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Monochrome―化物剣聖と始原の熾天使―  作者: 勝成芳樹
第二章―二人の戦い―
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宣戦布告

 あの後、茫然自失となったクルス様を治療した騎士達と共に放り出し、医務室にお泊りになるディオニシオさんに別れを告げて解散となった。そして今はエル、リディアさん、アベルさんの天使三人と何故か呼ばれた俺は、レグロの事について話し合うべくエルの家に集まっている。


「それで、あの人間の実力はどの程度なのでしょうか……?」


 アベルさんが、この中では恐らく最も実力を把握する事に長けている俺に聞いて来る。だが、レグロの発する気配は不安定で、実力を示す指標には成り得ていなかった。そう説明すると、リディアさんが難しい顔をして腕を組む。


「うーん、仮にそいつがあんたと同等の実力を持っているとしたら厄介ね。これ以上熾天使を監視に裂く余裕は無いわ」

「最悪、チコを信頼して私がレグロに付くという手もありますが……」

「外聞が悪すぎるな」


 エルは大衆と王の目の前で俺の独占を宣言した。今更それを覆してレグロに付くと、周辺に騒ぎ立てられるのは確実だ。主に籠絡に支障が出るだろう。あと俺が気に食わない。


「ま、大体の指標としては筋力は俺より上、技術は俺より下って所だな。細かい所は明日、実際に戦って確かめる事になる」

「勝てそうですか?」


 心配そうな表情で覗き込んで来たエルに、俺は口角を吊り上げる事で答えておいた。


「……どうしよう。コイツ、もう私達の手に負えなくなってない?」

「……その認識は正しいかと思います」

「……主様、どうするんだろ」






 魔闘大会二日目となる翌日、俺はディオニシオさんとリディアさん、アメリアさんの三人と共にVIP席に座っていた。エルは第八試合に出る為に控え室にいる為、今はいない。


「あの……師匠?」

「何でありますか?」

「あの、その……密着し過ぎじゃ……」

「普通であります」

「普通!?」


 間を出来る限り開けて座る俺達の前でいちゃこらするディオニシオさんとアメリアさんの師弟カップル。仲が良いなーとか思いながらその様子を眺めていると、隣のリディアさんがぼそりと呟いた。


「あんた達も似たようなもんよ」

「……さーせん」


 そんな事をしている内に、第五戦の用意が整ったようだ。昨日に引き続いてイラーナさんのハイテンション実況ボイスが会場に響き渡り、入場口から第一戦で破壊の嵐を振り撒いていたアルビナさんが入って来た。そして反対側からアベルさんが入場して来る。


 確かアルビナさんは、ASランクという冒険者の最高峰に近しい人だった筈だ。対してアベルさんはSSランクで、大魔法士の学園長と並ぶ人物……という建前の主天使(ドミニオン)。この二人の間にどれくらいの実力差があるのか、興味深い。


 気配では、昂ぶっているアルビナさんと何時も通りのアベルさんに分かれている。アルビナさんは分からないが、アベルさんは攻撃を受けても落ち着いて魔力を練り続け、巨大な魔法を放てると評判だった筈。良い精神状態と言えるだろう。


『それでは! 第五戦、開始ィィィッ!!』


 開始の合図と同時に、互いに牽制の小さな魔法を放ち合って距離を取る。アベルさんなら天使の身体能力を生かして殴りに行ける気もするが、そこを指摘するのは野暮って物だろう。


 距離を取った二人は牽制の魔法を打ち合いながら大規模な魔法の準備を進めている。魔法の精度・威力共に二人に大差は無い。実力を隠していなければ、この試合はタイミングを制した者の勝ちになる。


「つまらないわね。もっとドンパチやれば良いのに」

「エルやリディアさんから見ればそうなんでしょうけど……」


 ド派手な戦闘を望んでいるリディアさんに苦笑しつつ、周囲にチラリと視線を向ける。少し離れた所にいる司教らしき人が、コソコソと俺達の方を窺っている。後ろには私服の神殿騎士がいて、前にも魔法を使えるらしい神官が常に俺達の動向に注目していた。


「仰々しい奴等ですね」

「コソコソするのが好きな奴等ね。主様の趣味に逆らってるわ」


 どうやら神様はハッキリしている方が好きらしい。俺は奥ゆかしい態度も結構良いと思うのだが、流石にこんな部分で奥ゆかしさを演出されても嬉しくは無い。寧ろ正面から来い。


『おォッとォ!? 此処で大魔法が炸裂するのかァァァッ!?』


 一際大きな実況の声に視線を戻せば、アルビナさんとアベルさんが魔法の打ち合いを止めて睨み合っていた。互いに瞬きもせずに一挙手一投足に気を払い、魔法を打ち込むタイミングを計っている。


「あー睨み合いに入りましたか……」

「何か不都合でもあるの?」

「いいえ、何も。ただ、打ち合いと違ってこっちは経験が物を言いますから。勝ちがほぼ決まってつまらないと思っただけです」


 言い終わると同時に、闘技場の二人が同時に魔法を撃った。アルビナさんは凶悪な熱を放射する巨大な火球を、アベルさんは目も眩むような閃光を。


「なるほどね」


 リディアさんが答えを返した瞬間には勝負は決まっていた。アルビナさんは巨大な雷に飲み込まれて消滅しており、アベルさんは涼しい表情で火球を防いだ結界を解除する。


 互いに魔法を打ち合ったあの時、アルビナさんは溜めていた決戦用の魔法を、アベルさんは目晦ましの閃光を放って結界を張っていた。天使ならではの膨大な魔力に物を言わせて先に火球を使わせる事で、魔法が相殺される事を防いだのだ。


 戦闘中という極限状態の中で此処まで冷静な判断を下せたのは、永い間強者と肩を並べて戦って来た経験故だろう。引き出しの多さなら、俺でも敵わないかも知れない。


「ま、無茶があるわ。アベルを経験で超えようだなんて」

「当たり前ですよね」


 どうやったら悠久の時を生きている天使の経験を人の身で超えられるのか。それこそ身体が動かなるまで年を取った賢者でも超えられないだろう。根本的な寿命に桁レベルで差があり過ぎる。


 それにエルやリディアさんの話を聞く限り、アベルさんは天使の中でもかなりの監視経験を持つベテランらしい。それこそ学園長のように思考を読む等の反則的な能力でも無い限り、見破られる事は絶対に無いらしい。見破られたエルとは大違いだな。


「無茶があるのよ。アベルを経験で超えようだなんて」

「……そうですよね……」


 むすっとしたリディアさんの言葉に目を逸らす。熾天使、それも最も始めに創られた最上位の天使を監視に裂かなければならないような強さを持つ人間なんてそうそういないだろう。監視を殆どした事が無いのに経験を積める訳が無い。それでも俺が三週間も俺に気付かせないほど自然に振舞えていたのだから、エルの能力の高さが分かるという物だ。


 改めてエルの凄さに感心していると、次の出場者が闘技場に上がって来た。予選第二戦でリディアさんの魔法を凌ぎきった魔法士のルイスさん、予選第三戦で見事な槍捌きを披露していたセベロさんだ。実力も拮抗しているし、魔法と槍の素晴らしいぶつかり合いを見せてくれるだろう。


「失礼する」


 本選第六戦が始まった時、隣に見覚えのある怪我人が座った。全身包帯グルグル巻きの上に神官服を着たルフィノさんだ。今日は護衛の任を解かれているらしく、騎士鎧もサーベルも持っていなかった。


「何?恨み言でも言いに来たの?」

「いや、そんな事では無い。第一、あんな物を受けた後で勝てるとは思えん」


 男性不信も相まって露骨な反応を示すリディアさんに、ルフィノさんは苦笑しながら手を振った。その姿に敵意は一切無く、諦観の年が色濃く浮かんでいる。どうやら、昨日の戦いで騎士としてのプライドがポッキリ折れてしまったらしい。


「昨日、クルス様直々に護衛の任を解かれてな。たった数秒で敗北するような者に護衛は務まらんらしい。神殿騎士団長の任も解かれた。今はただの下っ端神殿騎士だ」

「「 へぇ 」」

「……二人とも意外と薄情なのだな」


 視線を明後日の方向に向けている俺達の適当過ぎる反応に、ルフィノさんが傷付いたような表情をする。だが、今の俺達は周りの教会関係者の様子を窺うのに忙しい。ルフィノさんのこの接触が独断によるものなのか、それとも教会の指示なのか確認する為だ。


 後ろの神殿騎士と前の魔法神官は気配を揺らがせ、司教は面白いほどに目を白黒させている。他の教会関係者も大体同じ反応だ。これはルフィノさんの独断と見て良いだろう。


「まぁそれは良い。そんな事よりも相談があるのだが」

「面倒臭いです」

「クルス様が上に報告した事だ。聞きたくは無いか?」

「どうでもいいです」


 クルス様が上にどんな報告をしたかは知らないが、接触して来るのならそれで良し、手を出して来るのなら叩きのめすだけだ。そう言外に告げると、ルフィノさんはフッと息を吐いて肩の力を抜いた。


「そうか。当てが外れたな。では此処で観戦させてもらおう」

「ご自由に」


 やけにあっさりだと思いながら視線を闘技場の方に戻すと、ルイスさんの魔法がセベロさんに直撃した所だった。まだ緊急転移はしていないようだが、明らかに動きが鈍っている。押し切られるのは時間の問題だろう。


 そしてその予想通り、動きが鈍ったセベロさんはルイスさんの猛攻に耐え切れず倒れた。これで本選第六戦が終了し、第七戦に移る事になる。組み合わせは、巨鎚使いのフアニートさん対魔法軽戦士ミレイアさん。性別も含め、真逆の性質を持つ者同士の戦いだ。


 フアニートさんは予選第一戦と同じ鎚を持ち、ミレイアさんに己の筋肉を誇示するようにポージングを決めている。ミレイアさんは天然なのかそれとも筋肉フェチなのか、それを見てパチパチと手を叩きつつぺたぺたと筋肉に触れていた。


『んっんー! ミレイア選手、準備はよろしいですか?』


 イラーナさんが窘めると、ミレイアさんは慌ててフアニートさんから離れてダガーを構えた。フアニートさんもポージングを止め、鎚を担いで深く腰を落とす。戦場特有のピリピリとした空気が流れ始め、観客席も嵐の前の静けさとばかりに静まり返った。


『それでは第七戦、始めェッ!!』


 イラーナさんの合図と共に同時に飛び出し、二人は武器を振りかぶる。そして激突する瞬間、眩い光が発されて会場にいる全員の視界を奪った。突然目の前が真っ白になった観客は混乱に叫び、周辺は阿鼻叫喚の嵐と化した。


 俺は活性魔法の濃縮付加で目を更新して視界を取り戻し、闘技場の方を見る。治療に掛かった時間は一瞬に近い時間だけだったのだが、既にフアニートさんは消えていて戦いは終わっていた。


「目晦ましをして首元をダガーで一撃ですか。人間や小型獣相手に特化した人ですかね」

「そんな所でしょ。なかなか賢いわね」


 イラーナさんの宣言が終わると同時に退場口は駆けて行ったミレイアさんを見送りつつ、リディアさんと一緒にそう評す。小型の獲物に特化した技を持つ人は、大型の獲物を狩る人間に簡単に勝利する事も出来るのだ。相性は大事。


 次は第八戦、震天の魔導師エルネスタ対手斧使いのシモンさんの戦いだ。互いの実力差が開き過ぎている為、シモンさんがルフィノさんのように折れてしまわないかが一番の懸念となっている。


「そう言えば、リディア殿の姉君であるエルネスタ殿の実力は如何ほどか知っているか?」

「知ってます?」


 隣に座っているルフィノさんが問い掛けて来た為、俺は反対側のリディアさんへ質問を受け渡した。俺はエルの全力を見た事が無いが、エルの妹であり、共に永い時を生きて来たリディアさんなら見た事があるかも知れない。


 リディアさんは「面倒臭い事押し付けないで」と言わんばかりに睨んで来るが、俺はそれを華麗にスルーする。俺にとっても、エルの情報を収集する絶好のチャンスなのだ。此処でリディアさんの味方をして情報を逃す訳には行かない。


「んー、どうだろ。私は勝った事無いけど」

「一度も?」

「一度も。技術の差が違い過ぎるのよ。私が一撃つ間に、お姉ちゃんは三撃って来るから」

「……姉妹揃って、凄まじい御仁なのだな」


 実際にリディアさんと戦い、その実力を味わったルフィノさんが表情を僅かな驚愕に染める。ある程度予想はしていたらしいが、それを超える実力であった事に驚いているらしい。


 しかし、人一人を蒸発させる威力の魔法を乱発していたリディアさんの三倍で撃ってくるとなると、濃縮付加だけでは対応が間に合わないかも知れない。長時間使い続けるとどうなるか分からないが、勝つ為には超越付加の使用も視野に入れて置くべきだろう。


「……でも、あんたは絶対に決勝に行かせないわ」


 初めて出会った時のような激しい敵意を目に宿したリディアさんが、凄まじい殺気を俺に向けながら睨み付けて来た。


「お姉ちゃんに本気なんか使わせない。あんたを私が下して、本気を出すまでも無い状況にしてあげるわ」


エルの説得を諦めたと思っていたが、俺を実力で止める方向にシフトしたらしい。リディアさんも熾天使だ。俺が楽しめる戦いをしてくれる事は間違いない。


 肌が冷たい殺気でゾクリと粟立ち、本能がズクズクと疼き始めた。


「それなら俺は無理矢理押し通る」

「出来ると思わない事ね」


 口角を吊り上げる俺と険しい顔のリディアさん。その睨み合いによって発生する火花を演出するように、闘技場で発生したド派手な爆発が会場を照らした。






「……午後が怖くなって来てしまった」

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