実質的デート
セナイダ達の入院する医院を後にした俺達は、新しいハーフコートを買う為に馴染みの武具屋に来ていた。ハーフコート自体はまだ幾つかあるのだが、また何時壊れるか分からない。備えあれば憂いなし、常に一定数の防具をストックしておくのが一流の冒険者だ。
静かな路地裏にあるこの店は、ドワーフのアスドルバルという鍛冶師が一人で切り盛りしている。アスドルバルさんは気に入った人間以外には物を売らない偏屈で、俺に負けず劣らず気難しい顔をしたおっさんだ。
偏屈ながらも腕前は確かで、王都出身の一流冒険者は大体がアスドルバルさんの作品を使っているらしい。俺は剣こそ別の鍛冶師の作品だが、アスドルバルさんに砥ぎ等のメンテナンスを頼んでいる。コートも此処で買った物で、本人曰くかなりの自信作らしい。
「何というか……普通ですね」
「あの店基準で考えれば全部普通ですよ」
周りを見回しながらそう言うエルに突っ込みつつ、アスドルバルさんの店に入る。シックな木の扉が開くと同時にドアベルが鳴り、カウンターの向こうに座っていた人影がピクリと動いた。
「誰だ」
「俺です」
「何だお前か」
何時もの挨拶を交わすと、俺と同じ位の身長のガタイの良いおっさんがニヤリと笑いながら立ち上がった。つるりと禿げ上がった頭が眩しいアスドルバルさんは、カウンターの向こうから出て来て俺の背中をバンバン叩く。
「久し振りじゃねぇか!今日は何だ?砥ぎか?新しい防具か?」
「新しい防具ですね。同じコート、あります?」
「おう、あるぜ。またお前壊したのか」
「俺と互角の相手になると、どうしても防具が防具の意味を失くすんですよ」
他愛も無い雑談をしつつ、新しいハーフコートを出してもらう。俺が狩って提供したAランク巨獣の革をふんだんに使った贅沢品だ。耐久性・対刃性は抜群で、対打撃性を除けば普通の革鎧よりも防御力が高い。動きも阻害し難く、接近戦を好む俺にはピッタリの防具だ。
「ほれ。サイズは元からお前に合わせてある」
「どうも」
身長が変わらないってのは便利だな。
着ていたコートをバッグの中にしまい、新しいコートを羽織る。着慣れた物と違って硬い印象を受けるコートだが、間違い無く一級品だ。相変わらずアスドルバルさんは良い仕事をしている。
「で、だ。そこの嬢ちゃんは何の用だ?」
俺がコートの着心地を確かめていると、アスドルバルさんが商品を眺めていたエルを睨み付ける。エルは俺達に背を向けていたのだが、アスドルバルさんの威圧感に気付いてパッと振り返った。
「始めまして、エルネスタと申します。今日はチコの付き添いで来ました」
「……チコに……女……だと……?」
アスドルバルさんの瞳が驚愕に彩られた。油の切れた人形のように俺の方を向いたアスドルバルさんから目を逸らし、俺は黙って商品の物色を始める。女と言われても全部見られては否定し辛い。
「……まぁ、チコの付き添いなら良いか」
それで良いのか、偏屈のアスドルバルさんよ。お気に入りの連れだからってそれで良いのか。
「しかしチコも女を捕まえたかぁ……」
「違いますよ、私がチコを捕まえたんです。ヘタレにそんな度胸はありません」
朝からエルの言葉が辛辣になって来たのはきっと気の所為では無い。恐らく、俺の弱みを握ったからだろう。しかも的を得ていて反論すらも許されない。俺が何も言えないのを見て、アスドルバルさんも戦慄の表情を浮かべている。
「……頑張れよ」
「……頑張ります」
肩に置かれたアスドルバルさんの手が温かかった。
「この後、どうするんです?」
「んー、ギルドで昼寝でもしましょうかね……」
「思いましたけど、暇な日って何時も昼寝してません?」
アスドルバルさんの店を出た俺達は、当ても無く王都をブラブラと彷徨っていた。明日は学園に行かなければいけない以上、依頼を受けるのは控えておきたい。だからと言って他にやる事も無く、完全に暇を持て余している状態だった。
「そう言うエルも暇なんですか?」
「前はやる事あったんですけどね。今は出来ないんですよ。ですので、今日はチコに付いて行きます。昼寝は駄目です」
「俺に付いて来ても何もありませんよ?」
「そこを何とかするのが男の役目ですよ」
梃子でも付いて来る構えのエルに言われ、俺は王都に何があるか考える。三年間ずっと冒険者稼業に打ち込んで来た弊害で、娯楽のある場所を全く覚えていない。精々が王立図書館だが、あそこは学書や魔道書ばかりで娯楽としては微妙だ。
娯楽では無いが、女性向けの場所に一箇所だけ心当たりがある。ただ、あそこは男には難易度が高い。いや、ある種の男性にとっては毎日にでも行きたくなる場所だろうが、俺は行きたいとは思えない。が、俺が思い付く場所がそこしか無いというのも事実。
「……じゃあ、一押しの店に案内するのでそれで勘弁して下さい」
「はい!俄然楽しみになって来ました!」
そんなやりとりをしたのが数分前。そして今、俺達はやけにピンクピンクとした店の前に立っている。可愛らしい装飾が施された店の入り口にはウサミミを付けたメイド姿の少女が立っており、高い声を張り上げて客引きを行っていた。
「いらっしゃいませー!ウサギの御宿へようこそだぴょんっ!」
「チコ、何でこの店知ってるんですか!?」
「あぁ、いや、クラウディオさんと一緒したからですかね……」
高級菓子店、ウサギの御宿。王都に住む人々の垂涎の的であり、この店の甘味を求めて他国から客が訪れるほどの人気を誇る店に俺達は来ていた。
メニューは実に多種多様。その分値段も凄まじく、一番高いスイートパフェ巨獣盛DXになると大金貨二枚という値段になる。そんな値段なので、平民からしてみれば年に一度の贅沢をする場と認識されている。エルも同じ認識のようで、目を輝かせて可愛らしい外装の店を凝視していた。
この店を知る切欠は、クラウディオさんに前世の菓子を紹介した事だ。紹介したのは和菓子や飴細工といった、見た目に拘ったお菓子だ。アイデアを話しただけなのだがクラウディオさんがそれに喰い付き、食材の卸し先であるウサギの御宿で出せないか強引に連れて来られたのが最初だった。
その後、和菓子の出来を見る為に訪れたのが一回、飴細工の出来を見る為に訪れたのが二回、イラーナさんの財布として連れて来られたのが一回、そして今日で五回目の訪問となる。
「……チコ、私、冒険者を始めたばかりであまりお金が無いんです」
「知ってます。何を言いたいのかも分かります。俺に拒否権が無いのも分かります」
「よし!行きましょう!!」
喜色満面のエルに引き摺られ、俺達は店の中に入る。人気の高さと休日が相まって混雑している店内は、甘い匂いと人の話し声で溢れていた。
「いらっしゃいませぇっ!ようこそ、ウサギの御宿へっ!今日は私がご案内させて頂きますぴょんっ!」
奥からとてとてと駆けて来たウサミミメイドさんが、前屈みになって胸を強調しながらそう言った。ゆらゆらと揺れるウサミミと合わせて、一部の男性が虜になるであろうあざとさでもって俺達を誘惑して来る。慣れている俺は何とも思わなかったが、隣にいるエルさんが軽く興奮していた。
この店の人気の原因のひとつ、それがこの店員達の色気全開の対応だ。前世のメイドカフェで用いられていたような露出の多いメイド服に身を包んだウサミミの彼女等が、ギリギリ見えないラインで誘惑する事によって客を呼び込むのだ。男性は勿論、女性にも地味に人気のサービスとなっている。
「見えそうで見えない……この計算され尽くされた角度……素晴らしいですね……メイドカフェのようです……」
「テンション高いですね……というか、メイドカフェなんてあるんですか?」
「あ……えっと、私の故郷にあったんですよ」
「ふぅん……?」
「それではっ!席へご案内させて頂きますぴょんっ!」
一応、この世界に俺以外の転生者や転移者がいるかも知れないし、この店という前例がある為、メイドカフェがあってもおかしくは無い。俺は浮かんだ疑問を振り払うと、エルと連れ立って店員に続いた。
俺達が通されたのは、二階の窓際の席だった。溢れる日の光を感じながらお菓子を食べられる最高の席だ。その事をエルに伝えると、飛び跳ねんばかりに喜んだ。
「始めて来た高級店で最高の席ですよ!?興奮します!!」
「はいはい……これがメニューですよ」
机の脇からメニューを引っ張り出し、机の上に置いて向かいのエルと一緒に覗き込む。俺の提案したお菓子は和菓子と細工菓子に分かれて書かれていた。説明文を見る限り、かなり人気が出ているようだ。
「うーん、何にしましょう……饅頭も魅力的なんですが……」
「俺はこれにしましょうか。おはぎセット」
悩んでいるエルを尻目に、俺は緑茶とセットになっているおはぎを注文する。緑茶と合わせた和菓子は日本人の生み出した至高の文化だと思う。茶葉を探し出してくれたクラウディオさんには感謝しなければ。
エルは悩みに悩んだが、最終的にフルーツパフェを選んだようだった。フルーツの生産地は王都からかなり遠い為、値段も小金貨五枚とかなり高めだ。俺のおはぎセットが小金貨二枚に大銀貨八枚という事を考えると、相当高い事が良く分かるだろう。俺の奢りだからって付け上がりやがって。
「何か?」
「いえ、何も」
下のネタを握られては勝てません。俺は素直に諦める事にした。
「えへへ、チコが此処に連れて行ってくれるとは思ってませんでした」
「逆に俺は此処しか知らないんですけどね」
机に肘を付いてニコニコと笑うエルに返すと、彼女は目を見開いて驚いて見せる。
「それ、本当ですか?チコってそこまで娯楽に疎いんですか?」
「三年間ずっと冒険者稼業に集中してましたからね。娯楽は殆ど分かりませんよ」
「それは忌々しき事態です。これからは私がリードしませんとね」
「俺の金ですけどね」
「そこはほら、SSランクの稼ぎって奴で」
舌を出して悪戯っぽく笑うエルに、俺は内心で苦笑するしか無い。顔は笑えていないが、今頃頬や眉がピクピクと動いている筈だ。
そうして暫く雑談していると、向こうからトレーにお菓子を載せた店員さんがやって来た。
「お待たせいたしましたっ!おはぎセットとフルーツパフェになりますぴょんっ!」
「おぉ~、綺麗です!」
「……クラウディオさん、器にも懲りすぎでしょう……」
俺達の前に出されたのは、色とりどりのフルーツが贅沢に使われたパフェと、日本の茶器のような器に入れられた緑茶、そして美しい陶器の皿に乗ったおはぎ。僅かな情報からぴったりの物を用意するクラウディオさんの手腕には驚かされるばかりだ。
「わーい、いっただきまーす!!」
「……いただきます」
おはぎを口に含むと、餡子の甘さがふんわりと広がる。前世の餡子と違って若干甘味が強いが、十分に許容範囲だ。米も粘りが足りないが、十分に許容範囲だ。今度、クラウディオさんに調理方法を教えておこう。どうせなら最高の物を食べたい。
「はうぅ……美味しいです……」
ふと目を前にやってみれば、エルが頬に手を当てて幸せそうな顔をしていた。
「……?何ですか?……ハッ!?まさか私から奪おうと!?」
「一口下さい」
「仕方無いですね。私が食べさせて――あ!指で取るのは行儀が悪いですよ!」
「ちゃんと拭いたので衛生上は全く問題無い筈です」
リンゴっぽい果物を摘み、クリームを付けて口に運ぶ。果物の爽やかな酸味と甘味、そしてクリームの濃い甘味が合わさって美味い。
「くっ……新たに弱みを握る筈が……!」
「残念でしたね」
これ以上弱みを握られては堪らない。俺はエルを相手にする時は決して油断しない事を決意した。
その後、他愛も無い雑談をしながら甘味を食べ進める。途中で飲み物も頼んで長期戦に備えた陣を敷き、出来る限り此処で時間を潰せるようにした。これ以上連れ回せと言われても困るからだ。此処以外は知らないと明言してある為、エルも無理に言うとは思わないが。
その最中、気になった事をエルに聞いてみた。
「エルは何で俺にそこまで構うんです?第一印象は最悪だったと思うんですけど」
「んー?えっとですねー」
一旦パフェを食べる手を止めたエルは、頭に人差し指を当てて考え込む素振りを見せる。そして目を閉じて暫く呻くと、何か閃いたかのように手の平に拳をポンと当てた。
「初対面の印象は最悪でしたけど、その後も何だかんだ気に掛けてくれますし、お仕事はしっかりしてくれますし、私に良く構ってくれますし――」
「はいはい」
「――戦いの時はカッコいいですし、それでいて物凄く苛烈ですし、お仕事ちゃんとこなしてますし。そんな感じでしょうか?」
「かなり物騒なのをぶち込んで来ましたね」
「女の子は割りと物騒ですよ。特に私は冒険者ですし」
片目を閉じてニッコリと笑うエル。此処の店員さんに負けず劣らずあざとい格好をするエルから目を逸らし、俺は窓の外を見た。結局本当に知りたい事は分からなかったが、今の所はこれくらいで良いだろう。そう判断し、俺は別の話題で切り込んだ。
「エル、昇格したなら魔獣退治の仕事があるんじゃないですか?」
「あ、ありました。ちょっと怖いですけど、学園の授業で上手くやっちゃおっかなって思ってます」
「ゲスイですね」
それから日が暮れるまで、俺達は追加注文をしながらウサギの御宿で他愛も無い話に興じた。
後で俺は、エルに「デート楽しかったです」と言われて悶絶する事になる。思い返してみれば、完全にデートだった。また弱みを握られてしまった事に気付いた俺は、誰かと時間を潰す時にはウサギの御宿は二度と使うまいと心に決めた。
前話と前々話が自分でも微妙だったので、書き直そうか迷ってます。感想で意見をくださると嬉しいです。
※追記
微妙な感じはしますが、このまま行こうと思います。どうしてもという方が多ければ書き直すかもしれません。




