炎を越えた先へ
ゆるして
火炎の精霊の試練を乗り越えたディオニシオさんだが、体の方はボロボロを超えてグチャグチャだった。全身の筋肉がミキサーに掛けられたかのように壊れていて、骨も大分折れている。内臓も酷くやられているようで、口の端からはダラダラと血が流れていた。
とはいえ、この世界には活性という素晴らしい回復方法がある。自己治癒力を劇的に高め、ありとあらゆる怪我を癒してくれる最高の循環系魔法だ。使用方法を誤ると悲惨な事になるが。
その活性を通常の人がギリギリ耐えられるくらいに濃度を高め、ディオニシオさんに付加する。以前と違うのは、再生に伴う細胞崩壊を起こしている事だ。痛みを感じない治療だと、遅すぎて体が治りきらない可能性があるからな。
その代償としてかなりの痛みが襲って来る訳だが、ちゃんと人が耐えられる範囲に治めているので問題無い。どの道気絶してるから、痛みは感じないだろう。
「……ぁぁぁぁぁああああああっ!!」
「あ、起きた」
と思っていたが、流石に全身に刀をブスブス刺され続けるような痛みの中では寝ていられなかったらしいディオニシオさんは悲鳴を上げながら目を覚まし、発狂寸前の痛みに体を跳ねさせた。
当然ながら治療の邪魔になるので、容赦なく抑え付ける。ディオニシオさん、結構力あるな。刀士だから当たり前っちゃ当たり前か。
「ち、チコ殿……!」
「どうせ治療を止めても痛いのは同じですよ」
「そ、そうでありますか……」
複雑そうな目でディオニシオさんを眺めるアメリアさんを制し、治療を続ける。実際、細胞崩壊の一時的な強い痛みか、筋肉痛の長期的な痛みと行動不能のダブルパンチとの選択式だから、治療を続けた方が良い。ディオニシオさんの性格的にも。
「うわ……初めて見ましたけど、相当エグイですねー……」
「チコさん、優しいけどこういう時は容赦ないですから~……」
火炎の精霊とセナイダが何か言ってるけど、気にしない事にしよう。
その間にもディオニシオさんの体は修復され、火傷痕が綺麗な肌へと戻って行く。抑えている手からは、千切れていた筋肉が肥大収縮を繰り返し、増大しているのが伝わって来る。これをもっと強くして続ければ、立派な化物が出来上がる筈だ。やらないけど。
そんな訳で、半濃縮活性を付加し続ける事一時間。ディオニシオさんは無事に健康な体へと復帰し、普通に行動が出来るようになった。代わりに若干悄然としているように見えるのはご愛嬌だ。試練を突破した事を伝えると、幾分か元気になったが。
「あ、ありがとうございます、チコさん……」
「いえいえ。それよりも、体に違和感とかありませんか?」
「大丈夫です。それどころか、寧ろ普段よりも機敏に動く気がします」
「あー……」
人間は電気信号で脳からの指令を伝達しているが、その速さには限界がある。具体的には、目の前の事象を認識してから行動に起こすまでに零コンマ二秒程度掛かる。鍛えればもう少し速く出来るが、それでも大幅な短縮は出来ない。
だが、活性の濃縮付加をして細胞を変質させると、その反応速度が上昇する事がある。伝導性が上がったのか、脳が変質するのかは分からないが、とりあえず速くなる。ディオニシオさんもそうなったようだ。
「……うん、まぁ悪い事じゃないと思うよ」
「そうですか?」
そう言ってクルクルと腕を回すディオニシオさんの髪の毛は、以前のポニーテールではなくボブカットになっている。焼け焦げた髪の毛のままでいるのは流石に……と、セナイダがカットしたのだ。宿屋の娘として俺を含めた客の頭をカットしていた腕は流石の一言で、ディオニシオさんの可愛らしさをグッと引き上げている。
これにはアメリアさんを含めた女性陣もご満悦のようで、さっきからニコニコとした笑みを浮かべてディオニシオさんを眺めている。さりげなく火炎の精霊も混ざっているが、まぁ気にしたら負けとかそんな感じなんだろうな。
さて、火炎の精霊の試練も突破して治療も終了。ディオニシオさんは活性のお蔭で身体的疲労もなく、他の面々は十分に休息を取れた。精神的な癒しも、ディオニシオさんの髪型で得られた。また約束を破って濃縮付加を使った事はこれでチャラにしてやる。
「あの……チコさん……そのぅ……」
「ん? 何ですか?」
痛みに暴れるディオニシオさんを押さえつけた時に倒れた荷物とかを片付けていると、もじもじと手を擦り合わせながらディオニシオさんが話し掛けて来る。まるで告白直前の乙女みたいだぁ。
「わ、笑わないで下さい!」
「いや、すみませんすみません。お願いの事ですよね?」
顔を真っ赤にしているディオニシオさんに平謝りしつつ、要件を確認する。何処か納得していないような雰囲気を滲ませたディオニシオさんは、軽く息を乱しながらもこくりと頷いた。
「内容はまだまだ酷い物でしたけど……何とか、突破しました。 お願い、聞いてくれませんか?」
こうして自分から確認をするという事は、ディオニシオさん自身がこの戦いで何かを掴む事が出来たのだろう。でなければ、チラチラと俺の様子を窺って話を切り出されるのを待つ筈だろうし。
それはそうとして、ディオニシオさんが試練を突破したのは確かな事実だ。実力差は圧倒的だったにも拘わらず、意表を突いた放出系魔法と濃縮付加を活用した超高速移動、そして最後の怒涛の攻撃で火炎の精霊の腕に傷を付けて見せた。プレッシャーにも臆す事なく、寧ろやる気を見せて果敢に挑んで行った。
ま、普通に考えて合格だな。
「構いませんよ。さ、何を叶えて欲しいんです?」
ぱぁと表情を明るくするディオニシオさん。可愛い。
「そ、それなら……! あの、ですね……!」
「はい」
「こ、これからは敬語じゃなくて、タメ口で話してくれませんかっ!?」
…………。
「分かった。ディオニシオも俺の事は呼び捨てで良いよ」
「――! ありがとうございます!!」
可愛すぎるだろ乙女か!!
背を向けて噴き出しそうになるのを堪えつつ、ディオニシオさん――ディオニシオに了承の意を伝える。っていうかそんなの言ってくれれば叶えてたのに。やっぱり可愛すぎる。
これ以上ディオニシオさんと話していると可愛すぎて愛でたくなりそうだから、出発の準備をして気を紛らわす。たった数分で終わる程度の準備だったが、気分を落ち着けるには十分な物だった。
「という訳で、先に進みましょうか」
「あ、じゃあ私が案内しますねー」
準備を整えて宣言すると、セナイダと談笑していた火炎の精霊が手を挙げた。なるほど、確かにこの迷宮の中から現れた彼女なら、この先どう進めば良いかも分かっているだろう。主人は神だろうから、裏切りもしないだろうし。
「それならお願いします。ついでに結界張ってくれません?」
「それは自分達でやって下さいー」
やっぱダメか。
「でも安心してください。もうすぐで通路を抜けて、結界を張らなくても良くなりますからー」
「本当ですか~!?」
火炎の精霊の発言に、セナイダが目を輝かせて飛び付いた。長時間、しかも戦闘が勃発した状態で結界を維持するのは、エルからの手解きを受けているセナイダでも流石に堪えたらしい。火炎の精霊が頷くのを見て、心底嬉しそうな表情を浮かべている。
まぁ、今までセナイダに負担を掛けていたのは主に火炎の精霊なんだけどな。炎の熱的な意味で。
「ディオニシオ、何故火炎の精霊に立ち向かえたのでありますか?」
「チコさ……チコの殺気の方が数倍怖いですから」
解せぬ……いや、誉められてるのかな?
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そんなこんなで歩く事十分程度。鬱屈とした通路と魔力の流れは姿を消し、俺達の前には中々幻想的な光景が広がっていた。
「凄い……」
「はぇ~……」
声を漏らすのは、ディオニシオとセナイダの可愛い組だ。二人ともぽかんと口を開けて上方を仰ぎ、目を丸くしている。アメリアさんも似たような物で、目を大きく見開いて驚愕を顕にしている
その翠、栗、金の目に映っているのは、青白い光に照らされた巨大な滝だ。巨大なドーム状の空間の天辺から流れ落ちる大量の水は、空間の至る場所で輝いている星のような光を反射し、キラキラと輝いていた。
所々に光が当たらず暗くなっている部分があるが、寧ろそれが白い輝きを引き立てて光の芸術としての完成度を高めている。正に計算し尽くされた美しさ、と言った所だろうか。
「あ、あの光は私が作ったんですよー」
「どんな原理で光ってるんです?」
「あそこだけ温度上げて圧力高めてるだけですー」
それ核融合じゃね?
「フッ……その様子だと、火炎の試練は無事に終えたようだな」
火炎の精霊が割と凄い事に驚いていると、空間の中央にある滝壺の方から澄んだ声が聞こえて来た。気配が全く存在しない所を見ると、恐らくは火炎の精霊の同類だろう。そしてこの空間に満ちている物を考えれば、その正体も容易に察する事が出来る。
「あ、流水のー。連れて来ましたよー」
「うむ、ご苦労だったな、火炎の。怪我は大丈夫か?」
「一日すれば治ると思いますー」
青銀の髪を揺らしながら滝壺の中から現れた騎士然とした美女と、火炎の精霊が親しげに会話を交わす。火炎の精霊が怪我をしている前提の質問をしたのは、試練の事を事前に知っていたからだろう。彼女も試練を課す者だろうし、知っていて当たり前だ。
それはセナイダ達も察しているようで、三人とも緊張した面持ちで二人のやり取りを見守っている。若干警戒が過剰なように思えるが、思えばディオニシオがボロクソになるほどの試練を課して来ているんだから、強く警戒するのも当たり前か。
「ほらほら、流水のー。四人が退屈してますよー」
「む、いかんな」
ちらりと此方を見た火炎の精霊がそう言うと、騎士然とした美女は俺達の前に歩み寄って来る。それに対して三人が更に警戒を強めたが、彼女は気にした様子もなく微笑んで口を開いた。
「始めまして、だな。私は流水の精霊。そこの火炎の精霊の輩だ」
騎士然とした美女――流水の精霊が名乗った瞬間、ドウという轟音と共に滝の水量が爆発的に増加する。跳ね散る水飛沫が中の光源によって照らされ、まるで一種のエフェクトのように流水の精霊の背後を彩った。
「……フッ」
騎士のような衣装の裾を風圧に靡かせながら、流水の精霊が「決まった……」とばかりに鼻を鳴らす。その姿は、まるで痛々しい俺の中学生時代……いや、何でもない。とりあえず格好良い。
「わ~……」
「何と言うか……」
「あの……」
警戒していた三人も似たような事を思ったのか、険しかった表情が何とも言えない物に変化している。流水の精霊の思惑がどうであれ、場の空気を緩める事には成功したようだ。火炎の精霊の拍手以外では目立った反応が無いが。
「……さて、早速だが試練を始めようか」
滝の水量が元に戻った所で、流水の精霊が何事も無かったかのように試練の開始を宣言する。三人の緩んでいた緊張が一気に高まり、二本の刀と高濃度の魔力の矛先が流水の精霊に向けられた。
まだ若いとは言え、達人である三人の実力はかなりの物。プレッシャーも相当な物だろうが、流水の精霊は柳に風とそれを受け流して滝壺へと体を向ける。そして緩やかに手を伸ばすと、人差し指をクイクイと動かして水を喚んだ。
「えっ!?」
セナイダが驚愕の声を漏らすと同時に、滝を流れ落ちていた水の全てが流水の精霊の手元へと集まる。キロトンほどは流れていたであろう水はビー玉程度の大きさに圧縮され、流水の精霊の掌の上でクルクルと回り始めた。
放出系魔法がメジャーなこの世界では物理法則を無視した現象が度々起きているが、この現象はその中でも格別だ。どれだけの魔力を使えば、液体の状態を保ったまま水を圧縮する事が出来るのだろうか。普通は巨大な高温の氷になると思うんですが。
「驚いたか? フッ。気にするな、この程度、我らにとっては容易い事だ」
自慢げな笑みを浮かべつつ、流水の精霊はビー玉大の水玉を俺達との中間点に浮かべる。相変わらずクルクルと回っているそれが蓄えているエネルギーは、知覚する事も許さずに俺達を消し飛ばす事が出来る程度にはあるだろう。
ただの水にしか見えないそれが特大級の爆弾である事を三人は理解しているのだろう、さっきから伝わって来る緊張が凄まじい事になっている。放出系魔法を通して水を圧縮する事の難しさを知っているセナイダに至っては、表情を歪めて泣きそうになっていた。
「今回の試練は簡単だ。この水玉を、何らかの方法で破壊或いは封印すれば良い。何、簡単な事だろう? 何せ、これはただの水だからな」
何でもない事のように言ってのけた流水の精霊は、再び鼻を鳴らしてニヤリと粘つくような笑みを浮かべた。




