第六局 幼なじみ 01
HRの激戦(?)の後、オレは午前中で終わった学院の校内を散策していた。
本来ならまだ業務が残っていたのだけど、緑先生の計らいで免除となったのだ。
『あとの仕事は私の方でやっておきますので、南先生は早く慣れるためにも、学院内を見て回って来て下さいな』
微笑みながらそう言って、校舎の見取り図まで用意してくれた緑先生。
ちょと浮き世離れしているけど、いい先生や~。ぜひ、ウチへ嫁に来て下さい。
そんな事を思いながら、オレは最上階の四階へ上がって来た。
四階は全て特別教室で、音楽や美術室、調理実習室に最新パソコンが並んでいる視聴覚室なんかか……
オレはふと、廊下の窓から見える街並みを見渡した。
高台にあるラファール学院。その最上階からは、街並みが一望出来る。
懐かしいな――
まだ両親が健在だった頃、オレ達はこの街に住んでいたのだ。
あの辺りか?
街並みの中に、以前住んでいた家を探しみる。
しかし、というかやはり……その場所は家が取り壊され、更地になっていて、ちょとブルーな気持ちになった。
ただ、その隣の家。ちょとした豪邸って感じの家は、今も健在だ――
真琴ちゃん、元気かな?
その豪邸に住んでいた女の子で、ちょと歳の離れた幼なじみ――東真琴ちゃん。
父親はずっと海外におり、会ったことはないけれど、母親の方は優しく綺麗な人で、よく遊んでくれたっけ……
ただ、何の仕事をしていかは分からないけど、なにかと忙しい人でよく家を空けいた。
そのせいもあり、真琴ちゃんは小さい頃から、よくウチに来て寝泊まりしていたのだ。
オレたちの事を、『お兄ちゃん、お姉ちゃん』とか言ってよく懐いていたっけ――
もっとも、オレ達が高校三年の春――ウチの両親が事故で亡くなり、引っ越しをしてからはあまり会っていない。
まあ、お互い思春期と言う事もあり、ちょっとギクシャクしてしまっていたし――
ただ、姉さんの方はちょくちょく会って、二人でよく遊びに行っていたらしい。
「あっ、いたいた、友子さ~ん!」
最後に会ったのは、確かオレが大学1年の時――空手大会の応援に来てくれた時か。
あれからもう四年……そうすると、真琴ちゃんも高一……いや二年か――
「ちょっと、友子さ~ん」
ん? ちょと、友子さんて人ぉ~。呼ばれているよ……って、んっ? 友子さん?
おぉっ! オレの事かっ!!
「は、はい?」
慌て振り返ると、そこに立っていたのは長めのポニーテールに大きめのリボンをした見知らぬ女生徒。
赤いタイって事は二年生か――
「もう~、お仕事終わったなら、一声掛けて下さいよ。職員室に行ったらもういないし、探しちゃいましたよ」
だ、誰? 姉さんの知り合いか? 聞いてないぞ姉さん!
でも、あれ……?
どこかで見覚えがあるような――って!?
「も、もしかして…………真琴ちゃん?」
「えっ? ええ……って、どうしたんですか? 春休み前に会ったばかりじゃないですか?」
こ、この娘が真琴ちゃん……?
確か最後に会ったのは、真琴ちゃんが中学生の時だっけ? それが、こんなに綺麗になっているとは……
「それより聞きましたよ。今朝は大活躍だったそうじゃないですか」
ちょと放心気味のオレに、フレンドリーに話す真琴ちゃん。
こうゆう大事なことは事前に教えてくれよ、姉さんっ!
「ねぇねぇ、久しぶりにゆっくりお話しとかしたいから、どこか静かな所に行きましょうよ。お兄ちゃんの話しとかも聞きたいし」
そう言って、オレの手を取る真琴ちゃん。
ゆっくりお話しって……どうすんだよ、姉さん。普段どんな話しとかしてるんだ?
「あれ?」
オレの手を取った真琴ちゃんが、今度は不思議そうにオレの手のひらをじっと見ている……
って、まずい!
オレは慌て手を離し、その手を後ろへと隠す。
外見はソックリなオレと姉さん。そんな二人が男女差と言う身体の造り以外に、決定的な違いが一つある――
「どうして、手のひらに傷跡があるの……?」
そう、その違いが大学一年の空手大会の時に出来た、手のひらにある大きな傷跡だ。
偶然にもその日、応援に来ていた真琴ちゃんは当然その事を知っている。
さっきまでのオレに代わって、今度は真琴ちゃんが放心気味……
そして、絞り出すような声で――
「もしかして…………お兄、ちゃん?」
ギクッ!!
ま、まままま、まずい! なな、な、何とか誤魔化さないとっ!!
「ほ、ホント久しぶりね、真琴ちゃん! しばらく見ない間に綺麗になっちゃって、お姉さんビックリだ! えっ? 静かな所でお話し? いいね、誰もいない静かな所でゆっくりお話ししましょう、そうしましょうっ!!」
一気にまくし立てると、オレは真琴ちゃんの手を取り、屋上へ続く階段を駆け上った。
お兄ちゃんに手を引かれ、上がって来た屋上……
最初は戸惑っていたみたいだけど、事の顛末を全て話してくれたお兄ちゃん。
友子さんが大怪我をしたと聞いた時にはビックリしたけど、後遺症もなく、ちゃんと治ると聞いて少し安心した。
理由を聞けば、しょうがないかなぁ……とは思うし、ずっと会いたかったお兄ちゃんに会えたのは嬉しいと思う。
小さい頃から、ずっと大好きだったお兄ちゃん――
引っ越しして行った夜は、眠れなくて朝まで泣いていた。
友子さんと会う約束をするたびに渡して貰おうと手紙を書くけど、いつも渡せず終いになってしまっていた手紙が、机の引き出し何通も仕舞ってある。
突然の出来事で心の準備をする時間もなかったけど、お兄ちゃんと会えたのは嬉しいはず。
そう、嬉しいと思うし、嬉しいはず――
なんで『思う』とか『はず』なんて曖昧なのか……?
それは、私の顔が笑顔にならないから……何故かって?
私の隣に、少し困った顔で座るお兄ちゃんへ、チラッと目を向ける。
何故かなんて、そんなの簡単だ! 隣に座るお兄ちゃんが、私より美人だからだっ!!
なんなのよ、もうっ!
そりゃあ、事情が事情ですから、女の格好をしているのは仕方ない。
それは分かるけど、ずっと会いたくて、やっと会えたお兄ちゃんが、私より美人って有り得なくないっ!?
肌は綺麗だし、メイクは上手だし、しかもその細いウェスト! もしかしたら私より細いんじゃないのっ!?
気が早いかもしれないけど、もしも……あ、あくまでも、もしもだよっ!
もし、付き合うなんて事になった時、彼氏の方が彼女より綺麗なんて、女としてどうなの!?
なんか、とってもミジメじゃないっ!!
まぁそんな訳で、今の気持ちが消化仕切れずに、さっきから重い雰囲気の沈黙が続いているのだ。
とりあえず落ち着こう。そして、何か話さないと――
そこで私は、ふと目に付いた自販機を指差した。
「リンゴジュース飲みたい」
「リ、リンゴジュースだね、分かった、すぐ買って来るから」
そう言うと、お兄ちゃんはすぐに立ち上がり自販機に走って行った。
走らなくても、ゆっくりでいいのに……
ジュースが飲みたいなんてただの言い訳。気持ちを整理する時間かせぎなんだから。
あんまり早く帰って来ると、気持ちの整理が終わってないんだからね。




