第112話 治す、壊す、護る
side 狂信者
修行が始まって、まだ間もない頃。
師匠から、唐突に問われたことがあります。
「もっと楽に強くなることもできると言ったら、ぬしはどうする?」
いつも通り、トレーニングで肉体を痛めつけながら回復し続ける修行終わり。
リザさんが食事の支度にと先に洞窟に帰ったすぐ後のこと。二人だけでの話、私はそう理解しました。
「それは、今よりも効率良く、速く強くなれるという意味ですか? それならば教えていただけるものなら教えていただきたいとは思います。効率の悪い修行をしているのなら勿体ないので」
「ふん、今の貴様のやり方はリジェネ道でなければ根を詰めすぎて逆に効率の悪い方法だ。速く強くなるというのならそれ以上のやり方はあるまいに……儂が言っておるのは、苦痛や苦労をしないで強くなるという意味だ。ぬしが冒険者として強さを求めるのなら、強い武器なり装備なりを探した方が速かろう」
「そういう意味でなら、そちらはテーレさんに頼んでありますので。私は私自身を鍛えるのに専念すべきです。魔法も肉体も、私自身が修得せねば意味がない」
「……ならば、その肉体や魔力の強化が、苦痛や努力なしに手に入るのなら、どうする? たとえばだが……とある、特別な場所に生える樹に稀に成る木の実を食べれば、熟練の戦士に負けない強靭な肉体や、膨大な魔力が手に入る。そういった話もある。それらを探す道もあろう」
「なるほど、仙桃のようなものですか。確かに、もし目の前にあれば私はそれを食べるでしょう。私とテーレさんの目的には力が必要ですから、貰える物なら貰います」
「そうか……まあ、そうだわな。当たり前のことを聞いてすまんの」
「しかし……それはそれとして、修行は続けますがね。できればそれらを得るにしても、その過程に苦難の道や試練が欲しい……いえ、あって然るべきです。それを手にするための資金を集めるなり、秘境に踏み入り冒険をして探すなり、何らかの代償を払うなりします。するべきです」
当たり前ではありますがね。
しかし、それを聞いたお師匠様は何故か興味深そうな顔をして、問いをかけました。
「それは何故だ。ぬしが単に遠慮や無意味でも苦難を求める拘りで言っているのでなければ……何故、そこまで楽な強さを拒む?」
「それはもちろん、そうして手に入れなければ意味がないから……それは『強さ』ではなく単なる『力』だからだと、私は考えているからです。『力』は所詮は道具や手段、『強さ』の要素の一つでありますがそれそのものとはイコールで繋がりません。まあ、実行力があってこそできることもあるので、必要なときには経緯はどうあれ、欲しいものは欲しいのですがね」
「ほう……それは、誰かから教わった理屈か?」
「……? いえ、当たり前のことでしょう。生きていれば体感的に違いを己の心で感じ取るでしょうし。たとえば、誰かの落とした財布を拾ったり、悪いことをして楽に手に入れたお金は『消費する』ことしかできません。それを使って額を増やしたところで結局は楽をしている限りただの数字です。自ら何かをして、達成と共に得たお金でなければ『大切に使う』ということはできませんから……あ、ちなみにこの『大切に』というのは節約するという意味ではなく『有意義に』という意味です」
まあ、有意義に使うことを慎重に考えていれば自ずと倹約家になるのかもしれませんが。
私も、これまでこの世界で個人として稼いだお金は冒険者ギルドでの報酬と商会での偽金鑑定仕分けの仕事料、そしてローリー家での家庭教師としての給金くらいしかありませんが、主に使用頻度が高いのが糧食中最安値のガリの実の購入なのでテーレさんによくもっといいものを食べろと言われます。
ちなみに、さすがにここまでの馬車の料金はテーレさんのコレクション(本人は換金用にしか考えていないそうですが)を売ってできた資金の一部です。
さすがにそれはテーレさんの発案でもありますし私がケチって危険に遭ってもいけないとのことで経費と相成りました。
「『力』も同じことでしょう。権力財力暴力情報力、いずれにせよ分不相応な力を振るおうとすれば不幸に襲われます。この場合の不相応とは生まれ持った地位の格差や才能ではなく、その力を振るった結果に責任を持てるかという話ですが、刃物を持って無差別に暴れれば治安維持のために排除されて当然ですし、情報力を悪用して他人の悪評を根も葉もなく広めれば最終的に信用を失います」
小柳さんが、洗脳が解けただけで街の皆さんから問答無用で敵として認定されたのと同じように。
財力で火消しができると考え横暴に権力を振り回したグラード氏が家のためを想ったカーリーさんに倒されたように。
チート能力や所持金増大の裏技を持っている程度で、周りの人々はそれを『強さ』とは認めないものです。
それは単なる『力』という武器でしかなく、何らかの拍子にそれが手から落ち無効化すればここぞとばかりに袋叩きにされるでしょう。
「人徳という言葉は、綺麗事ではありませんからね。誰もが『この人物にならその力を預けられる』と判断されることが『相応しい』という定義であり、そうでなければ王族だろうと将軍だろうと排除されます。誰もが各々の幸福を求める以上は暴虐や傲慢が力を持つことは悪になりますから。当然、戦士や冒険者であっても、力の前に器がなければダメでしょう。まあ、中には恐怖や支配力でその無理を通そうとする方も多いのが悲しい現状ですが……私はそんなもの持ちませんし使いたいとも思いませんので。私が欲しいのは、テーレさんと女神ディーレに自信を持って示せる後ろめたさのない力だけです」
そして、願わくば……テーレさんに『相応しい』者でありたいものですねえ。
そして、今こそ正念場。
私がこの山で積み重ねた修行の成果が問われる時です。
「くっ……また、根の一部が断たれましたか……」
おそらくは……リザさんが奮闘しているためでしょう。
敵としては理想的にはこの神樹のネットワークをそのまま奪い取り、一気に山を支配してしまいたいはず。しかし、今はそれを差し置いてもネットワークに無理矢理にでも根を突き立て、多くの生命力を奪おうとしている。
こちらとして回復している端からダメージを与えられ、厳しいものではありますが……それは、逆を言えばそれだけ敵が追い込まれているということ。
その略奪を防ぐことで、リザさんへと優位が傾くということです。
お師匠様もわかっています……これは『神樹』と『剛樹の魔王』との地脈の支配権争奪戦。
ならば……
「神樹の回復はそのままこちらの支配力強化に繋がる。ならば、私もよりいっそうの全力を叩き込むほかありませんね!」
『剛樹の魔王』。
あなたに恨みはありませんし、あなたを悪だとは思いません。
あなたは、自分こそがこの山の地脈を統べるのに相応しいと思ったからこそ、神樹が弱ったこの山を支配しに来たのでしょう。
弱った神樹ではこの山を護れぬからと……この山が主を失い、人間の支配域にされてしまうくらいなら自分が治めようと、そう思ったのでしょう。
否定はしません、しませんとも。
人間はそういうことをしてしまう生き物ですから。
あなたの言っていた『永続的な美しさ』……何千年とかけて守られてきた自然の美しさを、目先の数年数十年の繁栄のために焼き払ってしまう。
そんなことは、よく知っています。私がどんなに地に頭を付けて謝罪しようと足りない罪があることはわかっています。
けれど、あなたに支配されればこの山の生態系は全く違う物になってしまう。
この山にしてみれば、それもまた受け入れがたいこと。
私には山の声は聴こえませんが……お師匠様は、それがいつまでも続く確率が低い賭けだとしても、人間とこの山が隣り合って共存する道を願っているのです。山を護るために近くに街ができるのを止めたりせず、人が節度を持ってこの山と共に発展していくように促したという話を聞きましたから。
当たりの目は少なく、しかし叶えば素晴らしい未来が待っている……いいではないですか、そういう幸福の求め方も。
なればこそ、私は全力であなたの侵略を阻みましょう。
あなたは悪ではありませんが、生存競争の相手として、縄張りを争う強敵として、全力を尽くしましょう。
「この一打に、全ての拳に、しばらくお世話になったこの自然への、血肉となってくださった命への感謝をこめましょう」
最初はただ、掌を触れているだけでした。
しかし、それでは弱い。
私の【過剰回復】における癒しとは、回復を促すエネルギーをより多く、より深く対象に与えるもの。
ならば、表面に当てているだけでは足りない。最大限の効果を発揮するはずがない。
幻炎の熱感を内部まで浸透させる【焼石】のイメージを応用し、より大きなエネルギーを無駄に発散しないように押し込むために掌ではなく拳を叩きつけ、内部に発生する衝撃すらも回復力へと変換するイメージを与えて神樹を回復させる。
より強く殴ればそれだけ癒されるように、より癒されるためにはより強く、拳を撃ち込む。
身体強化の負担?
殴りつけた瞬間から回復し傷つかない神樹に弾かれ続ける拳へのダメージ?
そんなもの、大した問題ではありません。
要するに、より気合の入るやり方で回復力を押し込んでいく。それが最も合理的効率的現実的な魔法の改良法です。
「【過剰回復】! さあ、剛樹の魔王よ! あなたの与えたダメージ全て、与えた傍から尽く殴殺してみせましょう!」
side リザ
砕け散る魔王の分体。
抉れる大地。
破壊の快楽。
『怪獣化』は危険な手段だ。
私の精神が成長したにしても、まだ私の精神力は師匠の域まで到達していない。油断すれば、力に取り込まれる。
破壊という行為には快感が伴うものだ。戦いが続けば、それだけリスクは増していく。
けど、それでも……
「あと、もう少し!」
分体の生産が追い付かない速度で木人を破砕していく。
地下のストックももうほとんどいないはずだ。そして、植物である以上、種や接ぎ木で分体を増やしている。元を粉々に砕いて行けば、数は増やせなくなっていく。
今の私は、こいつらよりもずっと強い。
あともう少し、我を失わないように、けれども苛烈に攻め立てるのが最適解。
だけど……
『フハハハ! 凄まじいなその膂力! だが、その表情からわかるぞ! 貴様のその力、あとどれほど続く? 限界を越えたらどうなる? 五体が爆ぜるのか? それとも理性を失い怪物になり果てるか? どちらにせよ、それまでに我を殺しきれるかなぁあ?』
この指揮個体も、今ならまともに戦えば勝てる相手だ。
なのに、仕留めきれない。衝撃が伝わりきる前に防御部位を切り捨て、下位の木人を盾に使い、かといって無視しようとすれば遠距離から厄介な妨害技を仕掛けて来る。
こいつは気付いている、私の相手をするのならば、時間稼ぎに徹することが最も有効打になることに。
『ハッハッハッ! また喰らってしまった! また一つ、身代わりが減ってしまったわ!』
魔王の分体……この集団の厄介なところは、上位個体が自分の一部から作った下位個体を『自分の一部』として扱っていること。
この指揮個体は高い知能で高度な技術を……『受けた衝撃を他の部位に移す』という『受け身』の魔法を発動して、私の攻撃のダメージを他の分体に押し付けている。
この魔法は一応人間にも使えるけど、身体が一つしかない生物がやっても、足裏や四肢から上手く地面にでも衝撃を逃がさない限りは、最終的にダメージを逃れられない。
態勢も限定されて追撃される可能性があるし、相当な経験値がないと格闘戦の最中で発動するのは難しい技だ。
それを、こいつは完全に分離しているはずの分体にダメージを肩代わりさせることで指揮個体としての躯体の動きを落とすことなく私に貼りついている。
他の分体を直接叩けば、一瞬で五体は仕留められるのに、この指揮個体が邪魔をして上手く行かない。かといって、この指揮個体を狙えばこいつが防御や回避に徹するせいで分体一体分のダメージを与えるのに三手必要になる。
こいつに手間取っている間に、分体が逃げながら散っていく。
私に一網打尽にされないために。木偶人形の隙間から神樹の方へと向かう隙を窺うために。
そして……もはや、攻撃力など捨て去って、ただこいつの身代わりにするためだけの分体を増やすために。
「この山の力で好き勝手に暴れるな!」
『フッハッハッ! 私が削られるのと身代わりが増えるのはどちらが速いかなあ?』
「ぐっ……」
時間制限があるこちらに対して、守りに徹して着実に身代わりを増やしていく敵側。
私から分体を逃がし、同時に新たな分体を増やしていく。このサイクルがある限り、こいつは不死身に近い。
けれど……
『どうした! もう終わり……ぬっ! これは……』
そのサイクルの前提にあるのは、『この山の地脈』という生命力の供給源。
そして……その元栓を直すことこそが、私の尊敬する師匠と私の信頼する弟弟子が今も進めている儀式の目的。私がこうして魔王の分体を防いで稼いだ時間の本来の目的。
私の役割は敵を全滅させることじゃない……この山を『護る』。それだけは忘れはしない。
「さあ……勝負を続けるわよ。私が限界を迎えるのが先か、師匠とキョウくんが地脈を完全に取り戻してあんたが枯れるのが先か……あんたが相手してるのは、私一人じゃないんだから」




