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Monochrome―化物剣聖と始原の熾天使―  作者: 勝成芳樹
第四章―二人の居場所―
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火炎の試練

チコ「おい作者」

作者「はい」

チコ「随分遅かったじゃないか」

作者「ごめんなさい」

チコ「何をしていたんだ」

作者「忙しかったのと、お絵かきしてました」

チコ「待っている人がいたかもしれないんだぞ」

作者「ごめんなさい」

チコ「よろしい。では罰は一回で済ませてやろう」

作者「ひぎぃっ」

「……火炎の精霊?」


 厳しい表情を保ったまま、アメリアさんが火炎の精霊と名乗った美人に問う。それに対して、火炎の精霊は「はいっ!」と嬉しそうにはにかんだが、三人と一匹の警戒が解ける事はない。理由は勿論、胡散臭いからだ。


 俺自身は創神教の幹部から聞いた神話と気配というソースがある為、この気配皆無魔力人間が精霊であると理解出来た。だが、そういった類の話を知らず、気配察知能力もまだ未熟な三人には理解出来ないだろう。


 謎の迷宮の中で結界を揺らす事すらせずに突然姿を現し、剣を素通りし、神話やお伽話の中でしか存在しない精霊を名乗る女。どんなに好意的な解釈をしようとしても、不審人物の枠から上に上がる事は出来ない。寧ろ魔獣や魔物と言われた方が納得出来る。


「あれれ? 信じてもらえてない? どうしよーっ」


 未だに警戒を解かない三人を見て、火炎の精霊があわあわと狼狽え始める。思考を読み取ったり物体をすり抜けたりとハイスペックな存在だが、中身はポンコツのようだ。そんな自己紹介したって信じてもらえる訳ないでしょ。


「じゃあどうすれば良いんですかーっ」

「自分で考えて下さいポンコツ」

「ひどーいっ! 私、怒りましたからねーっ」


 どうせ思考を読まれるんだからと内心を包み隠さずに罵倒すると、火炎の精霊はぷんぷんと擬音が付きそうな動きをする。しかし、発される魔力の圧力は膨大な物。衝撃波にも近い赤い魔力の波が迷宮の通路を駆け抜け、凄まじいプレッシャーとなって俺達を襲った。


 セナイダとアメリアさんが瞬く間に顔色を失くし、ココが尻尾をダラリとぶら下げながら後ずさる。圧倒的な圧力と視界を染める赤色に、大分気圧されているようだ。まぁ実力は隔絶しているだろうし、気絶したりしないだけ上出来だろう。


 ちなみに俺は、ちょっとだけ驚いて目を見開いている。いや、圧力だけで言えばエルや魔王竜の方が遥かに上だし、師匠に無理矢理濃縮付加掛けられる方が怖かったし、火炎の精霊からはあんまり脅威を感じないし、特に反応を見せるつもりもなかったんだけど――


「……あの、やるんですね?」


 ――全く怯む事なく闘志を剥き出しにするディオニシオさんに、俺は思わず驚きを表に出してしまった。


 だってディオニシオさんだよ? あの可愛いディオニシオさんだよ? 男なのにどう見ても女で可愛くて恥ずかしい告白ショーなんかをして可愛くて殆ど怒らなくて可愛くて結構ビビりで可愛いディオニシオさんだよ?


 そのディオニシオさんが、アメリアさんでさえ戦慄するほどの圧力に平然としている……これに驚かずして何に驚けと言うのだ。エルが神サマの悪口を言うくらい突飛な事だぞ。


「…………」

「威圧して来るという事は……戦うという事で、良いんですよね?」

「っ! お、おう。やってやりますよっ。試練ですよ試練っ」


 火炎の精霊が一瞬俺の方を見て口を半開きにしていたが、ディオニシオさんの声で我に返ったのか、シュシュシュと拳を突き出してシャドウボクシングを始めた。行動だけ見れば間抜けだが、拳を突き出す度に魔力が溢れ、衝撃となって迷宮の通路を駆け抜けている。


 衝撃の圧力自体は子供の張り手程度でしかないが、それに乗せられたプレッシャーは山津波にも等しい。殺気なら師匠でもこれくらいの圧力を放っていたが、魔力だけでこれほどの存在感を示したのは、エルを含めても初めてだ。


「う、うぅ……」

「これは……くぅッ」


 凄まじい圧力にセナイダが崩れ落ち、アメリアさんが膝を付く。二人とも何とかして立ち上がろうともがいているが、恐怖と激しい震えの所為で満足に身動きも取れていない。


 しかしその中であっても、ディオニシオさんは顔色一つ変える事なく刀を抜く。やけに明瞭に響く鞘走りの音が、火炎の精霊に負けないほどの存在感をディオニシオさんに与えた。


「……チコさん。此処は僕にやらせてくれませんか?」


 ヒュンと刀で空を斬りながら、ディオニシオさんがハッキリとした声でそう言った。鮮やかな刀捌きや表情、声を見る限り、自暴自棄になったりしている訳じゃないらしい。本当、何時の間にこんな頼もしくなったんだか。


「構いませんよ。危なくなったら止めますけど」

「ありがとうございます。その代わり、試練を乗り越えられたらお願いを一つ聞いてくれませんか?」

「出来る事なら何なりと」


 俺の答えを聞いて柔らかい笑みを浮かべたディオニシオさんは、中段の構えを取って火炎の精霊と相対する。俺は数歩下がってセナイダとアメリアさんを庇う位置に立ち、剣を背中の鞘の中に戻した。


「あれあれ? へたり込まないのは凄いと思いますけど、良いんですか? 私、こう見えても強いんですよ?」


 火炎の精霊は確かな自信を滲ませつつ、ディオニシオさんを挑発する。それに対する返答は、一瞬で前に飛び出したディオニシオさんによる刀での一閃だった。


 魔力破戒によって凝縮した灰色の魔力が、火炎の精霊の赤い魔力を打ち払う。同じ赤に見えて微かに面持ちの違う赤を、火炎の精霊は上体を仰け反らせる事で回避する。


 ディオニシオさんは即座に追撃を仕掛けようとするが、それよりも早く火炎の精霊が放ったであろう炎が辺りを埋め尽くす。少し離れた場所でも膨大な熱を持つそれに囲まれたディオニシオさんは、軽やかに地を蹴って跳んだ。


 慣性を利用して天井を駆けるディオニシオさんに向けて、何本ものプロミネンスが伸びる。天井にぶつかって爆発的に拡散するそれを紙一重で避けながら、ディオニシオさんは火炎の精霊に躍り掛かる。


 轟々と燃え盛る炎に身を焼かれながら、鋭い斬撃を何度も何度も繰り出す。神速で吹き荒れる必殺の刀身を、火炎の精霊はまるで踊るように回避する。一度、二度、三度とステップを踏む度、ヒュンヒュンと甲高い風切り音が響いた。


「クゥ……ッ!」

「熱いですか? 辛いですか? 苦しいですか? そうですよね、炎の中ですからね」


 超高温の炎に晒され続けているディオニシオさんが苦悶の声を漏らせば、火炎の精霊が至極楽しそうに笑う。炎を司るだけあって、彼女は灼熱地獄の中でも一切の苦痛を感じていないらしい。しかし人間であるディオニシオさんには、身体強化で多少耐性を上げた程度ではあの熱に耐えるのは不可能だ。


 最強の矛を同時に鎧とする炎の精霊は、なるほど、確かに言葉に違わぬ強さを持っている。凄まじい威圧感に膨大な魔力、そして圧倒的な炎の魔法と高温への耐性に裏打ちされた、主天使(ドミニオン)のアベルさんを遥かに凌ぐ実力だ。


 そんな存在に、炎に身を焼かれながら猛攻を仕掛ける気概を持つ人間がどれだけ存在するだろう。威圧を跳ね除け、魔力にも屈せず、体を焼く痛みと恐怖に耐えながら肉薄する事が出来るのは、俺はディオニシオさんと師匠しか知らない。


「まだっ、まだァッ!」


 気合の雄叫びと共に刀閃が煌き、周囲の炎を魔力ごと薙ぎ払う。炎が消えた清浄な空間の中心で、服や髪のあちこちを焦げ付かせたディオニシオさんと火炎の精霊が、最初と同じ構図で相対した。


 両者の実力の差は明白だ。近接戦闘能力は似たような物だが、遠距離攻撃によって優勢をもぎ取られ、高熱の中で体力が奪われて行く。そんな中でディオニシオさんが勝利を得るのは、最早不可能と言っても良い。普通なら。


「ハァ、ハァ……」

「大変そうですね?」


 火炎の精霊が、肩で息をするディオニシオさんを気遣うような素振りを見せる。それを一睨みで拒絶し、ディオニシオさんは刀を鞘に納めて居合の構えを取った。


 炎で熱された空気の中に、ヒリと痛みを伴うほどの冷たい感覚が混じる。ディオニシオさんの発する灰色の魔力が渦を巻き、つむじ風のように狭い通路の中を吹き荒れた。


 って待て。


「ディオニシオさん」

「止めないで下さい、チコさん」


 口を挟もうとすると、ディオニシオさんは真っ直ぐに火炎の精霊を睨み付けたまま俺の言葉を止めた。その目や構えに一切の迷いはない。


「此処で引いたら、絶対に後で後悔しますから。お願いも聞いてもらえなくなりますし」

「……ハァ」


 何時も素直なディオニシオさんが意外と頑固だった事に溜め息を吐きつつ、巻き込まれないように一歩下がる。痛みを感じる手前ギリギリの循環系魔法、今の俺に使えるかな……。


「お話は終わりですか? 準備は良いですかぁ?」

「…………」


 話を終えた所で、火炎の精霊が首を傾げながら周囲の火力を上げる。膨張した空気が風となって肌を焼き、息苦しいほどの熱が髪を焦がした。


 しかし、ディオニシオさんは動かない。魔力を周囲に滾らせたまま、居合の構えでほんの僅かな隙も逃すまいと目を見開いている。


「……ッ!!」


 目が乾いて苦しくなって来た頃になって、ディオニシオさんは一発の炎を火炎の精霊に向けて放つ。突然の放出系魔法に、火炎の精霊は一瞬戸惑う様子を見せたが、すぐにその炎を取り込んで自らの物とした。


 その一瞬の隙。火炎の精霊が意識を炎に向けたその一瞬に、ディオニシオさんの姿が()()()


「き、消えた!?」


 今まで余裕を保っていた火炎の精霊が、初めて狼狽を見せる。キョロキョロと周囲を見回し、魔力を波のように放ってディオニシオさんを探している。しかし見つけられないのか、段々と声に苛立ちが籠って来た。


「このぉ……姿を、見せろぉッ!」


 鋭い声と共に、周辺一帯が炎に呑みこまれる。一部の隙もない灼熱のヴェールが通路を埋め尽くし、その場にあった全てを焼き尽くした。姿を見せろと言う割には、殺す気満々の攻撃にしか見えない気がする。


 ――だが、その攻撃はディオニシオさんを焼くには至らない。


「ッッォォォオオオオオオッ!!」

「上!?」


 絶叫染みた雄叫びと共に、炎を突き破ったディオニシオさんが刀を一閃する。凝縮した灰色の斬撃が、冷静さを失った火炎の精霊の至近で放たれた。


 轟音と共に通路の床が爆発し、炎の代わりに石塵が周囲を満たす。火炎の精霊の姿すらも消えた視界の向こうで、何度も剣が石壁を砕く音が響いた。


 しかしその音も、数秒すれば完全に聞こえなくなった。炎や石塵も、それ以上に生まれて来る事はない。戦闘は終了したようだ。


「……セナイダ、アメリアさん。生きてます?」

「な、なんとか~」


 後ろの二人に問い掛けると、セナイダからか細い返答が返って来た。しかし、アメリアさんからの返事はない。振り向けば、顔面を蒼白にしたアメリアさんがぺたりと床に座り込んでいた。


「ディ、ディオニシオ……」


 ぽつりと呟かれた言葉が、アメリアさんの心情の全てを表している。彼女は愛弟子であり、恋人であるディオニシオさんが心配で心配で仕方がないのだろう。最後の攻撃は特攻染みた部分もあったし。


 まぁ、心配はいらなさそうだが。


「ふむ。ギリギリ及第点と言った所でしょうか?」


 未だに収まらない石塵の中から、戦闘前と全く姿の変わらない火炎の精霊が歩いて来る。その傍らには、穏やかな炎に包まれたまま運ばれるディオニシオさんの姿がある。


 ディオニシオさんの姿は中々酷い物だった。ポニーテールに結ばれていた長髪は中程から焼け焦げ、体の至る所に火傷の痕がある。骨や筋繊維にまでは影響がないようだが、循環系魔法が存在しなければ刀を握る事も出来なくなっていただろう。


「ディオニシオ!? ディオニシオ!!」

「待ちなさいな」

「ッ!? 離せ! 離して!!」


 目を見開いたアメリアさんがディオニシオさんに駆け寄り、その体を抱き起そうとする。俺がその首筋を引っ掴んで止めると、アメリアさんは普段の口調も忘れ、半狂乱になって暴れ出した。


「落ち着きなさいな。下手に動かしたら命に関わる」

「うっ……でも……」

「まずは治療です。活性を掛けておいてください」

「……はい……」


 落ち着きを取り戻したアメリアさんを開放し、火炎の精霊に向き直る。さっきから俺達のやり取りを見ていた火炎の精霊は、俺と目を合わせるとニッコリとした笑みを浮かべた。


「及第点……という事は、火炎の精霊の試練は合格と見ても良いですかね?」

「はい。『私に治療が必要なほどの攻撃を食らわせる』試練は合格ですよ」


 そう言うと、火炎の精霊は己の腕を掲げて見せる。そこには、ディオニシオさんの一撃で付けられたであろう傷が残っていた。


「まさか私にも察知出来ない攻撃を仕掛けて来るなんて……ちょっと予想外でしたねー」

「確かに、俺にも少し予想外でしたよ」


 俺が寝てる間に随分と成長していたんだな、ディオニシオさん。ちょっとだけ見直したよ。

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