第14話:帰還
激しい戦闘の余韻の中、私は雪の上で手足を伸ばし、大の字に寝そべった。
青黒かったダンジョンホールの膜は薄くなり、淡い色へと変わってきている。
スノーモービルに乗った紗夜が近付いてきた。
停車させると、ゆっくりと私の横に腰を下ろす。
「今回も生き残ったわね」
その声音には疲労がにじむ。
腕の痛みで、懐から煙草を取り出す動作もぎこちない。
「私にも1本ちょうだい」
ぎょっとした顔で見つめる紗夜に、思わず笑う。
「駄目よ、未成年なんだから」
「……言ってみただけ」
ダンジョンホールの膜に一筋の朝日が差し込む。
氷の異界に、初めて暖かい光が混ざった。
その光が異界の雪を溶かし、木々の影が現れる。
視界が現実に戻る感覚。
雪の異界は消え、街の本来の景色が目に入る。
夜の厄災、ダンジョンホールの終わりだ。
ふと、りこのことを思う。
きっとまだ夢の中…でも、あの子は私たちのことを見ていたのかもしれない。
夢の中で、一緒に雪玉を作り、ホラーを撃退してくれていたのだから。
差し込む朝日が頬に当たる。
その温かさはりこの小さな手の温もりに似ていた。
…よし、帰ろう。
私は勢いよく上半身を起こす。
「急にどうしたの?」
紗夜が紫煙を私の顔に吹きかける。
「りこが待ってるから」
手で煙を払いながら、心が自然と温かくなる。
遠くから同業者たちが歩いてくるのが見える。
装備も整っていない彼らは、極寒の異界での任務を耐え抜いたようだが弱々しい。
「私たちのことを馬鹿にした罰ね」
紗夜の愉快そうな声が街並みに響いた。
地元に帰ってくると心が落ち着く。
事務所の扉を開けると、小さな足音が廊下を走る。
「なぎ!」
りこが勢いよく抱きついてきた。
時刻はすでに10時を過ぎている。
遅くなったのは、紗夜が片腕を痛めて運転できなかったため、私が代わりに運転してきたからだ。
りこは私の足にしがみつき、くぐもった声で言う。
「なぎ、がんばったね」
夢の中で一緒に戦ったことを知っているような、そんな言葉。
「わたちも、なぎのためにゆきだまつくったよ」
小さな手で握られた雪玉の名残が、ほんのり温かい。
見上げる顔には涙がにじむが、笑顔も交じっている。
私はそっと、りこの頭を撫でた。
夢の中でも、りこは私を助けてくれたんだ……。
小さな手の温かさに、現実と夢の境界がほんの少し混ざった気がした。
「りこちゃん、私も凪以上にがんばったのよ」
大人気なく、自分を指差す紗夜。
「さよもがんばってた」
よし!とひとつ頷くと紗夜もりこの頭を撫でてから、奥の部屋へと向かった。
「おかえりなさい、凪」
紗夜と入れ違うように社長が迎えてくれる。
「今回は相当、大変だったみたいね」
「なぎとさよ、すごいがんばってたよ」
労う社長と後押ししてくれるりこ。
「りこちゃんがね、一生懸命に教えてくれたのよ」
その言葉には驚きと心配が混じっていた。
どうやら社長も、りこの能力に気付いてしまったようだった。
重い沈黙。
その沈黙を破るようにテレビの音が流れてくる。
『今回のダンジョンホールでは沢山のハンター達が亡くなりました。なお、死亡者の多くは中小のハンターで――』
深刻な声に目はテレビに釘付けになる。
『極寒のフィールドだったことが大きいと思います。』
語っているのは著名な評論家。
『今回の事例を鑑みて、政府はよりダンジョンホールの研究を急ぐ必要があると思います。』
私達も、りこの予知夢がなければ、寒さに凍えるだけで何も出来なかっただろう。
「りこ」
「なに?」
年相応な仕草に頬が緩む。
「りこのおかげだよ」
「うん!」
私の言葉でりこの顔には満開の笑顔が咲いた。
その笑顔に気付かされる。
私が守りたいもの。
私の帰る場所。
私が生き延びる理由。
この笑顔は誰にも奪わせない。
りこの夢は――
きっと、この世界を変えてしまう。
私たちの知らない形で。
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