第7話:紗夜
夜の事務所は静かだった。
照明を落としたデスクの上で、紗夜は一丁の拳銃を分解している。
布でゆっくりと金属を拭く。
表面には浅い傷が無数についている。
実戦で使われてきた、古い銃だ。
今のハンターが使う最新式の武器と比べれば、性能も機構も一世代前のもの。
それでも紗夜の手つきは丁寧だった。
まるで壊れ物でも扱うように。
パーツひとつひとつに思い出があるかのように。
スライドを戻し、軽く作動を確かめる。
カチン。
小さな音が、静かな部屋に響いた。
「……まだ使ってるのかい」
背後から声がした。
紗夜は振り向かない。
「ノックくらいしたらどう?」
「自分の会社に入るのに、いちいち許可がいるのかい?」
いつの間にかドアのところに立っていたのは、この会社の社長。
そして紗夜の母親だった。
腕を組み、机の上の銃を見る。
その視線には、懐かしさではなく、昼間とは違う完全に経営者の目があった。
「いつまでそんな骨董品を使うつもりだい」
紗夜は布を折りたたみ、銃口を静かに拭く。
「まだ撃てるわ」
「撃てるかどうかの話じゃない」
社長は机に歩み寄った。
「武器はハンターの生命線だ。信頼性、威力、整備性……全部が命に直結する」
紗夜はようやく顔を上げた。
「それくらい分かってる」
「なら尚更だ」
社長は銃を顎で指す。
「そのモデルはもう二世代前だ。会社の装備庫にいくらでも新しいものがある」
紗夜は銃を組み上げ、マガジンを差し込む。
カチリ。
「これでいい」
短い返事だった。
社長は少しだけ目を細める。
「……思い出か」
紗夜の手が、ほんの一瞬止まった。
「別に」
「彼の銃だったね」
沈黙が落ちる。
事務所の外で、エアコンの低い音だけが鳴っている。
紗夜はゆっくりと銃をホルスターに収めた。
「社長」
わざとその呼び方をした。
「仕事の話じゃないなら、部屋に戻って」
社長はしばらく娘の顔を見ていたが、小さく息を吐いた。
「……ハンターはね、紗夜」
声が少しだけ柔らかくなる。
「生き残った者が勝ちだ」
紗夜は答えない。
「武器に情を持つな。いつか足を引っ張る」
それだけ言って、社長は踵を返した。
ドアが静かに閉まる。
また部屋は静かになった。
紗夜はしばらく動かなかった。
やがてホルスターから銃を取り出す。
金属の冷たい重み。
親指でグリップをなぞる。
小さく呟いた。
「……まだ、使えるよ」
「――まだ、終わってないから」
誰に言ったのかは分からない。
紗夜はしばらく銃を見つめていた。
黒い金属の表面に、デスクライトの光が細く伸びる。
静かな重み。
やがて小さく息を吐き、銃をホルスターへ戻した。
カチリ。
その音で、現実に戻る。
デスクの向こうを見ると、応接用ソファの方から規則正しい寝息が聞こえてきた。
紗夜は椅子から立ち上がり、そちらへ歩く。
ソファでは凪が横になっていた。
腕を枕にして、完全に寝ている。
その胸のあたりで、小さな影が丸くなっていた。
りこだ。
いつの間にか潜り込んだのだろう。
小さな手が、凪の服をぎゅっと掴んでいる。
紗夜は少しだけ眉をひそめた。
「……ここは託児所じゃないんだけど」
……そう言いながらも、視線は離れなかった。
もちろん誰も起きない。
りこが小さく寝言を言う。
「……なぎ……」
凪の指を、りこの手が探る。
そして見つけると、ぎゅっと握った。
凪は目を覚まさないまま、迷いなくその手を握り返す。
その手は、まるで最初からそこにあると分かっていたように。
紗夜はそれを見て、ふっと息を吐いた。
「……ほんとに子守ね」
そう呟きながら、窓の外へ目を向ける。
夜の街は静かだった。
ダンジョンホールの警報も、今日は鳴っていない。
久しぶりの静かな夜。
ダンジョンホールの後だからか、余計にそう感じる。
紗夜はカーテンを少しだけ閉めた。
「……こんなところで寝たら風邪ひくわよ」
小さく言い残し、デスクへ戻る。
キーボードを叩く音が、静かな部屋に響き始めた。
しかし、凪達が気になり手が止まる。
そっと、ホルスターの銃に触れる。
恋人のようにこの銃を使わずに済んだことに安堵する。
凪は覚えているだろうか。
この銃の持ち主を。
ゆっくりと立ち上がると、りこ達に膝掛けをそっと掛ける。
「いつまでも手のかかる子ね……」
紗夜はほんのわずかに目を細めた。
その頃。
凪の眠りは、静かに深いどこかへ落ちていた。
そして――
白い世界に立っていた。
雪が降っている。
音もなく、冷たさもなく。
静かに。
どこまでも広がる冬枯れの森。
凪の隣には、小さな手。
りこも、最初からそこにいた。
凪は、その光景に違和感を覚えなかった。
それが“正しい”と、知っていた。
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