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Monochrome―化物剣聖と始原の熾天使―  作者: 勝成芳樹
第一章―二人の邂逅―
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有名人だらけ

「ただいま戻りました」

「戻りました」

「あらあら、おかえりなさい」


 道中で何とか気を取り戻したエルさんと共にギルドの扉を潜ると、何処かニヤついているイラーナさんに出迎えられた。やはり、これから共に学園に通う俺達に仲良くなって欲しかったらしい。事実、視線がエルさんの新調された服や武器に向けられている。


「エルちゃん、チコ君に買ってもらったのね」

「はい!一式揃えてもらいました!」


 イラーナさんの問いに満面の笑みで答えるエルさん。犬の耳と尻尾が幻視出来るのは気の所為だろうか?それもぴこぴこ動いてるのとぶんぶんと振られているのが。


「チコ君もそういう事が出来るのね……」

「今まで機会が無かっただけですし。お詫びの意味も兼ねてますし」

「照れちゃってぇ」


 ニヤニヤしながら茶化してくるイラーナさんをシッシッと追いやりつつ、俺は既にギルドに訪れている白髪のお偉いさんに目を向ける。ソファの上で横になるという権力者にあるまじき行動を取っているのは、グランテーサ王国宰相、ブラウリオ・トルレスさんだ。わざわざ宰相様が来るとは思っていなかった。


「う~っす、チコ殿~」


 寝転んだまま片手を挙げて、気の抜けた挨拶をするブラウリオさん。誰が見ても、この男が国王に意見をする立場にいる人間だとは思わないだろう。それほど気を抜いているように見える。視察に来た筈なのだが……。


「あ、視察はもう終わった。だって分かんねぇし。イラーナから話を聞くだけで良いよ」

「それでちゃんと報告出来るんですか……」

「んなもんは大人の事情で何とかなるのよ」


 まさかのイラーナさんの参戦。駄目だこの怠けコンビ。


「視察が終わったって事は、俺の役目は終わりですね?」

「そうね。じゃ、エルちゃんを連れて学園長に会いに行くわよ!いや~楽しみだわ~!」

「お、なんだなんだ?クリスティアーネんとこ行くのか?」


 イラーナさんが拳を振り上げて興奮していると、ブラウリオさんが体を起こして口を挟んできた。話の流れ的にクリスティアーネという人は学園の関係者だと思うのだが。イラーナさんは知己だと言っていたし、ブラウリオさんも宰相という立場上、巨大な力を持つ学園と関わりがあるのだろう。


「そんな所よ。あ、付いて来ないでね」

「行きゃしねぇよ。何であのクソババアに会わなきゃいけねぇんだ」


 イラーナさんの言葉にブラウリオさんが心底嫌そうな顔を見せ、イラーナさんも同意するように頷く。何だかクリスティアーネさんに会うのが怖くなって来た。それはエルさんも同じようで、顔を青くしてカタカタと震えながらおずおずと口を開いた。


「あの……学園長さんってどんな方なんですか?」

「んー?一言で言えば幼女ね」

「ハッ!違いねぇ!!」

「真面目に答えましょうか」


 俺が背中の剣をカチカチ鳴らすと、イラーナさんとブラウリオさんが引き攣った笑みを浮かべながら冗談だと手を振る。純粋な武力では俺の方が圧倒的に上の為、逆らう気は無いらしい。


「学園長は私と同じエルフよ。で、チコ君と同じSSランクの冒険者でもあるわ。もう滅多に依頼は受けていないけどね」

「二つ名は『大魔法士』だな。濃く豊富な魔力でゴリ押しするのが基本戦法だ。あとドS」

「そうね、ドSね。社会的にはまともな人だけど、個人として付き合いたくは無いタイプの人よ」

「へぇ……」


 全冒険者中で三人しかいないSSランクの二人目だという事に驚いたが、それ以上にブラウリオさんが会いたがらない理由にも察しが付いた。ドSのSSランカーに誰が会いたいと思うだろうか。誰も思わない。


 しかし、今日はエルさんにとって厄日だろうな。SSランク冒険者にギルドマスター、大商会の会頭に王国宰相という四人もの天上の人物に出会ったのだ。更に、これから魔法学園の学園長とも会うのだ。事実、何とか持ち直し始めていたエルさんの顔がまた白くなっている。


「ま、ブラの事はどうでも良いわ」

「ブラじゃねぇよ!?」

「よし、行くわよ!チコ君、エルちゃん、荷物は持った!?」


 ブラウリオさんの突っ込みを華麗にスルーしたイラーナさんは、何処からか取り出したマントを羽織る。放出系魔法を行使する上で重要な魔力操作を補助する事が出来る特注のマントだ。元より魔力操作を得意とするエルフのイラーナさんがあれを羽織るのは、特別難しい魔法を使う時だけだ。


 つまり、今からイラーナさんは魔法を使うのである。ギルドから歩いて一時間の学園へ向かう為だけに。


 俺はそう理解出来たが、この魔窟(ギルド)に来て初日のエルさんは理解出来なかったらしく、頭上にはてなマークを浮かべて首を傾げている。


「よし、行くわよ。近くに寄りなさい」

「分かりました」

「え?あ、はい……?」


 俺がイラーナさんのマントの裾を握ると、エルさんも続いておずおずと手を伸ばす。俺達がしっかりとマントを握った事を確認したイラーナさんは、スッと目を閉じて魔力を操り始めた。


「お、行くのか。ババアによろしく伝えといてくれ」


 ソファの上で手を振るブラウリオさんの姿を最後に、俺達の周囲は濃い蒼色の霧に包まれた。


「はわわ……凄い……」


 周囲で渦を巻き始めた蒼色の霧に、エルさんが感嘆の声を漏らす。言わずもがな、これはイラーナさんの魔力だ。循環系魔法とは違い、放出系魔法では体から遠く離れた所にまで魔力が伸びる。そしてその魔力が空間に干渉し、様々な現象を及ぼすのだ。そして空間に干渉するという性質上、どんな現象でも大概は発現させられてしまう。


 渦を回る度に濃くなる魔力によって、俺達の視界はブラウリオさんの手を振る姿を最後に、完全に蒼く閉ざされた。全方向に満ちた魔力は徐々に収縮し、やがて俺達を包み込む。エルさんの途惑う声が、まるで閉ざされた部屋から聞こえて来るようなくぐもった音になった。


 数瞬後、魔力の霧は一瞬で散り、まるで異常など何も無かったと言わんばかりに辺りに正常な音が戻った。回復した俺達の視界には先程までのギルドではなく、白亜の巨大な建物が映っている。間違い無く、グランテーサ魔法学園だ。


「ふわぁっ!?何時の間にこんな所に来たんですか!?」

「転移よ、転移。便利よね」


 イラーナさんは大した事じゃない風に言っているが、転移魔法は最も難易度が高い放出系魔法だ。本来であれば一時間程度の魔力操作を必要とするが、イラーナさんの卓越した魔力操作技術に加え、補助マントがあったからこそ数秒で転移出来たのだ。

こんな近距離の移動に使う物では無いのだが……。


「さ、行きましょ」

「あ、待ってください!」


 やはり何処かずれているイラーナさんを見て、俺は小さく溜息を吐いた。


 落ち着いた雰囲気の学園内に入ると、やはり生徒達の視線に晒された。休暇中で人数は少ないとは言え、それなりの数の生徒が既に学園にいる。この時期に学園に来る非入学者は、学証を無くしてしまった者と決まっているからか、侮蔑的な視線が多い。エルさんも俺も目立ちやすい容貌をしているから、確実に覚えられただろう。


「何だか、皆さんの目が怖いです……」

「大丈夫ですよ。俺よりは怖くないです」

「確かに……」


 俺の精神がヤバイ。


「変な漫才やってる内に着いたわよ」


 俺達を見て呆れた顔をしたイラーナさんが、学園長室と書かれたドアをガラリと開ける。


 刹那、部屋の中から緑色の霧を伴った白色の光線が迫って来た。


「ッ!」


 即座に体を前に傾け、剣を素早く抜き放ちつつそれに魔力を付与する。周囲の空間に陽炎のような揺らぎを発生させた刃は、光線と正面から衝突してそれを消滅させた。


 今俺がやったのは、物に高濃度の魔力を付与し、強制的に空間に干渉する事で他の現象を退ける循環系魔法の極意、その名も魔力破戒。強力な魔法を遠距離からバンバン放つ魔法士に、基本的に近距離でしか攻撃出来ない剣士が対抗する為の技術だ。


 光線の消滅と同時に身体強化、床を蹴って加速し、光線を放ったであろう部屋の中の人間へ吶喊する。妨害しようと更に光線が飛んで来るが、全て律儀に防ぐ必要は無い。直撃しそうな物、エルさん達に当たりそうな物だけを排除して肉薄、一閃する。


 しかし、その刃は肉を断つ事叶わず空を切る。驚いた事に、相手は刃を超高圧の水流で迎え撃ち、僅かに剣速が鈍った瞬間に離脱したらしい。


 だが、此処で相手を逃がす理由が無い。


 地を這うような低い体勢で加速、至近距離まで近付いた所で手を付き、それを軸にして相手の背後に回りこんで逆袈裟に切り上げる。


 俺のオリジナル技、(ゼロ)。地に手を付いて体を強引に回転させ、低い体勢から切り上げる技だ。急速に回り込んで来る為に防御は困難。その技で決着は付いた。


「ぐぬぅ……行けると思ったんじゃがのう……」


 切っ先を喉元に突き付けられ、両手を挙げて降参の意を示す部屋の主。イラーナさんと同じ長い耳を緑色の長髪から飛び出させているエルフの幼く見える少女は、やけに年寄り臭い口調でそう漏らした。


「無理よ、無理。チコ君は規格外なんだから、あなた程度で止められる筈が無いわ」

「ワシはこれでも二天の一人だったのじゃが……」


 極自然にソファに座り込んだイラーナさんと緑のエルフは、互いに苦笑を浮かべながら親しげに言葉を交わす。その様子を見て危険は無いと判断した俺は、剣を喉元から離して鞘に収めた。この緑のエルフが学園長、クリスティアーネ・アビレスさんだからだ。


 大魔法士クリスティアーネの名は有名だ。俺と同じSSランクであり、年寄り臭い口調やその外見でも有名な冒険者である彼女は、俺がSSランクに到達する前はもう一人のSSランク冒険者と共に、冒険者の頂に立つ二天と呼ばれていた、人類最強と名高いエルフだ。


 それにしてはあっさり勝利してしまったが、それはこの場所が魔法を行使するのに向いていない事や、近距離から戦いを始めた所為だ。整った環境で本気を出されれば、あそこまであっさり勝つ事は出来ないだろう。対人戦に絶対の自信を持っている俺でもそう言わざるを得ないほど彼女は強いのだ。それでもこの状況で攻撃をして来たのは、俺を試す為といった所か。


「ま、そんな所じゃ。チコよ、学園はお主を歓迎しよう。それとエルネスタよ、これが新しい学証じゃ」


 そう言うと、緑のエルフは俺に何枚かの紙を渡し、エルさんに向けて何かを投げた。紙の一枚目を見ると、上の方にデカデカと特例入学許可証と書かれており、その下に俺の名前と推薦人としてイラーナさんと国王様、そして学園長クリスティアーネ・アビレスと名前が書かれている。


 エルさんは突然投げられた物を慌ててキャッチし、それを見てホッとした表情を浮かべている。言葉通り、学証を渡されたのだろう。まだ俺が金を払っていないのにも関わらず渡すとは、せっかちなのか信頼されているのか分からないな。


 ちょっと待て。


「学園長、今心を読みませんでした?」

「ん?そうじゃぞ。ワシは人の心を読める魔眼を持っておるのでな」


 魔眼とは、相手の目を見る事で様々な情報を得る事が出来る目の総称だ。一口に魔眼と言っても様々で、学園長のように人の心が読める物や、希薄な魔力が見える物等がある。魔眼を持つ者は百人に一人程度の割合で存在しており、そこまで珍しい物では無い。だが、学園長のような能力となると数十万人に一人程度の割合になるだろう。魔眼を持つ人の大半は、魔力が良く見える能力しか持っていない。


「あぁ、そういう事でしたか」

「リアクションが薄いのう……」


 つならなさそうに唇を尖らせた学園長は、全員分の紅茶を何処からか取り出して応接机に置く。俺とエルさんは学園長に勧められるままにその前に座ると、芳醇な香りを放つ紅茶のカップを手にとって口に含んだ。香りもそうだが、味も深い。貴族用か。


「そうじゃぞ。それとエルネスタよ、そう緊張せんでも良い」

「心読んで会話に繋げるの、やめない?」


 イラーナさんがジト目で窘めると、それに対して学園長は「良いではないかー」と言いながら抱擁で返した。顔面を塞ぐ形で抱きつかれたイラーナさんは、苦しいのか学園長の背中をバンバンと叩いている。イラーナさんは知り合いだとか言っていたが、絶対にそれ以上の付き合いがあったな、これは。


 イラーナさん達がじゃれあっている間に書類を確認する。入学許可証の下には入寮手続書やその他必要書類があった。それも全て記入済みの物がだ。此処に来る事になったのは朝の事なのに、何故もう用意されているんだ?


「それはの、事前にイラーナから連絡があったからじゃ。優しいワシはお主らが来る前に全て用意しておいたのじゃぞ。感謝するのじゃ」

「ははーいだいなるがくえんちょーさまーありがとーございますー」

「感謝の念がこれっぽっちも伝わってこんのじゃ」


 拗ねたように頬を膨らませた学園長はイラーナさんから離れ、書類に目を通している最中の俺の目の前にもう一枚の紙を差し出す。受け取って見ると、領収書の文字の下に白金貨五枚、大金貨八枚と書かれていた。学証の請求書のようだ。


 この世界の貨幣は、小銅貨、大銅貨、小銀貨、大銀貨、小金貨、大金貨、白金貨、黒貨の八種類で成り立っている。日本円に直すと、小銅貨は大体十円に相当している。十枚でひとつ上の硬貨と同じ価値になる為、学証は五千八百万円、エルさんの装備は七千円に相当しているのだ。学証の値段の高さが良く分かるだろう。


 ウエストバッグに手を伸ばし、直接白金貨を六枚取り出して学園長に渡す。数を確認した学園長は俺に大金貨を二枚投げてよこし、俺はそれをポーチの中の財布にしまった。


 余談だが、このバッグは見た目以上の容量を持っている。仕組みは秘匿されているが、魔法か何かで中身が大きく拡張されているのだ。冒険者には必須の道具で広く流通しており、基本的に値段が高いほど容量も多い。俺の持っている物は白金貨五枚もしたが、巨獣丸々五頭分というそれに見合った容量を誇っている。エルさんのバッグも同じ仕組みだが、此方は安いだけあって見た目の数倍に留まっている。


 閑話休題。


「お代は確かに受け取ったのじゃ。入学式は丁度来週、朝の九時からじゃからな。大変じゃとは思うが頑張るのじゃぞ。何かあったらワシに言うのじゃ」

「分かりました」

「うむ。今日はもう帰ると良い。そろそろ生徒達が多く出歩き始める時間じゃ。見つかると面倒じゃろう」

「そうね。面倒事は避けるに越した事は無いわよ。私はもう少し話してくから先に帰っちゃいなさい」


 俺とエルさんは二人の言葉に従い、素直に学園長室を出て学園から退散する。特に呼び止められる事も無く道に出た俺達は、無言ではあるが自然と並んで歩いた。これだけなら学園ラブコメでも連想しそうだが、魂が抜けたようなエルさんの表情を見るとそうとは全く思えない。


「大丈夫ですか?」

「あ、はい……有名人に会いすぎて疲れちゃっただけなので気にしないでください……」

「……」


 今日エルさんが出会った有名人は、SSランク冒険者の俺とギルドマスターのイラーナさん、クラウディオ商会会頭のクラウディオさんに宰相のブラウリオさん、それに学園長の五人だ。一般的に考えれば、確かに会いすぎと言えるだろう。ついでにマニアックスタイルの件もある。


「……何というか、すみません」

「……いえ、私も色々買ってもらいましたから……」

「……あ、じゃあ俺こっちなので……気を付けてくださいね」

「……はい。ではまた今度、お願いしますね」

「……はい」


 何とも言えない気まずい空気の中、俺達は分かれてそれぞれの帰る場所へと向かった。






「え~っ!?チコさん、一週間後に出ちゃうんですか~!?」


 めっちゃ泣かれた。

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