VSエルネスタ 最強対最強
『さァァァッ! 不測の事態で一日伸びたけど、いよいよ魔闘大会決勝戦が始まるわよォォォッ!!』
「「「 オォォォッ!! 」」」
「朝振りですね、チコ」
「そうだな、エル」
イラーナさんと観客の絶叫が響く闘技場の中心で、俺は対戦相手であるエルと向かい合っていた。髪を縛って纏めている所を見ると、今日本気を出すという言葉に偽りは無いのだろう。雰囲気も、何処か鬼気迫る物を感じさせる。
「あら、チコもやる気満々なんですか」
「分かる?」
「勿論です。だって悪い笑み浮かべてますし」
失敬な、とツッコミを入れたい所ではあるが、残念ながらエルの言う通りだ。今の俺の口角は盛大に吊り上っており、歯が剥き出しになっている。何時も寄っている眉間の皺と合わせれば、悪いなどというソフトな表現が生易しく思えるほどの凶悪な笑みに見えるだろう。
「それだけ今日が楽しみだったんだよ」
「フフ、光栄です」
俺がそう返すと、エルは艶やかに微笑んで片手を挙げた。同時に闘技場に結界が展開され、観客席の喧騒や実況が途絶える。観客席にいるであろうリディアさんに結界を張るように頼んでいたのだろう。
心なしか昨日より結界が厚い気がするが、エルがリディアさんよりも強い事を考えれば妥当な判断だろう。結界がどの程度まで防げるかどうかは分からないが、エキスパートであるエルが何も言わないのなら多分問題は無い。
暫くすると、観客席から戦闘準備を促す青い花火が打ち上げられた。それを確認して俺は剣を抜いて構え、エルは白い霧を周辺に漂わせ始める。同時にエルの気配が消え、行動を予測する事が困難になった。少しコツを教えただけで気配消しをすぐにモノにしてしまとは、流石始原の熾天使と言った所だろうか。
「いよいよですね。行きますよ、チコ」
「そうだな……よし来い」
「はい」
戦闘開始を告げる赤の花火に照らされたエルが、周辺を爆発的に広がる白い魔力の霧で満たしながら宙へと飛ぶ。同時に凄まじい量の魔法が霧の中から現れ、その全てが俺に向けて殺到した。
凄まじい速度と圧力でもって迫り来る魔法を、俺は一歩下がって全て斬り捨てる。爆発する火球でも混ざっていたのか、爆炎で視界が覆われたが対して問題にはならない。勿論そんな事はエルも承知の筈。つまり、これはただの演出だ。
その予想を正しいと証明するかのように、爆炎の向こうには神々しい光景が広がっていた。
宙に浮かぶエルと、その背中から広がる純白の六枚の翼、それを彩るように周囲を廻る白い霧の輪。白いローブと相まって、その姿は正に天使と形容するに相応しかった。いや、天使だけど。
前世で語られていた熾天使は上下の翼で体を隠し、真ん中の翼で空を飛ぶといわれていたのだが、今のエルは普通に全ての翼をゆらゆらと動かして浮かんでいる。輪も無いし、前世の天使とは根本的に違うらしい。
「どうですか?」
「惚れ惚れするほど綺麗だ」
質問して来たエルにそう答えると、彼女は嬉しそうに目を細めて笑った。俺としてはその表情の方に惚れ惚れしてしまうのだが、周りの衆目を惹くのはやはり翼の方だろう。
少しばかり観客席の方へ目を向けて見れば、大多数の観客は見た事も無い美しい翼に目が釘付けになっており、VIP席にいる教会上層部の人間が目を剥いて驚いていた。予想していたとはいえ、少しイラついてしまう。
――あぁ、そうか。
「なぁエル」
「どうしました?」
「エルが翼を出すって言った後、二日間茫然自失になった理由が分かったよ」
「それ、凄く気になるんですけど」
「教えない」
エルの秘密を独占したかったとか、言えないし。
不満そうに唇を尖らせるエルを他所に、俺は何時ものように剣を構える。これから始まるのは、最も古き天の使途と化物の一騎打ち。最強の魔法使いと最強の剣士の戦いだ。
予備動作は極限まで小さく、攻撃は一瞬で。全身を身体強化の濃縮負荷で覆い、魔力破戒の濃縮負荷で宙を踏んで一閃。手応えは無いが、すぐに真上へ跳んで離脱する。
勿論エルも黙ってはおらず、翼を使って曲線的に飛びながら魔法を叩き込んで来る。それも本人周辺だけではなく、白い霧の中からも放って来るのだ。リディアさんが三倍と言っていたのは、こんな芸当が出来るからだろう。
リディアさんと比べても桁違いの放出系魔法の習熟度。当然、放出系魔法に類される魔術の熟練度も相当のはず。昨日露呈した俺の一番の弱点となる、広範囲の空間攻撃にも注意しなければならない。
「相変わらず速いですね!」
「エルもな!」
攻撃し、避けられては反撃され、それを避ける。時に軽く言葉を交わしながらドッグファイトのように空中戦を繰り広げ、俺はエルの限界を探った。
悔しい事に、空中戦ではエルの方が一枚上手だ。宙を蹴る事で直線的な推進力しか得られない俺と違い、翼で曲線的な軌道を描きつつ魔法で攻撃して来るエルは捉える事が難しい。
だが、近接戦闘ではやはり俺の方に軍配が上がる。寧ろ、近接戦闘だけならばエルはリディアさんにも劣るだろう。つまり接近さえ出来れば、俺の勝利はすぐにでも決まる。
その障害となる魔法は……まぁ、俺が一切接近出来ないほど凄まじいと言っておこう。兎も角、今の状況での正面突破は不可能に等しい。
残る手段は技を使うか、奇策を見せるか、昨日リディアさんを倒したように魔力破戒の超越負荷を伸ばす――魔力槍とでも呼ぼうか――かのどれかだ。
だが、俺は剣聖の名を持つ者。無論、最初に試すのは剣技に決まっている。
一度地に降り、バックステップで魔法の雨を避けながら後退する。壁まで後退したら足を付けて前方に跳び、空中を飛ぶエルの近くへ移動。その突進力を乗せ、空中で剣を全力で振り下ろした。
突進力を乗せ、震電に次ぐ爆発的な威力を叩き付ける技、屠龍。元は三十七ミリ対戦車砲を思わせるような重い斬撃を叩き付ける技だったが、刀勢が使っていた鎌鼬を此処に乗せれば――
「かはッ!?」
――小規模な爆発に等しい衝撃波を放つ厄介な技になる。
不可視の衝撃波に吹き飛ばされたエルの頭上にまで跳び、そのまま震電を繰り出して脳天を狙う。必殺の速度と威力で放たれた斬撃は、しかしエルの展開した結界に阻まれた。
俺は完全に予想外の反動に吹き飛ばされ、その間にエルはするりと間合いから抜け出して再び距離を取ってしまった。本当にえげつない魔法の展開速度だ。
「チッ! 逃がしたか……」
「や、やられるかと思いました……アホみたいな吸収力ですね……」
「エルもアホみたいな能力だな」
「何それ、傷付くんですけど」
互いに乱れた体勢を立て直し、地上と空中に分かれて睨み合う。軽そうな口調とは裏腹にエルの目は鋭く隙を窺っており、俺は何時でも動けるようにエルの動きを観察している。
そして一瞬の静寂の後、俺は鎌鼬を、エルは水を中心とした魔法の嵐を同時に放った。不可視の風圧が水に衝突して激しく水飛沫が舞い、それに隠れるようにして俺は後ろへ下がる。
次の瞬間、凄まじい爆音と共に前方を覆っていた水飛沫が蒸気を発する事も無く一瞬で蒸発した。恐らく、超高温の火球をぶつけて水蒸気爆発か何かでも起こしたのだろう。
体を木っ端微塵にしかねないような容赦無い攻撃を仕掛けてくるエルに対して冷や汗を掻きつつ、牽制の鎌鼬を放って空中へ移動。そのまま辺りを飛び回りながら、エルの周囲に鎌鼬を大量に放つ。これから始めるのは奇策のひとつ、遠距離戦だ。
迫り来る大量の鎌鼬に対して、エルは大量の魔法で対応して来る。しかし距離が離れている事もあって、魔力破戒を剣に纏わせておけば攻撃のついでに防御可能だ。
だが、エルも不可視の衝撃波を上手く回避しており、命中する気配が無い。多少周囲にバラ撒いてみても、同じ風の刃で完全に相殺されてしまう。
暫しの間、炸裂する魔法や衝突する空気が生み出す爆音が轟く不毛な撃ち合いが続く。永遠に続くと錯覚しそうなほど長く続いたそれは、やがてエルの手によって破られた。
魔法を撃つのを止めたエルは、俺との間に一枚の小さな結界を張った。対魔法士相手には小さい、しかし俺の攻撃を受け止めるには十分過ぎるほどの結界だ。
俺の鎌鼬は結界に阻まれ、エルには届かない。対して向こうは、まるでビルの後ろからミサイルで攻撃するように結界を迂回する魔法を弾幕のように撃ち込んで来る。
「だぁぁもう畜生めェッ!」
悪態を吐いて離脱し、結界が展開されていない方向へ回り込もうとしたが、エルは的確に結界を動かして防御して来る。鎌鼬は直線的な攻撃しか出来ない為、どんなに足掻いても命中する事は無いだろう。
単純な遠距離戦は駄目だったが、正面からの攻撃はエル自身が張った結界によって塞がれた。わざわざ迂回して正面から向かって来る魔法もあるが、その程度ならば捌いて接近出来る。
真正面から突撃し、周囲や偶に正面から迫って来る魔法を迎撃しながら剣に魔力を纏わせる。結界が放出系魔法である以上、強制的に空間に干渉する魔力破戒ならば斬り裂ける。
僅かに体を沈め、下から上に結界を斬り裂く。そのまま生じた隙間に体を捻じ込む――事はせず、震電を繰り出して結界の張られていない上から強襲する。
俺の剣が身を引こうとして止まったエルのローブの背を真っ二つにすると同時に、エルの正面に炎の柱が立った。凄まじい熱量を持った炎が、下がりきれなかったエルと俺を舐めた。
「ぐ、ぁぁ……ッ!」
「う、うぁ……!」
高ランク巨獣の革を使って作られているコートがどろりと溶けるほどの熱に呑まれ、俺とエルは苦悶の声を上げる。流石に肺の中を焼く痛みはあまり慣れていない。が、我慢は出来る。
熱を堪えて体を捻り、エルを火柱の根元へ向けて蹴り落とす。そのまま俺も後を追い、融解しかけている地面にぶつかって跳ねるエルに剣先を向けて突っ込んだ。
しかし、エルも然る者。大規模な爆発を起こして俺を吹き飛ばすと、自分は結界に包まれながら火柱から脱出した。
「あっつつつ……あぁ~、髪と服がボロボロです……」
「こっちはそれ以上にボロボロなんだが……」
背中側を斬られた上に焼け焦げて使い物にならなくなったローブを投げ捨てながらぼやくエルに、俺は小さな声で呟いた。髪までボロボロのエルも酷いが、俺の方がもっと酷い。何せ、ドロドロに溶けたコートが体中にベッタリくっついているのだ。酷いよね?
だが、俺の言葉を耳聡く聞き付けたエルはムッと唇を尖らせた。
「チコは何にも分かってませんね。髪と肌と服は女の宝なんですよ?」
「俺がいれば簡単に直るだろ?」
「そ、それは事実ですけど……ほら、ね?」
「ね? じゃねぇよ……確かに大事だけどさ」
最後に小さく呟き、俺はコートを斬り刻んで脱ぎ捨てる。服が焦げたり肌が焼けたりと酷い事になっていたが、肌は活性魔法で直せるし、素肌を晒しても問題は無い。男だし。
……エルには全部見られてるし。
「どうしました?」
「いや、何も。エルとリディアさんが姉妹だなって思っただけだ」
「あぁ、爆発で距離を取ったからですね」
得心が行ったように手を叩いたエルは、その通りだと言うようにうんうんと頷く。そして美しい翼を大きく広げ、ゆったりと羽ばたいて宙に浮かんだ。
「なら……同じような戦術を取っても自然ですよね? と言う訳で、第二ラウンドです」
「ちょ……」
ムカつくほど綺麗な笑みを浮かべながら、エルが翼の先端ひとつひとつに魔法陣を構築して行く。幾つもの魔法陣が重なって筒状になったそれらは、全てが超強力な魔術を発動させる準備を済ませて内部を白く輝かせている。
ひとつひとつから感じる魔力はリディアさんが使った炎の魔術や絶対零度空間の魔術ほどでは無いが、それでも全てを合わせれば圧力は二つ前者を遥かに上回る。そしてそれは、開放の時を今か今かと待ち構えていた。
「一撃必殺型のリディアとは趣向が異なりますが……まぁ、似たような物でしょう。『Clash and Perforate,Barrage of Magic』」
魔力の白い霧を背後に大きく広げたエルは、にこやかな笑みを湛えたまま謳うように鍵詞を紡ぐ。その謳われた言葉の意味を反芻した俺は、嫌な予感に背筋を震わせた。
「まだ弾幕増えるの……?」
「『invoke.』増えますよ。頑張って耐えて下さい」
軽い調子でそう言ったエルの背後に広がる霧から大量に精製される魔法と、より一層輝きを強めた魔法陣。何時かの竜を思わせるその攻撃を前に、俺は顔を盛大に引き攣らせる。
「まぁ……何とかなるでしょう? チコなら」
「何という嫌な信頼」
何でも無い事を言うようなエルの言葉と同時に、魔法の壁が放たれて俺に迫った。ホント、避ける事が難し過ぎる攻撃を放つ所までリディアさんに似なくて良いのに……。
左手に魔力を集め、魔力が溢れる事すらも許さずに一気に濃縮して行く。そして生じた断裂空間へ更に魔力を込め、六方向に魔力槍を顕現させる。僅かな角度の微調整を済ませ、俺は込めていた魔力の圧力を一気に強めた。
魔法の壁の中へ、六本の黒く歪んだ槍が飛び込んで行く。様々な色や光が交わる壁の向こうで一際目立つ槍は、エルの翼の先に展開されていた魔法陣を寸分違わず打ち抜き、消滅させた。
「……あら、もうそれをモノにしていたのですか」
「そんなに驚く事か?」
珍しく目を見開いて驚きを顕わにするエルに、一瞬だけの超越負荷で魔法の壁をやり過ごした俺は笑い掛けた。
「俺は十二歳で剣聖になった男だぞ?」
後三話程度で二章を完結させるつもり……そしたら伏線張るからちょっと待って~




