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Monochrome―化物剣聖と始原の熾天使―  作者: 勝成芳樹
第三章―二人の異変―
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二つの出立

 夏季休業。それは夏休みとも呼ばれる二ヶ月間の長期休暇の事だ。遠方からグランテーサ魔法学園に来た生徒達にとっては貴重な里帰りのチャンスであり、それでなくても旅行をしに王都を離れる学生も多い。また、退学者や転校者が多く出る休暇でもある。


 夏季休業初日の朝五時、俺はリディアさんの見送りとエルの迎えを兼ねてエルの家の前まで来ていた。相当早く感じるかも知れないが、朝が早い俺とエルは普段からもっと早い時間に起きている為、特に問題は無い。


 心の中でそんな言い訳をしつつ、扉を叩こうと家に近付く。普段からよく入っている家なのに、一人で訪ねるとなると大分緊張するものだ。小さく深呼吸をして手を挙げ――そして横から聞こえて来た声に動きを止めた。


「あら? チコですか?」

「おう、おはよう」

「おはようございます……何というか、普段とは全然印象が違いますね」

「エルもな」


 洗い場の方からやって来たエルは、俺の格好を見て少し驚いたような表情をした。予想通りの反応に俺も苦笑し、着けていたサングラスを取る。そう、今日の俺は何時もの服装ではない。


 中は何時も通りの冒険者の服だが、その上には何時ものハーフコートでは無く青い外套がその姿を晒し、体と剣を中に包んでいる。頭の上には紺色のハンチング帽が乗っており、サングラスと一緒に髪とキツイ目を覆っていた。


 他の手袋やブールは普段と変わりないが、トレードマークにもなっていた剣と目付き、そして髪が隠された為に俺の印象は大分変わっている。鏡の前に立った時、本当にこれが自分なのかと疑ったほどだ。


 だが、エルも俺と同じように普段の印象とは掛け離れた服装をしている。茶色を基調にしたコートにテンガロンハットというウエスタンスタイルなエルは、軽く俯いて顔を隠されれば誰か分からなってしまいそうだ。


「ふふ、似合いますか? あの店(マニアック☆スタイル)の店長さんに選んで貰ったんですよ」

「似合ってるぞ。っていうか何時の間に仲良くなってやがった」

「乙女の秘密です」


 悪戯っぽく唇に人差し指を当てるエルから目を逸らし、サングラスを掛けて顔を隠す。これ、結構便利だから普段から掛けようかな。主に顔の色を誤魔化すのに使えそうだ。


「朝っぱらから盛らないでくれる?」

「盛ってねぇよ……度胸もねぇよ……」


 後半の言葉は小さく呟いた為、無駄に敏感なエルの耳にも入らなかったらしい。しかしリディアさんの耳には届いたらく、哀れみと蔑みが半々に入り混じったような目をされた。ヘタレでさーせん。


 俺が遠い所を見る目になって虚空を眺めていると、エルが家の扉に鍵を掛ける音がした。同時にリディアさんが魔力を練り始め、辺りに白い霧が集まり始める。転移の魔法が発動されようとしているのだ。


「リディア、すぐに出るんですか?」

「そのつもり。お姉ちゃん達と一緒にいると囲まれそうだし」

「……それを避ける為に変装してるんだしな」


 ちらりと街の方を見ながら言うリディアさんの言葉に反応すると、全員の口から自然と乾いた笑いが漏れる。際限無く高まった俺達の人気は、生活に支障を来すほどになってしまっている。見つかったら最後、押し寄せる群衆に囲まれてしまうのだ。


 身内だけの時は気配を消してしまえば良いのだが、他の誰かと行動すればすぐにバレてしまう。それを防ぐ為に俺達は変装しているのだ。ちなみにテストでは効果抜群だった。


「そうですか。主様によろしくお願いしますね」

「任せて。お姉ちゃんも気を付けてね」


 エルが残念そうに眉尻を小さく下げると、リディアさんは朗らかに笑って青銀の髪を揺らした。如何にも仲の良い姉妹らしい光景に、俺の頬も自然と緩む。こういう所は世界や種族が違っても変わらないらしい。


 名残惜しそうに手を振るエルと、それに応えるリディアさん。その光景は霧に包まれて行き、一際大きく魔力が暴れると同時にリディアさんが消えた。転移で何処かへ行ったリディアさんの痕跡は、何ひとつ残っていなかった。


「……行ったな」

「そうですね……」

「寂しくなるな」

「なんだかんだ言って、私達の話を盛り上げてくれてましたからね」


 そこで俺とエルの会話は途切れる。今までなら此処でリディアさんの茶々が入り、俺が反応して更に話が弾んでいたのだが、もう茶々を入れる人はいない。今思えば、あれは俺とエルがより仲良くなれるようにお膳立てをしてくれていたのだろう。


 リディアさんがいない今、エルを振り向かせる為には俺が一層奮起しなければならない。こういう時に話題を発展させ、互いに楽しくいられるように出来るようにならなければならないのだ。


 最初は失敗して話が途切れてしまったが、既に次のチャンスが来ている。此処でやらなきゃ男が廃る。一度深呼吸をして高鳴る鼓動を抑え、俺はエルの手を握った。


 突然手を握られたエルは、驚いたように俺の顔と握られた手を交互に見つめた。温かい手に意識を奪われそうになっていた俺はその反応で何とか我を取り戻し、軽く咳払いをしてエルの意識を俺に集中させる。


 少し高い位置から向けられる困惑の無表情。普段と一切変わらない表情の筈なのに感情が自然と読み取れるという事は、外面だけでもエルの事が分かって来た証拠だろうか。


「行こう」


 軽く手を引き、目的地である北門の方へ針路を取る。エルは普段とは違う行動に最初こそ途惑っていたが、やがて俺の手に手をしっかり絡めて隣を歩き始めた。


 何時ものように腕を組むのではなく、初々しい恋人のような歩き方。互いの体温を感じるのも良いけれど、手の温もりだけを感じるのも悪くない。


 それに、ヘタレの俺にピッタリの歩き方じゃないか。






「依頼を受けた冒険者です。確認して下さい」

「は、はぁ……凄い格好だな」


 一般の神殿騎士となったルフィノさんに依頼書を渡すと、案の定変装についてツッコミを入れられた。一々経緯を話すのも面倒な為、エルと一緒に黙秘を貫く。触ってはいけない事だと察したのか、ルフィノさんはそれ以上何も聞かずにいてくれた。


 依頼書は無事に確認され、簡易的な打ち合わせの後に俺達は護衛対象である中央馬車まで連れて行かれた。普段は周りで待機して、客車に乗っているお偉いさん方を守れば良いらしい。


 予想していた事だが、やはり俺達は賓客扱いのようだ。巨獣が出たり大軍に襲われでもしない限り、出番が回って来る事は無いだろう。客車の中でお偉いさん達の相手をする必要も無い為、気楽に過ごす事が出来そうだ。


 そんな事を考えていると、護衛対象らしき豪華な馬車がある所に着いた。ルフィノさんが客車のドアをノックして名乗ると、窓から護衛がチラリと此方を確認し、続いてドアが開いて中から見覚えのある人物が二人降りて来た。


「おぉ、チコにエルネスタ様……か? うむ。よく来たな」


 降りて来た人物の一人、カタリーナ・ガラナドス・マール陛下は一瞬俺達の格好に面食らったようだが、すぐに平静を取り戻した。やはり国王ともなると、この程度の事は日常茶飯事なのだろう。多分。


「お久し振りです、カタリーナ陛下」

「まぁ、そう畏まる必要は無い。知っての通り、この依頼は妾らの我儘みたいな物だからな。護衛は騎士らが務める故、ゆっくりと旅を楽しむが良い」


 カタリーナ陛下はそれだけ言うと、すぐに客車の中へ戻っていった。防犯上、長時間姿を晒すのは良くないのだろう。それなのに客車を降りて視線の高さを合わせてくれたという事は、それだけ俺達を重要な人物として見ている事に他ならない。


 まぁ、単独で護衛も何もかもを蹴散らして国を滅亡させられるほどの力を持つ相手を重要人物と判断しなければ、国家運営能力を疑われる訳だが。


「あぁエルネスタ様、卑しき我等の為に御身を煩わせる愚行をお許し下さい」

「はいはい、どうでもいいですから静かにしていて下さい」

「畏まりました」


 降りて来たもう一人の人物、教皇アヌンシアシオン様はエルの前に跪いて何やら懺悔を始めている。それがよっぽど嫌なのか、エルは感情の抜け落ちた無表情で教皇様を見下ろしていた。機嫌が悪い証拠だ。


 エルが不機嫌である事を感じ取ったのか、教皇様はサッサと退散して行った。腕を組んでそれを見送ったエルは、濁点が付いていそうな溜息を吐きながら俺の方に戻って来る。


「朝っぱらから面倒臭いですねぇ……」

「エルは敬われるのは苦手か?」

「私のいない所でどうぞって感じですかね」


 傍目から見れば、毛先をくるくると弄るエルは教皇様の事を歯牙にも掛けていなかったように見えるだろう。実際には大分イラついているのだが、表情や声音が一切変わっていない為、非常に分かり難い。


 俺が気付けるのは、単にエルと一緒に過ごした時間が長いからだ。よく見ていれば、普段のエルとは若干違う事が分かる。ほんの僅かな角度の違い程度の物だが、その違いにエルの感情の全てが表されていると言っても過言では無い。


 そんな訳で、今のエルは御機嫌斜めだ。しかし、御機嫌斜めという事が分かってもどんな対応をすれば良いのかは分からない。リディアさんならこういう時でも最適な対応を取ってくれるのだろうが、生憎とそこまでエルを理解出来ている訳では無い。


 故に取る手段はひとつ。


「ま、元気出せよ。マール王国に着いたら生魚を食おう」

「む……それは興味があります。お醤油持って来てましたっけ?」

「魚醤だけど、酢と一緒に常備してるから大丈夫だ」


 陽気な未来へ目を向けさせ、陰鬱な過去から目を逸らさせる。最も簡易で安易な手段だが、前世でも今世でも広く使われている手段だ。重要な出来事があった時に使うと、後々困った事になると有名な現実逃避でもある。


 今回の場合は特に重要な話があった訳でも無い為、特に問題は起こらない。エルの機嫌も無事に直ったし、これでめでたしめでたしだ。終わり良ければ全て良し。多分。


 エルが何時もの調子に戻った所で、軽く周辺の設備や騎士の立ち位置を確認する。見た所、Sランク冒険者並の実力を持つレグロさんとルフィノさんを両サイドに置き、隙間を騎士達で埋めるらしい。隙が無く、巨獣からの襲撃にも対応しやすい良い陣形だ。


 ちなみに、移動は全員乗馬だ。俺は馬に乗れないし、そもそも乗る必要も無い為、一人走る事になる。エルはのんびりと飛んで行くらしい。教会関係者に遠慮するという思考は毛頭無いようだ。


「中継地点ってどうなってます?」

「ん? あぁ。五日後にトリゴの街、十日後にアロースの街、国境を越えて十六日後にマール王国王都へ到着の予定だ」


 直立不動の体勢で俺達を眺めていたルフィノさんに質問すると、行程を全て覚えていたのかスラスラと答えてくれる。だが、俺とエルはそれに感心するよりも先に、トリゴの街とアロースの街の名に関心が向いた。


「トリゴとアロース……」

「これは……」


 トリゴの街とアロースの街は、それぞれ小麦と米の大生産地帯を抱えるグランテーサ王国の食料庫だ。どちらも単独で王国の消費全てを賄えるほどの生産力を誇っており、グランテーサ王国のみならずボスケー・マール両王国やその他小国までシェアを伸ばしている。


 大量の穀物と外貨が流れ込む影響で市場も大きい為、街は全体的に裕福で余裕がある。その為、集まって来る穀物と高価な香辛料を使った料理が発展しており、食の街としてもその名を馳せていた。


 俺の知識を元に作っていた和食も、この二つの街にちゃんとしたレシピがあるかも知れない。それはつまり、もっと美味しい料理を味わいつつ学ぶ事が出来るという事だ。俺とエルの食指が動かない訳が無い。


「麺!」

「丼!」

「餅!」

「団子!」

「「 ふっくくくく! 」」

「……壊れたか」


 日本の誇る料理の名を交互に叫び、不気味な笑い声を上げる俺達を見てルフィノさんが遠い目になった。その感情は、ぼそりと小さく呟いた言葉に集約されているのだろう。


 だが、そんな無粋な呟きでも俺達の興奮を収める事は出来ない。まだ見ぬ数々の料理に思いを廻らせ、溢れ出る唾液を飲み込みながら俺とエルは自然な笑みを交わした。


 そうしていると、馬の轡の音を軽やかに立てながら一人の騎士が近付いて来た。装飾と気配から見て、まず間違い無く今代の神殿騎士団長だろう。ルフィノさんや遠くにいるであろうレグロには及ばないが、他の騎士と比べて一歩抜きん出た実力を秘めている。


 その騎士は俺達の傍までやってくると、馬の腹を絞めて足を止めさせる。そして厳つそうな顔をルフィノさんに向けると、少ししゃがれた低く威厳のある声で問うた。


「ルフィノ! 冒険者の案内は終わったか?」

「ハッ! 完了致しております」

「なら配置に着け! 笛の音で出発だ!」

「了解しました、団長!」


 綺麗に敬礼をしたルフィノさんは俺達に一礼すると、何頭かの馬が集まっている方向へ駆けて行った。それを見送った騎士団長は、馬を降りて俺達の前まで歩いて来る。そして徐に敬礼すると、厳つい表情をふにゃっと崩しながら口を開いた。


「いや、どうもどうも。今回の旅の指揮を執る事になっている騎士団長のサンスと申します。あいや、武勇誉れ高き白翼の聖乙女様と剣聖様と共に轡……あいや、歩みを共に出来る等、身に余る光栄にありますれば」

「は、はぁ……」


 ルフィノさんへ指示を出した時の威厳は何処へ行ったのやら、低頭平身で俺達に挨拶をする新神殿騎士団長のサンスさんに、俺とエルは共に一歩下がった。こういう日本人気質の人に久しく会っていなかった所為か、何となく違和感を感じてしまう。


 ちなみに白翼の聖乙女とは、魔闘大会後に定着したエルの新しい二つ名だ。翼を広げた時の神々しい姿が聖女を思わせた為、翼の色と年齢を考慮して付けられたらしい。初めて聞いた時、エルは恥ずかしさで無表情になっていた。


 ……俺?滅竜剣聖よりも化物剣聖の方の名が広まっただけさ。へっ。


「いや、もうすぐ出発しますのでね。基本的に戦闘は我等で行いますので、お二人には緊急時以外はそのぉ……」

「分かっています。陛下達の護衛はお任せ下さい」

「あいやっ! 助かります! いやぁ、こういうのは全部ルフィノだんちょ……いや、ルフィノがやっていてくれたんですがね、自分でやると中々どうして――」


 その後暫く、サンスさんによる「自分が如何に無能でルフィノが如何に優秀か」という題名が付けられそうな講座が続き、長い話を聞くのが苦手なエルの目が死んでいった。そろそろ止めようかと思った所で笛の音が響き、サンスさんがピタリと話を止める。


「あいや、どうも出発のようですのでね、また今度の機会に……」

「は、はぁ……」

「それでは私はこれにて! 失礼いたします!」


 最後にびしっと敬礼をキメたサンスさんは、華麗に馬に飛び乗るとそのまま前方へ走り去って行く。それを見送った後、俺は重要人物が纏めて押し込まれている客車の方を眺めた。


「なんというか……クルス様も周りの意見を聞くべきだろ……」


 お蔭でエルがこんなになったじゃないかとぼやきながら、俺はエルを担いで動き始めた馬車に追随した。

次回予告

「……そうですね。放っておけない人、でしょうか。何となく構いたくなっちゃうんですよね」

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