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Monochrome―化物剣聖と始原の熾天使―  作者: 勝成芳樹
第三章―二人の異変―
77/89

或るひとつの真実

日間に数日間載らせていただいてありがたい限りです。

これからもモノクロをよろしくお願いします。


あらすじ

チコがやらかしてやられた

 疑問に思う事があります。何故チコが記憶を失った時にあれほど取り乱したのか。何故チコが記憶が戻っていないフリをした時にあれほどガッカリしたのか。何故あの時、あんな事を言おうとしたのか。


 その理由が、今ならハッキリと分かる気がします。


「チッ、剣聖は殺れたと思ったんだがな……」


 距離を取って毒吐く敵を放置して、酷い怪我を負って意識を失ったチコに応急手当てを施します。内臓が激しく出血しているようですが、私は循環系魔法を使えないので治療する事が出来ません。医師に診てもらう他ありませんね。


 チコを魔力で包み、マラヴェンターノ侯爵家の陣地に転移で送ります。エウヘニオさんの事です、最優先で治療を行ってくれるでしょう。後は信じて待つだけです。


「ごめんなさい、チコ。ありがとうございます……さて」


 後顧の憂いは既に断たれました。後はこの敵を木端微塵に粉砕し、私の可愛い妹と未来の旦那様に手を出した事を後悔させる事だけです。


「逃がしませんよ?」

「ぬぐァッ!?」


 逃走を図っていた敵の正面で爆発を起こし、目の前まで吹き飛ばします。この敵だけは逃がしません。此処で徹底的に叩きのめし、後悔に後悔をさせてから滅ぼします。


「……覚悟は出来ていますか?」

「ッ! おいおい、マジになってんじゃねぇか」

「当たり前です。家族を傷付けた相手に手を抜く理由がありませんから」


 体中に満ちる全ての魔力を放出させ、辺りに拡散させます。あの亀裂が持ち込んだ他の世界の異物など一切不要。この世界の魔力に満ち溢れた、私の為の戦闘空間を作り上げます。


「目晦ましかァ?」


 白い霧に包まれて、敵が目を見開いて驚いているのが見えます。逆に敵からは、霧に遮られた所為で笑っている私を見る事は出来ていないでしょう。


 しかし知覚手段は他にもあるでしょうし、私は一歩も動いていませんから、敵にとって特に問題にはならない筈です。ですが、この霧の目的は視覚を奪う事ではないですから、問題ありません。


「この程度で俺を止められると思ってんのか?」

「あなたはこの世界で何を学んだのですか? 余裕で止められるに決まっているでしょう」

「ケッ!」


 敵はかなりの速度で私のいる方向へ向かって来ましたが、チコと比べれば大した速度ではありません。この程度であれば、全力を出すまでもなく余裕で対処出来ます。


 敵の進路上の魔力を操り、様々な現象を発生させて攻撃します。霧は視界を遮る現象ではなく、私の持つ魔力そのもの。私の力が及ぶ範囲内であれば、その霧はあらゆる現象を発生させる武器となるのです。


「グオァッ!? クソ、舐めやがってッ!!」


 悪態を吐きながら回避行動を取る敵ですが、その先にも更に現象を発生させます。この霧から脱出しない限り、何処へ行こうと私に攻撃されるのです。まぁ、外にはもう出られませんけど。


「チィィッ!」


 このままでは埒が明かないと判断したのか、敵が素早い動きで距離を詰めて来ます。私を行動不能にして、その間に離脱する魂胆でしょう。ですが、この程度の敵に後れは取りません。


 突っ込んで来る敵の短剣を跳んで躱し、魔法の雨を降らせます。敵はそれを上手く掻い潜りましたが、直後に地面近くを薙ぎ払うように放たれた魔法に吹き飛ばされました。


 体勢を崩した敵の四方八方から更に追撃を仕掛けます。上手く跳ねて起き上がったようですが、既に逃げ場はありません。何処へ行っても魔法に直撃します。


「ガァァッ!!」


 短い悲鳴を上げた敵は、尚も諦めずに私に近接攻撃を仕掛けて来ます。しかし、基本的な素早さは向こうの方が上とはいえ、魔法で行き先を限定してしまえば追いつかれる事はありません。


 同じように攻撃を躱し、上空に跳び上がって魔法の一斉射撃を食らわせた所で敵は地に伏しました。私は少し離れた所に着地し、魔法を何時でも撃てるように準備をしながら足を震わせながら立ち上がる敵を睨みます。


「あら、もう終わりですか?」

「グ……そんな訳、ねェだろ」


 体中から血を流し、爛れた皮膚をぶら下げた敵が苦しそうに吐き捨てます。私には既に戦う事すらも難しい状態に見えるのですが、敵にはまだ策があるのか、目を爛々と光らせて反撃の機会を窺っているようです。


 雑魚とはいえ、敵は別世界からの回し者。この世界に存在しない手を使って来ても不思議ではありません。窮鼠猫を噛むとも言いますし、油断はしない方が良いでしょう。


「こいつは温存しておきたかったんだがな……もう出し惜しみはしねェ。全力で逃げさせてもらうぜ」


 血を拭いながらそう言った敵は、直後に悍ましい声を上げながら体を震わせ始めました。同時に皮膚がグズグズと煮え始め、塊となってずるりと体から剥がれ落ちます。そして落ちた皮膚の後ろからは、悪魔のような紫色の皮膚が見え始めました。


 敵の変化はそれだけでは終わりません。体は元の数倍にまで膨れ上がり、臀部から体高ほどもある尾が伸び始め、目は虹彩の赤を残して黒く染まり、頭部からは四本の角が生え、その容貌は大悪魔の類を思い起こさせるモノへと変貌したのです。


「ア゛ァー、ア゛ァー、ア゛ァー……さて、やるぜェ」


 人であった時のそれとは全く違う濁った声で宣言した敵は、身体強化を濃縮付加したチコよりも早い速度で接近して来ます。紙一重でそれを回避した私は、予め用意してあった魔法を全て敵にぶつけました。


 しかし直撃した筈の敵は、今までは一々吹き飛ばされていた威力の魔法を意に介した様子も見せず、急激に向きを変えて突っ込んできます。変身した事で、身体能力だけでなく耐久性も上がっているようです。


 ですが、それは想定の範囲内。結界で突進を受け止め、炎と水の大規模魔法を至近距離で発生させる事で水蒸気爆発を起こし、敵を牽制します。


 爆音と衝撃に踏鞴を踏んだ敵を蹴り飛ばし、背後に用意しておいた氷の槍にぶつけます。体は貫通しなかったものの相当な衝撃はあったようで、敵は苦悶の叫び声を上げました。


「グゴァァァッ!!」

「温存しておきたかったと言っていたので期待していたのですが……当てが外れましたね」

「ヂィィ、舐めやがってェェェッ!!!」


 あっさりと挑発に乗った敵は、再びアホらしい速度で正面から飛び掛かって来ます。それを再び結界で受け止めた私は、敵の周囲を完全に結界で囲んで隔離しました。


 完全に閉じ込められた敵は結界を叩きながら何かを叫んでいますが、音を遮断しているので私には何も聞こえません。大方、出せとか糞野郎とか言っているのでしょう。


 まぁ、そんな事はどうでも良いのです。


「さて、よくも私の妹と未来の旦那様を傷付けてくれましたね」


 結界を叩く敵の目と鼻の先で、収束発射型の魔法陣を構築します。少し時間は掛かりますが、威力は最大限にまで上昇させて、このゴミを塵一つ残さないよう燃やし尽くします。


「死んでください。『Nuclear fusion,invoke』」


 完成した魔法陣に触れながら鍵詞を紡げば、目も眩むような光があっという間に結界の檻の中身を満たしました。敵は金属が瞬時に昇華してプラズマ化するほどの高熱に包まれているのですが、まだ死んではいないようです。


 ですが、それも長くは続かないでしょう。何故なら、結界の中で荒れ狂っているのは恒星の中心で起きている現象の縮小版。結界で包み、莫大な魔力を消費し続けなければ維持すらも出来ない代物ですが、威力だけ見れば圧倒的なのですから。


「……そろそろ良いでしょうか」


 魔法陣を解くと、結界の中の光が急速に収まって行きました。超高熱に晒された結界内部には何も残っていません。敵の姿どころか、固形物ひとつ見つける事が出来ないほどに焼き尽くされています。


 とりあえず結界内部を冷却し、残った熱が外に溢れ出ないようにします。無条件で周囲が蒸発しないような温度になったのを確認してから結界を解くと、熱い空気がフワリと肌を撫でました。


「ふぅ、漸く終わりましたか……」


 全く、結界を問答無用で突破して来るチコほどではないですが、面倒臭い敵でした。直情的で罠に掛かりやすかった所に救われましたね。あれで慎重な性格だったら、もっと時間が掛かっていました。


 ひとまず戦闘は終わったので、辺りに展開していた魔力を元に戻します。急激に晴れた視界には、完全武装で私の周りを取り囲む兵士達と、上空から突っ込んで来るリディアの姿が映りました。


「お姉ちゃん!」

「おっと」


 半歩体をズラして躱すと、リディアはそのまま地面に頭から突っ込んで行きました。普段ならこんな醜態は晒さないのですが、どうやら心配を掛けてしまったようです。


「お姉ちゃん、大丈夫ッ!?」

「えぇ。全く問題ありませんよ」

「ホントのホントに大丈夫ッ!!?」

「えぇ。ホントのホントに」


 顔を土塗れにしながら立ち上がったリディアにそう答えると、彼女は幾分か安心したようにホッと息を吐きました。そして私のローブに顔を埋めて、か細い声を漏らします。


「心配したんだから」

「……ごめんなさい」


 謝りながら頭を撫でると、リディアはフンと鼻を鳴らして顔を押し付けて来ました。これは暫く機嫌は戻らないでしょうね。まぁ、心配を掛けた罰です。後でチコとオリヴィアに償ってもらいましょう。


 さて、リディアに聞いた限り、再びあの裂け目が現れる気配もなく、各国軍は既に陣に戻りつつあるとの事です。後は数週間様子を見て、首脳陣が終息を宣言した後に撤退する事になったとか。


「でもオリヴィア曰く、侵攻の予兆は無いから義勇兵と神殿騎士、あとグランテーサ軍は帰還させるって」

「そうですか。それなら私達も帰れそうですね」

「うん」


 今回は緊急事態だったから仕方ないですが、熾天使が三人も本来の職務を離れているのはあまり良くありません。今は国を率いているオリヴィアは兎も角、私とリディアは此処を離れるべきでしょう。


「それなら、後でオリヴィアに会ってから方針を決めましょう。私はちょっとチコの所に行って来ます――ッ!?」

「了解――ッ!?」


 最後に言葉を交わして別れようとした直後、背後からあのゾッとするような悍ましい気配を感じました。確実に滅した筈のあの敵の気配が、突然背後に現れたのです。


「そんな馬鹿な……」

「馬鹿じゃねェんだな、これが」


 振り向いた先では、見慣れぬ衣装で身を包んだ紫色の肌の悪魔がナイフを弄んでいました。確かにあの地獄に放り込んだ筈ですが、その姿には聊かも傷が付いていません。まるであの戦い自体が無かったかのように、綺麗な姿のまま佇んでいます。


「おぉっと、もう戦う気はないぜ。俺じゃあんたらを殺す事は出来んからな」


 即座に戦闘態勢に移った私達を見ても全く気負った様子を見せない敵は、やれやれとでも言いたげに肩を竦めました。気配から見る限り、敵対する気は本当に無いようですが……本当に、何故生きているのでしょう?


「何で生きてるかが知りたいんだな? そうなんだな? よーく分かるぞ?」


 したり顔でそう言った敵はうんうんと頷くと、一切の逡巡も無く持っていたナイフで自分の腕を切り落としました。そしてそれは、私達が驚愕で動けなくなった一瞬の時間で再生し、元の腕へと戻っていました。


 一応、活性の濃縮付加ならば身体の欠損を治療出来る事は知っています。ですがそれは多少の時間が掛かる物であり、一瞬で再生出来る物ではありません。超越付加ならば有り得るかもしれませんが、それを加味しても非常識過ぎます。


 ……いえ、もしかしたらそれだけではないのかもしれません。滅した筈の敵が生きている理由が、あの再生能力にあるとしたら――


「この通り、俺は体を再生する事が出来る。例え塵ひとつ残さず燃え尽きようともな」


 ――奴は不死身という事になります。


「そんな生物がいる訳ないでしょッ!? 体を全部燃やされても生き返るなんて、神以外に出来る訳ないでしょうがッ!!」


 リディアの言う通りです。私達天使を含めた命ある生物は、滅ぶ可能性を必ず持っています。それは自然の摂理であり、覆す事が出来ない確定的事象です。


 唯一それを覆す事が出来るのが、主のような神と呼ばれる存在やそれに近しい者。もっと詳しく言えば、何らかの権能を持っている――例えば主の『創造』や、破壊の精霊のそれを持つ者だけです。それなのに、この男が不死身という事は――


「そりゃァ、俺は元神だからな」


 寂しそうな笑みを浮かべた敵は、最後にそう言い残して何処かへ消えて行きました。

次回予告

「そうだ。今の状態では、な」

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