第13話:運命の矢
しがみつく私達は、スノーモービルごと落下した。
私も紗夜もシートに叩きつけられ、歯を食いしばる。
幸いだったのは、下が深い雪だったこと。
だが、安心している暇はない。
目の前の氷のボスホラーは、すでにこちらへ反応していた。
頭上に巨大な影が浮かぶ。
その影は、私達を簡単に飲み込むほど大きかった。
腕が振り上げられる――そして、凄まじい勢いで振り下ろされた。
「きゃっ!」
思わず叫ぶが、声は風にかき消される。
腕はギリギリで逸れた。
だが、音を置き去りにした衝撃が全身を叩きつけた。
その衝撃で私はシートから手を離し、固定ベルトが千切れる。
紗夜もスノーモービルも置き去りにするように、私は再び空中へ放り出された。
巻き上がる雪が、粉塵が目を刺す。
続いて轟音が耳をつんざき、脳を揺らした。
衝撃に耐えたスノーモービルごと、紗夜は荒れ狂う雪の波に呑み込まれていく。
私の心臓が跳ねた。
このままでは――紗夜が!
「私は大丈夫!自分の心配をしなさい!」
音が消えている。
だが、口の動きがはっきりと見えた。
空中で体勢は制御不能。
それでも、視界の端に映った紗夜はサムズアップしたまま、白い奔流へと消えていった。
その力強い指先を見て、私は彼女を信じることにした。
やがて背中から雪崩の上へ落下し、私も雪の激流に呑み込まれた。
激しく揺さぶられる身体。
上も下も分からない、冷たい雪の世界。
どこから圧し潰されるのか、分からない。
ギュッ、ギュッという雪の軋む音が、身体の悲鳴のように聞こえる。
雪の激流に揉まれ、身体はまるで言うことを聞かない。
それが、なおさら身体を硬直させた。
だけど――頭だけは驚くほど冷静だった。
思い出すのは、さっきの一射。
届くはずだった矢は、核の直前で逸れていった。
次は……次こそは……!
心の中で呟きながら、私は再び立ち向かう準備をする。
やがて流れが止まり、雪崩の中から顔を出した。
開けた視界の先で、氷のボスホラーが遠ざかっているのが分かる。
そして視界の右側――
雪の白とは対照的な黒い矢が、一本落ちていた。
矢があれば、まだ戦える。
首の皮一枚で繋がった。
私は弓を持たない手で雪を掻き分け、自分の身体を引き上げようとする。
だが、雪の圧力で下半身が抜けない。
必死にもがくが、硬い雪が邪魔をする。
……どうすれば。
その時だった。
「凪!どこにいるの!」
紗夜だ。
彼女は宣言通り、無事だった。
声と共にスノーモービルのエンジン音が近づく。
「紗夜!私はここよ!」
助けを求めるように、生きていることを知らせるように叫ぶ。
私の声に気づき、スノーモービルが近づいてきた。
「ダサいわね」
そう言う紗夜の片腕は、だらりと垂れている。
私の視線に気づいた彼女は強がった。
「痛めただけよ。まだ戦える」
彼女も諦めていない。
それだけで、私の心は奮い立った。
「ここに掴まりなさい」
スノーモービルのパーツを掴み、彼女に引き上げてもらう。
「矢はそこに落ちてる一本だけね」
矢筒の矢は、どこかへ消えていた。
でも――
一本しか、ない。
「一撃で仕留めなさい」
紗夜の口癖。
思わず、口角が上がる。
「さあ、リベンジしに行くわよ!」
私は紗夜のスノーモービルに跨った。
雪崩の影響か、エンジンの音がどこかぎこちない。
ハンドルを握る痛めた腕も僅かに震えている。
手元にある矢は1本のみ。
空を染める青黒い膜も薄くなってきている。
異界解放までもう時間はない。
これが本当に最後のチャンス。
「行くわよ!」
自分に言っているのか、私に言ったのかわからない叫びでアクセルを全開にする。
停止していたビル級の氷のボスホラーがエンジンの音でこちらを向く。
その胸には青白く光る核。
亀裂の入った装甲を私の目は捉えていた。
愚直にも一直線に突き進むスノーモービル。
それが紗夜らしくて、誇らしかった。
氷のボスホラーは再び、その自慢の両腕を振り上げる。
「馬鹿の一つ覚えはお互い様ね!」
紗夜の言葉に自然と笑みが浮かんだ。
叩きつけられる両腕。
波打つ地面。
襲いくる雪崩。
することは同じ。
雪の波にスノーモービルが乗り上げる。
その時、スキー板を支える支柱が悲鳴をあげて折れた。
激しい振動。
スノーモービルはバランスを崩すが紗夜が痛む腕で耐える。
「くっ!」
耐え切ったスノーモービルは車体が傾いたままジャンプした。
バランスを崩し、スクリューのように回転しながらスノーモービルは飛ぶ。
回る視界。
遠心力に逆らう身体。
凍てつく空気が頬を刺す。
雪の粉が目に入り、かすかに涙をにじませる。
でも、決して核からは目は離さなかった。
スローモーションで流れる時間の中でゆっくりと矢をつがえて、構える。
まるで自分がルーレットになったような気分で狙いが合う、外れる、合う、外れる――の四拍子を刻む。
青白く、脈打つように光る心臓。
その輝きに、すべての恐怖も躊躇も吹き飛ばされる。
私は弓を握る手に力を込めた。
一本。
たった一本。
運命を委ねられた矢。
今度こそ、外さない。
感情の昂りから瞳が紅く発色する。
やられたままじゃ、女が廃る。
手を引き、矢を放つ――
空気を切る鋭い音。
時間は止まり、赤い帯びを引く矢は青白い核に向かって一直線に飛ぶ。
ヒビの入った装甲。
そのヒビの隙間に矢が刺さり、貫く。
光が弾け、周囲の雪が舞い上がる。
衝撃。
青白い光が爆発するように広がり、ボスホラーの巨体が揺れた。
装甲が砕け散り、ホラーの凍った息が辺りに飛び散る。
「ざまあみろ!」
紗夜の声が届く。
痛む腕でもスノーモービルを支え、彼女は笑っていた。
私も、つられて笑う。
次の瞬間――
氷のボスホラーの胸で、青白い光が弾けた。
全体にヒビが入り、巨体が大きく揺れる。
そして。
ビルが崩れるような轟音と共に、怪物は雪煙を巻き上げながら崩れ落ちた。
荒れ狂っていた雪の波が、ゆっくりと静まっていく。
私達はスノーモービルのまま着地した。
全身が軋む。
だけど胸の奥だけが、やけに熱い。
……もう無理。
私はスノーモービルから転げ落ち、雪の上に倒れ込んだ。
冷たいはずの雪が、不思議と気持ちいい。
さっきまで、あれほど冷たかったのに。
空を見上げる。
青黒い膜の向こうで、ダンジョンホールが終わろうとしていた。
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