vs竜 後半戦
一人で戦っていたさっきまでと違い、状況は一変した。竜が魔法を使う事を厭わなくなった変わりに、俺は放出系魔法のエキスパートと言っても過言では無いエルネスタが助けに来てくれた。更には何故か魔力まで回復し、俺は万全の状態に戻っている。
現在、竜は魔法を乱射し続け、そしてそれは全てエルネスタの結界に阻まれている。結界は凄まじい量の魔力を消費する筈だが、目の前のエルネスタがそれを苦にしている様子は無い。竜が魔法を放ち続ける事の不毛さに気付き、攻撃を止めた瞬間に俺達は反撃を始める。
「それにしても、循環系魔法と身体能力、そして剣技だけで此処まで竜を追い詰めるとは……本当に化物ですね」
「誉め言葉として受け取っておく。ほら、止まるぞ」
何時ものように――そう、何時ものように軽口を叩きながら剣を構える。戦闘準備を終わらせた俺達の前では、漸く魔法を撃つ事の無意味さを悟った竜が、既に光を失った眼窩で此方を見下ろしていた。
「行きます」
「おう」
エルネスタが結界を解除すると同時に飛び出し、濃縮付加で底上げされた身体能力で持って竜に肉薄する。背後からは極太の白い光線が何本も発射され、竜は俺だけでなくそちらの対応にも追われて反応が鈍っている。エルネスタが来る前と比べると、格段に接近しやすい。
精細さを欠いた爪撃を掻い潜り、空を蹴って背後に回り込む。狙うのは、既に傷付いている左翼の付け根の筋肉と、健在な右翼の付け根の筋肉。この二つを破壊して翼の動きを止める事でバランスを崩させ、作戦の最終段階に備える。
「GOAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAH!!!」
苛立たしげな咆哮を上げながら、竜が魔力を纏って魔法を乱射し始める。悪い状況にも思えるが、俺は竜のほぼ体表にいる為に滅多に魔法が飛んで来ない。例え来ても、魔力破戒の濃縮付加を超えた何か――仮に超越付加とでも名付けようか、を一時的に使う事で無効化出来る。エルネスタは心配する必要が無い。
目の前に迫る雷光を消し飛ばし、左翼に足を掛けて付け根へ斬り掛かる。魔力破戒を濃縮付加された刃は何時ものように鱗を徹り、その下にある盛り上がった筋肉をそれなりに深い部分まで切断する。
苦悶の咆哮を聞きながら、反対側の付け根へと跳ぶ。回転しながら剣を振り、左翼の時と同じように右翼の付け根の筋肉を二度斬り付ける。これで両翼の動きを止める事が出来た。
姿勢制御に両翼を使えなくなり、寧ろ邪魔な物を背負っている状態になった竜は目に見えて動きが鈍る。その隙を突いて白色の光線が竜に迫り、時折結界に阻まれながらも何発かが鱗を焼いた。
「GURUAAAAAAAAAAAAAAAAAAH!!!!!」
体の彼方此方から煙を上げた竜が咆え、動かない翼を振り回しながら俺を攻撃して来る。相変わらず機敏だが、それでも最初と比べれば雲泥の差がある。
今の俺と竜の実力差は、月とすっぽんから屋上と基礎にまで縮まった。そして、その間である建屋部分と屋根の上のアンテナの役割を、魔法を撃ち続けているエルネスタが担ってくれている。
竜もそれを理解しているのか、攻撃の端々から苛立ちが感じ取れるようになった。俺を攻撃しても当たらず、魔法は防がれ、油断すれば魔法の雨霰が襲って来る。かと言って目標を変えても魔法の雨で接近すら許されず、その間に俺に指や牙といった弱点を潰される。
それに、俺は竜に対して有効かも知れない攻撃方法である魔力破戒の超越付加を得た。竜も馬鹿じゃない。防御で見せたあれが、自分の体を易々と斬り裂いている魔力破戒の濃縮付加と同じ質の物だと気付いているだろう。
もしもあれが、竜の頭部――脳に近い部分で炸裂したら。鱗と頭蓋骨の周りを百二十センチも削られれば、弱点に刃を届かせる事は簡単になる。
故に、竜は俺が頭に近付く度にエルネスタからの魔法の防御を疎かにしてでも接近を防ごうとして来る。その事も、作戦には織り込み済みだ。
「チコ、行きます!!」
「!!」
風の魔法に乗せられて届いたエルネスタの声に反応し、即座に空を蹴って上空へ逃れる。直後、竜の頭部に巨大な閃光が直撃し、竜が苦痛の咆哮を上げた。
放出系魔法の中でもそれなりの高威力を誇り、並みの魔法士では準備に数十分を要する超高圧電流を放出する魔法。雷を超える電流が身を焼くという魔法だ。下級の巨獣ならば、これ一発で絶命するほどの威力を持っている。
そんな魔法を頭部に受けた竜は悶絶し、指の先を痙攣させながら激しく首を振っている。目を失い、眼窩の内部が丸見えになっている所に高圧の電流が流し込まれたのだ。体に傷は無くとも、思考回路にはそれなりのダメージを与えられた筈。
空を蹴り、急降下をして目指すのは竜の頭部。当然のように反応して来た竜は首で俺を吹き飛ばそうとしてくるが、その動きは緩慢だ。空を蹴って避け、そのまま頭部の周りを攻撃しながら付き纏う。
弱点と成り得る頭部に付き纏う脅威。竜にとってこれほど恐ろしく感じる事は無いだろう。事実、動きは徐々に荒くなっており、竜が焦っている事が手に取るように分かる。
焦れば焦るほど、隙は大きくなっていく。その隙を突くのはエルネスタの魔法。速度の速い光線に混じって巨大な火球が飛来し、竜の体表に衝突して爆発する。高圧の水流が鱗を削る。
魔法が直撃する度に、搾り出すような声を上げる竜。俺一人で戦っていた時とは正反対に、笑えるほど俺達は優位だった。
「チコ、そろそろ仕掛けます」
「来るか」
作戦の最終段階に入る事を告げるエルネスタの声に一言呟き、俺は打ち合わせ通りに頭部へ攻撃を仕掛ける。何時でも眉間に跳び掛かれる位置を保ち、竜の集中力を乱す。
「GRUA!GARURURU!!GAAH!!」
細かく咆えながら、竜が俺を噛み砕こうと何度も顎を開閉させ、それを避けながら何度も鼻先を斬り付ける。時折蹴りを交えて牙を砕き、その時が来るのを待った。
「行きます」
再び届いたエルネスタの声に合わせ、頭の横を通って竜の背中側に回り込む。翼の影に剣を突き刺して固定し、それに掴まって衝撃に備えた。
「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAH!!!!!!」
巨大な炸裂音と共に竜の体がぐらつき、今までで一番大きな悲鳴が上がる。作戦通り、エルネスタの大魔法が竜に直撃したのだ。
激しく体を揺らす竜は、やがて横倒しに地面に倒れる。苦しむように何度も咆える竜の腹部は、まるで抉られたように消滅して滝のように血を吐き出している。
体を思うように動かせなくなった竜は、滅茶苦茶に魔法を乱射し始める。俺を攻撃した時よりもよろ濃密に放射されたそれから距離を取り、俺は一度エルネスタの所へ戻った。
「お疲れ様です、チコ」
「呆気無いな」
「連携をすればこんな物です。何より、怒りで我を見失いかけている知性生命体など獣同然。簡単な陽動にまんまと引っ掛かります」
結界で竜の魔法の嵐を防ぎつつ、エルネスタは淡々とそう言った。俺とはまた違う激しい魔法での争いを繰り広げていた筈なのに、疲労の色は一切見られない。相変わらずの無表情で、興味が無さそうに竜の方を見つめている。
「暫くは結界の中で待ちましょう。魔力が欠乏したら止めを刺します。私の魔法だと時間が掛かるので、チコが頭部を破壊してください」
「分かった」
打ち合わせを簡単に終わらせ、無言の時間が訪れる。結界は音も遮断しているらしく、表面で魔法が炸裂しているにも関わらず俺達の周りは静かだった。竜もまだ魔力が潤沢にあるらしく、魔法の量は衰えを見せていない。
俺は油断無く竜のいる方向を見据え、何時でも跳び掛かれる体勢を取っておく。不測の事態は何時何処で訪れるか分からない。命の関わりそうな時は、常に意識を張っておけと何度も師匠に教えられた。
「……聞かないんですか?」
黙って竜を警戒していると、後ろにいるエルネスタが小さな声で尋ねて来た。
「……別に。どうでもいい」
目を動かす事はせずに答え、俺はボロボロになっているポーチから水筒を取り出す。実際、エルネスタの目的も情報もどうでも良い。俺や周りの人に危害を加えるつもりが無い事は俺に助太刀した事からも明らかだし、危害を加えなければ俺が気に掛ける必要も無い。
「……そうですか」
エルネスタも無理矢理聞かせるような事はせずに、一言だけそう言って静かになった。生命の気配が全くしない中に残った生命体が口を閉ざし、結界の中は再び静寂に包まれた。竜の魔力は、暫く尽きそうに無い。
耳が痛いほどの静寂に段々と飽きた頃になって、漸く竜の魔力に衰えが見え始めた。断続的に結界の外を叩いていた魔法が途切れ始め、閃光に覆われて見えなかった竜の巨体が隙間からちらほらと見え始めた。
「そろそろか」
「サポートはします。止めはお願いします」
再び短く言葉を交わし、エルネスタが結界を解除すると同時に飛び出す。向かう先は横たわる竜の頭。そこに魔力破戒の超越付加を叩き込み、脳を破壊して止めを刺す。
竜は俺が近付いて来るのを知覚したのか、薄くなった魔力の霧を必死に動かして魔法を叩き込んで来る。だが、密度が薄くなったそれの間を潜り抜けるのは難しくない。時々直撃しそうになる物だけ超越付加で打ち消し、俺はあっという間に竜の頭部へと辿り着いた。
体を起こす事も儘ならない状態の竜は、しかし必死に首を擡げて潰れた目で俺を睨み付ける。血と唾液をだらだらと垂らしながらも、その闘志は微塵も衰えていない。
とぐろを巻いた蛇のように首を伸ばし、顎で俺を噛み砕こうとして来る竜の頭を避け、眼窩に手を掛けて取り付く。目的の眉間が、俺の目と鼻の先にまで迫っている。
最後の抵抗とばかりに竜が激しく首を振るが、俺にとっては焼け石に水に過ぎない。鱗に手を掛けて体勢を整え、剣を眉間に突き付けて魔力を流し込む。魔力破戒の濃縮付加によって空間が強靭な竜の鱗ごと切断され、生じた隙間に剣が突き刺さった。
「終わりだッ!」
流し込む魔力量を増やし、断絶する空間を一気に広げる。魔力破戒の超越付加によって生まれた隔絶空間に削られ、剣の周囲にある骨や鱗が粉塵となって消えて行く。
あと少し。あと少しで竜の脳を破壊できる。そんな確信が浮かんだ瞬間、竜が激しく、今までとは全く違う濁った咆哮を上げ――
「GOEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEH!!!」
「ギグァッ!!?」
――俺の体を、腕の爪で突き刺した。
馬鹿な。脳裏に浮かんだのはその一言だけだった。竜は確かにその体力の殆どを失い、魔力も尽きて俺に対抗する手段を失った筈だ。それなのに竜は今、真っ黒な魔力を体中に纏わせて立ち上がり、傷付いて動かない筈の翼をゆらゆらと揺らしている。
そう、真っ黒な――竜が纏っていた筈の魔力より、より黒く、深く、禍々しい、瘴気のような魔力を。
「こ……いつ……ッ!!」
この瘴気は、以前戦ったブラスと同質の物だ。もしも同じ魔力だとしたら、今の竜は効果の高い循環系魔法を使えるようになった筈だ。翼を動かしているのは活性魔法を使ったからか。腹の大きな傷が治っているのかは分からないが、どちらにせよ拙い事には変わりない。
竜は俺の体を押さえつけたまま大きく翼を広げ、真上へ跳躍した。弾丸もかくやという速度で上空へと舞い上がり、そのまま上へ上へと上昇し始める。凄まじい圧力が体に掛かり、爪が貫通している腹から大量の血が溢れた。
このままでは死ぬ。俺は剣に全意識を集中し、魔力の全てを注ぎながら頭蓋の中に押し込む。しかし同じ魔力破戒で対応されているのか、刃はほんの少しずつしか進まない。その間にも高度はどんどん上がって行く。限界は近い。
「ヌオァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」
「GEAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAH!!!」
意識を保つ為に咆哮を上げ、遅々として進まない剣を握る手に力を込め、体中の魔力の全てを注ぎ込む。竜も激しく咆哮し、俺を押さえつける爪に力を入れる。俺も竜も、相手を殺す為に全力を注いだ。
そして、軍配は――
「GAH!?」
「カハ……ッ」
――どちらにも上がらなかった。
死ぬよりも先に俺の魔力が尽き、それと同時に脳が破壊されたのか、竜が奇怪な声を上げて脱力した。剣を握る力が抜けた俺の体は、同じように脱力した竜の爪から引き抜かれ、高度すらも分からない寒空へ放り出された。
まだ死んではいない俺に対し、既に絶命した竜。これだけ見れば俺の勝利に思えるが、俺は完全に魔力が尽き、空が黒く見えるほどの空間に放り出されて遥かな地上へと落下し始めている。身体強化が出来無い状況でこんな上空から叩き付けられたら、化物の俺でも耐えられない。木っ端微塵に砕け散るだろう。
流石のエルネスタも、膨大な落下エネルギーを蓄えた俺の体を受け止められるとは思えない。それ以前に、落下して来る俺を視認する事すらも難しいだろう。万事休すとは、正にこの時の為の言葉に違いない。
死ぬ前には走馬灯が見えると言うが、意識が朦朧とし始めた俺には見えないらしい。ぼんやりと霞んだ落下風景を眺めながら、曖昧な感覚をシャットアウトして脱力。そのまま、薄れ行く意識に身を任せる。
「……ぁ」
意識が完全に暗闇に落ちる寸前の一瞬に、俺は白い色を見た気がした。




