入学した二人
良くラノベやWeb小説を読んでいた俺の中の異世界の魔法学園の入学式と言えば、大概がツンデレに絡まれたり選民主義の馬鹿に絡まれたりといった印象が強い。そしてそこからフラグを立て、ドタバタ学園生活が始まる――なんて事は現実には無い。ツンデレを含む新入生は緊張し、選民主義は自らの足場を固めるのに忙しい。なのに、なぜか俺は絡まれている。
「お初にお目に掛かります。私はソブリノ伯爵家の――」
「俺はDEランクのべラスコって言います!あのあの、サイン下さい!」
「某はマラヴェンターノ侯爵家嫡男、エウヘニオである!本日はSSランクと名高いチコ殿に――」
俺の周りに一般人から高級貴族の子弟まで様々な人間が集まり、それらが揃って俺に挨拶をして来る。貴族は俺との関係を強化する為、一般人は憧れの英雄を一目見ようと集まっているのだ。よくあるテンプレのように門前払いされるよりはまだ良いが、かなり煩い。
ギャンギャン騒ぐ彼等を意識からシャットアウトし、目的のエルさんの気配を探る。かなり分かり辛かったが、何とか遠くの方から近付いて来るエルさんを捉える事が出来た。
「ちょっと離れろ」
威圧しながら強い口調で命令すると、周りの群集はスッと一歩引いた。彼等の顔は一様に真っ青で冷や汗を掻いており、俺の不興を買ったのでは無いかと戦々恐々としている。ちょっと可哀想だが、そもそも集まって来たのが悪いのだ。
身体強化魔法を足に付与して飛び上がり、群集を飛び越えてエルさんの横に着地する。突然空から人間が降って来るという事態にビクリと肩を跳ねさせたエルさんだが、降って来たのが俺だと気付くと安心したように脱力した。
「おはようございます、エルさん」
「おはようございます。しかし、チコさんは凄い人気ですね」
「有名ですから」
「その言い訳、万能ですね」
挨拶と共に軽口を叩けるようになったのは、彼女が有名人に慣れた証だろう。男子と同じく青を基調としたブレザーと、男子と対照的な膝丈までの黒のスカートに身を包み、その上からあの店で購入したローブに身を包んだエルさんは、先日学園に訪れた時よりも随分と余裕があるように見えた。
俺達が親しげに言葉を交わした瞬間、俺を囲んでいた奴等が驚愕の表情を浮かべていたが、知った事では無い。この後は俺の機嫌を取る為にエルさんに取り入ろうとする者と排除しようとする者に別れると思うが、どちらも叩き潰す事になっている為、どちらになろうと違いは無い。全てはエルさんの平穏(笑)な学園生活の為だ。
校門を抜けた俺達は、案内看板に従って入学式が執り行われる校庭へ向かう。この学園の校庭は大威力の魔法も扱えるようにする為か異常に広く、野球ドーム六個分程度の広さがある。確かにこれだけあれば、最大級の放出系魔法を撃っても問題無いだろう。俺も全力を出せそうだ。
「広いですね……前に来た時は見れなかったので知らなかったんですけど、此処までとは思っていませんでした」
エルさんは校庭を一目見ると、感嘆の溜息を吐く。イラーナさんに後で聞いた所、彼女は俺と全くの逆の性質を持っているらしい。つまり、魔力の質が濃すぎて循環系魔法が使えず、その代わりに放出系魔法に異常な程の適正がある。そんな彼女としても、大威力の魔法を遠慮無く撃てるこの校庭はありがたいだろう。
そうして校庭やそこに集まり始めた新入生や教師達を観察していると、ふと背後に魔力が集まるのを感じた。魔力は徐々に濃くなり、渦を巻いて俺の視界にも飛び込んで来る。緑色か。
エルさんも魔力の奔流を感じたのか、不思議そうな表情で振り返っている。そして魔力の渦の巻き方、そして色から誰が何をしているのか察したらしく、身嗜みをササッと整え始めた。やはり女の子にとって外見は重要らしい。俺には良く分からないけども。
「ふふん。どうじゃどうじゃ?この学園の校庭は」
緑色の魔力の霧が晴れた場所で胸を張っていたのは、小さなエルフ――学園長のクリスティアーネさんだった。どうやら俺達が何をしているかの確認をしに来たようだ。
「その通りじゃ。それと渡さねばならん物があっての。これじゃ」
そう言って、学園長は俺達に書類を差し出して来た。内容を見てみると、新入生のクラス分けの内訳が書かれている。実力順にE~Aクラスに分かれていて、それぞれに約四十名ずつ振り分けられている。当然の事ながら、俺達はAクラスだった。
「向こうで教師共がクラス毎に整列させとる筈じゃ。お主達もそれに従ってならぶのじゃぞ」
学園長はそれだけ言うと「さらばじゃー」という気の抜ける台詞を残してまた転移していった。難易度の高い魔法を連続で行使するとは、流石は学園長といった所か。何やら称号も持っているらしいし、この位は朝飯前なのかもしれない。
それは兎も角、学園長が指し示した向こうでは生徒が粗方揃ったらしく、入学式の準備が最終段階に入っている。初日から遅刻というのは笑えない為、俺達は慌ててAクラスの列に並んだ。当然ながら、遅い俺達は最後尾付近に並ぶ事になったのだが、そこで問題が発生した。
「うぅん……前の方が見えないです……」
「諦めましょう。俺達は小さいんですから」
入学式の開始の挨拶の最中、ぴょんこぴょんこと飛び跳ねてからがっくしと肩を落とすエルさんと、最初から諦めている俺。そう、身長の低い俺達は前の方の様子を窺う事が出来ないのだ。出来れば教師陣を確認しておきたかったのだが、仕方が無い。
この世界の十五歳男子の平均身長は、大体百七十センチだ。俺は十二歳程度で成長が止まっている所為か、百五十センチしかない。二十センチの差は存外大きいもので、俺は周りをさっぱり把握出来ない。エルさんは俺よりも十センチ程度高いが、それも焼け石に水だったらしい。
「むぅ、諦めるのは癪ですけど仕方ありませんね。今日は勘弁してあげましょう」
「入学式は今日しかないですけどね」
無い胸を張ってあくまでも自分は出来る風を装うエルさんに突込みを入れつつ、俺は目を閉じて気配を探る。人の気配は千差万別、それこそ指紋のように同じ物など存在しない。故に、紹介か何かの時に動く気配を探っておけば、視覚に頼らずとも個人を特定する事が出来るのだ。
丁度紹介が始まったらしく、司会進行を勤めているらしい男性の名前を呼ぶ声に合わせて揺らいでいる気配が幾つかある。俺達のクラスの担任は……何か覚えがある気配だ。物凄く嫌な予感がする。
「チコさん、どうしました?」
「いや、何でも……」
俺の動揺を察してか声を掛けて来たエルさんに首を振ると、俺は担任の気配から意識を逸らす。他にも探っておきたい気配は幾つかあるのだ。
基本的に生徒達の気配はゆるっゆるの弱そうな物しかない。一部の貴族や騎士階級の子弟からは多少強そうな気配を発してはいるが、一番強くてもFランク冒険者程度だ。年齢を考えれば相当な物だが、暴力に警戒する必要は無さそうだ。
対して教師陣の放つ気配は、殆どが強者の持つそれだ。俺達の担任を始め、大半がDランク冒険者と同等の力強さを感じさせる。学園長とに至っては、Sランクに相当するような強さだ。強者が集まる学園を束ねるには、それほどまでの力が必要なのだろう。
しかし、その強者達の気配よりも俺の興味を惹き付けているのは、目の前の人物が放つ気配――エルさんの放っている気配だ。
エルさんから発されている気配は、儚く弱々しく頼りない、明らかに戦い慣れしていない気配だ。そこに不自然な物は一切無く、極自然に、当たり前に存在している。これだけならば、俺の関心を惹く事は無かった筈だ。
俺が感じたのは、まるでそれが『造られた』感情であるかのような薄さだ。確かに気分や仕草に合わせて気配が変わるが、その切り替わりが唐突過ぎる。そして、その切り替わりの速さは、まるで感情の無い者が機械的に気配を使い分けているような、そんな印象を俺に抱かせるのだ。
こうした気配の持ち主は、大半が一度心を壊された人だ。例えば、盗賊に捕まって辱めを受けた女性。例えば、幼い頃から虐待を受けて育った子供。内心は虚無感で満ちているのに表面上は明るく振舞っていて、ほんの些細な切欠でそれが崩壊する危険を持った人が持つ気配に近しい。
もしかしたら……エルさんは一度、心を深く傷付けた出来事に遭遇した事があるのかも知れない。
「――さん?チコさん?終わりましたよ?」
「ん?あぁ、ごめんなさい。少しボーっとしてました」
「皆さんもう移動を始めてます。私達も行きましょう!」
俺はニコリと笑うエルさんに頷き、他の生徒達の流れに乗って校舎へと向かう。その間も、俺の関心はエルさんの気配から離れなかった。
学園の教室は、それなりに広い教室に五個ずつ八列に平机が置かれ、前に大きな黒板、後ろにはロッカーにも見える物置き場という、俺にとって馴染み深い物だった。窓際の一番後ろが俺の席、その前がエルさんの席になっていたのは、恐らく学園長が事情を知って気を利かせてくれたのだろう。
「これが教室ですか……」
俺と並んでローブを脱ぎつつ、エルさんが教室を眺めて声を漏らす。周りにいる平民や、貴族までもが大体同じ反応を示している。それほどまでに、この学園の環境は素晴らしいのだ。学証があの値段なのも納得出来る。
「チコさんは余り驚かないんですね」
「えぇ、まぁ……」
「やっぱりSSランクにもなると感覚がずれるのでしょうか……」
まさか前世で馴染み深いからとも言えず、俺は曖昧に笑って誤魔化した。
俺は脱いだコートを簡単に畳んでウエストバッグに入れると、筆記用具やノートの代わりになる紙の束を取り出しておく。俺達の担任の性格上、絶対に必要無くなるとは思うが、万が一副担任等がいた時の為の保険だ。周りも同じように用意を進めている。
取り出した物を真っ暗な机の引き出しに放り込むと、暗闇に飲み込まれるようにして見えなくなる。どうやらウエストバッグと同じく、中身が拡張されているらしい。前世では机の中にプリントを押し込む癖があったが、これなら何処までも詰め込めそうだ。掃除が大変そうだけど。
必要な物は全て用意し終わった為、後は担任の襲撃を待つだけとなった。俺は椅子に座ると、何となくこれから長い間眺め続けるであろう窓の外を見やる。そこにある透明度の高いガラスに映された景色に、俺は思わず感嘆の声を上げた。
「おぉ……予想以上……」
「そうですねー……山や街が綺麗です……」
同じく前の椅子に座ったエルさんが、同じ様に窓の外を見て言う。その目は完全外へと吸い付けられており、他の物などまるで視界に入っていない。それほどまでに、教室からの眺めは美しかったのだ。
眼下に広がる校庭と、学園と街を隔てる森とも言える木々。歩けば三十分の時間が掛かるその森の向こう側に王都の街並みが見え、その更に向こう側には魔獣の侵入を阻む外壁。それら全てのバックとして、青い空の中に巨大な山脈が浮かび上がっている。
「竜の山脈って、こんな距離まで綺麗に見えるんですね……」
エルさんが言った竜の山脈とは、俺の視線の先にもあるあの山脈だ。全ての景色の背後で荘厳と佇むそれは、山頂の平均標高が六千を超える山々が連なる大山脈だ。頂点を万年雪で覆い、腹に豊かな自然を抱えるその山々は、巨獣の一種であり、高い知性と魔法を駆使する竜種の一大生息地として知られている。俺も何度か足を運んだ事のある場所だ。
「あの頂点、一度行ってみたいです……」
「エルさんなら多分行けますよ」
「チコさんは行った事あるんですか?」
「山腹までは。山頂は寒いし、視界を遮る障害物が無いので行こうとは思いませんでしたね」
「じゃあ山腹は見てきたんですね?どんな感じだったんですか?」
「そうですね……」
エルさんのリクエストに応え、竜の山脈に行った時の冒険を話して聞かせる。Aランクに分類される凶暴な地竜の討伐以来を受けた時の事だが、あの時は身体強化だけでは剣の刃が通らなくて苦労した。濃縮付加で何とかしたのだが、そこは禁忌に触れる為、全力の攻撃で倒した事にしておいた。
「はわぁ~、やっぱり剣だけでSSランクに上り詰めた実力は伊達じゃ無いんですね~」
「すげぇ……これがSSランク!」
「チコ殿、流石でありますぞ!」
何時の間にか、エルさん以外の人までもが集まって俺の話を聞いていた。その所為で俺の周りに人集りが出来て暑苦しい。それに、変な所でおかしそうに笑いながら俺達を観察している不愉快な人間までいる。
「その辺りで出て来たらどうですか、先生?」
「あ、やっぱバレた?」
「当然です。まだまだ気配を消せてませんよ」
「相当消してるっつの」
俺の声に応えたのは、窓の外の壁にぶら下がっていた担任。強さこそ大した事は無いものの、圧倒的な経験と野生的勘、優れた状況判断能力を持つ人間。十年のキャリアを誇る大ベテランにして、SCランクの冒険者。
何時の間にか開いていた窓から軽快な動きでするりと教室に入って来た担任は、そのまま正面の教卓の前に立ってパンパンと手を叩く。予想外の登場方法に固まっていた生徒達はその音で我に返り、慌てて自分の席へ座って行く。全員が着席した所で、担任は腕を組んで高らかに名乗った。
「俺はこのAクラスの担任を務めるベルナベだ!お前等、よろしく頼むぜ!!」
三年前、クラウディオ商会の馬車の護衛中に巨獣に襲われていた時に知り合った男。俺の名付け親の片割れが、楽しそうに笑った。




