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Monochrome―化物剣聖と始原の熾天使―  作者: 勝成芳樹
第二章―二人の戦い―
32/89

エルネスタの妹

本当は三日の予定だったんだ……ごめんなさい……ごめんなさい……


それは兎も角として、八月中は毎日更新出来ると思います。

 俺と相対しているのは、羽を広げれば三十メートルにも達する巨大な蛾。モ○ラのような美しい羽とは反対に、見た者に生理的嫌悪感を与える色彩の翼を必死にはためかせ、上空へと逃げようとしている。


「エル!」

「分かってます」


 声を張り上げれば、後ろから頼もしい声が返って来る。その声の主は素早く魔力を練り、巨大な蛾の頭上に巨大な火の海を作り出した。


 モス○のような可愛らしい声でも○トラのような迫力のある声でも無い音で絶叫を上げた蛾は、羽を激しく炎上させながら墜落する。暫く身悶えしていた蛾だが、やがてピクリと触覚を動かしたのを最後に動かなくなった。


「ふぅ、お疲れ様でした」

「お疲れ。解体するぞ」

「はぁ、面倒臭いですねぇ。専属の解体師でも連れて来ませんか?」

「出来ない事は無いが、此処までこなすのが普通の冒険者だ。頑張れ」


 弱音を吐いたエルを叱咤しながら、漆黒の刀身を持つ剣で未だに炎上している羽を斬り落とす。勿論、胴体への延焼を防ぐ為だ。


「仕方ないですね。はぁ、憂鬱です」


 以前に買った物よりも性能が良い白ローブを纏ったエルも俺に続き、上等な剣を取り出して解体に参加した。最初はたどたどしかった手付きも、今やベテランに匹敵する正確さを持ち始めている。これも数をこなしたお蔭だろう。


 俺が緑色の体液に辟易としながら緑色の大きな魔石を取り出すと、既に他の部位の解体を終えていたエルが意気揚々と立ち上がった。


「よし、解体は終わりです!帰りましょう!」

「その前に遺骸を焼き払ってくれ」

「クッ!流石チコ、簡単に帰らせてはくれませんね……」

「お前は何を言っているんだ」


 式典から一ヶ月後の()曜日の日、俺とエルネスタは王都近くに現れた巨獣の討伐を依頼されていた。その巨獣は毛虫という話だったが、俺達が討伐にやって来る前に羽化して蛾になっていた。その蛾も今は、エルネスタの放つ炎に包まれて炭と化している。


 この蛾はBランク巨獣のデッドリーモス。蛾らしく正の走光性に従って街に飛来し、人をも殺す猛毒を持つ燐粉を撒き散らすという災害生物だ。強さこそCランク巨獣のディラと大差無いものの、接近すれば毒を受ける為にランクが高めになっている。


 幼虫状態の時は燐粉こそ撒き散らさないものの、毒液を垂れ流す針を体中にビッシリと生やしている。要するに、どちらの状態の時も周辺に毒を垂れ流す上に接近が許されないという厄介な巨獣という事だ。


 討伐の際は大規模な魔法で遠くから一方的に焼き尽くすのが定番だが、今回は地上に被害が行かないように岩を顔面に投げ付けて空に浮かばせ、そこを狙った。幸い、素早く仕留めた為に燐粉は撒き散らされていない。


「はぁ、炭になりましたよ。帰りましょう、さぁさぁ」


 討伐に出発した時から、エルはずっとこんな感じだ。何かとつけては帰りたいと呟き、用事が終われば俺の背中によじ登ってまで早く帰ろうとしている。不自然だ。


「どうしたんだお前。何かあるのか?」

「えぇ、まぁ。今日は妹が来るんですよ」


 妹が来るというのならば納得だ。早めに帰って出迎えの準備をしたいのだろう。


 ……。


「えっ?妹?」

「えぇ、一番上の妹が。チコも会いますか?」


 エルは熾天使(セラフ)で、最も最初に創られた天使だ。その妹とは、その後に創られた天使に相違ないだろう。そして一番上、つまり二番目に創られた天使となると熾天使の可能性が高い。正直、気になるのは確かだ。主に熾天使(セラフィム)の頭の中について。


「まぁ、会えるなら会ってみたいが……」

「なら今日はお泊りですね!」

「ハッ!」


 背中の彼女の腕の力が強くなるのを感じたと同時に、俺は嵌められた事を理解した。






「お疲れ様。やけに早いわね」

「エルが急かすもんですから……」


 まだ日が高い内に、俺はギルドへ報告に戻っていた。勿論受付をしてくれているのはイラーナさんだ。今日もプラチナブロンドの髪が眩しいイラーナさんは、俺が持って来たデッドリーモスの魔石を丁寧に包んでいる。


 ちなみにエルは、妹を出迎える時に本格的な和食を作りたいらしく、帰って早々にクラウディオ商会の店に突撃して行った。今日の夕食は期待出来そうだ。


「相変わらず仲が良いのね。モノクロームの二人はまるで夫婦のようだーって酒場じゃ有名になってるわよ?」

「エルはもう夫婦のつもりなんでしょうね……」


 溜息を吐きながら言うと、イラーナさんはクスクスと笑った。仲が良く見えるのは否定しないが、その大半は脅迫()で成り立っていると知ったら男共はどう思うだろうか。バラす気は一切無いが。


 ちなみにモノクロームとは、俺とエルが組んでいるパーティーの名前だ。竜殺しの功績でCAランクに昇格したエルは中遠距離戦に特化していて、近接特化の俺と相性が良い。という理由を付けて脅迫()されて組んだ。名前の由来は、文字通り俺とエルが黒と白だからだ。安直とか言うなよ。


「良いじゃない、夫婦。チコとエルちゃんならお似合いだと思うわよ」

「簡単に言ってくれますね」

「あら、本心よ?はい、これが報酬ね。また宜しく」


 ニコニコ顔のイラーナさんと嫉妬に塗れた男達の視線に晒されながら、俺は冒険者ギルドの扉を潜る。エルの要望でフードを被らなくなった所為で、ギラギラと照り付ける太陽が眩しい。前世の日本と同じ流れ方をする季節は、夏に近付いて来ている。


「あー……サングラスでも掛けるかな……眼鏡屋はあるし……」


 強い日差しに目を焼かれながら、クラウディオ商会の方へ足を向ける。エルの事だから、迎えに行かなければ不機嫌になってしまうだろう。そんな事をして下をばら撒かれたくは無い。


 早足で向かったのが功を奏したのか、俺が商会に到着したと同時にエルが中から出てきた。買った物は新調したウエストバッグの中に入っているのだろう。手ぶらのエルは、俺を見つけると同時に駆け寄って来る。


「チコ、報酬はどうでした?」

「情報と違うって事で色を付けてもらった。ほら、エルの分」

「あ、どうもです。私の方も本格的な物が出来そうです。鰹節は無いですけど……」

「あれ、カビだからな……」


 鰹節の事は既にクラウディオさんに話してあるが、製法の部分でクラウディオさんは難色を示した。カビを使って発酵させるのは良いが、それが浸透するとは到底思えないと言うのだ。かと言って荒節は臭いが強く、一般には浸透し難い。その所為か、あまり精力的に開発を進めていないようなのだ。


「鰹節で取った出汁、使ってみたいんですけどね……」

「諦めろ。現実とは非情な物だ」

「そんなチコ殿とエルネスタ殿に御朗報です」

「クラウディオさん?」


 後ろから声を掛けて来たのは、手に袋を持ったクラウディオさんだった。クラウディオさんは俺の問い掛けにも答えず、黙って袋の口を開いて俺達の目の前に差し出す。覗き込んでみれば、まるで木のような色をした塊が見えた。


 中から立ち昇るのはまろやかな鰹節の香り。懐かしいその香りで俺の肺が満たされる。エルもその匂いをいっぱいに吸い込み、俺の記憶の中の鰹節とリンクさせようとしているようだ。


 そう、これは紛れも無く鰹節。それも、カビを付けた鰹節。


「クラウディオさん、出来たんですか!?」

「えぇ。試作品で少数ではありますがね。これが中々……出汁とは素晴らしい物ですな」


 腹を抱えながら笑うクラウディオさんは、どうやら鰹節から取った出汁で何かを作ったらしい。恐らく、そこで気付いたのだろう。出汁の素晴らしさと、鰹節の本当の価値に。


「どうぞ、これを持って行って下さい。改良点があれば、私から工房の方へ伝えます」

「ありがとうございます、クラウディオさん!!」


 後光が差しているクラウディオさんに深々と頭を下げる。クラウディオさんはそれに手を挙げて答えると、でっぷりとした腹を揺らしながら近くの馬車に乗り込んだ。俺達の為にわざわざ降りて来てくれたのだろう。あの人は神に違いない。


「これでもっと美味しい和食が作れます!」


 前々から俺の知識で和食に懲りだしていたエルもご機嫌だ。クラウディオさんが醤油の開発に成功した為、彼女の持つバリエーションもどんどん増えて来ている。最近は創作料理まで始めているらしい。これで味噌が完成したらどうなる事か……。


「こうしてはいられません!チコ、乗せて下さい!」

「俺はタクシーか!」


 結局、俺は恐ろしい想像に身を窶す事無く、エルを家に運ぶ事になった。





 本日二度目のタクシー業務を終えた俺は、エルと並んで和食作りを手伝っていた。今日の献立は親子丼らしい。一応高級品に分類される卵を惜しげも無く割っていくエルの横で、俺は鰹節で出汁を取っていた。


「こうしていると、本当の夫婦みたいですね」

「エルは何時もそれだな」

「言われればそうですね。もう外堀は埋まってますが、染み付いちゃったみたいです」

「変なのを定着させるな」


 こう言ってはいるが、最近はもう諦めている。外堀は完全に埋まり、エルは俺を逃がす気は無い。既に俺に逃げるという選択肢は存在し得ないだろう。その点は完全に諦めているのだが、まだ心から気を許す気は無い。


 だが、そこで問題が発生した。エルが積極的に誘惑して来るのだ。偶に己の中の獣欲が暴れだし、抑える事に苦労する事がある。止めるように言っても止めず、「だったらサッサと籠絡されて下さい」と突き返されてしまう。


 今日来るというエルの妹なら何とか出来るかも知れない。取り合えず、この悶々とした状態から脱出したい。


「澄まし汁出来たぞ」

「鍋の中に入れたままにしておいて下さい。後は妹が来るのを待ちましょう」


 魔道具の火を止め、エルから借りた少し大きいエプロンを外す。野外を除けば生まれて始めての料理だったが、以外に覚えているものだ。澄まし汁は満足行く出来上がりになった。


 エルの方では、フライパンの上に親子丼の具材が生のままで待機している。後は妹が来てから調理して、温かい状態で出すのだろう。その奥では、炊き立ての白飯が鍋の中でその時を今か今かと待っている。


「今日の和食は一味違いますよ」


 エルは自信満々な様子でエプロンを外すと、後ろで縛っていた髪を解いて椅子に座った。元々料理が上手かった彼女が此処まで言うのなら、今日の和食は一味違うのだろう。鰹節とは恐ろしい物だ。


「私からチコへ向けた愛っぽい何かがタップリ詰まっています」

「鰹節じゃないのかよ。しかも愛じゃないのかよ」


 突っ込むべき所に突っ込んでから、俺とエルは並んで椅子に座る。妹が来るのはもう少し後になるらしい。その間に、俺はエルの妹について聞く事にした。


「妹ですか?そうですね、私と同じ熾天使です。今は私の代わりに天使を取り纏めて主のサポートをしている筈ですよ。ただ、少々性格に難がありまして……」

「性格に?」

「覚えていますか?セーフハウスで一夜を明かした時に、家族について話した事を」


 そう言えばそんな事もあった。確か、誰かと寝た事があったかという話だ。エルはあの時、母や妹達とはよく寝ていて、父は苦手だと言っていた。今思えば、あれは神と天使達の事を指していたのだと分かる。しかし、エルの生みの親は創造主である創造神ミツキだけだと思うのだが……。


「父と呼べる存在がいるのか?」

「一応は。主の補佐をしていた他所の世界の男神の事です。最初に天使を創るように助言をしたのはその神という話ですから、ある意味私達の父と言えるでしょう」

「で、それが苦手と」

「はい。その、私達を粘っこい視線で見て来ていたので……」


 視線を伏せるエルの言葉を聞いて、俺はその他所の神にも性欲はあるのかという的外れな感想を抱いた。神という存在は、意外と人類のような俗っぽいものなのかも知れない。業務は常軌を逸していそうだが。


 そしてその神にそんな視線を向けられたからこそ、エルはその男神が苦手なのだろう。程度にも寄るだろうが、女性が不躾な視線を浴び続けたら男性が苦手になるのは当たり前だ。


「その影響を強く受けたのが今日来る妹でして……」

「あぁ、つまり――」

「お姉ちゃん!来たよー!!」


 俺が続きを言い切る前に玄関の扉が開く音と快活そうな女性の声が響き、喧しい足音が俺達のいるリビングに近付いて来る。エルに目で問い掛ければ、彼女は小さく頷いてそれを肯定した。


「おっ久し振りーっ!おね……」


 勢い良く開かれたリビングの扉の向こうから表れたのは、エルよりも白に近い青み掛かった銀髪をツインテールにした勝気な少女だった。碧い瞳と釣り目が印象的な彼女は、前世で言うツンデレキャラを思い起こさせる。


 その少女は、扉を開いて俺を見た瞬間に固まった。


「……どうも、こんばんは」


 取り合えず片手を挙げて挨拶をすると、少女はビクリと体を震わせて後ずさりした。予想はしていたが、こうも露骨に拒絶されると心が……何時もの事だった。


「チコ、彼女が私の妹、熾天使のリディアです」

「お、おう……」


 立ち上がって平然と少女――リディアさんの紹介をし始めたエルに頷くと同時に、リディアは叫び声を上げながら俺に魔法を撃ち込んで来た。


「何で男がいるのよーっ!!」

「見ての通り、男嫌いです。あまり怒らせないで下さいね?」

「分かってて俺を呼んだよね!?」


 エルの次に創られた天使であり、別世界の神の被害者である熾天使リディアと俺。油と水というべき存在が、エルの謀略(悪戯)によって出会ってしまった。


 ちなみに飛んで来た魔法は、魔力破戒で無事に消しました。

☆魔獣図鑑☆

デッドリーモス

ランク:B

翼長:30約メートル

体重:約2トン


 生理的嫌悪感を催す模様の翼を持つ蛾の巨獣。ドクガを大きくしたような外見だが、成虫に毒針は付着しない。代わりに致死性の毒を持つ燐粉を撒き散らす迷惑害虫……害獣?


 ○スラと違い、燐粉は最終兵器ではない。

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