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Monochrome―化物剣聖と始原の熾天使―  作者: 勝成芳樹
第四章―二人の居場所―
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目覚め

 目を覚ますと、懐かしい木製の天井が広がっていた。


「あれ……帰って来てるのか……」


 体を起こすと、マール王国に出発した時と殆ど変っていないエルの部屋が広がっていた。買い物にでも行っているのか、家主であるエルの姿はない。外の喧騒も聞こえず、家の中は虚しいほどに静まり返っている。


 自分の体を見ると、バッグの中に入っていた筈の寝間着が着せられていた。その下の体には各所に包帯が巻かれており、痛々しい外見になっている。それらは全て清潔さを保っていて、寝間着に至っては洗濯された痕まであった。


「…………」


 いや、早計だ。うん。


 雑念を頭から振り払い、魔力を体に循環させて調子を確かめる。特に滞ったり暴れたりする様子も無く、体に違和感を感じる事もない。これなら循環系魔法を濃縮付加しても大丈夫だろう。


 それにしても、俺は一体何日間眠っていたんだろうか。濃縮付加を再び使えるようになるまで回復したという事は、相当長期間体を休ませていた事になるのだが……。


 俺が首を傾げた直後、玄関の外辺りで魔力が流れ、家の扉が開けられる音がした。どうやら家主様が転移魔法を使って帰って来たらしい。


「ふぅ……ただ今戻りました」

「おー、お帰りー」

「はーい……え?」


 部屋に戻って来たエルを迎えると、彼女は極自然に返答した後に鳩が豆鉄砲を食らったような表情で固まった。無表情が常のエルがこういう表情をするのは珍しい。起きて早々良い物が見れた。


「……えっ!? チコ!?」

「喜べ、愛しのチコさんが目覚めたぞ……っと」

「あ、危ないですよ」


 目を見開いて驚くエルを見て癒されながら立ち上がろうとすると、長期間寝ていた反動なのか足元がふらつく。すぐにエルが肩を貸してくれた為、何とか床に頭を打ち付ける事態は回避出来た。


 しかし平衡感覚がおかしくなるほど体が鈍っているとなると、元の調子を取り戻すには少し時間が掛かるかもしれない。筋力や体力は衰える事は無いが、体を制御する感覚がおかしくなっていそうだ。


「すまん、助かった」

「起きたばかりなのに無茶しないで下さい。たっぷり二か月間は寝ていたんですから、大分鈍っているでしょう?」

「やっぱり昏睡期間は更新していたんだな……」


 夏の終わりに近いあの日から二か月経っているとなると、今はもう秋が深まった時期になっているのか。通りでやけに空気が冷たく感じる筈だ。


 ……学園、退学にならなきゃいいけど……。


 予想が的中した事に嘆息しつつ、エルの助けを得て椅子に座る。たったそれだけの動作なのに、体中の力が吸われたような錯覚を覚えた。基礎感覚が衰え、体を上手く扱えなくなっている証拠だ。


 今の状態で剣を振れば、瞬く間にバランスを崩して転倒するだろう。暫くは普通に日常生活が送れるようになる事を目標として、リハビリに励む事にしよう。


「どうぞ」

「ん、ありがと」


 今後の方針を明確にした所で、エルがほかほかと湯気を立てるカップを俺の前に置いた。中は少し黄色掛かった乳白色の液体で満たされており、どこか甘い匂いを漂わせている。


 その正体は、ちょっとお高い(小瓶一本大銀貨六枚)高級ミルク。石壁程度なら粉砕するDランク魔獣であるアサルトバッファロー(突撃水牛)を無理矢理拘束し、ただでさえ出難い乳を無理矢理絞って集めた物だ。


 通称アサルトミルクと呼ばれるこの高級品の採取難易度は、突撃水牛が勝手に暴れ死ぬ所為で、俺でも偶にしか成功しない程度には高い。しかしその分味は絶品で、一口飲めば天にも昇るまろやかな甘みが津波のように押し寄せてくる。


 そんな超高級品がホットミルクになったとしたら……最早語る必要もあるまい。数割増しになった甘みの暴力で、昇天してしまう事間違い無し! それが俺の目の前にある!


「……ん、うまい」

「安心する味ですよねぇ、これ」


 まぁ常飲してるんですけどね、俺ら。


 ほっとする味にほっこりした所で、俺は表情を引き締める。俺が倒れた後に何があったのか、この二か月で何かあったかを聞かなければならない。エルも俺の表情を見て、ミルクの入ったカップを置いた。


「それで、あの後どうなった?」

「そうですね……フェルナンと名乗っていた敵は私が撃退しました。ただ、殺す事は出来ませんでしたね」


 そこまで言って、エルは一度口を閉ざした。殺す事が出来なかった理由を言わないという事は、フェルナンが『再生』の権能持ちである事は知っているのだろう。俺に気を使って、それを言葉にしていないだけだ。


 エルは絶望の権能の事を知っている為、フェルナンを殺すには俺の力が必要である事も理解している筈だ。しかし権能は俺の体に大きな負荷を掛ける為、こっそりと俺に頼らずフェルナンを倒す方法でも模索するつもりなのかもしれない。ちょっと嬉しい。


「そうか。その後は?」

「その後はオリヴィアの回復を待ってから戦後処理に移りました。死者数は相当な物でしたが、各国は異世界から侵略されたという事実を喧伝して目を逸らさせるようです」


 大人の世界だねー。子供の僕にはサッパリ分かりませんねー。


「今は世界中で対異世界の気運が高まっています。冒険者ギルドも対策を進めていますし、近々超国家レベルでの防衛体制が整うでしょう」

「へぇ、盟主はやっぱりオリヴィアさん?」

「えぇ。帝国が中心となって、四大国で同盟を結成する、なんて動きも出てますよ。主も防衛時に天使を派遣すると言っていましたし、今後は大規模な侵攻にも耐えられるかと」


 オリヴィアさんの話になると、エルは微かな笑みを浮かべた。マール王国では意見の違いから対立していた二人だが、なんだかんだ言って仲は良い。オリヴィアさんがいなければたった二か月で超国家体制を整えるなんて出来なかっただろうし、やはりあの時に助けられて良かった。


「……何笑ってるんです?」

「いや、別に」


 表情が元に戻ったエルから目を逸らしながら、今後の方針について考えを巡らせる。先日の侵攻を見る限り、この二か月で構築された防衛体制があれば、俺やエルがいなければ防衛出来ないという事態は起こらないだろう。リハビリを終えた後も暫くは猶予があると見て良い。


 その時間は絶望の権能の完全なる掌握に使いたい所だが、問題はその手立てがサッパリ分からないという事だ。剣のように、何度も何度も打ちのめされるという手は使えない。エルシエラさんも、こればかりは手を探すしかないと言っていた。


 しかし、絶望の権能について知っている者は殆どいない。少なくとも、人間の中には存在していないだろう。寧ろ神話時代の事を知っている人間がいたら引く。


 天使に聞くにしても、絶望の権能は調和の精霊が生み出した物であって、天使の管轄ではない。エルもリディアさんも知らなかったし、これも望み薄だ。


 他に知っていそうな者となると、魔獣の類か。竜種は人語を介するほどの知能を持つ種類もいるし、期待は出来るかもしれない。だが、プライドの高い竜から平和的に聞き出せるかと聞かれると自信は無い。ついでに竜が死ぬまでに屈するとも言えない。


 絶望の権能――神話時代の出来事やその後の事を知っていて、精霊の事にも詳しく、聞けばちゃんと答えてくれそうな存在……そんな奴、本当にいるのかいな。


「チコ? どうしました?」

「ん? あぁ、どうしたら権能を上手く抑え込めるかなと」

「あぁ……その事ですが、提案があります」


 その言葉に顔を向けると、エルは何処かから取り出した地図を机の上に広げた。かなり精巧に海岸線が描かれている、四大国周辺を写した国家機密物の地図だ。何で持ってるのかは……天使だしって事にしておこう。


 さて、その地図の上方、つまり北に位置しているのが奴隷兵が売りのインバジオ帝国。右の東を占めているのは海洋資源が豊富なマール王国。左の西を覆うのは豊かな山林を抱くボスケー王国。南の最も広大な土地を領有するのが大農作地帯を持つグランテーサ王国だ。


 そして、その四大国全てに跨って存在している大山脈。山頂の平均標高は六千を数え、最も高い山で八千を超える異世界のぶっといヒマラヤ山脈。竜の背のように見える事から竜の山脈と呼ばれるそれの中央を、エルは指さした。


「此処に行きましょう」

「……そこで何をするんだ?」

「今は教えられません」


 俺の真顔での問いに、エルもまた真顔という名の無表情で答えた。


「オッケイ了解。何時頃までに着けば良い?」

「……え? 疑わないんです?」

「え? 疑う必要があるの?」


 きょとんとした顔で質問して来るエルに対し、俺もまた質問で返す。首を傾げたエルは、表情をきょとんからぎもんに変えて困惑した声を出した。


「寧ろ今の説明で何か疾しい事が無いか疑わない方がおかしいと思うのですが」

「自分で教えられないって言ったんじゃないか」

「それはそうですけど……」


 それでも理解出来ないといった表情をするエル。俺はそれをフッと鼻で笑うと、むっとするエルに疑わない理由を説明した。


 竜の山脈は凶暴な魔獣達が標高を問わず犇めき合い、例えSSランク冒険者が複数で組んでも一切の油断が許されない死の土地だ。故に山麓までは描かれているものの、それ以上は地上から見える山の名前と大体の山頂の位置しか描かれていない。つまり、中央付近は空白なのだ。


 しかし、エルは天使。空を飛ぶ事も出来るし、並みの魔獣など鎧袖一触で蹴散らす事が出来る。更に言えば寿命も果てを知るほど長く、既に万だか億だかの時を越して来た。つまり竜の山脈の中央部に何かがある事は明白なのである。


 それに、エルを信用しないという道は無い。例え心は神に向けられていても、出会ってから常に寄り添ってくれていたし、相互に深い信頼関係は築けていると思う。それでなくても、対異世界決戦兵器とも言える俺からの信用を失う事などしない筈だ。


 今までに築いた関係と、合理的な目線。どちらから見ても、エルの事を疑う余地は無い。


「以上」

「…………」


 エルは頭を抱えて崩れ落ちた。俺の信頼が背中に圧し掛かって潰れたらしい。フフフ、その重みは何キロあるんだろうね。


「……まぁチコが行ってくれるなら良しとします」

「おう。それで、何時頃に行けば良い?」

「今から三つ目の満月の日に、私抜きで」


 ぷるぷると震えながら体を起こすエルに問うと、実にファンタジックな答えが返って来た。この世界の月の満ち欠けは約一ヶ月周期の為、三つ目の満月という事は大体三ヶ月後――つまりは真冬だ。


 今は秋、という事は暫くすれば冬が来る。それは自然の摂理であり、星が傾いている限り延年と変わる事が無い事実だ。そしてその冬は、生物にとって最も過酷で厳しく、生存に適さない時期でもある。


 動物達が餌のない冬は冬眠して春を待つように、寒さは生物の動きや思考を鈍らせる。それは化物である俺でも同じ事であり、凍えるような寒さの中で活動し続ける事は出来ないし、したくない。あったかい家の中でぬくぬくしている方が断然良い。


 竜の山脈の山頂平均標高は六千。気温は百メートル毎に零点六度下がると言うから、その辺りの気温は此処より三十六度程度低い事になる。そんな中へ真冬に突っ込めばどうなるか。死ぬ。あとエルがいないの寂しい。


 その事を懇切丁寧に、何度も何度も繰り返して説明したのだが、エルは頑として首を振らなかった。真冬にエル無しであの死の山脈を突破し、道も地形も魔獣の種類すらも知れぬ中央部へと到達しなければならないらしい。


「大怪我をしたばかりのチコにこんな事を頼むのは酷だと分かっています。ですが、どうしても行ってもらわなければならないのです」


 無表情のまま頭を下げるエルを少し睨みながら黙考する。三つ目の満月の日を指定したという事は、その日のその場所に何かがあるという事だ。何せこの世界はファンタジー、特定の満月の日にしか行えない儀式があっても全く不思議ではない。


 大山脈雪中行軍は割とマジで嫌だが、ルートを選べば死ぬような危険はグッと減る。同道は駄目でも流石に道は教えてくれるだろうし、他に命知らずの魔法師を雇えれば寒さも軽減出来る。うん、何とかなる気がしてきた。


「……分かった分かった、行くから」

「本当ですかぶっ!?」

「ほんとーほんとー」


 無表情のまま目を輝かせて身を乗り出して来るエルの顔面を押さえ、何度も首を縦に振る。どんだけ興奮してんだコイツ。


「ありがとうございます、チコ。これで――あ、ちょっと待って下さい」


 鼻の先端を赤くしながらほっと息を吐いたエルは、そのまま椅子の背もたれに寄り掛かって目を閉じた。魔闘大会の時のように、神と交信しているらしい。これだけ書くと何だか痛い方の電波みたいだな。


「えっ!?」


 そんな事を考えていると、エルが突然声を上げて予備動作無しで椅子から跳ね上がった。カエルかよ。


「でもそれは……いやでも……まだ若いですし……えぇぇぇっ!?」


 そのまま交信を続けるエルは、最早集中するのも忘れて声を出している。一体どんな無茶ぶりをされているというんだ。まだ若いですしという事は、若い天使の派遣の事でも相談されているのか。


「いやだからですね……えぇぇぇ……そんな……はい、はい、分かりました……はい、失礼します」


 最後は最早哀愁漂う板挟み中堅叉羅痢胃漫と化したエルは椅子に座り込むと、力無く机に突っ伏する。そして顔だけを俺に向けると、疲れ切った表情で言った。


「チコ……ディオニシオさんとアメリアさん、あとセナイダちゃんも同行させて下さい」

「ハァァァァッ!!??」


 俺は思わず立ち上がって叫ぶと、その場にバッタリと倒れ込んだ。

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