VSエルネスタ 重い、想い、思い
ブチブチと千切れる筋肉の音を聞きながら地面を踏み、魔力破戒を剣に纏わせて突撃しつつ下から上に斬り上げる。その後反転、体を捻って回転しながら全方位から攻撃、そのまま取り付く。
対するエルは大規模魔術と見紛うような大魔法を幾つも生み出し、互いに干渉させながら妨害して来る。巨大火球と水柱の干渉で左腕が焼けたが、活性の濃縮付加で何とでもなる。
魔力破戒の濃縮付加で足場を作り出し、踏み込んで回転しつつ回し蹴りを放つ。手応えは無いが、回避の方向は読めている。
治癒した左手でエルの足首を掴み、体を捻って結界の壁に叩き付ける。そして回転の勢いを乗せ、魔力破戒を解除した剣で結界に張り付いたエルを斬り付けた。
鼓膜が破れるほどの衝撃と爆音。命中すれば体を粉砕していたであろう剣は、しかし何も捉える事無く結界を叩いていた。
「――後ろッ!」
結界を蹴って下へ逃れ、背後から迫っていた青い炎の龍を回避する。まるで生き物のように追尾してくるが、あえて消さずにそのまま俺を追わせる。
「転移先を読むなんて流石ですねッ!!」
「転移すんのが早すぎだこの野郎ッ!!」
背後に転移していたエルに鎌鼬の雨を浴びせるが、更なる転移で逃げられる。横に現れたエルは、新たに青い炎の龍を幾つも生み出して俺にぶつけて来た。
その隙間を潜り抜け、熱に肌が焦げるのを感じながらエルの周囲に魔力槍を放って逃走を妨害。それを維持したまま鎌鼬を放ち、同時に首を狙っていた風の刃を魔力破壊で防御。攻撃に集中する。
鎌鼬を紙一重で回避したエルは、俺の正面に水の龍を生み出して来た。後ろの炎の龍と挟み撃ちにして吹き飛ばす気か。
小賢しい。
高圧水流とは違って後から後から押し寄せる大水の基点を蹴り抜き、水の龍を爆散させる。大量の細かい飛沫が飛び散っては蒸発し、熱気が吹き荒れてチリチリと肌を焼いた。
もう一度魔力槍を撃ち出し、隙間から逃げ出そうとしているエルを足止めしつつ突撃。向かって来る魔法を斬り飛ばし、逃げ場を失ったエルに鎌鼬を伴う横薙ぎを放つ。
見た目の数倍のリーチを持つ広範囲攻撃を、エルは魔力槍に体を押し付ける事で回避した。同時に背後に隠れていた魔法陣に魔力が送り込まれ、回転を始めた魔法陣からマシンガンのように氷の礫が放たれた。
命中すればまず間違い無く肌を穿つ礫が正面から襲い掛かり、身体強化の超越付加で強化された俺の肌を浅く切り裂いて行く。だが、それは俺を止める術には成り得ない。
強引に礫の嵐を突破し、いよいよエルの体が剣の間合いに入る。そのまま剣を縦に振り上げ、俺はエルの体に斬撃を放とうとして――エルの口が弧を描いている事に気付いた。
「掛かりましたねッ! 『Burning Ray,invoke』!!」
「――~~~ッ!!」
即座に左手に魔力破戒を展開し、紅く染まった光線の照射を防御する。途中で遮っているにも関わらず、俺の手の皮が焼けるほどの熱が伝わって来る。放射熱○かよ。
恐らく、この魔法陣の隠し場所は礫の魔法陣の更に後ろだ。正面からは見えないように上手く偽装し、俺が無防備に斬り掛かる瞬間を狙っていたのだろう。
しかも選んだ攻撃は、着弾までの時間差がほぼゼロで防御し難い光線系の魔術。流石にずっと一緒にいただけあって、エルは俺の事を良く分かっている。当たらなかったが。
左手の魔力を魔力破戒から魔力槍に昇華させ、礫とそれに隠れた光線の魔法陣を破壊する。しかしその魔法陣はしっかりと役目を果たしており、エルは既にその場から逃げ遂せていた。
役目を終えた魔力槍の格子を消し、代わりに再び構築されつつある大魔術の魔法陣を撃ち抜く。続いて宙を蹴って鍾馗を繰り出し、俺に気付いて体を曲げたエルの腹を浅く斬り裂いた。
傷は浅いとは言え、神速の斬撃は腹を一文字に大きく裂いた。出血も多く、今後の動きが鈍っても全くおかしくは無い。
「こ、のッ!!」
しかし現実、エルの動きは鈍るどころか更に加速している。濃縮付加時の俺にも迫る勢いのエルは、闘技場全体に広がる紅い魔力から強大な風と白い炎を呼び起こした。
風に煽られて勢いを増した炎が闘技場を包み、全てを焼き尽くさんと空間を舐め回す。轟々と轟く風鳴りの音は、まるで空間の全てが爆発していると錯覚させるほどだ。
その中心を、俺は駆け抜ける。岩を昇華させんばかりの熱を身体強化で無理矢理耐え、活性で治療しつつ、炎の向こう側で攻撃を続けているエルを追う。
既に魔力は残り少ない。求められるのは短期決戦。狙うはエルの身ただひとつ。
白い炎を潜り抜け、その向こう側にいたエルの心臓へ向けて刺突一閃。避けられたそれをそのまま斬り上げへ転じさせ、同時に体を捻って蹴りをお見舞いする。
ただの斬撃と蹴撃とは違う、鎌鼬に酷似した強力な空圧を同時に発生させる十字攻撃。エルの両腕に正面から受け止められたそれは、骨を砕いた確かな手応えを伝えて来た。
「ぬぉォァァッ!!」
「ガッ……ふぅぁ……ッ!」
二度目の蹴りで吹き飛ばされて結界にぶつかり、反動で跳ね返って来たエルを再び結界へ叩き付ける。それでも致命傷になりそうな攻撃は防御していたが、痛みと衝撃で疲弊して来たのか、段々と反応が鈍くなって来た。
魔法の嵐は徐々にその勢いを失い、エルは腕を封じられて満身創痍。しかし俺も残存魔力は少なく、活性魔法が途切れればすぐに倒れる事は確実。更に言えばエルは魔法士。怪我をしていようと攻撃は容易。
互いに予断を許さないが、勝利が目前にまで迫った状況。そんな中、先に有効な一手を打ったのはエルだった。
「ァァアッ!! つ、かまえましたよッ!」
「なッ!? ガぁァ、グ……ァッ!」
骨折している事を意にも介さずに俺の剣を抱え込むようにして止めたエルは、体に深い傷を刻みながら俺の腕を掴む。直後にエルの手から青白い燐光が散り始め、凄まじい熱でもって俺の腕を焦がした。
「く……ォォオッ!!」
力を失った右腕から剣が零れ落ち、エルの体に更なる傷を刻みながら地面へと落下して行く。それを歯軋りと共に見送りながらエルの手を握り砕き、隼の要領で頭上へ跳んでエルを地面へ蹴り落とす。
その後を追って地面へ降り立ち、回復した右手で剣を拾い上げる。同時に魔力が完全に尽き、体を立ったままに保つ事すらも億劫になるほどの倦怠感と、治しきれていない傷の痛みが襲って来た。
「く……ぅ……」
グラつく体を立て直し、酷く重く感じる剣を構える。まだ戦いは終わっていない。魔力は失っても、俺にはまだこの化物の体が残っているのだ。例え魔法への対抗手段である循環系魔法の源を失おうとも、体ひとつで何処までも戦える。
視界の端では、腕を使えないエルが這いずるように結界に体を押し付け、ゆっくりと立ち上がっている。銀の瞳に宿っているのは、聊かも衰えていない闘志。翼に宿っていた熾烈な炎が尽きても、彼女は未だに戦う気でいる。
「ハァ……ハァ……全身、もうボロボロ、ですよ……此処まで追い詰められたのは、本当に久し振り、です……」
「俺も似たようなものさ。体は元気でも魔力は尽きた……丁度、正反対だな」
「フフ、確かにその通り、ですね」
エルは傷付いた体で弱々しく笑うと、緩慢な動作で翼を広げる。翼の炎が納まると共に白く戻っていた魔力もそれに同調し、渦を巻くようにエルの周りに集った。
「……そろそろ、終わらせましょう。私もこれ以上の戦い、には体が着いて行けそうに無いので、本当にこれで最後、です」
「そうだな、終わらせよう」
俺も気怠い体に鞭を打ち、如何なる攻撃にも対処出来るよう備える。先手を取る事はほぼ不可能。狙えるのはカウンターのみ。チャンスは一瞬、一度きり。それを決して逃さぬよう、感覚を研ぎ澄ませてその時を待った。
ゆっくりと瞑目したエルが、魔力を少しずつ濃縮して行く。俺を吹き飛ばした時のような激しさは無いものの、感じる圧力は翼に炎を熾した時のように荒く、猛々しい。
その魔力が大きく胎動を始め、やがてひとつに纏まって行く。ひとつの白い球と化した魔力を、エルは翼で優しく包み込む。俺から見えるのは、六枚の翼の先端となる穴から覗く一部分のみ。
いよいよ攻撃かと身構えた次の瞬間、包まれた魔力が一際大きく胎動した。
翼の隙間から覗く魔力がその存在感を大きく高め、空間に干渉して現象を発現させ始める。ジリジリ、バチバチと静電気の火花が散り、これから放たれる攻撃の道筋を示すかのように俺を貫く。
そして、エルがその翼を大きく広げた。
翼の檻から放たれた白い球は大きく震え、やがて全ての魔力を吐き出すかのように爆発する。その瞬間、俺は残された力を振り絞って地を蹴った。
バチバチと激しく火花の音が鳴り、そして神鳴る轟音を響かせて紫電が奔る。如何なる者も逃れる事を許さない光速の雷撃は、寸分の狙い違わず俺の剣を刺し貫いた。
眩い閃光と痺れるような痛み。堪らず目を細めると同時に、意図せずに手から力が抜けた。放たれた紫電を吸収したのか、稲妻を纏った剣がゆっくりと落下して行く。
俺はその剣を、エルへ向けて全力で蹴り飛ばした。
矢の用に放たれた剣が、重心のある剣の先端部を中心として回転しながらエルへと向かって行く。甲高い風切音を響かせるそれを、エルは仰け反るようにして回避した。
「な……ッ!」
その剣の背後から、俺はエルに跳び掛かる。驚愕のあまりか、口を半開きにしているエルの腹へ向けて拳を振りかぶり――
「――残念、でした」
――背後からの魔法の一撃に吹き飛ばされた。
肩を貫通する冷たく熱い感触と、体中を地面で擦った痛み、そして視界一杯に広がる土の色。その感触を存分に味って暫く、俺は漸く攻撃が失敗したのだという事実に思い至った。
すぐさま立ち上がって再度攻撃を仕掛けようとしたが、最早体が言う事を聞かなかった。どんなに腕に力を込めても、それは俺の意に従ってくれない。どんなに体を動かそうとしても、体の末端までが疲れきって言う事を聞かない。
体を動かせないという事は、攻撃も防御も出来ないという事と同義。つまりは敗北を意味する。そしてそれは、俺が今すぐ立ち上がらなければ確実に現実となるだろう。
だから立ち上がりたいのに――
「……く……そぉ……」
もがこうとすればもがこうとするほど、涙が後から後から溢れた。でも、どんなに泣いて歯を食い縛っても体は動かない。戦いを続ける事が出来ない。俺は、負けた。
「チコ……」
「ッ……何?」
足掻くのを止め、顔を地に伏せて隠す。エルに見っとも無い泣き顔は見せたく無い。ましてや敗北した相手に情けない姿を晒すなんて事はもっと嫌だ。
剣聖は常に強く気高く、誇り高くなければならない。例え敗北したとしても、情けない姿を見せてはならない。俺は――
「……情けねぇ、俺」
「……そんな事言う前に、回復して下さい」
倒れ伏す俺の肩に温かい手が置かれた瞬間、魔力が一気に回復して行く。竜と戦った時にも、エルはこうして魔力をくれた。原理は分からないが、助かる事に変わりは無い。
活性魔法を付加し、体を回復させて肩に刺さっている物を引き抜く。感触から察するに、氷の槍か矢が突き刺さっていたらしい。水と血でぬめってはいるが、冷たい氷が熱を持った体に心地良い。カキ氷食べたい。
「……私も回復して下さい」
「……あい」
現実逃避をする事も許されず、俺は観念して体を起こした。泣き顔を見られるのは癪だが、エルを傷付いたまま放置すると後が怖い。それに、傷の無い彼女が一番良いに決まっている。
立ち上がった俺は、傍らにしゃがみ込んでいたエルの肩に手を置いて活性魔法を付加する。傷だらけの彼女の体はゆっくりと癒えて行き、歪だった腕の形も元に戻って行く。
「……本当に……本当にギリギリでした」
「…………」
「後一撃貰っていれば、私は間違い無く倒れていました」
「…………」
「一応、この世界最強の私が……追い詰められたんですよ、あなたに」
「…………だからどうした?」
エルが世界最強だとしても、俺が負けたという事実は覆し様が無い。最強だから仕方が無かった。そんな言い訳は通用しないのだ。エルの言葉は何の慰めにもならない。
「チコは強いです」
「そうだな」
「この世界のあらゆる生命体――例え魔王でも、あなたに正面からぶつかって勝てる者は最早存在しません」
「そうか」
「でも、あなたは弱いです。切欠ひとつで簡単に崩れてしまうほどに」
先の言葉とは正反対の評価を下したエルは、俺の頬に右手を、肩に置かれた俺の手に左手をそっと添えた。武器を握る事を殆ど知らない、胼胝のひとつも無い柔らかく綺麗な少女の手。
「あなたは優秀であるが故に、全てを一人で背負い込んでしまう。優秀であるが故にそれを周りに悟られず――そしてこうして、自分の重さで潰れそうになってしまう」
「…………」
「今まではそうやって生きて来たんだと思います。誰にも甘えず、重圧を自信と精神力で支えて……」
そこまで言うと、エルは頬に添えていた左手を滑らせて俺を引き寄せて来る。油断しきっていた俺は突然の事に対応出来ず、そのままエルに抱き留められた。布一枚隔てた先の肌の熱が、酷く熱く感じられる。
「潰れそうな時は私が支えますから、今は私に甘えて下さい。もう一人で抱える必要は無いんですから」
「…………ッ」
耳元で優しく囁いたエルは、そのまま腕にギュッと力を込めて俺を強く抱き締めた。それだけの動作なのに、それが酷く懐かしくて、嬉しくて、自然と涙と本音がボロボロと零れ出して来る。
「……負けたく、無かった……」
「はい」
「……勝ちたかった……っ」
「はい」
「……ぅ……ぁ……ッ!」
それから暫くの間、俺はエルの胸の中で泣き続けた。
俺は負けた。エルにも、重圧にも。そして、優しさにも。
あとは、エピローグにあたる一話で第二章は終幕でございます




