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Monochrome―化物剣聖と始原の熾天使―  作者: 勝成芳樹
第一章―二人の邂逅―
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逃げられない

「しかし、何で最高位の天使のエルネスタが俺の監視に選ばれたんだ?他にも天使はいるんだろう?」


 別に俺は高い身体能力を持っているだけであって、例えば学園長のような放出系魔法の使い手よりも世界に与える影響は少ない筈だ。わざわざ熾天使(セラフィム)のような高位天使が来ずとも、もっと下位の大天使(アークエンジェルズ)権天使(プリンシパリティーズ)辺りで良いと思うのだ。


 だが、俺の呈した疑問を聞いたエルネスタは、深く溜息を吐いて手を額にあて、天上を仰いだ。


「あなたを抑えられる強さを持つのは智天使(ケルビム)以上の天使しかいません。その中で最も力があり、抑えられる可能性が高かったから私が来たのです」

「……もしかして、天使って弱い?」

「あなたが非常識過ぎるのです。何処に竜の魔法を正面から受け止める人間がいるのですか。あんなもの、座天使(スローンズ)以上の天使以外には出来ませんよ」

「……マジすか」


 智天使とは熾天使のひとつ下位の天使で、座天使とは更にひとつ下位の天使だ。つまり第二位・第三位の上位天使階級なのだが、俺を抑えるにはそれでも危ういらしい。ついでにあの魔法の雨を切り抜けるのは、上位天使にしか出来ないらしい。


 それを聞いてしまうと、自分が途轍もない化物である事を再度実感してしまう。同時に、あの魔法の雨を片手間で防いでしまったエルネスタが、途轍もない力を持っているという事も実感した。最も力があるというのは伊達では無いのだろう。


「本当にあなたは何なんですか?身体能力は天使を超え、魔力量も多い。循環系魔法を人の限界ギリギリまで使いこなし、最も剣に精通した天使よりも剣技が上。幾ら先代剣聖に師事したとは言え、非常識すぎます」

「……化物で剣聖だからな」


 人を超えた身体能力は化物と形容するに相応しく、あらゆる物を斬り捨てる剣技は剣聖の技術。他にも身長が小さいとか息子が大きいとか髪が黒一灰六白三だとかはあるが、どれも常識の範囲内だろう。


「それだけの力を持っている癖に、無駄にお人好しですからね。こういう人は暴走しやすくて大変です」

「お人好しって何だよ」

「王都を救う為に敵いそうにない竜に挑む。引き払った宿の娘の為に飛び出して怪我をする。死にかけの冒険者を救助する。襲われている通り掛かりの馬車を助ける。()()()()()()()()()()()()()()


 机の上に置かれたリンゴに伸び掛けていた俺の腕が、まるで電撃を受けたように固まる。エルネスタの顔を見れば、相変わらずの無表情で冷たく俺を見据えているのが見えた。


「……何故知ってる?」


 この世界に車は存在しない。馬車はあるが、それに轢かれ掛けていた子供を助けた事も無い。車に轢かれ掛けた子供を助けたのは、前世での事だ。何故その事を、エルネスタが知っているのか。


「以前、記憶を見させていただきました」

「……魔眼か?」

「いいえ。私の能力です。額を合わせる事で、過去の記憶を閲覧する事が出来ます」


 それを聞いて思い出したのは、中庭で昼寝をしようとした時にエルネスタが覗き込んできた事だ。あの時は悪戯をしに来たのかと思ったが、俺が寝た時を狙って記憶を閲覧しに来ていたのだろう。


 実際に記憶を閲覧されたのは飲み会の翌日、エルネスタの家で目覚めた日だろう。あの日は都合良く前世の夢を見ていたし、間違い無い。その後にメイドカフェやいただきますといった俺の前世の言葉を使い始めたのも、影響されたからに違いない。


「あなたがこの世界とは異なる世界で生きていた事は特に問題ありません。主も容認しています」

「だからと言って、勝手に記憶を覗くのはどうかと思うが」

「個人的には申し訳無く思っていますが、仕事なのでその辺りは割り切っていただくしか無いかと」


 睨み付けるが、エルネスタは何処吹く風と受け流してしまう。神や天使の前ではプライバシーの欠片も無いらしい。


 それにしても、やけに人間贔屓の神だ。世の中を乱す可能性のある人間を天使を使ってまで監視している割に、俺がやっているような異世界の知識や文化の流入には寛容。まるで人の世の発展を手助けしているように思える。


「お人好しと判断した理由はお分かりいただけましたか?」

「十分に分かった。分かったから今後は覗く時に許可を取ってくれ」

「分かりました。それと、異なる世界のあなたは可愛らしかったですよ」

「今すぐ忘れろ。忘れないなら斬るぞ」


 剣を引き出そうと机の上のバッグの中に手を伸ばし、椅子に座っているエルネスタに詰め寄る。しかし、バッグの中に慣れ親しんだ剣の感覚は無い。動きを止めた俺の前で、エルネスタが微かに顔を伏せた。


「剣は……私が預かっています」

「……出してくれ」

「はい……」


 手を後ろに回したエルネスタは、彼女の持つバッグの中から黒光りする刀身を取り出した。


 一メートル二十の長さを誇っていたオリハルコンの刀身は酷く歪み、六つに分かれて砕けていた。刃は丸まり、峰は罅割れて切先は潰れている。直す事は不可能だと一目で分かるほど破壊された刀身が、残った柄と共に机の上に並んだ。


「落下の際、あなたを助けるだけで精一杯でした。恐らく、剣は竜と一緒に落下して……」

「いや、いい」


 沈痛な面持ちのエルネスタを制する。彼女は俺の記憶を覗いた。この剣が俺にとってどれだけ大事かを知っている。だからこそ、剣まで守れなかった事に責任を感じているのだろう。


 だが、折れてしまった剣は確かに師匠にもらった大切な物ではあるが、最も大切な物は剣では無く剣技だ。剣は所詮道具に過ぎない。


「師匠からは剣じゃなくて剣技を受け継いでるから問題無い。剣を失ったのなら、新たに用意すれば良い。戦場じゃない以上、問題は無い。それに……」


 俺は補修された跡があるバッグの中から普段着とコートを取り出し、ベッドから立ち上がった。


「素材なら竜の物があるしな」

「それは分かりましたが、今日はおとなしくしていてください」


 ベッドに押し戻された。






「えーっと、アイアンボイドの素材、本当にギルドに提供してくれるの?」

「はい。変わりに幾らかの素材の提供と、エルネスタの昇格、ついでに式典への参加免除をお願いします」

「素材の提供は問題無いし、エルちゃんの昇格も問題無いわ。でも式典には出てもらうわよ」

「勘弁して下さいマジで」


 翌日、俺は早速ギルドに来ていた。俺の後ろでは冒険者バージョンのエルネスタが無表情を貫いており、前ではカウンターを挟んでイラーナさんがニコニコと笑って俺の申し出を拒否してくれている。


 ちなみに、学園は式典の準備の為に一週間休みである。


「容赦はしないわ。式典には絶対に出てもらうから」

「嫌だぁ、王とか貴族とか本当に嫌だぁ……」

「諦めなさい。干渉は出来る限り弾くし、それに今回は隣にエルちゃんがいるのよ?取り込み工作なんてしないわよ……多分」


 俺が必死に拒否しようとしているのは、一週間後の魔王討伐祝典への参加要請だ。魔王討伐を祝う祝典に、討伐した本人である俺とエルネスタが主役として招待されているのだ。英雄を讃えるというのは建前で、実際は跡取りや令嬢を押し付けて取り込もうとする式典にだ。


 当然ながらそんなドロドロとした所に飛び込みたく無い俺は拒否しようとしているのだが、出席させて功績を誇示したいギルド側は頑なにそれを拒み続けている。魔王の素材を殆ど無償で提供しても、ギルドのスタンスは全然変わらない。


 ギルドの許可を得ずに意向に逆らうような事をすると冒険者登録を抹消されてしまう為、此処でギルドを納得させるしかない。打算塗れの汚れた令嬢達に囲まれたくない俺は、一歩も引く訳には行かなかった。


「そこを何とか。剣が無いから剣聖と名乗れないってのでどうですか」

「残念だけど、その理由も使えないわ。だってけ――」

「イラーナさん、少しいいですか」


 俺とイラーナさんで顔を突き合わせて言葉のボディーブローを打ち込み合っていると、途中でエルネスタが割り込んで来た。突然後ろに引っ張られて体勢を崩した俺と入れ替わったエルネスタは、少し焦った顔をしたイラーナさんと何やら囁き合っている。


「け……だない……ですか」

「ご、ごめ……い……」

「あす……る……もきょうりょ……から……ばらして……で……」


 無理に聞き取ろうとするとエルネスタに下をばら撒かれる可能性がある為、素直に後ろで待つ。暫くすると話が終わったようで、エルネスタはカウンターから離れ、イラーナさんは元の笑顔に戻って俺を手招きした。


「はい、お待たせしました。でも式典には絶対参加よ。例えあなたが冒険者を辞めると言っても絶対に参加させるわ」

「それ逃げても問題無くなりますよね?」

「エルちゃんから面白い話を聞いたの」


 素早く振り向くと、エルネスタは明後日の方向を向いて「今日の晩御飯……」と呟いていた。誤魔化そうとしているのは明白だ。


「それは一体どういう……?」

「チコ君って大きいらしいわね」

「分かりました、参加します」


 素晴らしくキラキラした笑顔を浮かべるイラーナさんには決して逆らえない。同時にエルネスタにも決して逆らえない。逆らえば、どちらからも下が流出してしまう。


「それは助かるわぁ。じゃ、明日の朝、楽しみにしてるわよ」

「ぁぃ……」


 俺は力無く項垂れ、竜の素材を分けてもらってからエルネスタを伴ってギルドを出た。


「元気を出して下さい、チコ」

「出ないなぁ……」

「それじゃあデートに行きましょうか」

「断る」

「残念です。そういえば、アスドルバルさんの店は今後一週間は休みらしいですよ」

「マジで?」


 ギルドの後はアスドルバルさんの店で竜の素材を使った新しい剣を発注しようと思っていたのだが、休みとなると大きく時間が空いてしまう。ギルドも式典に備えてか依頼の受注が出来ない為、やる事が無い。


「どうしようか」

「デートしましょう」

「お前の頭の中はデートで占められているのか?」

「あながち間違いでは無いです。サッサと私に籠絡されてくれれば、チコもデートに行きたくなりますよ」

「そんな事言ってたら何時までも籠絡出来ないと思うんだが」


 無表情に平坦な声で積極的に迫って来るエルネスタ。演技をしている時のエルネスタを見ていると違和感しか感じられない。


「どうしたら籠絡されてくれますかね」

「色気に頼ったらどうだ?その小さい胸と尻で」


 鼻で笑いながら、エルネスタの実際平坦な絶壁と小振りな尻をちらりと見る。演技をしている時のエルネスタは、即座に顔を真っ赤にして飛び掛かって来たものだ。今のエルネスタはそんな事をせず、冷たい目で見て来るだけだろうが。


 そう思っていたが、意外にもエルネスタは小さく笑った。無表情な鉄面皮のエルネスタが、だ。驚愕に目を見開いてエルネスタを見ると、彼女も口の端を吊り上げながら俺の方を見ていた。


「本当にしてもいいのですか……?あなたの記憶、私は覗いたのですよ……?」

「……ッ!やっぱストップ!」

「ダメです」


 慌てて距離を取ろうとする俺を嘲笑うかのように、エルネスタは腕を俺の首元に絡めてしな垂れ掛かって来る。無理やり振り払えば転ぶ絶妙な角度で攻め込んできたエルネスタは、俺にその絶壁を押し当てるように密着して来た。


「実はチコ、小さい方が好きなんでしょう……?」

「――~~ッ!!」


 耳元に掛かる暖かい吐息と、甘い囁き声。記憶を覗いて俺の好みを完全に理解し、ピンポイントで弱点を突いて来る。脳髄まで痺れるような感覚に、俺は顔を熱くしながらエルネスタを振り払おうと体を回転させた。


 しかし、エルネスタは剥がれない。熾天使としての性能を最大限に活用し、俺にガッシリとしがみついて足を浮かせ、くるくると回る。周りから見れば、首に巻き付いて振り回してもらっている彼女にしか見えないだろう。


「えぇい!離れろ!」

「い~や~で~す~」


 自重を止めてかなりの速度で回転するが、一向に剥がれる気配が無いエルネスタ。次第に俺が精神的に疲れてしまい、回転を止めて折れた。粘り勝ちしたエルネスタは、してやったりとでも言いたげな気配を放ちながら更にくっついてくる。傍から見れば完全にバカップルだ。


「案外大した事無いですね。これなら簡単に籠絡出来そうです」

「うるせぇ。俺はそんなにチョロくねぇぞ」

「どうでしょうね。この程度の誘惑で顔を真っ赤にしている男って、チョロくないんでしょうか」

「それはあれだ。えーっと……暑かったんだ」


 自分でも苦しい言い訳だと思ったが、エルネスタは追求せずに体を離して腕を絡めて来る。ある程度距離を取りつつも、しかし決して離れずに絶壁を意識させる絶妙な距離だ。双方の衣服を伝わって来る熱に、再び脳髄に電撃が奔った。


「……よし、離れようか」

「いいんですか?この感触を味わわなくても。ついでに下をばら撒かれても」

「くっ……卑怯すぎる……」

「……これは意外と早く籠絡出来るかも知れませんね。さ、デートに行きましょうか」


 何処か楽しげなエルネスタの声を聞きながら、俺は肩を落としてトボトボと、腕を組んだまま王都へ繰り出した。後に噂になった事は言うまでも無い。

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