第十二局 読者サービス
「すごい……」
冷たいシャワーを浴びながら、わたしはポツリと呟いた。
まるで逃げ出す様に、剣道場を後にしたわたし。更衣室で防具を外し、着ている物を脱ぎ捨てると、足早にシャワールームへと向かった。
「すごい……」
熱った身体を冷ます様に、冷水を頭から浴びるわたし。
しかし、身体は冷めるどころか、どんどんと熱が上がって行くみたいだ。
そう、込み上げてくる嬉しさと共に。
「すごいっ! すごいっ! すごいっ! すごいっ! すごいっ!!」
どんなに冷たいシャワーを浴びても、嬉しさと共に笑顔が溢れてくる。
こんな嬉しい気持ちはいつ以来だろう? とりあえず、中等部からこの学院にいるけど、こんなに嬉しい気持ちは入学以来、初めてなのは確かだ。
とにかくわたしは、嬉しさのあまりにコントロール出来なくなった感情を取り戻すべく、冷たいシャワーを浴び続けた。
何がそんなに嬉しいのか?
決まっている。南先生が、わたしの最も得意とする、上段からの片手平突きを躱したからだ。
あの攻撃を初見で躱したのは、今までお祖父様だけ。お父様ですらかわせなかったのに。
しかも、ただ躱しただけでなく、後の先を取って来た。まあ、確かに剣道の試合では反則だろう。
でも、もし異種格闘技戦なら――いえ、戦場なら間違いなくわたしの負けだった。
北原家の者として、ずっと常在戦場の心得を説かれて来たわたし。試合においても、心持ちは戦場のつもりだった。
まさに『試合に勝って勝負に負ける』とは、この事だ。
しかし、悔しいという気持ちはまったくない。むしろ嬉しさが溢れてくる。
新学期初日に、校門前でわたしを助けてくれた南先生。
あの怖い男の人のみならず、響華さまにすら一歩も引かない態度。
その時の姿に、わたしは憧れた――いや、わたしがずっと憧れていた人の姿に、先生の姿が重なった。
そして今日。さっき見た先生の後ろ回し蹴り――
あの後ろ回し蹴りには見覚えがあった。
わたしも北原の血を引く武道家のはしくれ。一度見た技を忘れるはずがない。
何よりも、あの時の後ろ回し蹴りは、わたしの脳裏へ鮮明に刻まれている。
間違いない。先生は――ぶるっ!?
と、ここに来て、冷水のシャワーが全身へ寒気を走らせた。
もう春とはいえ、いつまでも冷水を浴びていては、風邪をひいてしまう。
それに長い時間、冷たいシャワーを浴びていたので随分と頭も冷えてきたようだ。
ただ……
頭が冷えて、冷静になって来ると同時に、先程自分のとった行動が頭に蘇ってくる。
……
…………
………………
てぇぇ~~っ!? わたしは、なんて事をしてしまったの~っ!
わ、わたし、試合後に礼もしていない……
それに部員の方々に真琴さま……なにより南先生や響華さまに何も言わず、逃げる様にシャワールームへ駆け込んでしまった。
みなさん、怒っているでしょうか?
よりによって、響華さまを怒らせてしまうなんて……
南先生は……? 南先生はどう思ったでしょう?
き、きっと、変な娘だとか、思われたに決まっている……
………………
…………
……
あ、明日から、みなさんにどんな顔をして会えば良いのでしょうか……?
わたしは、シャワーの水温を上げるのも忘れ、その場にガックリと膝を着いてしまった。




