第十三局 約束 二本場『餃子の女神』
「と、とりあえず、今回の件はわたしが悪かったと言う事で――」
「いえ、そんなっ! 悪かったのはわたしで――」
「いやいや、わたしが」
「いえいえ、わたしが」
「いやいや――って、これじゃ無限ループだから……とにかく、ここは年長者の意見を尊重すると言う事で、わたしのせいって事にしておいて」
「しかし――」
「お礼も兼ねて、お詫びもするから。ねっ! そだっ、何かして欲しい事とかある? まっ、わたしに出来る事なんて、たかが知れてるけど」
まだ何か言いた気な北原さんの言葉を遮って、一気に捲し立てるオレ。
「して欲しい事……ですか?」
「そっ、お詫びのしるし。出来ればお金や頭を使う事じゃなくて、身体を使うのがいいかなぁ」
元々オレは肉体労働派だし。
「あっ! そ、それじゃ……」
オレの提案に何かを思いついたのか、北原さんはハッとした顔をしたかと思えば、急にモジモジし始めた。
「なに? なにか思いついた?」
「いえ、あの……そ、それは、なんでもいいんですか……?」
「ええ、わたしに出来ることならね」
「そ、それじゃ……あ、あのあの……」
更に俯いてモジモジ始める北原さん。
なにを頼む気なんだ? 若干不安になってきた。
「こ、ここ、こここここ……」
「ココ? やっぱりカレーが食べたいの?」
今日こそは牛丼と決めていたけど、お姫さまのリクエストなら仕方ない。しかし、トッピングの卵は譲らないぞ。
「い、いえ、じゃなくて……ここ、こ今度のお休みの日、わたしに付き合ってもらえないでしょうかっ!?」
俯いたまま、言い切る北原さん。
今度の休みに付き合えって――
「そ、それって、まさか………………果たし合い?」
「だから、なんでやねんっ!!」
と、オレの問いにまた、どっからともなくツッコミが入る。
慌てて辺り見渡してみたけど、夕暮れ過ぎの校門前には、やはり人影は見当たらない。
「疲れてるからかなぁ? 最近、よく幻聴が聞こえるんだけど……」
「先生もですか? わたしも、先程から幻聴が聞こえるんです。冷たいシャワーを浴び過ぎて、風邪でもひいたのかもしれません……」
「それは大変。帰って、早く休まないと」
「そうですね。今日は卵酒を飲んで早く休む事にします」
卵酒って……セレブにしては、随分と庶民的だな。
あっ、いや、武家の旧家って話だから、古風なのか?
「とりあえず、話を戻したいんだけど――果たし合いって訳じゃないのよね? 今日の決着をつけたい。とか……?」
「いえいえいえいえっ! 果たし合いなんて滅相もありません。ただ……先生が休日、どんなに所に出かけるのか興味がありまして、その……ご一緒できたらなと……」
なるほど――この子も響華さんと同じく、庶民の暮らしが気になるお年頃って事か。
でも……
「それって、北原さんにわたしが付き合うんじゃなくて、わたしに北原さんが付き合うって事になるけど」
「あっ、そ、そうですよね……じゃ、じゃあ、わたしが先生とご一緒する事を認めて――あれ? これも変かな? 先生に同行する事を許可して――て、あれ? えっ、あれ?」
オレの揚げ足取りみたいなツッコミに、テンパってオロオロとする北原さん。
その小動物みたいな姿と、先程見せた竹刀を持った時の冷静沈着な姿とのギャップに、思わず笑みがこぼれる。
「大丈夫、大丈夫。言いたい事は分かったから」
「口下手ですみません……」
しゅんとして、肩を落とす小柄な少女。
オレは俯く北原さんの小さな肩に手を置いて、努めて明るく声をかけた。
「いいわよ。一緒にお出かけしましょ」
「本当ですか!?」
パッと、明るい笑顔を浮かべ、勢いよく顔を上げる北原さん。その満面の笑みに、オレの顔も笑顔へと変わった。
「ええ。次の休みって事は、今度の土曜日でいいのよね? ゴールデンウィーク初日の」
「はい」
そう。今週末から待望のゴールデンウィーク。
ちなみに、ウチの学校は怒涛の9連休だ。連休の後半には、バイトの予定でも入れようとも思っていたけど、前半なら問題ない。
「で、どこで待ち合わせましょうか? それと時間は?」
「それはお任せします。先生が普段、休みの日に出かける所へご一緒したいので」
「そっか……じゃあ、待ち合わせは11時に駅前でいいかな? 駅前の餃子の像の前とか――って、餃子の像の場所わかる?」
「はい、問題ありません」
ちなみに餃子の像とは、この町の名物である餃子をモチーフにした物で、女神が餃子の皮に包まっているという、一風変わった石像である。
「そっ、なら、そこでいいかな?」
「はい、大丈夫で――くしゅんっ!」
「ちょ、だ、大丈夫?」
突然、なにやら可愛いくしゃみをする北原さん。入院している、どっかの長女の豪快なくしゃみとは大違いだ。
「失礼しました。大丈夫です」
「そう? さっき、冷たいシャワーとか言っていたけど……もし風邪なら、延期しようか?」
「い、いえっ! 全然大丈夫ですっ! この程度、気合いで治しますっ!」
更に、なにやら可愛くガッツポーズをする北原さん。
その小動物みたいな姿に気合いと言う言葉は似合わないけど、立ち会いの時に見せたあの気合なら、確かに風邪くらい立ち所に治してしまいそうだ。
「分かったわ。でも、今日はもう帰って、早く休みなさい。寮まで送るから」
「はい、ありがとうございます」
「ええ。じゃあ、行きましょうか」
深々と頭を下げる北原さん。
そして、歩き出したオレのあとに続き、その三歩後ろを粛々と歩き出す。
ホント、何なんだろう、この可愛い大和撫子は?
ぜひ、ウチの長女に、その爪の垢でも飲ませてやりたい。




