第二百三十一話 エルフの反乱①
木々の枝が絡み合って出来たトンネルを抜け、私と范焱はエルフの里に入った。
エルフの里は家屋の間に木々が立っていて、空を覆っている。でもその木はほんのり光っていて、里を照らしていた。
「綺麗ね。クラ達に見せられないのが残念だわ」
「魔物の立ち入りを禁じられとるからのう。仕方あるまい」
クラリッサ達は里の外にある従魔の預かり所で待っていて貰っている。
「それにしても、エルフの通行証なんぞよく持っておったのう」
「前に知り合ったエルフに貰ったのよ」
以前に王都からの帰りに出会ったシャーリーさんから貰った木札が、エルフの里の通行証だった。
エルフの里はブラノワ教の聖地であり、観光地でもあるが、世界樹を管理する場所であり、エルフの自治区でもあるから、中に入るのには手続きや通行料が必要になる。
でもシャーリーさんに貰った通行証のお陰ですんなり入る事が出来た。
それにしても、だ。
「人がおらんのう」
范焱の言う通り、里の中には人通りが殆ど無い。
「ミールさんからの手紙には此処でナタリアの目撃情報があったって書いてたけど……」
「しかしそれ以上の手掛かりが無いし、手紙が出されてから日も経っておる」
「ええ。取り敢えず冒険者ギルドに行ってみましょう」
「そうじゃの。そう言えばエルフ族はギルドの設置を許しておったな」
「ロンシャンには無かったわね」
「同じ侵攻で下っても、竜人族よりエルフの方が融和的だったという事じゃな」
エルフの里もロンシャン領と同じで、サペリオン王国の侵攻で領土に取り込まれながらも自治を認められている土地だ。
ロンシャン領の竜人族は領地から殆ど出ないし、領内には冒険者ギルドも無い。対してエルフは里の外にも居るし、里にギルドの設置を認めている。
范焱の言うように、エルフの方がサペリオン王国に溶け込んでいると言える。
だからって范焱との仲に距離を感じるなんて事は無いのだけど。
冒険者ギルドに入ると、やっぱり此処も人が少ない。見える範囲では冒険者は数人、職員も一人だけだ。
受付では槍を持った冒険者が職員に対応してもらっている。
私達はそっちの要件が済むまで、待合席に座って待つ事にした。
「ギィセさん、もう里を出られた方が良いのでは? 元々この里は魔物の危険もありませんし、冒険者としてやっていくのも苦しいでしょう」
「すまない、もう少しだけ……彼女の故郷に居させて欲しいんだ……」
人が少ないのもあって、受付で話している声が聞こえてきた。
「ステイシーが死んでもうすぐ4年です。我々エルフならともかく、人間族には短くないでしょう。そろそろご自分の為に生きても良いんじゃないですか?」
「……すまない」
他の人も色々あるんだなぁ。
そんな事を思っていると、入り口から大勢の武装したエルフが入って来た。ドタドタと足音を立てて、なんだか威圧的だ。
「これよりエルフの里はサペリオン王国から独立する! エルフ以外の者は即刻出て行け!」
先頭のエルフがそう宣言した。
「お、おいおい、いくらエルフの里が自治区でも、これじゃあ国家反逆罪じゃないのか?」
端に居た冒険者の一人が呟く。
「あ、あの、どういう事ですか!? こんなのマズいですよ!」
職員が声を上げると、先頭のエルフは進み出て、前に立っていた冒険者を突き飛ばした。
「これは族長議会の決定だ。サペリオンがベルロモットに戦力を割いている今こそ、かつての雪辱を果たす」
「雪辱って、そんな馬鹿な……」
「貴様!」
職員の言葉にエルフが激昂し、剣を抜いた。
「ひっ」
切っ先を突き付けられた職員が短い悲鳴を上げる。
これには周囲の冒険者達も身構えたけど、他のエルフが構えたせいで動けなかった。
「我等はサペリオンに奪われたのだぞ! 貴様もエルフなら理解出来る筈だ! サペリオンは数に任せて幾つもの村を焼き-」
「うん、色々あったのは解るけどね」
私は隣まで行って、職員に向けられた剣が動かないように掴んで止めた。
「貴様、いつの間に-」
「軽々しく人に剣を向けちゃダメよ。危ないし、すごく怖いんだから」
手に力を込めると、掴んでいた剣にヒビが走って折れた。
「ミスリル製の剣が!?」
目の前に刃物があるって怖いのよね。たとえ相手が自分より弱くても竦んじゃう場合もあるんだから。
「ええい、野蛮なサペリオン人め! 猛る稲妻よ此処に-」
飛び退いたエルフは手を翳して魔法の詠唱を始める。
「遅いわよ」
当然、そんなの待つ訳も無く、即座に殴り飛ばした。
マティアスやマリーゼならこんな隙は晒さないし、学生だった頃のクラスメイトでももっと上手くやっている。学校にいたエルフの先生もこんなのじゃなかったんだけど。
けれど他のエルフ達はこれで私を標的にしたようだ。
「相手は一人だ」
「やれ!」
全員が武器を抜いたり魔法の詠唱を始めたりして、一斉に襲い掛かってきた。
「雷煌放電」
なので全員殴り倒した。
「一瞬で全員に一発ずつ入れるとは器用な事をするのう」
「それ以上は必要無いでしょ?」
「まあ、そうじゃの。とは言え、どうしたものかのう」
そう言って笵は席から立ち上がると、倒れたエルフ達を跨ぎながらやって来た。
「冒険者ギルドとしてはどうするんじゃ?」
「ええと、流石に私の一存では……ギルド本部に連絡……は遅すぎるし……」
范焱から視線を向けられ意見を求められた職員は困った様子で、だんだん縮こまっていった。この人もエルフだし、やりづらいんだろうなあ。
「そりゃあ冒険者ギルドは動けないよね」
突然割って入って来た声。その方向に目を向けると、ローブを纏ったエルフの女性が立っていた。
「やあ、オリビアちゃん、久しぶりだね」
それはこの里に入る通行証をくれたシャーリーさんだ。
「シャーリーさんも来てたんですね。あ、里帰りでした?」
「いんや、私の生まれはこの里の近くにあった別の村だよ。それよりも、この件でギルドは動けないよ」
シャーリーさんは職員の方に目を向けると、こちらは更に萎縮していた。
「冒険者ギルドはあくまでサペリオン王国の国営組織だから、国家反逆罪に加担する訳にはいかないね。とは言っても治安維持組織でもないから率先して鎮圧する権限も無い。そうでしょ?」
「は、はい。各地の統治者、この里なら族長議会から反乱鎮圧の要請があればその為に動く事は可能ですが、もし彼等の言った事が事実で族長議会が王国への反逆を決定したのなら、それも不可能ですし……自衛するくらいしか……」
「ま、だから動くなら個人的にって事ね」
「それだと、どうしよう……」
国としては一大事なのは解る。だけど冒険者として動く必要が無いなら、私個人としてはナタリアを探す方を優先したいのが正直なところだ。
「ちなみに族長議会はグランルーチェ国のプラティボロス商会と通じてるってみたいだよ」
「え?」
「いや~、一部で言われてる噂だけどね。でもそんな噂が出る時点で族長議会の信用問題だよね~」
やれやれと首を横に振るシャーリーさん。
だけれど私にとってエルフの族長の信用なんて重要じゃない。
「プラティボロス商会なんですね?」
「うん、そうだよ。何年か前に国内で摘発されたプラティボロス商会」
確認の為に尋ねると、シャーリーさんは頷いた。
プラティボロス商会はあのドミニクの商会だ。
だったらドミニクを追って行ったナタリアの行方が判るかもしれない。
「よし、族長議会に殴り込もう」
私がそう言うと、范焱はニヤリと、シャーリーさんは肩を震わせて笑った。