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Monochrome―化物剣聖と始原の熾天使―  作者: 勝成芳樹
第一章―二人の邂逅―
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懐かしく忌まわしき気配

 ブラスによる金色の小皿襲撃を小者から伝えられた俺は、気付けばギルドを飛び出して夜の王都の家々の屋根を疾走していた。


 歯軋りの音と風を切る音が煩いほどに響く中、俺の脳裏にセナイダとテオドラさん、そして旦那さんの顔が浮かぶ。何時もにこやかだったはずのその顔が、想像の中で痛みを堪える苦悶の表情に変わった。


「クソ……ッ!何でもう泊まってない宿の方に行くかな……ッ!」


 感情を押さえようとする自分の意思とは裏腹に、激しい怒りの声が口から漏れる。俺の事が許せなくても、周りの関係の無い人間を巻き込むという手段を取った事に腹が立つ。勝てないのなら大人しくしていれば良い物を、よっぽど俺の怒りを買いたいらしい。


 激しい怒りに満ちた俺の心は、時間と共にその温度を際限無く上昇して行く。しかし、金色の小皿が視認出来る場所に着いた瞬間、俺の心は怒りから驚愕へと塗りつぶされた。


「嘘だろ……!?誰にあんな事が出来るんだよ……!」


 暫くして見えて来た金色の小皿の建物は、まるで巨大な剣を叩き付けた後のように真っ二つに割れていた。屋根から床まで両断された事で往年の面影を失った建物の前で、一人の男と何人もの男達が戦っている。


「オラアアアアァァァァッ!!!チコォォォッ!早ク来ヤガレェェエエェェェェェッ!!」

「来るぞ!離れろ!!」

「チクショウ、なんなんだよコイツはァ!」


 枯れた喉を絞るような声で叫ぶブラスは、手加減無しに飛び掛かる冒険者達を剣一本で圧倒している。槍は打ち払われ、剣は叩き落され、矢は斬り落とされてブラスの体に届かない。時には技で、時には力で、ブラスは多数の冒険者達を圧倒していた。


 その戦い方は嫌という見た覚えがある。十二年間毎日毎日見続けて、そして十五年間鍛え上げて来た剣聖の剣技。ブラスが振るっているのは、俺や師匠である剣聖セルソが使っていたそれとほぼ同じ物だ。気配も完全に断たれており、次の動作を全く予想出来ない。


「何であいつが師匠の技を……?いや、今はそれよりも」


 近くの屋根に乗り、上からセナイダとテオドラさん、旦那さんを探す。宿の中に人影は無く、戦いの周辺にも見当たらない。冒険者達の後ろに詰めている騎士達が何人かの人間を保護しているようだが、その中にセナイダ達がいるかどうかは分からない。


 無事の絶対を確かめたいが、これ以上セナイダ達に感けてブラスを放置していれば、確実に犠牲が増える。剣聖の剣技は、例えそれが紛い物だとしても生半可な人間に止められる物では無い。


 ならばセナイダ達は騎士団が保護してくれたと信じ、剣聖である俺が止めるのが最良。


 冒険者達がブラスから離れた瞬間を見計らい、屋根を蹴ってブラスに斬り掛かる。完全に意識外から攻撃したが、ブラスはしっかりと俺を察知して対応して見せた。


「ァァァアアアアアァァァァッ!!」

「ッ!!」


 金属と金属が打ち合わされる音と共に、俺の剣はあっさりと受け流される。力で勝る相手に対する動きも師匠とそっくりだ。


 一度距離を取り、体勢を立て直している冒険者達の前に立ち塞がる形でブラスと相対する。ブラスも俺を脅威と認識したのか、暴れるのを止めて俺を見た。


「チコさん!コイツ、タダ者じゃないっす!」

「剣の腕がチコさんに匹敵してんだ!」


 後ろの冒険者達が俺に警告をして来るが、そんな事は百も承知。了承の意を込めて片手を挙げ、ちらりと振り返る。


 激しい戦いで体中に生傷を作った彼等は、皆一様に救われたような表情で俺を見ている。その間も警戒を一切怠っていないのは、ブラスの実力を嫌というほど堪能したからか。


「他の人を頼む。コイツは俺がやる」


 視線を戻しながら言うと、冒険者達が威勢の良い返事を返しながら騎士団の方へ下がって行った。残されたのは、同じ構えを取っている俺とブラスだけだ。


「よぉ、二週間ぶりだな」

「チコォォォ……」

「アホみたいに暴れて……楽しかったか?剣聖の剣技は中々凄いだろう?どうだ?その力を適当に振りかざすのは」

「チコォォォッ!!」


 俺の真剣な言葉を挑発と受け取ったのか、ブラスは唾を吐き散らしながら吶喊して来る。地を這い、縦に剣を振る鍾馗を繰り出そうとしている。


 ならばと俺は回転しながら跳び、ブラスの剣を防いで背中をがら空きの背中を蹴り付ける。ブラスはその蹴りをまともに受けると、地面にめり込むように埋まる。一瞬軸がぶれたのは横に跳ぼうとしたからか。


 俺が鍾馗を見せたのは、最後に戦った一度だけだ。反応の仕方等が師匠と酷似している事を考えると、ブラスは死んだ師匠の経験を何らかの形で得たのだろう。


 起き上がろうとするブラスを踏み付け、剣を首に突き付ける。先端が肉を裂き、紅い血がまるで首輪のようにブラスの首を流れた。


「師匠は鍾馗返しも避けた。当たってもすぐに反撃して来た筈だ」


 自然と言葉が口を突いて出る。


「師匠は不利になる挑発に乗らなかった。師匠は剣を無闇に振るわなかった。師匠は罪無き人を好んで傷付けなかった」


 沸々と込み上げる怒りに、自然と手に込められる力が強くなる。微かに震える剣先が、ブラスの首の傷口を広げた。


「師匠の剣技と経験を何故持っているのかは知らない……だが、師匠の誇りを穢すのは許さない」


 師匠は何処までも剣に生き、剣に捧げ、剣を愛した剣士だった。誰よりも剣に精通していた師匠の誇りが、こんな紛い物程度の男――いや、ブラスに何かを仕組んだ誰かに穢されるのはつまらない。師匠を下に見る事が出来るのは、師匠を下した俺だけだ。


 深呼吸をして怒りを鎮める。柄にも無く感情を出し過ぎた。


「それじゃ、さよならだッ!?」


 剣先を押し出そうとした瞬間、背中に奔った嫌な予感に咄嗟にバックステップを踏む。刹那、俺の顔があった場所にブラスの足が伸びていた。


「アギッ……ゲベッ……ゲバアァァァァァッ!!!」


 最早獣と何ら変わらぬ咆哮を上げながら、ブラスがゆらりと立ち上がる。その体は禍々しい気配を撒き散らす濃密な黒い霧に覆われ、人肌や衣服の色は僅かにしか視認出来ない。瘴気と称するに相応しい魔力を纏ったブラスは、戦慄する俺を見て狂笑を浮かべた。


 一見隙だらけに見える一連の流れの最中、俺は一歩も動けなかった。気配を断つ事を止めたブラスから発せられる圧力は尋常な物では無く、少しでも気を抜けば意識を持っていかれそうになる。


「ブラス……お前何を……ッ!?」

「ゴォズ……ゴロズゥゥッ!!」

「……ッ!」


 凄まじい覇気と共に、先程までとは比べ物にならない速度で迫ってくるブラスを何とかかわす。あの瘴気は身体強化魔法で溢れ出たブラスの魔力か。


 対抗する為、俺も身体強化を付加する。身体スペックと魔力から見て、同じ土俵の上なら俺が一方的に有利になる筈だ。


 ブラスの攻撃は単調で読みやすいとは言え、一撃一撃の破壊力は俺に匹敵している。少しでも油断すれば、あっという間に体が弾けるだろう。


 だが、読みやすいという事はカウンターを当てやすいと言う事と同義。圧力に抗いながら確実に攻撃を避け、隙を晒したブラスに剣を振るう。


 しかし師匠の経験を持つ故か、その攻撃の悉くは巧みな剣技で防がれる。攻撃力を凶暴性で補い、突進で俺の取れる手段を減らして剣で防御する。やり辛い事この上無い。


「アアアァァァァァッ!!」

「チッ!技の無駄遣いしやがって!」


 獣の咆哮を上げるブラスと、イラついた声を上げる俺。共に突破口を見つけらず、周辺に破壊を撒き散らすだけに膠着状態が続く。


 もう一段階ギアを上げれば――身体強化の濃縮付加を行えば、俺は簡単に勝利を得る事が出来るだろう。あの力はそれほどまでに強力で、凶悪で、暴力的な力を得る。


 代償として周辺の土地は荒廃し、攻撃によって生じる衝撃はで被害は遠くまで及ぶだろう。今の俺ではあの力を完全に制御する事は出来ない。どんなに努力しても、被害は確実に出る事になるだろう。


 ブラスの撃破と王都の破壊。二つを天秤に掛ける道理は無い。今の状況から、身体強化とは別の方法でブラスを撃破しなければならない。


「オォォォァァァアアアッ!!」

「しまッ!?」


 一瞬の逡巡が生んだ隙に素早く付け込んだブラスの斬撃が、俺の右脇腹を文字通り消し飛ばす。凄まじい量の血液があふれ出すと同時に俺の動きは鈍り、ブラスはそこへ更に追撃を叩き込んで来た。


 凄まじい速度と圧力で振るわれる剣が、俺の左腕、胸、足を次々に抉る。致命傷に至りそうな攻撃だけを防御し、無理矢理カウンターを捻じ込んで攻撃を中止させた俺は、大きく距離を取って膝を付いた。


「クッ……紛い物でも剣聖の技、か……」

「ゲェァアァァァァァァッ!!」


 膠着状態を崩した原因が俺の油断にあった事を恥じつつ、活性魔法を全身に濃縮付加して治療を開始する。当然ながら、直るまで待つつもりが毛頭無さそうなブラスは雄叫びを上げながら再び突撃を仕掛けて来た。


「遅い!」


 だが、その時には俺の治療は終了している。回転しながら真上に跳んだ俺は、上を向いた両足に魔力をに集中させ、魔力破戒を濃縮して発動させる。凄まじい密度に濃縮された魔力は空間を断絶し、次元の壁とも言える強固で透明な障害物を作り出した。


 上昇エネルギーを殺して停止しつつ、足の角度を調整する。今から繰り出すのは、俺の奥の手でもある奥義のひとつだ。


 剣を右肩に担ぎ、両足を全力で伸ばしてブラス目掛けて跳ぶ。俺を見上げていたブラスは危機を感じたのか、俺を全力で迎え撃とうと師匠の奥義の構えを取った。


「オオオオォォォォォォッ!!」


 奥義之二・震電。機首に凄まじい火力を有し、最強の迎撃機《インターセプター》としての期待を掛けられていた機体の名を冠する奥義。凄まじい大きさの運動エネルギーを力に加え、要塞をも容易く落とす唐竹割りがブラスに迫る。


「ガアアアァァァァァァッ!!」


 斬奥義・飛竜。竜種の爪を再現し、その名を冠した師匠の奥義は凄まじい破壊力を有する剣となって震電とぶつかる。超火力と超火力のぶつかり合いは、辺りに人を吹き飛ばすほどの衝撃波を生じさせる。


 轟音、衝撃、爆発。石畳が粉砕され、視界が粉塵で閉ざされる中、俺達は微動だにしなかった。決着が着き、戦う必要が無くなったからだ。


 純粋な力と力のぶつかり合いは、元の力で上回る上に運動エネルギーまで味方にした俺に軍配が上がった。ブラスの剣は真っ二つに折れ、頭から股下に掛けて紅い線が走り始める。


「……終わりだ、ブラス」

「ア……ゴ……」

「……師匠よりもずっと……つまらない戦いだったよ」


 断命の呻き声と共に、ブラスの体はゆっくりと前に倒れる。地面に叩き付けられる湿っぽい音が響き、縦に引かれた赤い線に沿ってその体がゆっくりと割れる。大量の紅い血が中身と共に溢れ始め、罅だらけの石畳に染み込んで流れて行った。


 僅かな物音すらも煩く響く静寂の中、剣を上から振り下ろして血糊を剥がす。そのまま鞘の中にそれを納め、俺はブラスの遺骸に背を向けて此方を眺めている冒険者と騎士団の方へ向かった。


「ウォォォッ!!」

「あの化物を倒しやがった!!」

「流石チコさん!!」

「オリジナルの化物の名は伊達じゃねぇぜ!!」


 決着が着いた事を察した冒険者達が歓声を上げ始め、俺を囲もうと動き始める。普段なら此処で素直に囲まれるのだが、今はそれよりもセナイダ達の事が心配だ。背の高い冒険者達の海を潜り抜け、真っ直ぐに騎士団の方へ向かう。市民の保護は騎士団の義務だから、いるとしたらこっちだ。


「すみません、破壊された宿の方は今何処にいますか?」

「えっ!?え、あぁえっと……」


 若い騎士に話し掛けると、騎士は若干狼狽しながら後ろにいる騎士に確認を取る。後ろの冒険者達も俺が何を聞きたいのかを察して静かになっている。


「金色の小皿を営業している夫妻と娘さんですが、無事保護されているとの事です。現在は全員意識不明ですが命に別状は無く、明日の朝には目覚めるだろうとの事でした」


 それを聞いて、俺の口から安堵の息が漏れる。宿が崩れているのを見た時から最悪の事態を想定してはいたが、それは実現せずに済んだようだ。後ろの冒険者達からも安堵の溜息がいくつか聞こえた。


「ありがとうございます。詰め所ですか?」

「いえ、この近くの――」


 俺は騎士からセナイダ達がいるという医院を聞き出すと、礼を言ってその場を離れ、戦場だった場所の端に立る。その場所はまるで天変地異の痕を残したかのように荒れ果て、所々岩や地面が露出していた。


 此処までの惨状を生み出さざるを得ないほどブラスは強く、そして異常だった。突然の豹変や異常な力、師匠の剣技に禍々しい瘴気。気になる事はあるが、その原因は恐らくひとつ。


「インバジオ帝国……」


 三年前に逃げた事で止まっていた歯車が再び動き出した事を、俺は確信した。

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