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Monochrome―化物剣聖と始原の熾天使―  作者: 勝成芳樹
第二章―二人の戦い―
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VSリディア 絶対零度の決着

遅くなり申した。

表現に時間が掛かってしまった故、許してくだされ。

 耳元をすり抜ける刃が奏でる風切音。


 腕を掠める魔法の熱、冷たさ、刺激。


 体を穿つ熱さと、溢れ出る血の紅。


 命が世界の境界と触れ合う時の独特の感覚。


 この世界で生を受けてから十五年。前世での平和な生活が泡沫の夢であったかのように、常にその感覚の中にいたように思う。


 俺は常に戦いと共にあり、弱い頃から戦奴隷を相手に戦って来た。そして何時からか、俺に一撃を当てる事すらも出来ない相手と戦うのに飽き、それを不愉快に思うようになった。


 俺は強者との戦いを求めた。戦奴隷の頃は師匠との戦いを楽しみ、自由になってからはこの世界の圧倒的存在たる魔獣や巨獣にその役割を求めた。命を削る戦いこそが俺の存在意義であり、全てだった。その筈なのに――






---






 サングラスのように黒く歪んで見える向こう側を覆っていた青白い光が、漸くその輝きを放ち尽くした。少し時間を置いて安全が確保された事を確認し、俺は体中に巡らせていた魔力を納めた。同時に肌を焼くほどの凄まじい熱量が猛威を振るい、俺は堪らず活性魔法の濃縮負荷を行った。


 クリアになった視界に映ったのは、ドロドロに溶けて赤熱した地面と消えて行く白い魔法陣、そして足下に土を盛り上げて平然と立っているリディアさんだった。術者である以上、自分の魔術に対する対策も万全だったらしい。


「……相変わらず常識外れね」

「余裕はあまり無いけどな」


 魔力破戒の濃縮負荷を断続的に使う事で宙に浮かびつつ、俺は余裕そうなリディアさんに向けて口角を上げて見せる。それを見たリディアさんは、憤怒と呆れが混ざった複雑な表情になった。


 確かにあの灼熱地獄を耐え切るのは、普通の循環系魔法の使い手であれば不可能だっただろう。濃縮負荷が出来るレグロでも無理だった筈だ。なら何故俺が耐えれたのかというと、魔力破戒の超越負荷を使えたからだ。


 熱は厄介な物で、僅かな隙間があればそこを伝って入り込んで来る。その為、濃縮負荷だけでは周辺から入り込んで来る熱で結局は焼き殺されてしまう。だが超越負荷ならば、全身に負荷する事で周辺の空間と体とを完全に遮断する事が可能なのだ。


 それを使って何とかあの灼熱地獄を生き延びたが、その代わりに凄まじい吐き気に襲われる事になった。エルとの特訓の甲斐もあって魔力には余裕があるが、一気に使い過ぎたのがいけなかったらしい。


「乗り切るだけでも大した物よ。最高出力だけならトップクラスなんだけど」

「残念だったな」


 確かにあの魔術の出力は、莫大な魔力と制御力を持っていた魔王の使った魔法よりも上だった。魔力破戒の超越負荷で全身を覆えるようになっていたお蔭で防げたが、まともに立ち向かおうとすれば絶対に負けていただろう。


 そして、今の攻撃で俺の本能が今まで以上に激しく脈動しだした。どうもエルが自分の事を責めていると聞かされた事で、思った以上に動揺していたらしい。なるほど、本気で戦っていないと言われる訳だ。


 だが、今は全部後回しだ。ただ本能に身を任せて、目の前に立っているリディアさんを打ち倒す。気になる事は終わった後にじっくり聞かせてもらえば良い。


「クハハッ……さぁ、続きをやろうぜ」

「この戦闘狂……いいわよ、来なさいよ」


 俺が再び臨戦態勢に入った事を察したのか、リディアさんも表情を険しくしながら周囲数メートルに白い魔力を充満させ、身構える。そして一瞬の静寂の後、俺は音速の壁を突破した。


 複雑で曲線的な軌道を描く魔法で自在に操って距離を取ろうとするリディアさんと、単純で直線的な動きでそれを追う俺。振られた剣が肌の表面を斬り裂き、炸裂する魔法が俺を吹き飛ばす。


 一進一退。お互いに決定打を与える隙を見つけられないまま、時間ばかりが過ぎて行く。だが、魔力面でリディアさんに圧倒的なアドバンテージがある以上、あまり芳しく無い状況だ。


 ならば、この膠着状態を崩すまで。


 リディアさんの攻撃が緩んだ隙を見計らい、一気に接近して背後に回る。此処までなら今までと殆ど変わらないが、此処からは今までとは違う。技を使うのだ。


 師匠や俺が編み出した技は、確実に致命傷を与える目的で作られた限定的な物だ。故に闇雲に繰り出すだけでは全く効果が無い。如何にその技を繰り出すのに最適な状況を作り出すのか、そこには基礎的な技量や状況に掛かっている。


 そして今から使う技である隼は、超接近状態で敵が振り向こうとしている状況で最も高い効果を発揮する。そう、正に今だ。


 地ではなく宙を蹴り、最小限の動きでリディアさんの頭上に跳び上がる。振り向こうとしているリディアさんは、俺がそのまま攻撃を仕掛けて来ると思っているのか頭上への警戒を怠っていた。


 捻りを加えて下方を斬り払い、確かな手応えを感じつつ離脱する。案の定、離脱した直後に凄まじい熱を感じた。


「チッ! やるじゃない」

「リディアさんもな」

「それはどうも!」


 振り向いた先にいるリディアさんは、右の肩からダラダラと血を流していた。脳天を狙ったのだが、咄嗟の判断で避けられたらしい。口角を上げながらその事を賞賛すると、リディアさんは露骨に顔を顰めながら魔法を放って来た。


 散らばり、十六方から迫る魔法は、それぞれが生物の命を容易く蒸発させるほどの威力を秘めている。威力に軌道、そして何よりも数が多い為に捌くのは非常に困難だ。


 だが、もうそろそろ慣れて来た。


 魔法は全て俺を狙って来ている。それはつまり、迎撃すべき対象が全て一箇所に向かって来ているという事。大体のタイミングさえ計ってしまえば、一見困難に見える迎撃も簡単になる。


 ギリギリまで魔法を引き付け、飛翔一戦。リディアさんに傷を付けた隼と同じように振るわれる魔力を纏った剣は、今にも俺を焼き尽くさんとしていた魔法を一網打尽にした。


「一振り!? かふぁッ!」


 驚愕の声を上げて一瞬動きを止めたリディアさんを蹴りで吹き飛ばし、未だに赤熱している場所に叩き付ける。リディアさんは即座に水を生み出して冷却したが、その隙は俺にとっては十分に大きい。


 側面に回り込み、一閃。咄嗟に転がったリディアさんの右腕から赤い血が迸るが、やはりそこまで深い傷は与えられていないか。


 そのまま追撃を加えようとした瞬間、僅かではあるが人為的な魔力の流れを感じた。嫌な予感を感じて後退すれば、リディアさんの周囲で白い火柱が上がる。そのまま突っ込んでいたら、今頃は灰になっていたか。


「いよいよ本気ってわけ?」


 立ち昇る火柱の向こうから、痛みに顔を歪めたリディアさんが問い掛けて来る。俺としては特にギアを変えたつもりは無いのだが、やはり本能レベルから戦いを求めていると変わって見えるらしい。


「まぁ、な」

「チッ……笑ってから別人じゃない……」


 忌々しげに舌打ちしたリディアさんは、辺りに漂う魔力を複雑に絡めながら魔法を放って来る。魔法は足止めで、本命は構成している最中の魔術か。


 勿論黙って見ているつもりは無い。足下に着弾した魔法を避け、魔力破戒を剣に纏わせて絡み合う魔力を消滅させつつ大元のリディアさんを狙う。


 だが、リディアさんも然る者。逃げるのを止めて攻撃と魔術の構築に集中したリディアさんの魔法の嵐は濃密な上、更に時折混ぜて来る精密で強力な攻撃によって接近が阻まれてしまう。笑ってから別人じゃないとか言っていたが、リディアさんも別人みたいじゃないか。


 そうやって攻めあぐねている隙に、リディアさんは着々と魔法陣を組み上げて行く。見た所、狭い範囲に超高威力或いは長時間の攻撃を行う陣のように見えるが、詳しい事は分からない。もう少し真面目に授業を受ければ良かった。


「こ……のッ!」

「ッ! まだ濃くするかッ!」


 俺が試行錯誤しているのを見て焦ったのか、リディアさんが更に魔法の密度を濃くして来る。俺も限界までギアを上げて対抗するが、余裕はあまり無い。魔術の効果にもよるが、超越負荷の使用も視野に入れておくべきか。


 漸くブーツが溶けなくなった地面を這うように走る。凄まじい上昇気流によって僅かに逸れる魔法の軌道を読み、避けながら可能な限りギリギリまで接近。全力で剣を振り抜き、衝撃波を飛ばす。


 アメリアさん達の使う鎌鼬の猿真似だが、リディアさんの左腕を斜めに斬り裂くという好成績を残した。だが、リディアさんは顔を顰めるだけで魔法や魔術の構築の手を緩めない。俺もこれ以上の追撃は出来ず、魔法に追い立てられるように距離を取った。


 そして再びの接近を試みた瞬間、リディアさんの口が三日月を描いた。


「正直、こんなに早く切り札を切らされるとは思って無かったわ」

「ク……ッ! 何で早く切った……ッ!?」


 魔法陣の構築を終えたリディアさんが、魔法による飽和攻撃を激化させた。片手を挙げた彼女の隣に浮かぶ魔法陣は、複雑な紋様と紋様が絡み合いながら回転している。


 その形は円と円が大量に絡み合った球形。人の間では未だに実用化されていない立体的な魔法陣に目をやりながら、リディアさんは「何でって?」と言って小さく笑った。


「勿論私が手詰まりに近いって意味で。これであんたが手詰まりだけどね」


 そう言うと、リディアさんは勝利を確信したような笑みを浮かべ、そして魔法陣を起動させるべく鍵詞を並べ始めた。


「『Absolute(絶対的) Freezing(凍結した) World(世界よ),Come(来たりて) and Fill(満たせ).Eternal(永遠の) Prison(牢獄よ),Here in(此処に)』」


 リディアさんが鍵詞を紡ぐ毎に魔法陣が様々な色身を帯びて回転し、その効果を刻み込んで行く。単語を抜き取る限りは極寒地獄を生み出す魔術らしい。


 体が焼き尽くされる灼熱地獄と違い、体を凍り付かせる事で機能を停止させる極寒地獄は活性魔法と相性が悪い。凍って壊れた部分を排出出来ず、再生が出来なくなるのからだ。灼熱地獄と違って回復出来ないとなると、極寒世界の中で無理矢理戦闘を続けるのも難しい。


 戦おうとすれば強さの根源のひとつである回復力を潰され、常にダメージを受け続けてやがて負ける。耐え凌ごうとすれば、魔力が尽きて負ける。つまり、あの魔術が完成した時点でほぼ詰みだ。


「『Zero(零の) Field(領域)』」


 そして、止める事は既に叶わない。


「『invoke(発動せよ).』」


 魔法陣の塊が、心臓のようにドクンと脈動する。咄嗟に魔力破戒の超越負荷を纏った瞬間、黒く歪んだ空間の向こう側に青い衝撃波が奔った。

 

 世界が砕けた。そう錯覚するほど隙間無く、そして美しく空気が凍る。そして生まれたダイヤモンドダストは、宙に浮く事無く滝のように地へと流れて行く。


 それはこの場が真空である事の証。あらゆる生命が生きる事を許されず、原子が振動を停止し、重力に従って地に伏せる時の止まった世界。その中央で、隔絶した空間に身を寄せる俺は結界の中に閉じ篭るリディアさんを見据える。


 今の状況からリディアさんを撃破するには、隔絶した空間を越えて攻撃を飛ばすか、移動しなければならない。だが、超越負荷によって隔絶された空間は内部からの攻撃も通さず、移動するには一度超越負荷を解除しなければならない。当然、空間を開放すれば待つのは敗北だけだ。


 唯一勝つ可能性がある作戦は、この場所から隔絶された空間を伸ばしてリディアさんを貫く作戦だ。この隔絶された空間は魔力を込める事で広がる事は分かっている為、一方向に魔力を集中させれば槍のように攻撃する事は可能だ。


 しかし前提として、リディアさんの反応を許さないほどに素早く、そして正確に一撃を放たなければならない。俺と違い、リディアさんはある程度なら動く事が出来る。避けられては今度こそ敗北する。


だが何もせずに敗北を待つよりは百倍マシだ。


 隔絶された空間は、俺の体から外に十センチほどの広さしか無い。満足に動く事も出来ないが、腕や指先を動かして方向を指定するくらいならば出来る。


 方向を定め、体中の魔力を指先に集めていく。魔力にも殆ど余裕が無いが、どうせ失敗すれば負けるのだ。それならばいっその事、全ての魔力を集めて少しでも攻撃が成功する可能性を高めてやる。


「ク……ぁぁぁ……ッ!」


 超越負荷を数秒維持するだけの魔力を残し、他は全て搾り出す。濃縮された魔力が指をズタズタにする痛みを強引に押さえ込んで、そして集めた魔力を一気に開放した。


 それは槍のように通り過ぎて伸びたのか、はたまた光線のように貫通したのか、パイルバンカーのようにぶち抜いたのかは分からない。しかし込めた魔力は確実に黒い棒となって、隔絶された空間と外の空間とを繋ぐ事無く発射された。


 息を呑んだのか、見開かれたリディアさんの目が伸びる黒い棒を捉える。初動が致命的に遅れている所を見ると、やはりこんな形で攻撃して来るとは思っていなかったらしい。


 空間を掘削する黒い棒が、結界をあっさりと貫通してリディアさんの胸に吸い込まれ、白い光が放たれる。それを見届けて勝利を確信した瞬間、俺の目の前がパッと明るくなった。


 時間が動きを止める。体の表面が凍り付き、全てを死滅させて浸透して来る。体が外から凍って行く。心臓が、脳が一気に冷えて行く。


 試合には勝ったが、これは助からないかも知れない。外から凍り付いて行く現象を危機と判断していないのか、魔道具も反応する兆しを見せない。全く、リディアさんもふざけた置き土産をしてくれた物だ。


 死ぬ寸前だからか、目の前にエルがいる気がする。常に警戒を忘れない俺が、人が目の前にいるかも知れないと思って安心するのは何故だろう。


 ……多分、エルだからだろう。常に俺に寄り添い、ずっと近くにいたから目の前にいて安心するんだろう。近くにいるのが自然で、当たり前の事だから。きっとそうだ。そうに違いない。


 そう言えば、リディアさんに何か言われていた筈だ。確か、俺がエルの事を好きだって事だっけ。後で確認しに行かなければ。行けるかな?


 寒い。温かい物が飲みたい。これが好きって感覚か。いや、食欲か?それとも何か違う気がする。あったか欲?違う、そうじゃない。何だろう。頭が回らない。


 あぁ。


「さ……む…………ぃ…………」


 冷たい肺から声を絞り出したのを最後に、俺の意識は完全に凍り付いた。

エルの事を好きと自覚する話だと思った?

残念、それは次だ!

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