名前がダサい
Sランク。
それに分類される魔獣は全て巨獣であり、Sランク冒険者級の人間が数十人集まって漸く討伐の可能性が生まれる圧倒的な存在だ。一応過去に討伐された記録がある巨獣だけが分類されているが、実力は下位魔王級の巨獣と遜色無いとされている。
当然ながら、出現すれば手に負えない場合が殆どだ。それこそ魔闘大会の時のように世界中から実力者が集まっていなければ、討伐どころか撃退すらも難しい。大国の中で最大の街にいる時ですらそうなのだから、移動中に出会ってしまったら逃げるしかない。
小麦の街トリゴと米の街アロースを経由し、国境にある関所を越えてマール王国の王都まであと一日という所でそんな存在と鉢合わせた俺達は、戦闘をレグロとルフィノさんに任せてのんびりとトリゴで買った水飴で作られた菓子を舐めていた。
「甘い。幸せだ……レグロー、胴体とか頭じゃなくて足を狙え足をー」
「至福の一時です……ルフィノさん、もっと威力上げてくださーい」
声を上げて指示を出せば、全長九十メートルを超える巨大なアルマジロと戦うレグロとルフィノさんが動きを変える。遭遇から数十分経っているが、俺達が参加せずともレグロさんとルフィノさんだけで十分に戦えていた。
レグロが魔力破戒の濃縮付加を纏わせた剣で足を斬り付けた直後、タイミングを合わせたルフィノさんの魔術による超低温の光線が傷口を抉る。俺やレグロが身体強化を濃縮付加して斬り付けても傷ひとつ負わないアルマジロの足から大量の血が噴出し、耳を劈くような咆哮が空を震わせた。
「や、やっと……一撃……!」
「クゥゥ……まだ問題無いが、このままでは魔力が持たんぞ……!」
痛みに暴れるアルマジロから距離を取り、レグロを前にして得物を構える二人。善戦し、傷ひとつ負う事無く有効打を与えた二人だが、流石に疲労が溜まって来たらしい。そろそろ鍛錬を終了しても問題無さそうだ。
「じゃ、ちょっと行ってくる」
「行ってらっしゃーい」
水飴の付いた棒を咥え、外套の中から剣を取り出してレグロ達の前へ移動する。一瞬驚いたような表情をした二人だったが、すぐに俺の意図を察して下がった。視線を外していない所を見ると、技術を盗もうとしているのだろう。向上心があって大変宜しい。
さて、前方のアルマジロは痛みから回復し、憎悪の篭った目で弱そうな人間である俺を射抜いて来る。足を傷付けられたとは言え、九十メートルを超える巨躯を支えるだけの力は未だ健在。人間如きを踏み潰すのは容易い事だろう。
但し、それが俺で無ければ。折角ギャラリーがいる事だし、少し遊んでやろう。
気配を隠すのを止め、全力の殺気を前方のアルマジロに向けて飛ばす。刹那、ビクリと身を震わせたアルマジロは、その巨躯を低く屈めて後ずさりを始めた。ズン、ズンと地面が揺れる度に、俺とアルマジロの距離は徐々に開いて行く。
普通ならば、これでアルマジロは逃げ出したと思うだろう。しかしそれは大きな間違いだ。背を向けずに後退する行動は、警戒しながらの逃走ではなくただの予備動作でしかない。
ある一定の距離を取った後、アルマジロはグッと四肢に力を込め、跳躍する。そして体を丸め、まるでボールのようになって転がり始める。自らを純粋な質量弾とし、敵を押し潰すのだ。その姿は正にア○ギラ○ボール。
トン換算にして五桁の体重を持つアルマジロの体当たりは例え魔王級の巨獣であっても防ぐ事は出来ず、避けるか蹂躙されるかの二択しかない。その攻撃を高が人間である俺相手に繰り出したのだから、このアルマジロは俺の殺気にそれだけの脅威を感じたのだろう。
実に賢く、そして愚かな選択だ。
魔力を剣に流し込み、密度を一気に高める。生じた黒く歪んだ空間は流れ込む魔力に圧されて広がろうとするが、他の魔力で押さえつけて広がる方向を限定する。
限定された方向、即ち前方へと押し出されたそれは、元の剣の形そっくりに空間の剣を作り上げる。何者の干渉も許さぬ、絶対的な貫通力と最大五十メートルの間合いを併せ持つ最強の武器。
魔力破戒の超越付加を、魔力の圧力で急速に伸ばす魔力槍とは別方向に発展させた魔力剣。自由に振るう事が出来るそれは、天を貫く黒い巨塔となった後に地へと倒れ込んだ。
身体強化を使う事も無く振り下ろされた剣は、何物をも通さぬアルマジロの甲羅を容易く穿ち、中身と一緒に両断する。安定性を失ったアルマジロの球はぐらりと揺れ、二つに分かれて俺達を挟み込むように軌道を逸らした。
数瞬の後、轟音と共に真っ赤に濡れたアルマジロの骸が地に転がる。Sランク巨獣という絶望の象徴に近しい脅威がただの無害な置物となったその光景を、騎士や御者、そして馬車から頭を出している人々が口を半開きにして見詰めた。
それは今までアルマジロと戦っていたレグロとルフィノさんも同様、いや、それ以上に呆然としている。ぽかんと開けられた口と目は、閉じられる事無くアルマジロの骸の片側の方角を向き続けていた。
実際にアルマジロと攻防を演じた二人は、Sランクの恐ろしさを身を持って味わっている。レグロの力は通用せず、ルフィノさんの魔術でも与えられたのは傷のみ。そんなふざけた存在が、あぁも容易く死んだのだ。動揺する気持ちも良く分かる。
だが、レグロには技術の、ルフィノさんには魔術を含む放出系魔法の伸び代が十分にある。俺と同じように瞬殺とは行かずとも、いずれは二人と同じ実力を持つ者が五人も集まればあのアルマジロを倒す事が出来るようになるだろう。
剣を鞘に納め、外套の中に戻してエルの横に戻る。周囲が放心している中で一人のんびりと菓子を舐め続けていたエルは、俺が戻って来ると懐からもうひとつの菓子を取り出して俺に差し出して来た。
「お疲れ様です。魔力剣、反則過ぎじゃないですか?」
「おう、ただいま。反則過ぎるのは仕様だ」
「そうですか。それより魔力剣って名前、変えません? 魔力槍もそうですけど、ダサいです」
「え」
労いの後に真顔で技の改名を求められ、流石の俺も目を丸くした。確かに魔力槍や魔力剣の命名は俺であり、俺以外に使っている人間もいない為改名も自由だ。だが、頑張って考えた名前を真正面からダサいと言われると辛い物がある。
一応、魔力槍と魔力剣の名はオリジナルである魔力破戒から取っている。そして魔力破戒の名前の由来は、「魔力で発生した現象を消滅させる=破戒する」から魔力破戒になったとされている。つまり、『魔力』で『破戒』するとなっているのだ。
その魔法を元にした魔力槍と魔力剣の命名基準は、『魔力』の『槍』または『剣』となっている。オリジナルの魔力破戒と合わせた結果、この名前が生まれた。ほぼ確実にダサいと言われる元凶である頭の魔力も、オリジナルの魔力破戒から来ているのだ。
しかし、魔力破戒の系譜の魔法である以上、魔力破戒の名残は残しておきたい。そうエルにいうと、彼女は何処か呆れた無表情で「仕方ないですね」と言った。
「ならば神託を下して名称を変えさせましょうか。破戒辺りにすれば良いでしょう」
「待て待て待て待て。話が大掛かり過ぎだろ」
突然えげつない事を言い始めたエルを諌めると、彼女は無表情のままむぅと唇を尖らせる。今までに無いほど分かりやすく不満を表すエルに、俺は拙い事でもしたのかと内心で汗を掻いた。
「そもそも何で突然変えようなんて言い出したんだ。名前を叫ぶ訳でも無いんだし、特に問題無いだろ」
そう問うと、エルは唇と尖らせたまま小さく呟いた。
「……だって、私の旦那様になる人の使う技の名前がダサいなんて、嫌じゃないですか」
「……は?」
予想外のエルの言葉に、頭の中が一瞬真っ白になる。この天使、籠絡出来ないと悩んでいた割にはもう結婚した後の事を考えているらしい。旦那様ってそういう事だよね?
そもそものエルの目的を考えれば、結婚するというのは何ら不思議な事では無い。深い絆を育んだ男女が結婚するのは人間社会では当然の事であり、同時に簡単には離れられなくなる。籠絡し、監視を続けるのであれば、結婚ほど都合の良いシステムは無い。
だがしかし、しかしだ。
結婚が最善手だとしても、本人の目の前でプロポーズとも取れる発言をするのはどうよ……。
羞恥心が顔を赤くするよりも先に、俺の心が呆れの想いで埋まる。エルも自分の言った意味に漸く気付いたようで、そっぽを向いたまま固まってしまった。表情は見えないが、恐らく恥ずかしがっているのだろう。
暫しの間、何を言えば良いのか分からない気まずい沈黙が続く。未だに同様が抜け切らない周囲の静けさと相まって、風の音しか聞こえない時間は何時までも続くかのように思えた。
「何だか辛気臭い空気だな……何があった?」
その空気を打ち砕くかのような凛とした声を響かせたのは、俺達の傍にある客車から顔を出したカタリーナ陛下だった。高い立場にある者の声によって我に返った騎士達が動き始め、辺りに慌しい空気が満ちて行く。そんな中でも、エルは俺の方に顔を見せる事無くそっぽを向いたままだ。
ゆっくりと近付いて顔を覗き込もうとすれば、スッと顔を逸らされる。更に覗こうとすれば、くるりと回転して逃げられる。それを追って回り込めば、更にくるくるくるくると逃げられる。
覗く。逃げられる。
覗く。逃げられる。
覗く。逃げられる。
互いに鍛えられていて目が回る事がない為、続けようと思えば何時までも続けられる不毛な追い駆けっこ。周りの空気を読まずに始まったそれを止めたのは、客車から身を乗り出して指示を出していたカタリーナ陛下だった。
「早馬を出して王都へ事の次第を伝えよ。神殿と王城、冒険者ギルドだ。同時に巨獣の剥ぎ取りの依頼を出しておけ。見張りを数名、此処に配置する……エルネスタ様とチコはそろそろ止まっては如何かな?」
「「 はい 」」
即座に追い駆けっこを止め、口に含んだ水飴菓子をころころと転がしながら辺りを見回す。既に騎士達は通常通りに動き始めており、さっきまでの呆然としていた様子は一切見られない。流石は仕事人と言った所か。
そして、その中から俺に近付いて来る騎士が二人。
「……さぁてエル、ちょっとアイツの魔石を」
「残念だが」
「……逃が、さない」
取りに行かな……い……か…………。
「さて剣聖殿、我々に指導をして頂けないだろうか?」
「戦い方……気になる」
「……仕方無い」
どうやら、エルの顔を見るのは大分後になりそうだ。
---
……あ、危ない所でした。私とした事が、まさかあんな事を口走ってしまうとは……カタリーナさんがさり気無くレグロさんとルフィノさんを呼んでいなければ、チコに顔を見られてしまう所でした。気配を隠す技術、学んでいて良かったです。
「ふむ……逃げているのを見て勝手に呼んだのだが、どうやら役に立てたようで何よりだ」
「えぇ、助かりました」
客車を降りて私の方へ近付いて来たカタリーナさんが声を掛けて来ますが、台詞とは正反対にその顔はニヤニヤと歪んでいます。完全に面白がっている時の顔ですね、これは。
ですが、その反応も極自然な物でしょう。普段は表情を変える事の無い私が、柄にも無く顔に血流を集中させてしまっているのです。チコには何とか隠し通しましたが、隠そうとしている様子を見られてしまいましたし。
「フフ、神に仕える天使様が赤面している所、じっくりと拝見させてもらったぞ」
「うーん……チコには言わないで下さいね。恥ずかしいので」
「御意に」
仰々しく頭を下げたカタリーナさんから邪な気配は感じないので、恐らくチコにバレる事は無いでしょう。暫く帰って来ないでしょうし、これで一安心です。
となると、問題になるのは魔力槍と魔力剣の名前ですね。幾ら魔力破戒から派生した物とは言え、流石にダサすぎます。将来は結婚して縛りつける予定の人なのですから、折角ならカッコ良くいて欲しいものです。
そもそも魔力破戒の名を記録した人は誰ですか。破戒だけで良いと思うんですけど。何で魔力を付けたんだか……やっぱり、主に頼んでみましょうか……?
……いえ、わざわざ主の手を借りるのは忍びないですし、チコが嫌がりそうですね。力を抜いて魔槍と魔剣で妥協させましょう。
「時にエルネスタ様。あなたはチコの事をどう思っていらっしゃるのか?」
「え? うーん……」
突然のカタリーナさんからの問いに、私は少しだけ考え込みます。最初はただ強いだけで目的を持たない人だと思っていましたけど、今のチコは大分変わっていますからね。少し時間が掛かりました。
「……そうですね。放っておけない人、でしょうか。何となく構いたくなっちゃうんですよね」
「ふむ。それで一緒に行動していると」
そう言えば、この人達は私がチコを監視している事は知らないんでしたね。相変わらずニヤニヤしている所を見ると、私がチコの事を好いていると邪推しているようです。
ま、それならそうと思わせておきましょう。
「そんな所ですよ。それじゃ、私はそろそろチコを迎えに行って来ます」
「そうか。では私もそろそろ戻るとしよう」
手を振ってカタリーナさんと別れ、向こうの方で講義をしているチコの方へ向かいます。顔の熱も治まっているので、素直にチコと顔を合わせる事が出来そうです。
私の気配に気付いたのか、チコが顔を此方に向けます。どうも心配させてしまったようで、何処か安心したような目になったチコは小さく手を振って来ました。
私はそれに手を振り返しながら、今日の報告の内容と明日の宿でチコを籠絡する為のプランを考え始めます。そろそろ本腰を入れて籠絡しないと、チコの気持ちが離れてしまうかも知れませんから。
技の名前がダサかったのはこれの伏線だったんだよ!
---
次回予告
「緊張しないで下さい。何も心配する事は無いんですよ……」
---
ブクマ百件超えました!アザッス




