第百五話 特技と特技を合わせてみた ※イラスト有り
「ははは、はい、こ、これで登録は、か、完りょ、了になりますすぅ」
受付のギルド職員が声を震わせながら、赤い宝石の付いた首輪をオリビアに手渡す。
オリビアが首輪をクラリッサにはめ、これでクラリッサは正式にオリビアの従魔になった。
それはいいのだが、周囲を見回すと他の冒険者は異様に距離を取り、ギルド職員も用が済んだら奥へと引っ込んでしまった。
コメットウルフはBランクの魔物だから仕方無い。此処に来るまでもかなり目立ってたしな。
「クラ、これで貴女もお嬢様の従魔になったのですから、命令には従うのですよ?」
「大丈夫。クラ、ボス、好き」
クラリッサはお座りの姿勢で尻尾を振って応える。
こうしているとでかい犬にしか見えないんだけどなぁ。
「やっぱりこの姿だと目立ち過ぎるわよねぇ。クラ、人狼になって」
「わう」
「あ、お嬢様、此処では―」
止めようとしたがもう遅い。クラリッサの身体が素早く縮み、二本足で立ち上がる。
「ふお!?」
「うおおぉ!」
周囲からどよめきが広がる。ギルドのど真ん中にいきなり全裸の女が現れたのだから、それも当然な事だ。
「駄目です! 早く狼に戻りなさい!」
「わう?」
クラリッサは『なんで?』と言いたげに首を傾げる。
ああ、もうっ!
収納空間から取り出した俺のワンピースを無理矢理被せ、男達の目から隠す。
周囲からガッカリそうな溜息と舌打ちが聞こえた。
「死にたい人達が居るようですね」
「助太刀するわ」
俺やルリがそれぞれの得物に手を掛け、更に他の女性冒険者達が睨むと、男達はわざとらしく目を逸らした。
「気を付けてくださいよ、お嬢様」
「ごめん、うっかりしてた」
「わう?」
事態が理解出来ず首を傾げるクラリッサ。こいつには人類の一般常識から教えなければいけない。
「あれ、事件でもあったんでしょうか?」
聞き覚えのある声に振り返ると、そこにはミールが居た。
「あ、ナタリアさん!」
ミールが小柄な身体で元気そうに駆け寄ってくる。
「おかえりなさい。一年ぶりですね」
「ええ、ただいま。そちらも変わり無いようですね」
とは言ったものの、ドワーフであるミールは背丈こそ変ってないが、顔付きに貫禄が出てきた。装備も以前と同じティラノガビアル製を使っている様だが、より重厚で丈夫そうなものになっている。
「素材を自分で狩ってくる内に冒険者のお仕事もそれなりにしてましたから」
ミールが照れ臭そうに笑う。どうやら冒険者としての活動も続けているようだ。
「ねぇ、ナタリア、そろそろ紹介してくれない?」
「ああ、そうですね」
ルリに促され、俺はミールを紹介し、オリビア達も挨拶と自己紹介をしていく。するとこの騒動の原因であるクラリッサが自然と話題の中心になる。
「へぇ、人狼ですか。噂には聞いてましたが、本当に居るんですね。野生とは生活が全く違うから、早く慣れないと大変ですよ?」
「ええ、取り敢えず服を用意したいとは思っているのですが」
昨日俺の私服を着せていたのだが、人狼から狼に戻った時にはビリビリに破れてしまった。体形の変化に対応出来る程の伸縮性がある素材があればいいのだが。
「あ、そのワンピースって…」
「うっ」
ミールの言うワンピースとは、さっき俺がクラリッサに着せたものだが、これは俺がこっちに住んでいた頃にミールが選んでくれたものだ。
咄嗟に被せて下半身まで隠せる服がこれしかなかったとは言え、友人が選んでくれた服を他人に着せたのは悪かったと思ってる。
「あの、ミールさん」
「いえ、仕方なかったというのは解ってます」
こっちが謝罪も言い訳もする前に理解を示してくれるのは、ありがたくもあり、申し訳無くもある。いっそ目に見えて不機嫌になってくれた方が楽だと思うのは身勝手かもしれないが。
「ええと、その、この後クラに着せる服を買いに行くので、ついでにまた私の服を選んでくれませんか?」
「はい、是非!」
すごく嬉しそうに答えるミール。
まぁ、元々この後はオリビア達と分かれて、俺とクラリッサは服を買いに行く予定だった。そこにミールが加わるだけで、何も問題無いだろう。
また俺が着せ替え人形にされるくらいだ…
「ではお嬢様、暫く別行動させていただきます」
「うん、じゃあクラの事はお願いね」
それからリューカとルリに町を案内するオリビアと別れ、俺とクラリッサはミールの案内で『ドカミ洋服店』を訪れた。
「いらっしゃいませぇ!」
あ、この店員…
「おやおやおやぁ! 以前の魔導人形のお客様ではありませんか! ご来店ありがとうございます」
前に来た時にミールと二人で散々俺を着せ替えまくったヤバイ店員だ。しかも俺の事覚えてるし。
「ほうほう、人狼ですか。普通の服では体形が変わるたびに破れてしまう、と」
「ええ。何かいい物はないでしょうか?」
「……少々お待ちください」
事情を説明すると、店員は店の奥に行ってしまった。
「服、いっぱい」
「クラ、触ってはいけませんよ」
「わう」
クラリッサは沢山の服に興味惹かれているようだが、下手に触って汚したり傷付けたりしたら大変だ。
俺に注意されたクラリッサは大人しくお座りの姿勢で待機するが、こうして見ると獣人を床に座らせてるみたいで気が引けるなぁ。
「お待たせいたしました」
戻ってきた店員は一巻の生地を持っていた。
「これはウェアモスの繭から作った布です」
ウェアモスというのは蛾の魔物で、蛹になる時に作った繭を成虫になっても身に着ける続けるという変った生態をしている。繭から頭や翅を出している姿は何とも間抜けだが、繭が防具の役割を果たしている点を考えれば道具を使う知能があると言える。
その繭から作った絹は丈夫で魔法にも強く、伸縮性に富み、衣類の素材として重宝されているそうだ。
と言うのを店員が説明してくれた。
「なるほど。確かにこれならいけそうですね」
「ですが値段の方が少々…」
「……おいくらですか?」
「ごにょごにょ」
「高っ」
思わず口に出してしまうほどの値段だった。
クラリッサ自身はあまり服を着たがらないから胸と局部を隠せる程度で充分なのだが、それでもこれは高いな。
「もう少し何とかなりませんか?」
「申し訳ありません。これでも精一杯なんです」
難しいか。
でもこの値段はなぁ。
「あ、もしお客様のお知り合いに錬金術師がいらっしゃるなら、その方を紹介していただければもう少し値引きさせていただきますよ」
「錬金術なら、私が出来ますよ。嗜む程度ですが」
「本当ですか!? でしたら今すぐこちらに!」
「え、ちょ」
店員は俺の手を掴むと強引に店の奥に連れて行こうとする。
待って。俺の身体って人間よりかなり重いのに引き摺られてるんだけど?
「人狼のお客様もこちらへどうぞ」
「わん」
「ナタリアさん、私は服を選んでますね」
ミール、前から俺の扱いが雑になってない?
俺が連れて行かれたのは店の奥の作業場で、服作りの道具が沢山置かれていた。この店は販売だけでなく制作もここでやっているようだ。
クラリッサは興味深そうにきょろきょろと辺りを見回している。
「このギガントラミーという植物から作った糸に黒山竜の鱗を合成していただきたいのです」
そう言って店員が手押し台車に乗せて来たのは、鈍い灰色の糸玉数個と光沢のある黒い鱗だった。
糸玉はいい。俺もアリアから貰った鋼糸で見慣れている。だが問題は鱗の方だ。台車の上に山積みにされた黒山竜の鱗はその一つ一つが50cmはある大きなもので、とても錬金鍋に入るサイズではない。
「難しいでしょうか? 私の伝手でもこの大きさを加工出来る人は見付からなかったのですが」
「はぁ」
思わず溜息を吐いた。
それはそうだろ。錬金術は自分の魔力を精密コントロールして素材に干渉しなければいけないが、その魔力を満遍なく伝播させつつ霧散してしまうのを防ぐのが錬金鍋の役割だ。その錬金鍋が使えないとなれば、術師のコントロールだけで全て行わなければいけない。それは難易度が桁違いだろう。
けど―
「無理、ではないですね」
自分の魔力を通すのに適した容れ物があれば、錬金鍋に拘る必要は無い。そして俺はその容れ物を持っている。
収納空間を開き、台車の上の素材を呑み込む。俺の魔法で作り出した収納空間は俺の一部も同然。完全に封をした上で、中を俺の魔力で満たしてコントロールする事も可能だ。
これに気付いたのは割と最近で、魔銃のマガジンの充填を収納空間に入れたまま出来ないか試したら上手くいったので、それを錬金術に応用したのだ。
別の収納空間に入れていたワインを一瓶一緒に入れて、アルコール成分で魔力の通りを良くする。ついでに言えば収納空間は密封されているので、アルコールが揮発してしまう心配も無い。アナベルの授業も聞いておいて良かった。
「少し時間をいただきますが、よろしいですか?」
「はい。まさか収納空間まで使えるとは、驚きました」
店員が半ば呆けたように呟く。
確かに錬金術も収納空間も使い手は少ないと聞く。それを両立している者の希少性など言うまでもない。
「これで知人からのオーダーにも応える事が出来ます。ではその間にこちらのお客様の採寸を行ってもよろしいでしょうか?」
「ええ、お願いします。クラ、店員さんの指示に従ってサイズを測ってきてもらいなさい」
「? わう」
クラリッサは何をするのか分からないのか首を傾げたが、小さく鳴いて頷いた。
「ここでは狭いですので、裏の搬入口の方へ行きましょう」
店員がクラを連れて部屋から出て行ったので、俺は錬金術に集中する事にした。
ギガントラミーの糸も黒山竜の鱗もかなり頑丈な素材で、魔力の干渉を受けにくい。これで作れば物理的にも魔力的にも丈夫なものが出来上がるんだろうけど、素材や加工のコストを考えれば平民が買える物じゃないだろう。
こんなオーダーをした知人って何者だ?
それから二時間ほどして、漸く素材の合成が終わった。
当然クラリッサの採寸もとっくに終わっており、俺は店員に前金を払って、クラリッサの服の制作を正式に依頼した。
これでやっと帰れると思ったが、作業部屋から出た俺を待っていたのは大量の服を用意したミールだった。
「ああ、やっぱりナタリアさんにはこういうのが似合います!」
「お客様、こちらもどうでしょう?」
「あ、それも良いですね!」
あぁ、これはまだ帰してもらえないな。
「メイド、がんばれ」
クラリッサが応援してくれるが、床で丸くなって寝ようとしているので興味が無いのが見て取れる。勝手に動き回られるよりは良いけどさ。
「素敵ですぅ!」
「お次はこちらを!」
俺が解放されたのは日が沈みかけた頃だった。
なんでバニースーツやナース服なんて物があるんだよ…
もう二度と着ないからな……




