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Monochrome―化物剣聖と始原の熾天使―  作者: 勝成芳樹
第一章―二人の邂逅―
19/89

女は逞しい

「■■、大丈夫?熱は下がった?」

「無理すんなよ■■。卒業式が近いんだからな」


 母さんと父さんだ。母さんは俺の額に手を当てて熱を測っている。父さんは遠くの方で酒を飲んでいるみたいだ。二人とも顔に靄が掛かっていて、表情を窺う事が出来ない。同時に、俺の名前の部分も不明瞭になっている。


 これは卒業式の一週間前の光景だ。あの時、風邪を引いて寝込んでいたんだっけ。


「■■!遊ぼうぜ!!」

「打ち上げだ■■!全く、病気なんかしてんじゃねぇよ!」


 ■■■と■■■■、どちらも親友だ。次の日が卒業式で早く帰れるから、打ち上げに行こうと話していた時だ。あの後のカラオケは楽しかった。


「■■、危ない!」

「イヤァァァァッ!!■■!返事してよ!!」


 ■■■と■■の声だ。■■■は友人、■■は幼馴染。色んな時に体が弱かった俺を世話してくれた覚えがある。


 これは……死んだ時かな。覚えてないけど、そうとしか思えない。


「おぉう、大丈夫かぁ?」


 師匠だ。俺がまだ赤ん坊だった時の光景か。あの時にずっと活性魔法を掛けられていたと今なら分かる。


「狂うんじゃないぞ。気をしっかり保て」


 師匠に初めて活性魔法の濃縮付加を掛けられた時だ。あの時は本当に痛くて……気が狂いそうだった。


「大量出血しとる者はもう助からん。お前が殺せ。それがお前への罰だ」


 師匠だ。身体強化の濃縮付加で地下を崩壊させた後に、介錯するように言われた時の光景だ。思えば、この時に始めて敵意の無い人間を殺したんだな。


「……そうだな。お前の勝ちだ」


 師匠だ。俺が打ち負かした時の、満足そうな表情を浮かべている。


「若い者はもっと自由でないとな」


 師匠だ。ムカつくくらい満足のいった顔を浮かべている。この後すぐ、師匠は絶命した。


「だ、誰だか知らねぇが助けてくれ!」

「私からもお願いします!!」


 クラウディオとベルナベだ。確か巨獣に襲われている所に、服や情報を欲していた俺が乱入したんだ。彼らに名前を付けてもらった事は、未だ記憶に新しい。


「チコさん?起きてますか~?」


 セナイダだ。寝坊した日には、毎朝この間延びした声で起こしに来てくれた。


「ひゃあぁぁい!」


 給仕の子だ。逃げなくても良いと思う。


「は、はい!エルネスタと言います!」


 エルネスタだ。薄くて、濃くて、近い奴。自然なのに不自然。そんな女の子で護衛対象だ。あと三年は確実に彼女と過ごす事になる。


「ゴォズ……ゴロズゥゥッ!!」


 ブラスだ。師匠の剣技を持ち、禍々しい魔力を纏っていた怪物。俺に匹敵する、凶悪な化物だった。


 何というか。


 皆懐かしいなぁ。




---




「ぐぅぇ……」


 目が冷めた俺は、これまでに無いほどの二日酔いの症状に襲われた。目の前の景色が揺れ、激しい吐き気と頭痛で思考すら覚束無い。このままだと寮のベッドに吐いてしまいそうな勢いの為、俺は即座に活性魔法で体内の有害物質を分解した。


 それにしても、今日は懐かしい夢を見た気がする。前世の父や母、それに友人達もいた気がする。もう名前も覚えていないが、掛け合いとかは意外と覚えている物なんだな。


 しかし、頭痛が治まらない。とりあえず水を飲もうと体を起こした俺の前に、水の入ったグラスが差し出された。


「はい、どうぞ」

「あぁ、ありがとう」


 極自然にそれを受け取り、中に入っている水を飲む。キンと冷やされた水が頭を刺激し、頭痛が大分楽になった。水を飲み終わると、ひょいと手が伸びて来てグラスを回収する。


「朝ごはんはどうしますか?ガッツリ行きます?それとも軽め?」

「あぁ、軽めで……」


 そこまで言って、俺は頭痛の所為で気付けなかった違和感に漸く気付いた。ルームメイトのディオニシオさんにしては声が高すぎる。周りを見ると、ベッドが二段ベッドでは無いし、部屋が何処か広く感じられる。


 そして極めつけが、向こうの方のキッチンっぽい場所にいる人。銀の髪を後ろで縛ってポニーテールにした少女が、寝巻きらしい服の上から白いエプロンを着て鼻歌を歌いながら料理をしている。おかしいな、ディオニシオさんは赤毛の筈……。


 視線を下に動かすと、寝巻きに包まれた自分の体が見えた。酒場に入った段階ではまだ拭き取られていなかった筈の血が綺麗サッパリ消えている。つまり、昨日の夜に風呂に入ったか……または体を拭いてもらったか。


 もう一度キッチンの方を見る。この付近で唯一の気配の持ち主は、ほかほかと湯気を立てる鍋の中身をかき混ぜている最中だ。ポニーテールをふりふりと愛らしく揺らす少女は、ふと手を止めて俺の方を見た。


「荷物はベッドの横に置いてありますからね。水は外に小さいですけど水道がありますから、顔とかはそこで洗ってください」

「……あ、うん……じゃなくて!」


 漸く思考フリーズ状態から復帰した俺は頭痛も忘れ、跳ねるようにしてベッドから立ち上がった。振り向いたエルはこの反応を予想していたのか、苦笑いをしている。


「待って?何で俺は此処にいるの?あれ?え?」

「チコ、落ち着いて昨日の事をよーく思い返してください」


 エルは視線を鍋の方に戻すと、何処か棘のある声で言った。それに少しだけビビリながら、俺は昨日の事を思い返してみる。


 確か昨日は、ブラスとの戦いの後にイラついた心を鎮める為にイラーナさんとエルと一緒に飲んだ。その後の記憶は無い。大方、普段通りに泥酔したのだろうが……まさか人前で寝るような事を俺がするとは思えないが、記憶が無い為確証は無い。


 まさか、酔って暴走した俺が無理矢理エルの家に上がり込んだのか?イラーナさんは基本的に止めないだろうし、泥酔した俺がどんな行動を取るかは未知数だ。エルは割りと押しに弱そうな所があるし……。


 暫く悶々としていると、朝食らしきパンとオニオンスープの皿を机の上に置いたエルが顔を覗き込んで来た。何処かで見た事がある献立だな。


「思い出しました?」

「……いや、全く。ごめんなさい。俺、何をしたんですか?」


 嫌な予感をヒシヒシと感じながら問うと、エルはその予感を肯定するように軽く頬を染めた。自然と冷や汗が流れ、背中がじっとりと冷たくなる。昨日の俺、一体ナニをした。


「大丈夫ですよ。そういう事は無かったです」

「……ふぅー……」

「そんな露骨にホッとされると何だか複雑ですね……そうですねぇ、私の膝に倒れ込んで寝たりとか?」

「えっ」


 幾ら疲れていたとは言え、俺が酒場という多くの人間が集まる場所で俺が睡眠を取ったというのは衝撃的だ。今まではどんなに泥酔しても、決して人前で深く眠る事は無かった。それは常に気を張っていたからだが、つまり昨日の俺は気を緩めていたという事になる。イラーナさんは元からだが、俺はエルの事も知らず知らずの内に信頼していたようだ。


「……それに、ちょっとだけ悪戯もさせてもらいましたし……」

「待って、悪戯って何をした?」


 不穏な言葉が聞こえた俺は、黙っている訳にもいかずに慌てて質問する。エルは少しだけガッカリした表情を作り、俺にした悪戯の内容を告白した。


「主人公って此処を聞き逃すのが鉄板じゃ無いんですか……まぁいいです。服を脱がしたり着せたりだとか、体を拭かせてもらいました。つまり、私はチコの体の隅々まで全て知ったのです!!」

「……下も?」

「……下も」

「うそん」

「嘘じゃないです」


 俺は羞恥に身悶えし、その場に崩れ落ちた。何せアレを見られたのだ。しかも女の子に。恥ずかしいなんてもんじゃない。やばい。死ねる。戦いでは死なないと豪語出来るのに死ねる。


「……チコのって、案外大きいんですね」

「やめろぉっ!」


 それから暫くの間、俺はエルに虐められ続けた。






 その後、朝食を摂り終わった俺達はセナイダ達が入院しているという医院に足を運んだ。金色の小皿のすぐ近くにある極小さな医院だが、医者の腕はそれなりに良いらしい。話を聞くと、セナイダ達は既に目を覚ましているとの事だった。


 医者から聞いた話では、セナイダは左目を失ったとの事だった。ブラスに捕まった際に指が貫通していたらしい。元冒険者の旦那さんは、セナイダやテオドラさんを守ろうと単身ブラスに挑み、結果として全身に大怪我を負う事になった。


 俺の活性魔法は、濃縮付加をすれば体の欠損をも回復させる事が出来る。但し、それには発狂しそうなほどの痛みが伴う上に、一度で直す事が出来る俺と違って何度も治療をしなければならない。故に、セナイダの失った左目を取り戻す事は出来ない。


 その事に気分が落ち込むが、辛気臭い表情は怪我人に見せるべきではない。俺は出来る限り眉根が寄らないように意識しつつ、三人がいるという病室へ入室した。


「「 お邪魔します 」」

「あ、チコさんです~」

「あら、いらっしゃい。チコかい」

「……」


 入室した俺を真っ先に歓迎したのは、窓際のベッドで体を起こしていたセナイダだった。しかし明るい声とは裏腹に、彼女の顔には左目を隠すような形で包帯が巻かれている。その傍らに座るテオドラさんは目の下に隈を作っており、セナイダの隣のベッドに横たわる旦那さんに至っては全身に包帯が巻かれていた。


「お見舞いに来ました。これ、食べてください」

「ありがとう、チコ。そこの机の上に置いといてくれ」

「わ~、今話題のお菓子です~」


 道中、クラウディオ商会で買って来た菓子を机の上に置き、テオドラさんの横に立った。エルは少し離れた場所に立っており、俺達の会話を邪魔しない姿勢を示している。彼女なりの気遣いなのだろう。


「昨日は……俺の所為ですみませんでした」


 俺はセナイダ達に順番に頭を下げる。既に宿を出ていたとは言え、昨日のブラスの襲撃の根本的な原因は俺にある。その所為で店が半壊し、一家全員が体や精神に傷を負う事になった。謝らなければ、俺の気が済まない。


「特に……セナイダには本当に……」

「……頭を上げなよ」


 頭を下げた俺の肩に、テオドラさんの手がポンと置かれた。顔を上げると、テオドラさんが優しい微笑を浮かべている。後ろのベッドでも、セナイダが同じような表情をしていた。


「結果はどうあれ、全員助かったんだ。それに、冒険者相手の宿をやってたんだ。こういう事も覚悟してたさ」

「テオドラさん……」

「そうです~。チコさんが謝る必要なんてないんですよ~」


 テオドラさんの小さいながらもしっかりした声に、セナイダが間延びした声で同意した。その目にはハッキリとした意思が宿っており、見た者に彼女達の心が微塵も折れていない事を確信させる。それは大怪我で喋れないらしい旦那さんも同じで、目だけを動かして同意を示してくれた。


「確かに店は壊れちまったし、セナイダは左目を失った。でもね、生きてりゃ割と何とかなるもんさ。貯金も大分あるし、店を再起させるには十分さ。だから心配はしないでおくれ」


 テオドラさんはそう言って立ち上がり、俺の肩をポンと叩く。


「それに、うちの店を壊した奴は誰かさんがやっちゃったらしいしね」

「ハハハ……」


 どうやら昨日の事は全部伝わっているらしい。テオドラさんは「ありがとうよ」と俺の胸をトンと突くと、次の瞬間には両肩をガッと掴んで俺を拘束して来た。グッと近付いて来たテオドラさんの顔に不穏な物を感じ、俺は顔を引き攣らせる。


「じゃ、チコが私達に赦された所で後ろの別嬪さんを紹介して欲しいんだけど」

「うん、テオドラさんはそういう人だったよね」


 俺は諦めの溜息を吐き、後ろで立っていたエルを手招きで呼ぶ。落ち着いた動作で俺の横に立ったエルは、見事な礼をテオドラさん達に見せた。


「始めまして。チコの彼女のエルネスタと申します」

「違います。仕事での護衛対象です」

「おやおやおや、チコもこんな可愛い嫁さんもらっちゃって、隅に置けないねぇ」

「違いますから。テオドラさん、違いますから」


 うりうりと肘で押してくるテオドラさんの言葉を否定しつつ、エルの頭をグリグリと圧迫してお仕置きする。痛みに小さな悲鳴を上げるエルがギブアップした所で手を離したが、その様子を見てテオドラさんがニコニコと笑っていた。どうやら完全にカップルとして認識したらしい。


「そうですか~……チコさんにも漸く春が来ましたか~」


 ベッドの上のセナイダが感慨深そうに頷いた。三年間、ある意味で俺に最も近かったセナイダやテオドラさんは、俺に女が出来なかった理由を知っている。宿に押しかけて来た令嬢達を何度も追い払っているのを見ているからだ。その俺が女の子を連れて来たら、こういう反応をするのも自然……なのだろうか?


 それにエルさんの気配を見る限り、春が来たというのもあながち間違っていない気がするのだ。


「エルちゃん、チコを手放しちゃいけないよ!甲斐性もあって強くて顔も良い物件はそうないよ!」

「絶対に放しません!つきましてはチコを落とす為の手段を教えてください!」

「それは私が教えます!伊達に三年間妹ポジションにいたわけじゃないんです!」


 女三人寄れば姦しい。怪我や暗い空気を感じさせない賑やかさで俺を落とす算段を立て始めたセナイダ、テオドラさん、エルに片眉が跳ね上がるのを感じつつ、俺は旦那さんのベッドの横にある椅子に座った。


「普通は本人の目の前でこういう話をするのはおかしいと思うんですけどね……」

「……」


 俺の呟きに、旦那さんが同情の眼差しを向けて来た気がした。


「チコは意外と押しに弱いんだよ。強引に迫ればイケるよ」

「ただ、朝はあまり大きくならないので誘惑すると良いと思います~」

「ほ、ほほぅ……ちなみにどんな感じに……?」

「そうですね~、エルさんはあまり大きくないので、体をぴったり密着させると良いと思います!」

「お前等どんな話してんの!?」


 何やら妙な事を口走り始めた女性陣に突っ込みつつ、本当は泣きたい筈のセナイダとテオドラさんを見る。女性の宝である顔に傷を負っても明るく振舞うセナイダと、彼女の事を想って同じように振舞うテオドラさんに、俺は深い尊敬の念と、心からの感謝を捧げた。

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