関ヶ原 開戦
悲劇の運命に翻弄される駒姫様へ、神様がくれたひと時の幸せは
最初で最後の暑い夏の恋だった
□□□ 関ヶ原の慎之介/忠頼と澪 □□□
関ヶ原で再会したのは、駒姫様と共に都に向かう途中、
近江で行方不明になった『澪様』だった
都に向かう旅の頃、わたくしは令和の世界にいて
澪様が行方不明になった詳しい経緯は知りません
ですが、澪様のことはよく存じ上げています
わたくしが駒姫様の警護役のお役目についた時、
駒姫様の侍女を務めていた澪様は、身分違いのわたくしにも、
分け隔てなく明るく接してくださり、ひとつ年下の澪様がまるで姉のように、
何かと気を配ってくださいました
そして、わたくしの『駒姫様への、ただ見つめることしか許されない恋心』を
澪様は気付いておられるようでした
そんなわたくしを、静かに、しかし深い悲しみを湛えて見つめる澪様の瞳が、
今も脳裏に焼き付いています
その瞳は駒姫様を見つめるわたくしの瞳のごとく思えました
わたくしは澪様の思いに応えることは出来ません
澪様には慶三郎殿という許嫁がいたからです
「澪様!」
その声に、相手は静かに首を横に振った。
「いえ、わたくしは慶三郎でございます。」
その時、そばに控えていた伊賀の者が口を開いた。
「忠頼殿。この者は紛れもなく慶三郎にございます
すでに女としての生を捨て、悲痛な過去を背負いながらも、
ただ石田三成を討ち果たすことのみを生きる糧として参りました
如何なる厳しい忍びの鍛錬にも耐え抜き、
ようやく今、本懐を遂げる時が来たのでございます
どうか、この者の切なる願いをお聞き届けいただけませぬか」
「いえ、この方は紛れもなく、わたくしが知る澪様です
女子を戦場に引き入れることなど、断じて許容できません
徳川様がこの戦に勝利し、必ずや平穏な世が訪れるはずです
澪様は山形へお戻りください。そこで生き、新たな幸せを掴むべきです
そして、わたくしは知っております
石田三成様は、澪様が思い描いておられるような御方ではございません」
「なぜですか!あなた様も目の前で駒姫様が襲われ、殺され、
秀吉と三成が憎いはず、駒姫様への想いをお忘れか!!」
その声には、復讐に燃える炎が宿っていた
「そのように思われても、今は致し方ない。
だが、駒姫様が心から望まれたのは、ただ安寧の世が訪れること
今のわたくしは、その御遺志を果たすためだけに生きております
これは、復讐の戦にあらず
澪様、山形へお帰りなさい。もし慶三郎殿への想いが残るのなら、
どうか生き抜いてください」
「どうあっても、共に戦わせていただけませぬか!」
「成らぬものは、断じて成りませぬ
伊賀のお方、まことに相済まぬが、慶三郎殿を安全な地までお連れ下され
そして、何としてでも山形へお返しくだされ」
澪様は戦場を去られた。その背を見送りながら、
わたくしは、澪様の敵になってしまったのだと、そう思いました
澪様の固い意志はよく分かります
かつては、わたくしも秀吉と三成を憎んでおりました……
石田三成という男を知るまでは
今では、石田三成は一人の男として、義の武士として認めております
ですが、この安寧な世のためには、人柱となっていただくほかないのです
ただ、あのお方まで三条河原で晒されるなど、わたくしには堪えられません
故に、せめてこの戦場で、わたくしの刃をもって、
武士としての名誉ある死を遂げていただきます
夜明け前の関ヶ原は、まだ静寂に包まれていました
だが、数時間後には、この穏やかな大地が、
凄まじい人の所業によって血と硝煙にまみれた地獄へと変貌します
その予兆のように、深い霧が地を這い、
生きとし生けるものの命を飲み込むかのように立ち込めていました
やがて、東の空が白々と明るみ始めると、
降り止んだ雨の代わりに立ち込める濃い霧は、
まるで血戦の幕開けを告げているかのようでした
徳川勢の一番槍は福島正則隊と決まっています
だが、我らが使命は異なる。
井伊隊に帯同し、初陣を迎える若き松平忠吉様に花を持たせるため、
福島隊を出し抜き、忠吉様の発砲を持って、
我らが先方隊が敵陣への道を切り開きます
「よいか皆の者!すまぬが、この国の夜明けのため、
おれに命をくれ!死して大義を貫け!」
その言葉に、これまで張り詰めていた緊張が爆発したかのように、
「おぉぉぉ!」と地鳴りのような雄叫びが霧の中に響き渡った
霧が晴れるその一瞬を待つ
静かに刀、槍を握りしめる兵たちの顔には、
恐怖と興奮が入り混じっていたが、
誰もがこの一撃に賭ける死生観をその瞳に宿している
我らが先方隊は、まず宇喜多 秀家隊に襲い掛かります
その先には、石田三成様の陣
宇喜多隊を蹴散らし、勢いそのままに、我らは一目散に本陣へと突撃します
その時、侍大将 野中様が話し掛けてこられました
「忠頼、突っ込むはいいが小早川隊に横を突かれたら持ち堪えられんな
家康様本陣も危なくなる」
「野中様、ご安心ください。小早川隊は動きません
そして、家康様のお味方となります
また家康様本陣後方の吉川、毛利も動きません
宇喜多隊を蹴散らし、一気に石田 三成様の陣へと向かいましょう」
「お主は先のことまで、すべてを知っている口ぶりじゃのう」
「はい、その通りでございます」
「よかろう。そなたを信じた。一気に参るぞ」
なぜ、わたくしが先のことを知るのか
野中様に聞かれることはありませんでした
雨は完全にやみました。霧も少しずつはれてきて
我らの緊張は最高潮に達していました
その時、乾いた、しかし重々しい一発の銃声が響き渡りました
「ドーン!!」
「うおおおおお!」
狂気に満ちた叫びと共に、
我らは阿修羅の如く宇喜多隊へとなだれ込みました
当作品はフィクションです




