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Monochrome―化物剣聖と始原の熾天使―  作者: 勝成芳樹
第二章―二人の戦い―
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剣聖の願い

 敗北し、エルに抱かれて泣くという痴態を晒した俺が我に返った後、逃げ出そうとして天使三人+刀勢+学園長+イラーナさんに捕縛されるという事件があったものの、無事に魔闘大会は終了した。優勝はエル、準優勝が俺、三位がリディアさんだ。


 閉会式では三大国の王がそれぞれ講評を行い、会場をボロクソにしたエル、リディアさん、アベルさん、そして俺は「自重しろ」と釘を刺された。その後は報酬その他の授与が行われ、最後にアルトゥロ陛下が一週間祭りを行う事を宣言して閉会式も終了した。


 天使の事は一般には伏せられ、各国のトップや教会の上層部、イラーナさんを含めたギルド上層部のみが天使の存在を知る事となった。天使の翼に関しては、放出系魔法の一種として説明が為されたらしい。


 大衆にエルの正体が知られるという俺の心配は杞憂に終わった訳だが、代わりに俺とエルの人気が更に高まってしまった。お蔭で帰り道は屋根の上を往く事になったが、ディオニシオさん曰くその姿ですらも人気を高めているらしい。このミーハーどもめ。


 そんなこんなで追手を撒いた後は変装して街へ戻り、今は俺と縁のある人達だけで金色の小皿亭で祝杯を挙げている最中だ。


 最中なのだが――


「アッハハハハハハ!! 負けた上に慰められて……アッハハハハハ!!」

「うふふ、もう私が愚痴を聞いてあげる必要も無くなったかしら」

「アメリアもディオニシオにやってみたいのであります」

「フハハハハ! 面白いものが見れて満足なのである!!」

「もう止めてくれ……」


 リディアさんにイラーナさん、そしてアメリアさんとベグレシオさんの四人に寄って集られ、俺は若干涙声になりながら突っ伏した。それを面白がってか、リディアさんが中心となって更にからかって来る。その度に俺の顔の熱は温度を増し、羞恥のあまりに心臓が早鐘を打った。


「あの……凄く感動的なシーンでした」


 隣に座っているディオニシオさんが慰めるように言って来るが、今の俺にとっては追撃の言葉でしかない。背中を擦ってくれている手の感触が虚しい。


 しかしあのシーンを感動的と評すとは、やはりディオニシオさんは天使だ。物凄く恥ずかしいけども。


「エルお姉ちゃん、あの翼はどんな魔法なんですか~?」

「ワシも気になるぞ~」

「ちょ、そんなに迫られても教えませんよ! 秘伝です、秘伝!!」


 エルはと言えば、セナイダと学園長という幼女二人に壁際まで追い詰められている。どうも、天使の翼の出し方を聞かれているらしい。セナイダは興味津々に、学園長は嗜虐心タップリの笑顔で両サイドからエルを挟んでいる。


 一般人であるセナイダが純粋な興味から聞いているのは明らかだが、エルが天使である事を知っている筈の学園長の目的は虐めだろう。夜の支配者発言を聞かれた事が尾を引いているのかも知れない。


 その学園長のストッパーである筈のアベルさんは、少し離れた所でテオドラさんと旦那さんの手伝いをしている。目が合った時に「おい、お前の嫁だろ、何とかしろよ」と視線で語り掛けると、にこやかに首を横に振られた。おい。


「ち、チコ! 助けて下さい!」

「……悪いがこっちも手一杯でな」

「あ、お姉ちゃん! 確保!」


 エルが幼女二人を振り払って俺の方へ逃げて来るが、此方には此方で絡んで来る奴等が四人もいる。エルは瞬く間に取り囲まれ、俺の横の席に座らされてからかわれ始めた。


「ねぇねぇ、一体何やってたの? 抱き締めて抱き締められて何をやってたの? ねぇねぇ?」

「い、イラーナさん! 恥ずかしいんですから勘弁して下さい!」

「フハハハハ! 何を恥ずかしがっているのか、某も興味があるのである!」

「え、エウヘニオさんまで……!」


 恥ずかしい記憶を抉り出されて顔を真っ赤にするエルに注目が集まった瞬間を見計らい、俺はその場を離脱する。幸い、気配を消している俺が逃げて行く事に気付いた者は一人しかおらず、それ以外に追い掛けて来る者はいなかった。


 コッソリと窓を開けて外へ飛び出し、屋根の上へ登る。夜の冷気が興奮と羞恥とアルコールで火照った体に気持ち良い。少し離れた所からは、始まったばかりの祭りを楽しむ人々の喧騒が微かに聞こえて来る。


 前世でもこうして月を眺めていた事を思い出しながら、祭りと宴会の騒ぎをBGMに頭上に浮かぶ大きな月を眺める。前世の月とは大きさも明るさも違うが、見るだけで癒されるという点は全く変わらない。


「お姉ちゃんを生贄にして逃げるとは、中々良い趣味してるじゃない」

「逃げる時には生贄を捧げる、これ基本」


 俺を追い掛けて来たリディアさんの棘のある声を受け流し、隣に座るよう屋根を軽く叩く。暫く俺の事を睨み続けていたリディアさんだったが、やがて俺から少し距離を取って屋根に座った。


「見っとも無く負けたわね」

「昨日あれだけ啖呵切ってこれだ。自分でも情けないと思う」

「……そんな事は無い、と思うけど……」


 リディアさんから飛び出した否定の言葉に、俺は思わず視線を向けた。普段の彼女なら、此処で「ホント、情けない」とか「だっさ」とか言って俺を貶す筈だ。間違っても俺を肯定するなどありえない。


 俺の不躾な視線に気付いたのか、リディアさんがキッと睨み付けて来た。


「何?」

「熱でもあんのかと」

「失礼な奴ね」


 怒気の中に呆れを混ぜた声でそう言ったリディアさんは、溜息を吐きながら屋根に背を預けた。俺もそれに倣って屋根に寝転がり、視界を空で一杯にする。暫くの間、俺達は心地の良い沈黙の中で空を眺め続けた。


「……お姉ちゃんがあそこまで本気を出す姿は久し振りに見たわ」

「そうなのか」


 やがて口を開いたリディアさんは、独り言のようにぽつりと呟いた。俺はそれに小さく相槌を打ち、すぐに沈黙する事で続きを促す。それを察したのか、リディアさんは苦笑しながら続きを話し始めた。


「昔の事なんだけどね。お姉ちゃんもあんたと同じ状態だった事があるのよ」

「エルが?」

「そ。比肩し得る存在を見つけられず、始原という肩書きの重さに押し潰されそうになっていた時期がね」


 そう語るリディアさんの表情は、エルがリディアさんの過去を話してくれた時のように懐かしくも寂しそうな物になっている。恐らく、彼女の目には空に浮かぶ月でも星でも無く、昔のエルの姿が映し出されているのだろう。


 俺は無意識の内に『剣聖』という名と古今無双のイメージに縛られ、誰よりも強く、誇り高くなければならないと思い込み続けて来た。それは竜との戦いの時に守るという目的を見つけてからも変わらず、寧ろより強く最強を求めるようになったように思う。


 そして、その思考を『負けたくない』という在り来たりな言葉に変換して何でも無い事のように振舞い、しかし内心では最強である事だけを求め続けていた。


 その強迫観念染みた思考はエルに敗れた事で折れ、結果として俺のアイデンティティが崩壊した。だが、エルに甘えた事で新たなアイデンティティを見つけ出す事が出来た。


 今の俺は孤高の最強である事ではなく、誰かと共に強く在る事を望んでいる。その誰かとは勿論エルの事であり、結果として彼女に甘える事になっているのだが、そこはまぁ問題無いだろう。


 だが、エルもまた俺と同じような思考に取り付かれていたという。思えば、エルは第二の熾天使であるリディアさんと比べても明らかに隔絶した実力差があった。それに加えて『始原』という仰々しい肩書きもある。


 『剣聖』と『始原』という名に、同種族の者と比べて隔絶した実力。細かい所に差はあれど、俺とエルの境遇は非常に近しいと言える。


「お姉ちゃんは責任感が強い人だったから……主様と私達天使、両方の理想の存在になろうとして必死に努力してた。でも、ただでさえ畏れ多い存在だったお姉ちゃんはその苦労を誰にも理解されずに孤立して、それでもずっと努力をし続けた」

「その結果、手段と目的が逆転して自分を追い詰めるようになった、か」

「何で分かるの?」


 俺の言葉に、リディアさんは少しだけ目を見開いて驚きを顕わにする。俺はチラリと彼女の方を見てから、手を軽く挙げて肩を竦めた。


「俺も同じだったからだよ」


 戦奴隷になった時、俺は戦いで死にたく無かったから強くなろうとした。だが何時しかその想いは変わり、師匠に認められた時には強さを求めて強者と積極的に戦おうとしていた。何時死んでもおかしくない戦いに、自分から関わろうとするようになったのだ。


 それが思想の形成に繋がり、師匠に勝利して剣聖を名乗るようになってからは更に強さと誇りに拘るようになった。目的を実現する為の手段だった物が目的にすり替われば、それは必然と自分を追い詰める事に繋がる。


「やっぱり似てるわね……その通りよ。お姉ちゃんは努力で認められようとして、その為に理想の存在になった。何でも出来る、完璧な天使に。でもその歪な思想は、お姉ちゃんの心を蝕んだ」


 その言葉を言い終えると同時に、空の月を覆うように雲が掛かる。それはまるで、表情に影が差したリディアさんの心情を表しているかのようだった。


「ある日、お姉ちゃんの努力を否定した天使がいた。主様から多少能力を与えられていたその天使は、お姉ちゃんの努力を不毛と嘲笑って蔑んだ。それを聞いたお姉ちゃんは、自分の目的を――自分を否定されて、主様に宥められるまで不安定になった」


 正に俺と同じ状況だ。俺は目的となっていた最強である事を否定されて不安定になり掛け、エルは目的となっていた努力で認められる事を否定されて不安定になった。リディアさんが同じ状態だと言った事も納得出来る。


「お姉ちゃんには最初から分かってたんでしょうね。あんたと自分が同じ状況に陥り掛けてるって」

「だから俺にあんな事を言ったのか」

「それだけじゃない。絶対に負けない為に翼を出して、更に見せる予定の無かった魔力の開放をして見せた」


 魔力の開放というと、十中八九翼を燃え上がらせた時の事だろう。あれ以降、エルの力は濃縮付加だけでは太刀打ち出来ないほどにまで上昇した。確かに、翼を出した後はあのような姿になるとは一切聞いていなかった。恐らく、それはリディアさんも同じだろう。


 つまりエルは、自分の身を衆目に晒してまで俺を救おうとしてくれたのだ。賢いエルの事だ、自分が身を晒す事によって起きる混乱や危険は誰よりも理解しているだろう。不愉快な思いをする事だって多くなるはずだ。


 それでもエルは俺の方を選んで、目を覚まさせてくれた。その事実がどうしようもなく嬉しくて、心臓の鼓動を早くさせる。


「……だらしない顔」

「良いじゃないか。寧ろエルにとっては良い事だろっと」

「……まぁ、そうだけど」


 何処か呆れたような、怒っているような表情で貶して来るリディアさんを軽くあしらい、俺は体を起こした。そして三角座りで膝を固定し、力を込めて体が動きそうになるなるのを我慢する。寝転んでリラックスした状態では、自分を抑えきれずに悶えてしまいそうだ。


 しかし、リディアさんがそんな裏事情を暴露してくれるとは、果たしてある程度は認めてくれたという事で良いのだろうか?


「……何その顔」

「いや、エルとの関係を感情でも認めてくれるのかなと」

「ハァ? 何を今更……認めてなかったらあんたが恋してるなんて教えてないわよ」


 恥ずかしそうにそっぽを向くリディアさんの顔と同じように、俺の顔にも血が更に昇って行く。認めてくれた事は嬉しいのだが、それ以上に家族公認になった事が恥ずかしい。くそう、俺はヘタレか。はい、ヘタレです。


 そして遂に恥ずかしさが限界突破した俺は、その場に座っている事すらも出来なくなってとうとう立ち上がった。何かをしていなければ、溜まりに溜まった熱を放出出来ずに叫び出してしまいそうだ。


 幸いにも、ナニかをするのに最適な奴等が近くにいる。吐き出し難いこのエネルギーは、そいつ等で発散する事にしよう。


「あ、行くの? 私も付き合った方がいい?」

「いや、俺一人でいい。それより、早めに戻ってエルを救出してやった方がいい」


 耳を済ませてみれば、喧騒に混じってエルの悲鳴らしき声が聞こえて来る。そろそろ止めてやらなければ、大変な事になるかも知れない。同じ結論に達したのか、リディアさんが仕方無さそうに肩を竦めた。


「じゃ、先行ってるわ。早めに戻って来なさいよ」

「当然」


 屋根の上から飛び降りて行くリディアさんを見送り、腰帯に提げた皮手袋を身に着ける。そしてリディアさんとは反対側の方から飛び降り、物騒な草を三つほど刈り取った


 あれだけ目立つ事をした以上、身の程知らずに草を送り込まれる事は覚悟していた。だが、殆どの草は取るに足らない実力しか持たない上に、俺とエルの気配察知を潜り抜ける事も出来ない。


 故に脅威たり得ないのだが、不愉快な物は早めに排除しておくに限る。俺を含め、人は好きな人と過ごす時に無粋な横槍を入れられたく無いと思う物だ。


 ――その時間が限られているのなら、尚更に。


「ゴホッ、ゴホッ」


 手を口に当てて咳き込み、喉に引っ掛かっている血を吐き出す。大会終了後から幾度目かになる吐血は、俺の体があまり長く持たない事でも暗示しているのかも知れない。


 俺の吐血が寿命を表しているにしろいないにしろ、俺にエルと永遠に過ごせるほどの寿命がある保障は無い。だからこそ、心安らかに一緒にいられる時間を増やしたいと思うのは俺の我が儘だろうか。


「……ま、いいか」


 今までずっと力で押し切って来た人生だ。ならばこの甘美な我が儘程度、力で押し切ってみせる。


 それが俺の――誰かと共に在りたいと思った、剣聖の願う道なのだから。











「で、何でこうなったの?」

「お姉ちゃんが可愛すぎて、私とあんたが鼻血を出すと思ったから」

「にゅえぇぇ……うふふ~……」

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