた森の民の文化と信仰に関わる遺産。


 これはきっと、お師匠様の力を受け継がなければ護りきれないかもしれないような……ドルイドや森の民にとって重要な意味を持つ秘宝のようなものなのでしょう。

 そう言われて、アーリンさんに届けてほしいという依頼を受けてしまえば……


「……わかりました、恩師からの依頼。それも、これだけ報酬を前払いされてしまっては、断れません。その依頼、力の限り完遂しましょう」


 弟子として成長した姿を、修行の成果をお見せしましょう。

 私を前よりも強くしてくださったことへの感謝として、その力を受け取りましょう。







side リザ


 キョウくんは、神樹の実を食べると倒れるように眠ってしまった。


 攻撃は受けていないけど、限界以上に魔法を使い続けた彼の疲労は私よりもずっと重かっただろう。

 それに、師匠の力を受け継いで振るうことのできるように肉体を少しずつその力に慣らしていく必要がある。


 彼が眠ってしまった時には驚いたけど、師匠の話では一週間くらいは目覚めない可能性はあるけど衰弱したりとかって危険はないらしい。


 せめて、地面じゃなくて塒で寝てもらおうと思って彼を運び出そうとすると……師匠から、声がかかる。


「リザ……本当に、成長したな」


 強くなった……じゃなくて、成長した。

 そうだよね……私にとって師匠は、育ての親みたいなものだ。師匠である前に……私を拾ってくれた、恩人だ。


「師匠はさ……よく、私の面倒なんて、見てくれたよね。最初は怯えてばっかりで、役にも立たなくて、ちゃんと弟子になったのも結構後で……放っておかれてたら、私は今ここにいないよ」


 山に人間が迷い込んで獣に食べられるなんてよくあることだ。

 それは勝手に危険な場所に入った人間が悪い。

 人間でなくても、自然の摂理として他の生物の縄張りに入ったよそ者が悪い。


 師匠は街との関係が悪くならないように遭難者を送り返したりすることもあるけど……人間じゃなくて身寄りも何もない私に関しては助ける意味も世話をする必要もなかった。

 同情……ってわけじゃないと思うけど。何でなのかは、未だにわからない。

 なんか弟子が旅に出ちゃって寂しかったから気まぐれに拾ってくれたのかとも思ってたけど……


「……ぬしは、儂よりも出来がよい」


「はは、師匠もそんな冗談言うんだね。私なんて全然……」


「儂は長く生き、鍛える時間があっただけじゃ……百年以上前、儂も故郷を焼かれ、追い立てられた……そして、命を拾い、不相応な力を得た儂は、それを復讐に使った」


 その声音はあまりに静かで……とても嘘とは思えないものだった。

 真剣で、重大で、とても深い後悔が滲み出た独白にも近いものだった。


「我に返った時には、儂の手は血にまみれていた。儂は生き延びていた同胞からも恐怖の目を向けられ……逃げるように生きてきた。今でも時折、夢に見て悔やむ……あの時、力に溺れなければ、また皆と集まって、新たな里で暮らしていたかもしれんと。手を血に染めたところで……失ったものが、取り返せたわけではないと。だから……儂は、ぬしに同じ轍を踏んでほしくなかった。復讐ではなく生きることに、怯えながらも憎悪に盲目にならなかったぬしに、過去の儂自身への希望を見た……ありがとう。道を、誤らずに進んでくれて」


 師匠が私に向ける瞳は……今まで見たことがないくらいに優しくて、誇らしげだった。

 何故か私はその目を見ただけで、胸が詰まって何も言えなかった。





 ちなみに、『兄の孫娘』は日本語で言えば『大姪』らしいです。

 推定百数十歳の大姪で二十代後半のアーリンさん……ちなみに最近、アーリンさんの方が『長老』であるおじいちゃんより外見年齢が上になっていて、その姿で生き遅れを指摘されるので反発したという裏設定があったりなかったり……

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