9 一目惚れ(シアルトside)
シャールトン公爵家の馬車が近づいてくるほど、そこからありえない強い魔力を感じて、僕は混乱した。
ーー帝国一の魔力量を持つ僕がそう感じるなんて、一体どういうことなんだ?
それに、魔力に香りなんてしないのに、いつもピリピリしている気持ちが和らぐような、落ち着くようななんともいえないいい香りがしてくる。というよりも、実際に僕の多すぎる魔力がどこかへひいているようだ。魔力がどんどん中和されていく。
今まで感じたことのない、心地良さだ。ずっとぼんやりしていたものが、急にはっきり見えるようになった感覚。
いつも頭に抱えていたモヤモヤが晴れて、澄み渡った。明らかに、人生で今が一番、体調が良い。
そしてすぐに、その不思議な魔力の正体は判明した。
馬車の扉が開いて、シャールトン公爵様が出てきた。そして、彼にエスコートされてもうひとり、まさにその強力な魔力の発生源が現れて、僕は目を見開いた。
目の前のひとりの小柄な少女ーー黒髪に紅の瞳のーーが、見事なカーテシーのあと、顔を上げた。僕とばっちり目が合う。きっと、彼女がディライラ嬢に違いない。
ーーなんて、綺麗な瞳なんだ。まるでそう、宝石のガーネットのよう。髪は神秘的な漆黒。紅い瞳に漆黒の髪なんて、今まで見たことのない組み合わせだ。
その美しさに、思わずため息が出てしまう。
今この瞬間、彼女と初めて会った瞬間、そして彼女の瞳を見た瞬間、僕の世界は180°変わったのだ。僕は自分のため息ともつかぬ息音を聞きながら、そんなことを思った。
ーーああ、そういうことか。彼女こそが僕の運命の人なんだ。
ふと、そう思い浮かんだら、その考えはもう僕の頭から離れなくなった。
僕達はそうして無言のまま、お互いにただ見つめ合っていた。彼女の方も、惹きつけられているかのように、僕の瞳から視線を外さない。
自分でも、彼女への視線がどんどん熱いものになっていっているのを感じた。
そのとき隣で、父上の困惑したような声が聞こえた。
「シアルト、どうしていつまでも黙ってるんだ?早くシャールトン嬢にご挨拶を」
その声に、僕ははっとする。
「シャールトン公爵令嬢、初めてご挨拶申し上げます。僕はシアルト・ウィルフォード。ウィルフォード家の長男で、魔塔で魔法師をしています。ーー唐突で申し訳ない、」
そう言って、彼女の前に片膝をついた。そして一時的に開いた魔空間から、彼女の瞳のように真っ赤に咲き誇った薔薇の花束を取り出すと、突然のことに呆気に取られている彼女に向かって差し出す。
「ディライラ・シャールトン嬢。どうか、僕と結婚してくれないだろうか」




