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ダンジョンは壊れた夜に舞い降りる――壊れたのは、世界か、私か  作者: くろのわーる


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第16話:桜



 外に出た私と、りこは春の優しい陽射しの中を歩いていた。


 時折、りこは足を止めて「あれはなに?」や「これは?」と街に生える草木に興味津々だ。


「ねえ、なぎ」


「何?次はどれが気になるの」


「あの…きれいなのなに?」


 足を止め、指差す先には満開の花を咲かせた桜の木があった。


 優しい春風が花を揺らし、花びらが舞う。


「……わぁ」


 りこからは感無量な声が溢れた。


「あれは桜よ」


「さくら?」


「そう、春になると咲く花よ」


「さくら、きれい…」


 りこは空を見上げたまま、しばらく動かなかった。


 桜に見惚れているりこの手に、花びらが舞い降りた。


 その花びらをしっかりと掴むと私に見せてくる。


「なぎ!みて!」


 小さな手にのる淡いピンクの欠片。


 きっと、りこにとって大切な思い出になる。


 私はハンカチを取り出すとそっと、花びらを包んだ。


「なぎ、どうするの?」


 りこは不思議そうに眺めていた。


「りことの思い出に取っておくの」


「うん!」


 視線を合わせたまま、くすりと笑う。


「二人ともお待たせ」


 背後からかけられた、紗夜の声に振り返る。


「収入が入ったし、3人で何か美味しいものでも食べに行こう」


「いく!」


 元気な、りこの声は春らしい陽気を感じさせた。


 三人で手を繋いで私たちは歩き出す。



 昼食を終えて、事務所に戻ってきた私と紗夜に鋭い視線を送るのは社長だ。


「りこちゃん、ご飯美味しかった?」


「うん!ハンバーグおいしかったよ」


「良かったわね、おばあちゃんも行きたかったわ」


 責めるような視線が強まる。


「……こういう時間、大事にしなきゃね」


「社長、いい年して拗ねないでくれる?」


「まあ!なんて薄情な娘なのかしら」


 社長はりこの頭に手を乗せながら言い聞かせる。


「りこちゃんはあんな風になっちゃ駄目よ」


 紗夜のこめかみには青筋が浮かんでいた。


 この空気に居た堪れなくなった私は、りこを遠ざける。


「りこ、こっちに来て私とハーバリウムしよっか」


「はーば…はーばうむ?」


 半ば強引に手を引くと、りこは小さな声で繰り返す。


 テーブルには食事の帰りに買った、春の花やハーバリウムの瓶、液体、道具が並べられていた。


 そして、私はハンカチに包んだ花びらをそっと取り出した。


「それ!りこのはなびら!」


 机に手をついたまま、りこはぴょんぴょん跳ねる。


「りこ、見てて」


 私は花屋で買った春の花をそっと瓶に入れると、りこが目を輝かせた。


「りこもやる!」


「うん、ゆっくりね」


 ピンセットを持つ手が拙くて、自然と頬が緩む。


 りこは夢中なのか、さっきまでの元気が嘘のように目が真剣だ。


 そんなりこを見ていると、話し合いの決着がついたのか、社長と紗夜も笑顔で応接室に入ってくる。


 二人も静かに椅子に座ると、りこの作業を見届ける。


「できたよ!」


 りこの作ったハーバリウムはイメージ通り、いろんな色の花が敷き詰められ、元気が表現されていた。


 紗夜は隣で頬杖をつきながら、「いいじゃない」と微笑む。


 社長は傍らで「まあ素敵!りこちゃんの宝物になるわね」と目を細めて、喜んだ。


 やがて完成したハーバリウムを、りこは小さな手で握りしめる。


「なぎ、見て!宝物!」


 私は微笑み、そっとりこの肩に手を添える。


「今日の思い出ね」


「うん!」


 りこは満足そうに自分が作ったハーバリウムを見つめて、うっとりしている。


 私はそんなりこを更に驚かせようとペンダントのハーバリウムに手をつける。


 そこにりこの手に舞い込んだ、桜の花びらを入れる。


 シンプルなペンダント。


「りこ、これも」


 りこの視線は揺れるペンダントに釘付けになる。


「これ…わたしのはなびら?」


「そうよ」


 ゆっくりと細い首に掛けてあげる。


「これでいつでも桜の思い出が見られるね」


 その様子に紗夜も社長もそっと頷き、静かに微笑む。


 花びらの淡いピンク色が、ペンダントトップの中で小さく揺れた。


 りこは手にペンダントを乗せるとジッと見つめる。


「なぎ!ありがと!ぜったい!ぜったいだいじにする!」


 今生きる私たちの「家族の記憶」がここにある。


 その後、私もお揃いのペンダントを作る。


 これは私と、りこだけの絆。


「じゃあ、ご飯に行くわよ!今度は4人でね」


 社長が声をかけると、私は苦笑いを浮かべ、紗夜は肩を竦める。


 りこは私の作ったペンダントをもう一度見ると三人で手を繋いで応接室を出た。


 春の陽射しと、淡い花びらの記憶を胸に。


 今日という日が、家族の新しい思い出として静かに刻まれていった。


 まだ、この温もりがどれほど脆いものか、私は知らなかった。



続きが気になったらブクマお願いします。


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