第六局 幼なじみ 02
ラファール学院の屋上――
色とりどりの観葉植物に、屋根付きのベンチが多数。そして軽食や飲み物の自販機と、よく手入れのされた庭園のようだ。
さすがお嬢様学院。常に立ち入り禁止の札と南京錠で塞がれていた、オレの通っていた高校とはえらい違いだ。
もっとも、ウチの高校で屋上なんて開放したら、たちまち喫煙所になってしまうだろうけど。
ただ、こちらはこちらで問題がある。
それは――
ジュースがバカたけぇ~っ!!
モカだかマカだか知らないけど、たかが紙コップのコーヒーに千二百円とか有り得ないだろ!
なめるなよ、ウチの高校ならパックのコーヒー牛乳が末だに八十円で買えるぞっ!!
ちなみにこの自販機は、学生なら学生証のICをかざすだけで、現金がなくても買える仕組みらしい。確か学食の食券も同じ仕組みだ。
そして、使った分が一年おきに、一括で支払う事になるらしい。
しかし、学生証などないオレは、なけなしの漱石さんを投入。お姫さまリクエストの、八百円リンゴジュースを購入した。
正直、痛い出費ではあるが、お姫さまのご機嫌を取る為だ。仕方ない……
少し迷ったけど、屋上へ上ったオレは、真琴ちゃんに全て話す事にした。
オレとは数年会ってないとはいえ、姉さんとはちょくちょく会っているらしい。
いつまでも誤魔化し切れるもんじゃないだろう。
全てを話したあと、不機嫌なような、怒ったような感じで黙り込んでしまった真琴ちゃん。息苦しい沈黙に限界を感じ始めた頃、やっと口を開いてくれたのがジュースのリクエストだった。
さて、急いで戻りますか。
ジュースのカップを右手に持ち、こぼさないように小走りでお姫さまの所へ戻る。
「はい、お姫さま。ご所望のリンゴジュースでございます」
「ん……」
真琴ちゃんは、差し出さたジュースを無言で受け取ると、それを一気に飲み干した……
って、一気飲みっ!?
は、八百円のジュースを一気飲みですかっ!? なけなしの八百円なんだよ、せめてもう少し味わって飲んで下さい。
そんな心の叫びも虚しく、ジュースをわずか五秒で飲み干した真琴ちゃんとの間に、再び流れる重い沈黙……
ダ、ダメだ……この沈黙、たえられん……
「あの~。真琴ちゃん? ――もしかして、怒ってる?」
沈黙に耐えかねて、なるべく下手に尋ねるオレ。
そして真琴ちゃんは、正面を向いたまま飲み終わった紙カップを握り潰すと一言――
「……怒ってる」
そこは、ウソでも怒ってないって言って欲しかった。
「そ、そうか~。怒っているのか~……ち、ちなみに、何に怒っているのかな?」
「色々」
「そ、そうなんだ、色々なんだ……じ、じゃあぁ、さしあたって、一番の原因は何かな?」
真琴ちゃんは、横目でこちらへ睨むな視線を送り、ポツリと一言――
「美人なところ」
……………なんだって?
「え、え~と。よ、よく聞こえなかったなぁ……どんなところだって?」
「お兄ちゃんがっ!! 私よりっ!! 美人なっ!! とっ! こっ! ろっ!!」
グサッ!
クッキリ、ハッキリお答え頂きありがとうございます。
でもお願い……美人とか言わんといて……
「そ、そんな事ないでしょう……真琴ちゃんの方が美人だよ。こんなに可愛くなっていて、ビックリした」
「そんな綺麗な顔で言われても、イヤミにしか聞こえない」
グサッ! グサッ!
お願い、出来れば綺麗とかも言わないで下さい。
お兄ちゃん心が折れそうだから……
オレは精神的ダメージに耐えながら、なんとかご機嫌を取ろうと頑張ってみる。
「じ、じゃあ……どうすれは許して貰えるかなぁ? お兄ちゃんに出来る事なら、何でもしちゃうぞ」
真琴ちゃんは真顔で少し考えると、更に爆弾発言――
「じゃあ、結婚してくれたら許す」
………………
………………
……………………
……………………
「えーーーーっ! け、けけけけ結婚っ!? 血痕じゃなくて、結婚っ!?」
長い沈黙のあと、オレの絶叫がこだまする。
「い、いやいやいやいや、結婚って、ま、真琴ちゃんはまだ学生な訳だし、オ、オレも実は無職でニートだし、いやいや、真琴ちゃんがイヤとかそうゆう訳じゃなくて、むしろオレなんかには勿体無いとゆうか……そう! 結婚じゃなくて、血痕ならお兄ちゃん、少しくらい血を見せてお詫びしちゃうよ」
「ぷっ……あは、あははははは」
自分でも何を言っているのか分からないくらい慌てまくっているオレを見て、楽しそうに笑い始める真琴ちゃん。
「あはは――冗談だよ、お兄ちゃん」
じょ、冗談……?
その言葉を聞いて、全身から力が抜けた。つまりからかわれたって事か……
でもまぁ、怒る気はしない。むしろ、それで許して貰えるなら安いもんだ。
しかし………………ちょと残念な気持ちになっているのは何故だろう?
「しょうがないよねぇ――友子さん美人だし、私の憧れだし。そりゃあ、その双子のお兄ちゃんが、友子さんの格好すれば美人さんになっちゃうよ」
また、美人って言われた……
でも、機嫌が直って、笑顔になってくれたんだ。良しとするか。
てゆうか、あんなのに憧れるのは止めなさい。人生踏み外すから!
「でも、ビックリしたよ。こんな所で、お兄ちゃんに会えるなんて」
「オレだってビックリしたよ。真琴ちゃんが、ここに通っているなんて知らなかっから……姉さんも、知ってたならちゃんと言っておけよな」
てゆうか、ワザとだ……ワザと話さないで、驚ろかすつもりだったに違いない。
「あっ、でも私、まだお兄ちゃん許してないからね」
「えっ? そ、そうなの?」
「だって、出来る事なら何でもしてくれるんでしょう? 何して貰おうかな――」
おいおい……なんか、すごくいい笑顔で、すごく物騒な事を言ってるんですけど……
確かに、そんな事を言っちゃったけどさぁ。
「あの~、出来ればお手柔らかに――」
「そうだ、お弁当っ!」
「弁当……? なに、パシリでいいの? それならダッシュで買いに行っちゃうよ」
「違う違う。久しぶりにお兄ちゃんの料理が食べたい」
料理……?
そう言えば、昔はよくウチでご飯を食べていたな。
やれば出来るくせに、めんどくさがりの姉さんに代わって、よくオレが作っていたっけ。
まぁ、今でも炊事は、殆どオレの担当だけど。
「そんなんでいいの?」
「うん!」
そんなんでいいならお安い御用だ。
どうせ明日は自分の分を作るつもりでいたし。弁当なら一人分も二人分もたいして変わらん。
いやまぁ、明日に限らず、オレはずっと弁当だろうけど……
あんなバカ高い学食でメシ食っていたら、あっと言う間に破産してしまうわっ。
「分かった。じゃあ明日作って来るよ」
「うん! 楽しみにしてる」
ピンポンパンポーン♪
よし、一件落着っ! と思った所で、校内放送の合図。
二人して近くのスピーカーを見上げた。
いや、別にスピーカーを見たからと言って、よく聞こえるとかはないんだけど、何故か見ちゃうよな。
『南友子先生、南友子先生、至急、生徒会室までお越し下さい。繰り返します――」
放送を聞いて思わず自分の顔を指差すと、真琴ちゃんも無言でオレの顔を指差した。
「てゆうか、今の生徒の声だよな――なに? この学院じゃ、生徒が校内放送で教師を呼び出すの?」
何様のつもりだ。用があるなら、探しに来い。
「まぁ、生徒会は学院の中でも特別だからねぇ~」
特別ねぇ……生徒会って今朝の西園寺って、お嬢様の所だろ? 行きたくないな……
「ちなみに、これバックレたらどうなるかな?」
オレの問いに、真琴ちゃんは無言でクビを切るゼスチャー。
「マジで?」
「マジで……ウチの生徒会って校内では自治権も確立しているし、基本生徒会のやる事に教師は不干渉。それに加えて、西園寺家をバックに付ける今の会長さんの権力は、学院長以上で国家権力並って話しだよ」
マ、マジか……?
本当に普通の学校の常識が通用しない所だな。
「そんな超VIP様が、新任教師のオレなんかに何の用だろ?」
「さあ~? 今朝の文句でも言いたいんじゃない? 何でも天下の西園寺家ご令嬢様に、お説教したらしいし」
「そうだねぇ……慣れない事はするもんじゃないねぇ……」
「まあまあ、もしクビになったら、ウチの婿養子にして私が養ってあげるから」
いや、クビになるとしたら、実際にクビになるのは姉さんだから。
「とにかく、早く行った方がいいよ。会長さん時間にうるさいし――あっ、場所分かるかな? 案内しようか?」
「いや大丈夫。見取り図あるから……じゃあ、行って来る」
「うん、言ってらっしゃい。明日の約束忘れないでね」
真琴ちゃんの声に苦笑いで応え、オレは見取り図を見ながら重い足取りで生徒会へと向かった。
 




