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Monochrome―化物剣聖と始原の熾天使―  作者: 勝成芳樹
第一章―二人の邂逅―
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vs竜 前半戦

 凄まじい風圧を纏った蹴りをギリギリで避け、吹き飛ばされながらも空を蹴って足に取り付く。竜は鬱陶しそうに足を振り、巨体に似合わぬ速度で手を叩き付けるが、俺はその全てをかわしてダメージが入る場所へと近付いて行く。


 竜は魔獣の中でもトップクラスの脅威度を誇る。それは例え知性が無くても、魔法を使えなくても変わらないだろう。強靭な鱗はありとあらゆる斬撃や衝撃を防ぎ、魔法から肉体を守る。それを打ち破るには俺の全力でも足りず、魔力破戒の濃縮付加でしか鱗を貫く事は出来ない。


 その魔力破戒を纏わせる俺の剣は刀身百二十センチを誇っているが、それでもこの巨大な竜の皮膚を深く傷付けるのは難しい。斬る事自体は簡単だが、分厚い皮膚の下にある急所を攻撃する事が物理的に不可能だ。


 故に、俺が狙うのは皮膚が薄い場所や重要な部位を動かす筋肉――露出している目や最も細い部位である指、動かす事で体のバランスをとっている翼の付け根。


 装甲のように折り重なる鱗に足を挟まれないように意識を払いつつ、時折空中を蹴りながら竜の背中側に回り込む。狙いは既に一撃を入れた左の翼の付け根だ。


 しかしあと数歩の距離まで近付いた瞬間、竜は大きく翼をはためかせる。筋を損傷してなお力強く動いた左翼から発された突風が、俺を容赦無く空中へと吹き飛ばした。


 竜の片目が前方に投げ出される形で錐揉みする俺を捉えたのが分かる。即座に避けようと魔力破戒の濃縮をしたものの、それよりも速く竜の爪が俺の体を捉えた。


「ガフッ!?」


 数万倍なのか数十万倍なのかそれとも数百万倍なのか、竜の圧倒的質量が爪に乗って俺の体を叩き付ける。身体強化のお蔭で両断も爆発もしなかったものの、活性魔法の濃縮付加を容易く上回るほどの痛みと衝撃が俺を襲った。


 俺の下にある地面が圧縮され、体が地中へと埋まって行く。強化された骨が何本も折れ、その度に活性の力で再生し、そして折れる。それを何度も繰り返し、やがて数秒の後に運動エネルギーが大地を下回った。


 漸く停止した体を動かし、拳を岩にめり込めせて強引に体を起こす。何時の間にか流れていた血が底に溜まり、瑞々しい嫌な音を立てた。


 ジャンプで穴を飛び出し、直後に迫って来た竜の足に斬撃を喰らわせる。魔力破戒で容易く鱗を切り裂いた刃は、しかしその下にある皮膚を貫通して出血を強いる事は出来ない。


 一度距離を取り、目の前に聳え立つ竜を見上げる。遥かな高みから俺を見下ろす竜の表情は読めないものの、それは嘲笑しているように感じられる。


「ゴホッゴボッ……ペッ!畜生が……」


 喉から溢れて来た血を吐き出し、小さく毒づく。疲労も傷も既に癒えているが、決定的な打撃を与えられないという事実は、少しずつ俺の精神を蝕んでいる。


 今の攻防も、何度も繰り返して来た過去のひとつをなぞっただけに過ぎない。攻めては跳ね飛ばされ、凶悪な一撃を叩き込まれる。過程は違えど、最後にこうして竜の前に戻って来るのは同じだった。


 堂々巡り。しかし、その差は時間が経つに連れて如実に現れ始める。圧倒的な体力と魔力量を誇る竜に対し、俺は傷も疲労も一切無い。しかし、その傷や疲労を癒している魔力は確実にその量を減らしている。


 そして、俺の焦りを助長させている現実がひとつ。


「GURURURURURU……」

「クッソ……舐めやがって……!」


 この竜は、未だに魔法を使って来ていない。たかが人、それも決定打に成り得る放出系魔法を使ってこない俺を完全に舐めて遊んでいる。


 屈辱に歯軋りする。俺は人類の中では最強に近い場所にいる剣聖。例え負けるにしても――否、相手に本気を出させて、その上で完膚なきまでに叩きのめさなければならない。


「オォォォォッ!!」


 巨体故に死角が多い竜は、視覚や聴覚に頼らずに別の何かで俺を捉えている為、どんなに声を上げても関係は無い。普段は上げる事の無い雄叫びで自分を奮い起こし、再び竜へ吶喊する。


 次の狙いは顔。地を蹴り、真っ直ぐに竜の顔面へと跳ぶ。竜に対応すら許さぬ速度で肉薄し、避けようとする相手の動きを予測してその方向へ更に跳ぶ。


 体を振って逃れようとした竜の頭の行く先に先回りし、反転して一閃。目を狙って繰り出した斬撃は、しかし何も捕らえる事無く空を切った。


 避けられた事を理解した瞬間、俺はすぐに空を蹴ってその場を離脱する。数瞬の後、俺がいた場所を音速を超えた尾の先端が薙ぎ払った。


 あれを喰らっていたら、と嫌な予想が脳裏を過ぎる。吹き飛ばされる事無く胴体が消える光景を振り払い、俺は上空へと逃れた。


 眼下で忌々しそうに俺を睨み付ける竜を眺めながら、俺は手詰まりを感じていた。攻撃は読まれ、巨体に似合わぬ素早さで避けられ、反撃を繰り出して来る竜と俺との実力差は正に月とすっぽん。決定打となる攻撃力を持ち得ない俺は、有効打を竜に与えられないでいる。


 今まで戦って来た巨獣の中にも似た様な体躯を持っている奴はいたが、此処まで機敏な動きはして来なかったし、俺の動きに対応出来るほどの知性や感覚を持っている巨獣はいなかった。故に地道に削り殺す事が出来たのだが、その辺りは流石魔王級と言った所だろう。


 竜にわざと喰われ、体の内部から攻撃を繰り出す事も考えたが、それは本当の最終手段にしておきたい。竜の体内に何があるか分からないし、放出系魔法を使えない俺は光源を用意出来ない。真っ暗な中で広い体内を駆け巡り、脱出する自信は無かった。


「本当にどうするか……学園長でもいてくれればいいんだけども……」


 竜の体躯と比べて明らかに小さすぎる剣を一本しか持たない俺と、時間と魔力さえあれば圧倒的な攻撃力を叩き出せる学園長。目の前の竜に対してどちらが有効なのか、考えるまでも無い。


 だが、例え学園長がこの巨竜の存在に気付いたとしても、今この瞬間に助けに来てくれる事は決して無い。それよりも、王都にいる人々を何処かへ避難させる事に全力を注ぐだろう。今は逃げて、戦力を整えてから決戦に臨むのが最善だからだ。


 ……来ない助けの話をしても仕方が無い。目の前の竜を倒す、今はその事に集中するのが最善。


 空を蹴り、重力を加算した最高速度で竜の元へ墜ちる。避ける必要は無い。身体強化を信じて、攻撃して来た部位に一撃を加えてやる。


 真っ直ぐ墜ちて来る俺と目を合わせた竜は、空気が爆発したと勘違いしそうなほどの声量で咆える。それに気圧されないよう、俺も全力で吠えながら剣を肩に担いだ。


 竜は激しく咆えながらも、決して動こうとはしない。開いた顎で、墜ちて来る俺を噛み砕こうとしているのだ。俺にとっては腕や翼、尾と比べて攻撃しやすい顔を晒してくれる最高のシチュエーションとなる。


「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAH!!!!」

「アアアアァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!」

 

 竜と俺。二つの声が近付くと共に、白く光る巨大な牙と唾液でぬらぬらと濡れた口内が凄まじい勢いで迫って来る。それが視界一杯に迫った瞬間、俺は空を蹴って鼻先を斬り付け、顔面に取り付いた。


 顎が閉じられる音と共に、痛みを堪えるような唸り声が轟く。俺を引き剥がそうと竜が首を振ると、切り付けた鼻先からダバダバと血が溢れる。口内から外へ向けて斬り上げた為、骨まで断つ事が出来た筈だ。


 最初振りの有効打だが、それに喜んでいる暇は無い。俺は顔面を蹴り、竜の視覚を完全に奪う為に左目へ向けて剣を突き出す。確かな手応えと共に竜の眼球が破裂し、ぐちゃぐちゃのコラーゲン質が撒き散らされた。


「GOAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAH!!!?」


 喜ぶ暇も無く、光を完全に奪われた事で怒り狂った竜が半狂乱になって頭を振り始める。音速を超える速度によって生み出される遠心力が、破裂した眼球の名残ごと俺を空中へと吹き飛ばした。


 怒りで我を失った竜は、体を滅茶苦茶に振り回して周辺を破壊している。このまま宙を舞っていては巻き込まれかねない為、俺は即座に空を蹴って距離を取る。


 しかし、俺に対しての怒りを爆発させている竜は逃がしてくれなかった。


「GURUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAH!!!!」

「なッ!?」


 咆哮と共に、竜の周りを黒い霧が覆い始める。放出系魔法、それも魔法に関しては人間より遥かに高い能力と膨大な魔力をを持つ竜が、霧を生じさせて準備をする必要があるほどの大魔法が放たれようとしている。


 放出系魔法は魔力破戒で干渉して無効化する事が出来る。但し、それは放出系魔法の効果範囲が魔力破戒の干渉可能範囲より狭い時に限られる。威力は減少させられるが、放出系魔法が大きすぎる場合には魔力破戒でも対応は出来ないのだ。


 それでも人の間で循環系魔法が放出系魔法と対等でいられたのは、大魔法を用意している間に邪魔をする事が出来たからだった。故に放出系魔法の使い手はは小さい魔法を撃つ事しか出来ず、それは魔力破戒で対応出来た。


 だが、相手が邪魔すら出来ないほど強大な存在――例えば、目の前のような存在であったならば――


「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAH!!!」


 ――循環系魔法では、実質的に太刀打ちが不可能になる。


 霧から大量の火球や水塊、エネルギーの塊の球や稲妻その他が生成される。ひとつひとつが目の前の竜の頭ほどがあるそれら全てが、凄まじい速度で俺に向けて発射された。


 避ける?不可能だ。前方へ放射状に広げて発射された超々高エネルギーの塊を避けるには、時間も力も足りない。


 防ぐ?無理だ。量が多すぎる上に、ひとつひとつの効果範囲が広すぎて魔力破戒では対応出来ない。


 突っ込む?愚問だ。あのエネルギーの奔流に突っ込めば、竜に到達する前に体が蒸発して木っ端微塵になる。


 終了。詰み。敗北。チート乙。そんな思考がぐるぐると脳裏を駆け巡る。既に魔法で歪んだ空間に覆い隠されたその向こうにいる存在は、人間を少し逸脱した程度の化物が御する事が出来る物では無かったのだ。


 規格外。理不尽。チート。そんな言葉の権化である魔王を倒すには、剣聖では不足だった。何処かの異世界から、勇者を召喚しなければいけないに違いない。


「んな訳あるかァァァァァァッ!!!!」


 規格外で理不尽でチートなんて言葉の権化なら、俺だってそうだ。現に魔王にだって手傷を負わせて見せた。


 対して相手はどうだ?俺にどんな有効打を与えた?怪我も疲れも全て癒されている俺と魔王、どちらが凄いか、一目で分かる。


「ァァァァァアアアア"ア"ア"ア"ア"ッ!!!!!」


 魔力を集める。あのエネルギーの波を潜り抜けるなら、今のままでは足りない。足りないのなら、もっと集めれば良い。


 体の中に残った魔力も、今使っている魔力も、溢れ出て空間を揺らがせている魔力も、全て、全部、余す事無く体に行き渡らせる。体が悲鳴を上げても、精神が苦痛を訴えても、意識が白くなっても。


「カ"ア"ア"ア"ア"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"!!!!!!」


 搾り出すような叫びと共に、剣を正面に構えて魔力を流し込む。放出系魔法には魔力破戒で。干渉可能範囲が狭いなら、流し込む魔力の量を増やして広げてやれば良い。


 目の前の空間が、剣を中心として黒く歪む。濃縮付加の枠を超えて濃縮された魔力が空間を歪ませ、空間が前方と完全に隔絶された瞬間、竜の放った魔法の数々が俺に殺到した。


 魔法の第一波が俺の前方の断絶された空間に衝突し、次の瞬間には周辺の地面に着弾する。どちらも衝突と同時に大爆発を起こし、激しい熱と衝撃波が側面から俺に襲い掛かった。


 溶解した地面が右から襲い掛かり、左からは逆に槍のような岩の塊が吹き飛んで来る。それによって生じる痛みを無理矢理意識の外へ弾き飛ばし、兎に角魔力の制御に集中する。


 今の所、魔力破戒や身体強化は維持出来ているが、体内の魔力がどんどん消費されて行くのが手に取るように分かる。このまま竜の攻撃が続けば、竜の魔力が尽きるより俺の魔力が尽きる方が早いのは明白だ。


「サッサとォッ……オわレぇェ……ッ!!!」


 呼吸をするのも苦しい状況の中で声を張り上げ、必死に叫ぶ。そうでもしていなければ、活性魔法の濃縮付加を遥かに超える痛みと苦しみで狂ってしまいそうだった。そして、天にその願いが通じたのか、破壊の奔流はそのすぐ後にフッと消えた。


 周辺が静かになると同時に体内の魔力が尽き、凄まじい倦怠感に襲われた俺はその場に膝を付く。視界の端に映る光景は凄惨極まりない物で、深く掘り下げられた地面は所々に溶岩の海を作り出していた。もしも防御出来ていなかったら、自分もあの中の塵のひとつになっていただろう。


 だが、結局その防御も俺の延命にしかならなかった。魔力の尽きた俺は力も体力も治癒力も何もかもが衰え、魔力欠乏による倦怠感で動く事すらも儘ならない。この状況で竜と格闘戦をするのは不可能に近いし、何より竜はまだ魔力があるだろう。もう一度魔法を撃たれるだけで、俺は負けて死ぬ。


 波乱万丈な二度目の人生だった。転生したら師匠に拾われて奴隷になり、それから剣聖になってSSランク冒険者だ。最近になってファンタジー世界テンプレの学園にも行ったし、演技だったとは言え、ドキドキしてしまうような事もあった。


 それが、今日で終わる。


 死にたくは無い。だが、死は避けられない。


 それならば、最期まで誇り高く、剣聖として敵を見据えて死んでやる。


 僅かに動かす事すらも億劫なほどの倦怠感を押さえ込み、首を上げて竜の方向を見上げる。圧倒的な巨体と存在感を放つ黒竜は先程と変わらずにそこに立ち、()()()()()()()()()()()()()()


「は……?」


 そんな声が意図せずして漏れる。耳は魔法が生み出す破滅的な音を捉えていないし、目は魔法が空中で白い障壁にぶつかっているのを映している。もしかして俺は死んでいるのかもしれないと思ったが、空間に満ちる熱も膝の下の地面もリアルな感覚を伝えて来る。


「全く……あなたは焦ると視野狭窄になる悪い癖がありますね。信用出来ない私に剣を突き付けて共闘させる手もあったというのに」


 背後から聞こえて来たのは、無機質で感情が篭っていない、此処最近で聞き慣れた女性の声。さっきまでは忌まわしいと思っていたのに、今聞くとこれまでに無いほど安心出来る。


「そりゃ……悪かったな」

「構いませんよ。見破られるような安い演技をしていた私の落ち度です。さぁ、立ち上がってください」


 彼女が俺の肩に手を置くと、尽きていた魔力が満たされた。どんな原理か突っ込みたい所だが、それは生きて帰った後でもきっと遅くは無い。


「じゃあ……二人で反撃と行こうか」

「バックアップは任せてください」


 エルネスタという頼もしい援軍を迎え、俺達は本気を出した竜との戦いの第二ラウンドの開始を告げた。

実は戦闘描写が苦手だったりします

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