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Monochrome―化物剣聖と始原の熾天使―  作者: 勝成芳樹
第三章―二人の異変―
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内なる世界にて

あらすじ

神 降 臨

「我は調和の精霊。熾天使エルネスタと同じ時に創られし原初の精霊エルシエラ……の残滓だ」


 黒い少女の名乗りに、俺は自然と納得した。此処が俺の精神世界であるとするならば、使い過ぎた破壊の精霊の権能――もとい封印された破壊の精霊自身が同居しているのは自然だからだ。


 恐らく、絶望の権能が知らず知らずの内に精神に侵食し、支配領域を広げて行ったのだろう。このエルシエラと名乗った精霊の残滓は、侵食する時に一緒に紛れ込んだとか、そんな辺りだろうか。


「ふふん、驚いただろう。今日まで自我を保っていた我を誉めても良いのだぞ?」

「エルもたまにそういう事やるけど、ツッコミ待ちなの?」

「……分かっているなら黙ってツッコミを入れてくれても良いのではないか?」


 腕を組んで恨めしそうに俺を睨むエルシエラさんを軽く受け流す。下手にツッコミを入れると後が大変なんだよ。


「……まぁ良い。兎も角、何故我がお前の精神の中に居るかは分かっているようだな」

「えぇ」

「なら話は早い。お前とエルネスタの今後の為に、ひとつ助言をくれてやろう。循環系魔法に関する事を、な」


 腕を解いて真面目な表情になったエルシエラさんに、俺も姿勢を正す。破壊の精霊でもあるエルシエラさんは、俺以上に循環系魔法に詳しい筈だ。体の異変を感じている今、真面目に聞く以外の選択肢は無い。


 俺が真面目になったのを見たエルシエラさんは、満足そうに頷いてから手を軽く振った。直後にエルシエラさんの横に俺と瓜二つの体が出現し、真ん中からパックリと割れた。自分が割れるのを目撃するとかどんな経験だ。


「これはお前の体を再現して投影した物だ。今は特に異常もなく、健康なようだ。表面上はな」

「表面上、という事は、実はボロクソって事ですか?」


 俺の問いに首を縦に振ったエルシエラさんが再び手を振ると、俺の体が白いシルエットへと変わる。そして頭部に黒い染みのような物が現れたかと思うと、瞬く間に体の半分が染みに覆い尽くされた。


「これは権能の侵食度合いだな。高くなれば高くなるほど基礎的な身体能力が上昇するが、此処まで侵食されると体が耐え切れずに傷付き、突然喀血したり吐血したり血便を出したり倒れたりする」

「ふむ」

「これ以上侵食が進むと体が変態を始め、人ではなくなって死ぬ。良かったな、ギリギリで気付けて」


 心当たりがあり過ぎる説明を聞きながら、血を吐いた時の事を思い出す。マール王国で吐いた時は本当に突発的で、数瞬前まで体に異変があるとは思っていなかった。ギリギリまで気付けないとは、相当に厄介な致死毒だ。


 それにしても、俺の化物染みた力の源は権能の侵食なのか。他にも過剰なアンチエイジング作用や身体改造効果に循環系魔法がある事を考えると、破壊の精霊の権能による恩恵はかなり大きいと感じる。代わりにめっちゃ痛い目に遭うけども。


「恩恵というよりは呪いだと思うのだがな……まぁ良い。此処まで来ればお前も何が問題なのかは分かっているだろう」


 深い溜め息を吐いたエルシエラさんは、その端正な顔を俺の正面へグッと寄せた。エルにそっくりな顔に心臓がビクリと跳ねるが、それ以上の鬼気迫る雰囲気に気圧される。


 そして彼女は俺の耳元に口を近付け、低い声で囁いた。


「良いか? お前の体は既に限界に近い。暫く時間を置いて侵食されている体を休めなければ、濃縮付加を使うだけで動けなくなるだろう」






---






「だから休め、と我は言った気がするのだがな」

「ごめんなさい」


 再び自らの精神世界を訪れた俺は、あの黒い霧の中でエルシエラさんに説教されていた。今回に関しては敵の狙いに気付けなかった俺が全面的に悪い為、素直にエルシエラさんに頭を踏まれながら謝っている。


「全く……運よく侵食が進まなかったから無事だったが、下手すればあの場で死んでいてもおかしくなかったのだぞ? そうなれば、周りの者も皆死んでいたのだぞ?」

「えっ」

「何だ、理解していなかったか」


 呆れたように溜め息を吐いたエルシエラさんが腕を振ると、再び俺の体を模した白いシルエットが投影される。そして侵食度合いを示す黒い染みが現れたかと思うと、瞬く間に前進を埋め尽くした。同時に目の部分が赤く輝き、何やら禍々しさを感じる姿になる。


「これが何か分かるか?」

「いえ……完全に権能に侵食された後の俺だという事は分かりますけど」

「半分正解だ」

「半分?」


 俺が意図の読めない答えに眉を潜めていると、エルシエラさんは厳しい表情で言い継いだ。


「これは破壊の精霊によって精神を破壊され、乗っ取られたお前だ」

「ッ!?」


 告げられたその事実に、俺は目を見開いて驚愕すると共に先の言葉の意味を理解した。それはつまり、権能の浸食が進めば俺の精神が破壊の精霊のそれに成り代わる――破壊の精霊が復活するという事だ。


 もしもあの状況でそれが為されていれば、例えエルとリディアさんがいても甚大どころではない被害が出ていた。俺の持つ力は超常的で、破壊の精霊が乗っ取った場合は更に上昇するのだから手も付けられないだろう。


「……理解したか?」

「……えぇ、バッチリ」

「なら良い。それにどの道、お前はこれを克服しなければならん」

「その心は?」


 俺が問うと、エルシエラさんは黙って腕を振った。黒く染まった異形のシルエットが姿を消し、代わりにフェルナンの姿が浮かび上がる。そしてその姿が醜く歪んだかと思うと、あの悪魔兄弟を更に凶悪にした姿へと変貌した。


 恐らくは、この姿がフェルナンの本当の姿なのだろう。あの悪魔兄弟は、フェルナンの部下か眷属かその辺りか。そうだとすると、今回の侵攻はフェルナンが手引きしていた事になる。


 ……フェルナンが敵だという事には気付けたが、エルはちゃんと始末出来たのだろうか。


「あぁ、エルネスタでは此奴を殺す事は出来んぞ」


 しかしその思考を読んだのか、エルシエラさんが先手を打って来た。


 っていうかそれ本当なのか? 一応エルはこの世界で一、二を争う最強の天使だったと思うのだが、そのエルが殺せないとなると希望が無いぞ。


「こいつそんなに強いんですか?」

「いや、直接的な力量はそこまで高くない。勝負に勝つだけなら熾天使リディアでも簡単に勝てる。だが、殺す事は出来ないのだ」

「んん?」


 つまり、フェルナンは不死とかそういう奴なのだろうか? ファンタジー定番の存在だが、実際に相手にすると考えると厄介どころではなさそうだ。無制限ゾンビアタックは勘弁願いたい。


「また半分だけ正解だな。此奴は不死ではないが『再生』という権能を持っている。故に幾ら滅しても、再び体を構成して甦って来る。実質的な不死、という奴だ」


 エルシエラさんの説明に合わせて、フェルナンの体が分解された後に再び構成される。この説明が事実であれば、どんなに火力を注ぎ込んでもフェルナンは殺せないという事になる。


「……そんなのが攻め込んで来てたんですか」


 俺の言葉に、エルシエラさんは静かに頷いた。熾天使には及ばないが、あれほどの強さを持ち且つ実質的な不死性を持つとなると、人間には太刀打ち出来ない。下手をすれば、数十万の軍勢がフェルナン一人に殲滅される可能性もある。それを防ぐには、誰かが常に監視して滅し続けるしかない。


 だが、それは現実的ではないだろう。最後に感じたフェルナンの強さは熾天使に次ぐほどだった。それほどの戦力を常に封じられるのはあまり良くないし、万が一に突破された場合は手に負えない自体になる可能性が高い。


「今回は正解だ。あの大群ですらも、奴らにとってはただの前座に過ぎん。天使達を遊ばせている余裕などありはしないだろう」

「だからフェルナンは殺さなければならない。しかし殺す手段がない、と」

「今の状態ではその通りだ……だが、お前なら殺せる可能性がある」


 ……なるほど。確かに俺になら、権能によって不死性を獲得しているフェルナンを殺せる可能性がある。


「「『絶望』の権能」」


 そう、身体や精神、果ては権能にまで侵食して干渉して見せた絶望の権能であれば、フェルナンの『再生』を封じて殺す事も出来る筈だ。あの時、悪魔兄弟の権能に干渉して勝利したように。


 俺の思考に、エルシエラさんは深く頷いた。


「だが、悪魔二体程度の権能なら兎も角、此奴の権能に対抗するには現在の状態では厳しい。精々、再生速度を遅らせるのが関の山だろう」

「それは濃縮が足りないから、ですか?」

「うむ」


 循環系魔法は、破壊の精霊の各権能を薄めた物だ。苦痛の権能は身体強化、怨嗟の権能は活性、嫉妬の権能は魔力破戒。そう考えると、悪魔兄弟に干渉した時に使った絶望の権能は循環系魔法の一種であり、当然ながら濃縮する事が出来る筈だ。


 そして循環系魔法を濃縮した場合、純粋に効果が高くなる事は実証済み。魔力破戒に関しては若干ズレている気もするが、空間への干渉という点では変わっていない。絶望の権能も、濃縮すれば効果が高くなるだろう。効果が高くなれば、現状では侵食し切れないという再生の権能も侵食する事が出来る筈だ。


「ですけどそれ、俺の侵食が進みませんか?」

「だから言ったであろう、克服する必要があると」


 脳内に浮かんだ疑問を口にすると、エルシエラさんは絶対零度の視線で俺を睨み付けて来た。一瞬体が強張りそうになるが、何とかそれを覆い隠して頭を回転させる。


 俺はさっきの言葉の意味を『侵食が進まないように抑える』と捉えていた。しかしそれは違うらしい。となると、前提条件から変更して別の視点から克服の意味を考える必要がある。


 恐らく、絶望の権能の濃縮付加を行う場合に侵食が進む事は規定事項だろう。元より体を侵食していた原因がこの権能なのだから、ほぼ間違いは無いと思う。そうなると、俺の侵食はどんどん進み、やがて精神が破壊されて乗っ取られる――


 ――精神が破壊されなかったら、俺は権能を自由に扱えるのか?


「気付いたようだな。その通りだ」


 ハッと顔を上げると、口角を吊り上げて凶悪な笑みを浮かべるエルシエラさんの顔があった。どうやら大真面目にこの案を実行させようとしているらしい。


「この世界を救わんと欲するならば、お前は破壊の精霊に打ち勝たねばならん。破壊の精霊に打ち勝ち、その全ての権能を手中に収めて敵の『権能持ち』を排除しなければ未来は無い」


 毅然とした表情でそう言ったエルシエラさんは、頭上へ掲げた平手をグッと握り締めた。その姿はまるで一国の王のような威厳を感じさせると同時に、何処か寂しげな色も湛えていて――


 ふと思った。エルシエラさんは調和の精霊であり、今は破壊の精霊の中にほんの少しだけ残った意識として存在している。そんな状態で、俺が破壊の精霊に呑まれたり、或いは破壊の精霊を抑え込んで権能を掌握したらどうなるのだろうか、と。


 破壊の精霊を内に飼っている俺には、残滓である彼女が再び表に返り咲く事は不可能だと分かる。ならば、彼女は永劫に残り滓として破壊の精霊の中で生き続けるのだろうか。それとも、調和の精霊としての意識が喪失して、エルシエラという人格が消えてしまうのだろうか。


「お前は甘い奴だな」


 気付けば、エルシエラさんの姿が目の前にあった。最早押し隠すのを止めた表情は悲しみに塗り潰されていて、さっきまでの泰然とした雰囲気は無い。


「我の事は気にするでない。確かにお前が破壊の精霊と化したもう一人の『我』を掌握すれば、残滓である我はそれに呑み込まれて消える事になるだろう」

「でも――」

「良いのだ」


 俺の言葉を遮り、エルシエラさんは周りを満たす黒い靄――もう一人の彼女である破壊の精霊を見た。


「我は罪を犯し過ぎた。与えられた使命も果たせず、主の愛した世界を滅ぼし掛け、主の愛する数多の命を奪った。これは我に与えられるべき、罰なのだ」

「ッ――」

「もう、良い」


 視線を下に落としたエルシエラさんは、再び寂しげな笑みを浮かべて俺の手を取る。初めて触れた精神世界の彼女の体は、まるで氷水に漬けていた死体のように冷たい。


「どうか、主の愛する世界を守り――我を解放してくれ」


 もう疲れてしまった、とエルシエラさんは乾いた嗤い声を上げた。

これにて三章は完結となります。

不完全燃焼の方も多いかとは思いますが、これ以上付け足すのも野暮な気がして筆が進まなかったので勘弁してくださいお願いしますなんでもしますから。

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