第五局 VSメイドさん 02
そう、手を上げたのは、中華メイドの撥麗さんだった。
「はい、撥麗さん、どうぞ」
そして、ニコやかな笑みで指名する緑先生……
いいの? それってアリ!?
そんなオレの思惑を無視して、ドンドン話しが進んでいく。そして、指名された撥麗さんからは、驚愕の言葉が――
「撥麗、先生と手合わせしたい。でございます」
「……………………はい?」
て、手合わせ……? なんの?
「撥麗、これでも中国に帰れば、中国拳法無影拳の師範代。強い人を見たら戦いたくなる。これ格闘家のロマンシング・性、でございます」
ロマンシングはいらんよ――――いやいやいやいや、そうじゃなくてっ!
「は、撥麗さん、何か勘違いしているんじゃないかしら。先生、全然強くなんて――」
「今朝のあの場所、撥麗もいたでございます。いえ、撥麗だけじゃなく、他にも数人のガードがいたでございます。そして、あの鳥頭男が動いた瞬間に、他のガード達も動いた、でございます」
そうなの? それは気が付かなかったわ。
「でも先生は、鳥頭男が動く前に飛び出していた。だから間に合ったでございます。もし、先生が動かなかったら、誰も間に合わずに大惨事になっていた、でございます」
それは、オレの思考回路が上流階級の方々より、あの絶滅危惧種の方に近かっただけの話しでしょう。
しかし、撥麗さんの言葉に教室中がざわめきだす……
「そして、おそらくガードの人間以外は誰も気が付いていない、あの口を封じてからの急所攻撃……見事だ、ございます」
「急所……急所とは何ですの?」
委員長を始め、お嬢様達には聞き慣れない単語に、教室中がまたざわめき出す。
「ハッキリ言えば、『き○たま』、でございます」
「き、きき、ききん……」
顔を真っ赤にして、どもっている委員長。
「ですから『き・ん・○・ま』、でございます」
「何度も言うんじゃ有りませんっ!!」
「かしこまりました、でございます」
ざわめきは止まったが、全員顔を真っ赤にして俯いてしまった。さすがに、純粋培養のお嬢様には刺激が強いとみえる。
「とりあえず、きんた○の話しは置いとくでございます。撥麗は南先生と手合わせをしたいのですが、いかがですか緑先生? でございます」
話しを振られた緑先生も、若干顔が赤いような――
まぁそれは置いといて、HRとはいえ一応は授業中。そして緑先生も一応は、お堅いラファールの教師。許可する事は無いでしょう。
などと思いながら緑先生の方へ顔を向けるオレ。
「いいんじゃないかしら、面白そうだし」
なんですとぉーっ!
ま、まさかの答え……緑先生、本気ですか?
「わたくし、こんな近くで格闘技の試合など見た事がありませんので、ドキドキしてしまいますわ」
「わたくしも初めてですわ」
「わたくしも――とても楽しみですわ」
緑先生の言葉に、期待の反応が広がって行く。
「ちょっ、ちょっと待って下さい緑先生――いくら何でも授業中にそんな事したら、周りのクラスに大迷惑ですよ」
「大丈夫ですよ南先生。教室の中は完全防音になってますから、思い切りやっちゃって下さい」
なるほど、だから廊下を歩いていても、教室からは物音一つ聞こえなかったのか――
てか、そうゆう問題じゃなくてですね!
「は~い、皆さ~ん、机ごと後ろに詰めてくださいね~っ!」
ううぅ……当事者のオレを置いて、ドンドン話しが進んで行く――
こうゆう場合、姉さんなら確かに喜んで組み手とかやっちゃうんだろけど、出来ればオレは、女の子とやり合いたくないな……
そうこうしているうちに、場のセッティングが完了。
元々広めの教室に三十人弱という少ない生徒数。後ろに詰めて座れば、前半分は丸々スペースが出来る。
ううぅ……やだな……
渋々と前に出て、撥麗さんと対峙するオレ。
二人の間合いは約二間(約3.6メートル)と少し広め。廊下を背にするオレに対し、窓を背にとる撥麗さん。そして、教壇のに立つ緑先生。
「じゃあ、私が審判やりますね。二人とも、用意はいいですか~?」
よくないです……
てゆうか、大丈夫ですか? 緑先生、審判が何をやるのか分かってますか?
「それでは、はじめ!」
オレの懸念をよそに、高らかに手を上げて開始を宣言する緑先生。
とりあえず、オレも構えを取って撥麗さんを正面に見据えた。
「無影拳道場、八連荘師範代、撥麗……推して参る! でございます!」
そう言って、半身の構えを取るメイドさん。
無影拳か……昔、ジャッキーの酔っぱらい映画で、敵方の殺し屋が使っていたなぁ。
確か、足技主体の拳法だったっか? その足技が無影の如く、千変万化なために無影拳と名付けられたとかなんとか――
委員長とのバカな掛け合いで、すっかりイメージが崩れていたけど、構えを取るその姿は最初の印象通り武道家のそれだ。
さてどうするか……
姉さんは嫌がるだろうが、早々に一発喰らって、負けちゃうのが一番かな。
「先生……来ないのですか? でございます」
「撥麗さんからどうぞ」
緊張感でシンっと静まり返る教室に、二人の声だけが響く。
「では、参ります、でございます」
ちょと情けない作戦だけど、こちらの方針は決定している。あとは、いかにダメージの少ない場所に一発貰うかと――って!
広めの間合いから、一瞬にして間合いを詰めたかと思うと、正に電光石火の右上段回し蹴り!
「くっ!」
は、速い!
上段回しをギリギリでかわした所に、すかさず左後ろ回し蹴りのコンビネーション!
これはかわしきれず、とっさに左腕で何とかガードする。
「ほぅ、今のコンビネーションをかわした、でございますか――やはり撥麗の目に狂いはなかった、でございます」
くぅ~、痛てぇ……
とっさのガードで受け方が悪かったのか、受けた腕が痺れている。なんちゅう速くてクソ重い蹴りだ……
「では、本気で参ります、でございます」
「ち、ちょっとタンマ! って、くっ!」
「実戦にタンマもマンタもないっ! でございます!」
こっちの制止も聞かずに、多彩な足技のコンビネーションで攻め立てる撥麗さん。しかもガードという職業柄か、一撃で決めるため確実に頭部を狙って来ている。
作戦変更だ! こんな重い蹴り、一発でも喰らったら姉さんの隣のベッドに送られてしまう。
横目でチラッと時計を確認する。HR終了まで後五分弱――
蹴りの多彩さと速さはハンパないけど、頭部に集中しているので攻撃は読みやすい。これは残り五分、逃げ回って終わらせるのが吉か……
「どうしました先生、避けるだけですか? でございます」
挑発の言葉も無視して防御に徹するオレ。
……
…………
………………
………………まずい。
どうやらこの作戦には、致命的な欠陥があったようだ。
「どうしました先生? 姿勢がドンドン前屈みになっている、でございますよ」
致命的な欠陥――それは撥麗さんがスカートだという事。
多彩な角度からの蹴り技は、まさに千変万化。しかしそれは、多彩な角度、正に千変万化のパンチラ――とゆうかパンモロを意味している。
蹴りをかわすたびに見える、清楚な白い下着とガーターベルト……そりゃ健全な成人男子なら前屈みにもなるって。
蹴り上げるような前蹴りからの踵落としのコンビネーションを、すり抜けるようにかわして後ろを取る。
そして、バックステップで大きく間合いを取り仕切り直すオレ。
「ちょっと撥麗さん……足技使うの止めませんか」
「何故でございますか? でございます」
「何故って、ほら――足を上げると、下着とか見えちゃうでしょう」
「下着……? ここには女性しか居ないのだから、気にしない、でございますよ」
気にしてよ! 実は男もいるから! しかも、一番よく見える特等席にっ!!
「な、ならせめて、下にジャージを穿くとか……」
「スカートの下にジャージ、でございますか? それはなにか変ではないですか? でございます」
そんな事ないぞ。北関東の女子高生は冬場『なにそれ、ずり落ちた腹巻き?』って突っ込みたくなるくらいスカートを短くして、その下にジャージを穿いているぞ。
「でも、そうまで言うのであれば、手技で勝負する、でございます」
それは助かります。
「先日のオフにパチンコ屋さんで覚えたばかりの、新必殺技をお見せするいい機会だ、でございます」
「ちょっと、撥麗っ! 白鳥家の使用人とも有ろう者が、またそのような所に行っておりましたの!?」
撥麗さんの言葉に、委員長がいち早く反応する。
「しかし葵さま――最近のパチンコは、アニメとタイアップしている物が多いので、撥麗としては打っておかない訳にはいかない、でございますよ」
詳しくは知らないが、確かに最近のパチンコやパチスロはアニメとタイアップしてるってよく聞くな……
って、そうゆう問題じゃなくてっ!!
「は、撥麗さん、あなた学生なのにパチンコ屋さんて――」
そう、一応教師としては、今の発言は聞き流しちゃダメだろう。
「先生。撥麗、学生違います、でございます。ここには、葵さまの付き人として通っているだけで、ちゃんと成人している、でございますよ」
「そうなの?」
一応確認するよう緑先生に目を向けると、笑顔のまま黙って頷いた。
「つまり撥麗は、この物語りにおいてパチンコだけでなく、唯一○×シーンがOKなヒロインなのだ、でございます」
物語り言うな! てか、ヒロインだったの?
「あら、先生だって成人女性ですよ」
教壇からポッリと聞こえる呟き――いや、そこは張り合わなくていいですから。
「なので、攻略はお早めに、でございます」
攻略って、変なゲームのやり過ぎ。まぁ、オレも嫌いではないけど。
「話しがまとまった所で、手技だけでお相手致します、でございます」
まとまったかどうかは、いささか疑問だが、撥麗さんはさっきまでと異なり、ボクシングのような構えを取る。
「では、撥麗のニューブロー、お見せする、でございます。今こそ萌えあがれっ! ギャラクティカ・マグ――」
「ストーップ! やっぱり手技は禁止っ!!」
なんだ、その古のボクシングマンガに出てくる必殺技みたいな名前は? 色々な意味で危険過ぎるだろう。
「なぜでございますか?」
「大人には大人の事情があるんです」
「ふう……言葉の意味は分かりませんが、先生はワガママ、でございますねぇ……」
やれやれ……と言った感じで、ため息をつく撥麗さん。
でも、成人女性だというのなら、大人の事情を察してください。
「仕方ありません、でございます。もうパンチラがどうとか、横からちょっとヤバイものがハミ出しているとか、そんなこと気にならないよう、一撃必殺で決めさせて頂く、でございます」
「いや、ハミ出してとかまでは言ってないって」
そんなツッコミを入れつつ、時計を確認するオレ。
時間は残りわずか――一撃必殺と言うなら、それをかわせば時間切れだ。
そう考えながら身構えると、撥麗さんは右腕の袖を捲くり上げる。
そこには手首から肘まで、白いサポーターが包帯のように巻かれていた。
そして、その包帯のような長いリストバンドを器用に外すと、今度はそれを鉢巻きのように頭へと巻き付ける。
なにそれ、何か意味があるの……? てゆうか風も吹いてないのに、長い鉢巻きがなびいているし……
「はっ! でございます」
そして変な掛け声と共に窓際の一番前の机に飛び乗ると、腕を組んで仁王立ち。
ちなみにその席は――
「撥麗っ! あなたどこに乗っていますのっ!?」
「お嬢様。あれを使うわ、でございます」
主の非難の言葉など、全く気にする様子のない撥麗さん。
「えっ? あ、あれとは何ですの?」
そして、従者の突然の無茶振りに、戸惑うご主人様……ホントに主従か、この二人?
「葵さま……そこは『ええ、よくってよ』と言ってくれればいい、でございます」
ふぅ~、ヤレヤレと言った感じで段取りを説明すると、再び腕を組んで仁王立ち。
「それでは仕切り直して……お嬢様。あれを使うわ、でございます」
「え、ええ……よくってよ……」
「うわぁぁぁぁぁぁーーー!!」
あまり理解していないようだけど、とりあえず段取り通りに返すご主人様。
対して、今までのクール系から一転、熱血系の叫びと共に上空へ大きくジャンプするメイドさん。
「超~! 雷閃~~! きーーー、ギャフン!」
撥麗さんのセリフの途中で『ゴッツーン!!』という物凄い衝突音が聞こえてきた。
「アッチョンブリケ!」
続いて聞こえたのは、意味不明の言葉と『ドサッ!!』という落下音……
教室にいる全員の視線が、一点に集中する。そして、その視線の先にあるモノ。
それは…………
車にひかれたカエルのようなポーズというベタな格好で、うつ伏せに倒れているメイドさん。
誰もが言葉を発せず放心状態――
しばしの沈黙の後、ムクッと上体を起こしす撥麗さん。そして、涙目で頭を抑えながら一言――
「い、痛い……でございます」
キーンコーン♪
そして、その一言と同時に試合終了のチャイムが鳴り響いた。
まぁ、その~、なんだ……
教室は広いけど、天井の高さは普通の教室とあまり変わらないと言う事で――
しかし、さっきのベタなポーズといい、その前の『ギャフン』に『アッチョンブリケ』と言うセリフといい、七十年代アニメまで研究しているとは――
撥麗さん、侮れねぇ……




